6.食糧危機と解決案
春の半ばを終える頃になると、世間は誰の目にも分かる慌ただしさに見舞われていた。
「ちょっと、街のパンの値段聞いた!?」
「聞いた聞いた。手の平ぐらいので銀貨2枚でしょ!」
「信じらんない。物価上がりすぎでケーキすら買えなかったわよ」
雨が多かったのは、この土地だけではなかった。
老夫婦が話した通り、国の至るところで不作が起こっていたのだ。
その報せは噂や新聞、また各々の故郷からの手紙でも届き、寄宿する生徒たちの口に上がる。今では校内でも大きな社会問題となろうとしていた。
だが、一部は冷静だった。
麻疹の混乱を知るエルマもその一人だ。
混乱は人が起こすものと知っている。自分だけ助かろうとして誰かを突き飛ばす者。理屈をこねて金に執着する者。救いを求める心につけこむ宗教や、宗教めいた人間たち。上の都合がそのまま押しつけられ、下にいる者たちが振り回される——そういうことが起きている。
当時と同じだ。
多くの生徒が、何が問題か把握できていない。
目の前のことしか見えず、煽られるまま、物価の高騰や食糧不足への不安だけで右往左往している。
(つっても、学校の備蓄もそんなになさそうなんだよな。下げようのない値上げも事実だし)
どうしたもんか、とエルマは思う。
ロビーにある巨大な彫像――持ち回りだと聞いた掃除当番の最中だった。
像は間近で見ると本当に大きく、高さは台座を含めると8メートル、外周は4メートルほどもあった。
世の中とは実に不思議である。
当番に選ばれる奴は悲惨だろうなと思っていたら、まさか自分に回ってくるとは……。
その内容は、像にハシゴをかけ、はたきで埃を落としてから拭き掃除。続けて、台座の周囲の掃き掃除……。
これらを1時間以内に終わらせねばならず、堪え性のないエルマは、段々ムカムカしてきた。
「うぬぬぬ……」
4日目となるこの日。
エルマは掃き掃除のホウキを持ち、ようやく一周を終えたところで、いよいよ我慢できず、右足を上げて蹴りつけた。
「こんなデケェもん作るんじゃねえよ! 面倒は面倒だっつの!」
足が【ハウスキーパー】と彫られたプレートに当たった時、それがパタンと倒れた。
「あ、やべ……!」
慌てたエルマだが、プレートの左右に展開アームがついているのがあり、元から開閉するものだと胸をなで下ろした。
人騒がせなやつだぜ……。
どうやら引き出しになっているようだ。指をかけて慎重に引っ張りだしてみると、それは指輪が収めた台座のようであった。
「外出用の指輪って、こんなとこに保管されてたのかよ」
指輪は5つのみ。古さを感じるので、昔のを保管してあるのだろう。
リリーに見せると、1つ盗んで自分のものにするかもしれない。現在の指輪でさえ勝手に持ち出しては、連帯責任で怒られるのだ。
これは隠しておかなきゃな、とエルマはプレートを元通りに戻した。
◇ ◇ ◇
不作は長引く見通しだと言う。
今年の雨も多く、農作物へのダメージが深刻になりそうだからだ。生徒には農家の出もいるので、楽観的な見通しもできず、現実を目の当たりにさせられる。
「まったく呆れますわ。こんな状況だと言うのに、物乞いの子供にパンを与えるなんて」
「こんな状況だからだよ。真っ先に飢えて死ぬか、物盗りになるかがすげー近くなるんだ。特にみなイライラして自分事ばっかになると、悪いやつらに誘われたりするからな」
「悪い奴ら、ね……」
物乞いの兄妹は変わらずやってくる。
エルマは食糧危機でも二人を邪険にせず、いつものようにパンを与えた。兄のほうは街の事情をよく知るらしく、パンを乞いにくるのに戸惑いを見せていたが、何も言わず、頭をわしわし掻くエルマに顔を明るくした。
二人は雨の中を駆けてゆく。
その背中をリリーと眺め、厨房を振り返った。テーブルには廃棄される野菜クズを集めたスープが置かれている。
「孤児を守るにしても、その者が動けねば何も成りませんわよ」
「こっちのが慣れてるよ。お折檻で食事抜きとかもしょっちゅうだったし」
「目に浮かびますわ」
「まあでも、たまには人並みの食いもんが欲しいな」
「そのアテはありますの?」
問うような眼差しに、エルマは悪らつな笑みを浮かべる。
「あるだろ。酒も食いもんも隠し持ってそうなトコが」
「――やりますの?」
「やるぜ。今夜あたりな」
恐らくは大戦争になるだろう。
それを察してか、リリーは戦力を集めてくると言い、厨房を出ていった。




