8.貴(とうと)い賊と書いて『貴族』と呼ぶ
初夏を迎える6月に入れば、倉庫は完全に空になった。
仕入れ価格が何倍にも膨れ上がり、バークルや教師たちは頭を抱える日々である。しかも問題は学校だけに留まらなかった。
「何か、何か食べ物をください……」
「実を申しますと、うちも限界でして……申し訳ありません」
社会全域におよぶ食糧問題は、市井の者たちを次の行動に移させた。
学校なら食糧が確保されているだろうと、施しを求めて連日のように訪れてくる。中には子供連れもいた。しかし哀れみにこれを与えれば、ほかの者が“公平さ”を求めて殺到するので、たとえ倉庫にあったとしても断らざるを得ない状況だった。
切羽詰まった彼らは予断を許さない。
ちまたでは食糧の配達業者が襲われたり、ならず者が農村から略奪し火をつけたなどの話が出まわり、治安の悪化が広がろうとしていた。
「貴族や成金が、金に物を言わせて買い占めてるようでありますな」
「情けない連中ですわ。成金は仕方ないとしても、貴族がそのようなみっともないこと」
「……噂では、ハートウェル家は不作の時に重税かけ、領民がブチギレたと」
「あの程度で暮らせなくなる愚民どもが悪いのですわ」
「金に物を言わせる貴族のスタンスが分かったであります」
リリーはティーポットに入れていた紅茶葉の袋を取り出し、クロエの襟の裏に放り込んだ。
クロエは「あちちちちち……!?」と走り回り、エルマはげらげらと笑った。
「しかし、略奪とか許せねえな」
「我々も先日やりましたけどね。それはそうと、あの物乞いの兄妹に与えるのはお止めになさい」
「オレが勝手にやってることだよ」
「相変わらず分からない人ですわ。もはやそれが通じる次元ではありませんの。見つかれば我が校全員に累が及びますわよ」
何でだよ、と声を低くすると、リリーはやれやれと首を振った。
「生徒を見れば『お前もあいつのようにしろ』と要求してきますわよ」
「そんなこと……」
反論しようとしたが語気は弱い。
言われてみるとその通りだからだ。
「まあでも、あげられるモンももうねえしな」
エルマは執事課から奪ったものも、すべて物乞いの兄妹に与えていた。
仲間がいるなら分け、外の人間に見つからないように食えと言い含めてあるが、最近はパンすら碌に与えられない。
「そろそろ補充されてっかな」
「次は以前のようには行かないであります。警戒をだいぶ強めているので」
「なら食いもんを持ってるってことか」
「人から奪うことばかりでなく、根本的な解決を求めたほうが建設的ですわ」
「奪うしかなかった貴族とは思えないセリフであります」
クロエは再び紅茶葉のパックを入れられ、また駆け回った。
「根本的な解決だと、やっぱり畑だよね」
ヴィヴィアンが本を読みながら言う。
どうやら農書を眺めているようだ。
「畑かあ……確か、学校の裏に菜園あったよな」
「農家の出な生徒を中心に、何とかしようとして苦労してるよ。うちのアンシーとか」
「アンシーが?」
アンシーは同学年のクラスメイトだ。
海を渡った大陸の、さらに南の果てに砂漠と大河の国がある。彼女は数世代も前だがルーツを持つようで、肌が仄かに褐色がかって目元や鼻まわりの掘りを深くしていた。
「あいつの家も農家だったのか」
「せめて肥料があればってボヤいてたよ」
元は菜園を趣味にした生徒用の畑であった。
それを執事課の体力自慢が鍬を持ち、150メートルほどの大きさまで広げている。安易な見込みであるが、成功すれば学校の食ぐらいは賄えるだろう。
もっと畑に力が必要だ――。
課題はまだまだ大きい。肥料を入れるにしても自分たちの食糧が優先で、金が消えてゆくという悪循環である。しかも見通しの立たないものに投資は行われない。
「肥料とか動物の糞だろ? そこら辺りからかき集めたらダメなのか?」
「そんな簡単じゃありませんわ。発酵させなければ逆に毒となりますの」
「高慢ちきにしちゃ詳しいな」
「なっ……わ、私はそんな作業とか、したことありませんわよ!? 領を追われ移住した先の近くで、汚ったねえ人間どもがやっていただけですわ!」
