7.壁を越えた争奪戦
「――敵襲ーッ! 敵襲ーッ!」
「――メイド課の連中が襲ってきたぞーッ!」
夜中。執事課にけたたましい鐘の音が響き渡る。
「連絡路が突破されたッ! 防衛にまわれッ!」
「監視部隊、一階の様子は!」
「今のところ気配なし。けれど手が薄い、増援を回してくれ!」
執事たちは取るものを取らず。しかし服装だけはしっかりと、指示された場所の防衛につく。
彼らはみな焦っていた。メイド課の侵攻は想定しつつも、まさか本当に実行してくるとは誰も考えていなかったのだ。
「新入りどもボサっとすんな急げッ!」
その数は不明。
上級生は比較的大人しいので、新しく入った噂のじゃじゃ馬だろう。ならばその学年の50人程度か……と見通していたものの、
「敵勢力の規模が判明、その数――え?」
「どうした、その数は!」
「そ、その数……!」
偵察からの報告が届くや、みな蒼白となった。
「――メイド課は全軍! 繰り返す、メイド課は全軍!」
新入りはおろか、上級生まで参加しているという。
これには執事課も慌てふためいた。
「まずいぞ! 掃除部隊だけは全力で止めろ!」
「一階、西扉の監視が見えない! 防衛部隊、警戒せよ!」
その声が響き渡ると同時……。
扉の隙間から闇が溢れるように、ゆっくりと“夜”が覆い尽くしてゆく。それは地面を這い、執事課の生徒に触れた途端、生命力となるポイントが減少し始めた。
覚えのある“夜”だ。
扉の外にいた見張りの慄く声が生じると、
カチャン……ッ
と、施錠しているはずの扉の鍵が外れる音が響いた。
みなの警戒が強まる。ぐっと唾を飲み込んだ瞬間、強い光とともに扉が勢いよく開け放たれた――。
◇ ◇ ◇
「全軍、突入ーッ!」
クロエのかけ声と共に、ランプを手にしたメイドたちがなだれ込む。
「一番槍はもらうよッ!!」
その先頭を切るのは、入学式の日に現れた上級生のサリーだ。
クロエの〈フラッシュライト〉に防衛の執事が怯み、迎撃が遅れたその隙に、サリーは両腕をバチバチと雷を鳴らし、大きく振りかぶる。
「迅れ稲妻ッ、哮れ〈ボルテクス〉ッ!!」
「ぬああああああーっ!?」
「うぎゃああああああーっ!?」
轟音と共に猛烈な落雷が執事たちを襲う。
防衛はたちまち崩れ、メイドたちがバリケードを崩し、飛びかかった。
「だ、ダメだ、勢いが違いすぎる!」
「ここは退く……ッ!」
その勢いに持ち場を放棄し、逃亡を図ったのもいたが、
「逃がすかよッ! 喰らいな〈バインド〉ッ!」
「うがああッ!?」
同じく入学式の日に現れたリンダが、能力である“見えない手”でこれを捕らえ、壁に叩きつけた。
「激戦区のここは上級生たちに任せるであります。アイリーン、次は東側に回って二階と三階の通路を断つように、〈ミッドナイト〉の展開をお願いするであります」
「りょ、了解」
クロエは指示を出したのち、単独行動を開始した。
連絡路からの部隊と、正面扉からの同時攻撃だ。戦力的にどちらかを囮にした方がよかったのだが、今回の目的は『執事課の殲滅』ではない。大々的に攻撃をしつつ少数精鋭で局地戦を展開し、敵物資の強奪をおこなうのが目的である。
作戦の立案者はクロエだった。
まさか上級生がみな乗ってくるとは思わず、なら殲滅戦でもよかったと思ったものの、機運に絆され発起の目的を見失うのは愚かの極みだ。
クロエは姿勢を低くしながら階段を跳ねるように駆け昇り、二階を走った。
(二階部分は上級生たちのたまり場が多い。なら男臭いところを重点的にあたってゆく)
腰に手を回し、30センチほどの棒を両手に構える。
敵の気配――正面の廊下の角に待ち伏せていた二人が、角材を手に現れた。
「弱そうな女だ!」「一人なら楽勝だぜ!」
「ふ――ッ」