「おめえは本当、土地に馴染もうとしねえのな……」
肥料などは酪農などの副産物だろう。
そうと思った時、エルマはソフィアがいないことに気づいた。確かバークルに呼ばれていたが、まだ戻ってきていないようだ。
「ソフィア遅いな」
「何か家から連絡あったようだけど」
噂をすれば、ふと当のソフィアがやってくる。
しかし表情はどこか浮かない。どうしたのかと思っていると、彼女はクロエに目を配らせた。
「あのう、クロエさんの家は諜報部でしたよね」
「ノン。ただの妾宅です、はい」
「ちょっとお願いがあるのですが、兵隊さんを出していただけないでしょうか……?」
いきなり物々しげな話に、そこにいた全員が目を見開いた。
◇ ◇ ◇
ソフィアは実家に食糧を手配出来ないかと打診していた。
届けられた手紙はその返事だった。内容は娘の頼みとあって通常価格で譲ってやれるが、村の周辺に賊がいて不可能だということ。もしかすると襲撃されるかもしれず、何とかして子供たちだけでも逃がせないかと逆に請願するものだった。
実際に、すでに領内の村がひとつ襲われた。期待していたものではなかった手紙に、クロエに救援を頼んだということだ。
「賊の存在は確かで、うちの組合も襲われてるよ」
「マジか。大丈夫なのかよ」
「喧嘩だ喧嘩だで大はしゃぎだよ。人の命狙うなら、自分もそうなる覚悟はあるだろうって」
ヴィヴィアンは馬車を繰りながら、呑気に答えた。
血の気の多い南側に比べ、ほかの組合はそうでもない。配達の難しい仕事を全部請け負って、どこもウハウハだそうだ。
「まったく……貧しければ賊に堕ちるのは、いつの時代も変わりませんわね」
「まあ今の貴族も、元を辿れば海賊や山賊でありますよ」
「本にもあるね。王族は成功により罰を逃れた盗賊団だって」
貴族の多くは最初から正しい血統というわけではない。
力を持って土地や人、通行料を支配し、何代にも渡ってそれが認められてきた層であり、支配権を有したのちの正当化でる。
それは王に至るまで、同じ線の上に立っている。
海辺の王は海賊としての成功者、平原の王は盗賊としての成功者、山の王は山賊としての成功者……どれも略奪や不当な関銭を取り、船や荷馬車を襲ってきた存在だ。
つまりは国家が認めた瞬間に、賊という行為が合法となる。
認められず失敗した者が“賊”であり、成功した者を“貴族”と呼ぶのは、そういうことだった。
「よく分からねえけど、海賊が今の水軍だとか言うもんな。……ん、てことは高慢ちきは失敗したから、今は“賊”か?」
「成功すれば貴族ですわよ、おーっほっほ!」
「お前は本当前向きだよ」
だけど、とエルマは首をひねった。
「昔はそれで貴族になれたけど、今ってそんなことして貴族になれんのか?」
「現代では難しいでありますな。昔は単純に強い弱いだけで、空いてる土地を見つけては先にやったもの勝ちでしたが、現代は複雑になり、貴族よりかは支配者の意味合いですし。たとえば……弱い国は内戦や戦争後の武装集団、軍や警察の弱い国では犯罪集団、政治の崩壊後は金とコネの成金、国家喪失でギャングが支配者となるであります」
暴力の独占は国家が主張する。
資産は登記、税、金融規制を通らないと大きく残せない。
新聞など情報メディアや司法が、これを『ただの犯罪者』とラベルを貼り続ける。
……など、安定した法治国家では、山賊や海賊そのもので特権を得るルートは閉じている。
「ですが……この逆のことをすれば、現代でも“貴族”が生まれるであります」
国家が崩され、または国家そのものが収奪装置になれば。
それに関わった賊が次なる貴族の席に着く、とクロエはいう。
「ソフィアの村に現れている賊もですが、どうも引っかかるであります」
「引っかかるって何だよ」
「賊にしては組織的で効率がいいであります。うちの家でも調べているものの、先だっての流行病で、ダメージが大きいところが襲われているとか」
「何だって!?」
「恐らくギャング……それも、どこか後ろに大きなものがあるかもしれないと」