クロエは速度を緩めず、右手の棒をくるりと回す。
男の一人が角材を振り下ろす。クロエは左手の横払いでこれをいなし、上半身が流れたところに、右手の棒で後頭部を打ちつけた。
「おごッ!?」
「て、てめえ!」
倒れる仲間に、もう一人が角材を振り回す。
しかし、どの攻撃もクロエは最小の動作で躱し、棒で止めては一撃、また一撃と喰らわせる。
男はやぶれかぶれに渾身の一撃を繰り出すも、懐に入り込むことでこれを躱し、身体をくるりと、天に向かっての蹴りを炸裂させた。
「お、おお……」
「見た目で侮ってはダメでありますよー」
大の字に倒れた男をまたぎ、クロエは近くの部屋を物色し始める。
素人の隠し場所など子供だましに過ぎない。
賢しくあろうとすればするほどお粗末なもので、ジャーキーやタバコ、ピーナッツの小瓶を、次々と発見してゆく。
「む――」
女のヌード写真があったが、これは取らないでおいた。
(母いわく『同じ女ばかりでは持ちが悪くなる』であります)
いくつかの部屋を回り、次に入ろうとした時だった。
「へへっ、ちょっと腕が立つようだな」
「可愛がってやろうじゃねえか」「ぐへへ……」
大柄で屈強な男が三人、迫ってきた。
能力は筋力の増幅系か。見た目よりも気配が強い。
(上級生か。これはちょっと骨が折れそう)
棒よりもナイフがいいかな。
そう思って構えた時、
「――がッ!?」
「――ぐッ!?」
「――おッ!?」
パリン、パリン、パリン、とガラスを突き破る音が三つ。
そして男たちはその方向に流れるように倒れた。
「いい腕してるであります」
クロエが向いて親指を立てたその先――ガラスの向こうには、メイド課の屋上で銃を構える、リリーの姿があった。
◇ ◇ ◇
「――まったく、世話が焼けますわ」
「後ろからも来てるよ」
リリーは隣にヴィヴィアンを置いて、銃を構える。
執事課の男が四人。これを一撃一殺に仕留め、照準から目を離す。
「ヴィヴィアン、ほかに居ますの?」
「んー……二階は制圧かな。三階も割といるけど、クロエなら大丈夫か」
ヴィヴィアンは手を丸く、〈ルーペ〉の能力を双眼鏡にして観測手を務めていた。
「それでは連絡路の部隊と合流して、物資の移送を行いますわよ」
「了解。運搬部隊を動かすね」
「ただ連中の首尾が分からないのが不安ですわね」
「大丈夫じゃない? エルマがいるし」
「ソフィアは……まあ、勝手知ったる執事課ですし、心配はいりませんわね」
連絡路からの攻撃部隊にはエルマとソフィアがいる。
この二人がいれば問題ない。リリーとヴィヴィアンは、次の作業のため撤収を始めた。
◇ ◇ ◇
エルマは連絡路から先の廊下を制圧し、三階に取りかかっていた。
「おい、早くしろ! 運搬係が来ちまうぞ!」
「そうは言っても見えない何かがあって、手間取ってる内にやられちゃうのよお……」
台所部隊や掃除部隊など強力なところは、三階から四階への階段を封鎖するため奮戦している。
彼女らに背中を任せてエルマは進撃していたものの、二階に比べて上級生が多く、メイドが攻撃をしかけては返り討ちに逢うなど、苦戦を強いられた。
現在が特に難所である。
見えないバリケードに封鎖され、その先にいる巨大な上級生執事が腕を組んで立ちはだかっているのだ。
「ちッ……見えねえバリケードもだけど、あの衝撃波が厄介だな……」
その能力は両手を前に出し、円環の衝撃波を『ハーッ!』と声とともに放ってくるもの。
どんな経緯で、何を望んで発現させたのか皆目見当のつかない、意味の分からない攻撃だ。
しかしながら、メイドたちはこれに太刀打ち出来ず、二の足を踏み続けていた。
「ソフィア、まだか! バリケードを掃除してくれ!」
「執事課のハック完了しました! 行きます!」
ソフィアが前に歩み出ると、執事らに明らかな動揺が広がった。
「お、お前は……イネイア「シフ「マリアンヌ「ミーナ「レイナ」……!!」
「お前らホント共有物って意識ねえのな」
呆れるエルマの前で、ソフィアは手をかざす。
「見えない何かは連中にぶつけてやれ」
「はい! みなさんには申し訳ないですけど、これは戦いですので!」
ソフィアの〈ファントム〉で空間を取りこむ。
そして、もう一人のソフィアの〈ドールハウス〉が、取りこんだ空間とその物質を支配する―― 建物が広いため時間がかかったものの、完了すれば文字通り『彼女の手の中』だ。
身体ごとねじってオーバースローに腕を振るえば、見えない何かが塊となって周りの執事たちに降りかかった。
「ぬああーッ!?」
「見えないだけに防げんーッ!?」
バリケードを失い、立ちはだかっていた上級生執事は奥歯を噛みしめる。
「ぬうう……ッ しかし、イネイアでもここは通せん! ハーッ!」
両手を突き出して円環の衝撃波を繰り出す。
ソフィアは立ち尽くしたまま。だが割って入ったエルマが、これを食い止めた。
「く、ううーッ!?」
「エルマさんッ!?」
「大丈夫だ。こんなもん屁でもねえよ」
【マッシャー・ゴング 39,290/63,771ポイント】
【エルマ 1,020/1,035ポイント】
その数字に、上級生執事は唖然となっている。
「ば、馬鹿な……! 俺の能力で、たった15しか減らないだと……!」
「へへっ、オレは頑丈なのが取り柄だからよ」
「取り柄とかそういう次元じゃねえだろ!? 痛えもんは痛えんだからよ、お前の痛覚は馬鹿なのか!!」
「馬鹿って何だこの筋肉だるま!」
「馬鹿は馬鹿だ。風邪も引いたことねえだろう」
「何だとこの野郎!」
エルマは上級生執事に向かって飛びかかった。
体躯も倍ほど違えば、腕力など天と地ほどの差がある。大人と喧嘩もしてきたエルマは、それでも負ける気がしなかった。
「男女平等ぅー!!」
上級生執事は風を切るほどの突きを繰り出す。
これをエルマはさっと躱し、足を踏ん張って右アッパーブローを胴体にぶちかました。
「ご……ッ!?」
続けて左、そして前屈みになった頭を掴んで振りかぶったヘッドバッドをお見舞いする。ゴッ……と鈍い音が廊下に響き渡った。
「い、ッー……!! どんだけ石頭だよ……!!」
「むうう……ううー……」
よろけ、尻から落ちるように倒れた上級生執事に、エルマはダッシュしてその首を左脇に抱えながら床に叩きつけた。
【マッシャー・ゴング 0/63,771ポイント】
相手はこれに立ち上がれず、殴り合いの勝負はエルマに軍配が上がった。
「うっしゃー!!」
「やったあああ!」「さすがエルマ!」
メイドたちが湧くのに対し、
「ま、まさか、マッシャーさんが!?」
「む、無理だって、勝てねえよ……!!」
「逃げるぞ……!!」
大将格だったのか。
執事課の男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出してゆく。
「エルマさん。輸送部隊の方が来ましたよー」
「おー、それじゃあソフィア、連中の食い物を調べて報せてやれ」
「はあい。みなさん行きましょうー」
一階から制圧されて、上の階もそのうち降伏してくるだろう。
ソフィアの指示で集められ、ヴィヴィアン率いる運搬部隊のワゴンに食糧が積みあがる。これならしばらくは持つに違いない。
「うーし、撤収だー」
メイド課の勝利が確定した時、みなにポイントが表示される。
【略奪をした メイド課 -5,000ポイント】
「緊急事態だろうが!!」
「俺らもな……」
足元に転がっていた執事は、それを言うとガクッと力尽きた――。