許すことは出来ない。
貴族になりたいかどうかは知ったことではないが、その私利私欲に無関係な者が巻き込まれるのだ。
何よりソフィアの村から助けを求められるように、子供たちが巻き込まれている……。
エルマはふつふつと怒りがこみ上げる。
「許せねえ……! そいつらぶっ潰してやる……!」
「落ち着くであります。まだ後ろが判明していない以上、迂闊に動けば泥沼になるだけ。仮に賊を潰したとしても、トカゲの尻尾切りで終わりますよ」
「見てるしか出来ねえってのかよ」
舌打ちをした時、ふと足元から声がする。
エルマたちが乗る馬車の中央、みなが挟むそこには一つの棺が乗せられていたのだ。
『あのー……何でまた、私は棺に入っているのでしょうかー……?』
「オレたちで村を出入りするには、『クラスメイトの不幸』が一番なんだよ」
『それは分かるんですけど、私もみなさんとお喋りしたいですー……』
「いいから黙って機能停止しておけ」
『はーい』
棺はまた静かになった。
エルマたちは黒いワンピースにヴェールと喪服姿である。学校はバークルに事情を説明して外泊許可をもらっている。
ソフィアのいる村は西のユーエイルズという国近くにあり、荷馬車では二日ほどの距離となる。ヴィヴィアンは南の組合を通じ、駅家を利用しながら移動を続けていた。
「――おい、止まれ」
村まであと半日といった場所までくると、馬車がいきなり止められた。
黒のスーツで馬に跨がり、片手には銃を握っている。数は6人。こいつらが賊かと身構えるエルマを、クロエが袖を掴んで首を振った。
男の1人がヴィヴィアンに馬を寄せ、厳めしい顔で訊ねた。
「お前たち、どこに行く」
「この先のハデラの村じゃ」
「目的は何だ」
「見ての通り、友達を届けるんじゃき」
ヴィヴィアンが顎をしゃくり、男は一人に合図をして馬車の中を確かめさせた。
指示された男が中を見るや、喪服に身を包んだ女と棺に、驚きに目を開いて戸惑いを浮かべる。
「――中は棺桶と、喪服のガキが4人です!」
男は訝しい顔でヴィヴィアンを向いた。
「“友達”だと言ったけ」
「食い物などを隠してないだろうな」
「ほー、あんたらは人の屍肉を食うほど飢えてんのけ?」
「ッ……我らを愚弄するか!」
「用件は分かったんじゃ、通せや」
男は忌々しげに舌打ちをし、仲間に腕をかかげて指示を出す。
「べーっだ」
エルマが舌を出し、それに車内の緊張がほぐれてゆく。
「何だあの偉そうな。賊ってあんな立派な恰好してんのかよ」
「詐欺師はスーツを着てくるでありますよ。けれど、今の者はどうにも――」
クロエの横でリリーがため息を吐きながら口を開いた。
「……貴族ですわ」
「え?」
「車内を確かめた男がしていた手袋、留め金が特徴でしたの。馬車を止めさせた男が怒った時もまさに。手綱や繰り方まで、あれは貴族に仕えてきた兵士ですわよ」
「すごいであります。私は何となくそうかと思っただけなのに」
「これは貴族ゆえにですわ、おーほっほっほ!」
リリーは「しかし」と表情を改める。
「クロエ、調べるなら気をつけなさい。あれは最低でも子爵クラスですわよ」
「何と」
「それに恐らく……教会が絡んでるかもしれませんわ」
「教会?」
「貴族と教会は同じ支配層にある。王の戴冠も『神が認めし支配者』として教会が行うように、相互が国になってますのよ。まあ人事への癒着や婚姻への介入……叙任権闘争などを起こすなど、対立も深くありますけれど」
「貴族が土地を寄進し、受け取った教会が領地化するのはよくある話でありますな。そして、教会による権力の庇護を受ける――」
するとクロエは納得したように頷いた。
「ははあ……これは調べがいがありますな」
「オレにはさっぱり分からん」
道はまっすぐに伸びている。
ただ平野が広がり、道の脇には簡素な木の柵が連なる。空が曇っていなければ、もっと気持ちのいい景色となっていただろう。
穏やかな雰囲気にソフィアらしさを感じながら、進む馬車の向こうに小さな集落の陰が見え始めていた――。




