5.再会と別れ
風邪の流行により延期されていた実習は、年が明けてからようやく開かれることとなった。
「ようこそいらっしゃいました」
「「「ようこそいらっしゃいました」」」
バークルの挨拶に続き、生徒たちは一斉におじぎをする。
ロビーにずらりと並び、これまで訓練してきた立ち姿で。緊張に顔を強張らせての歓迎に、子供たちは圧倒されて立ち尽くした。
年齢はおおよそ五歳くらいで、中には引率の教師にしがみついたり、泣きそうな顔で振り返ったりの反応だった。
(まあそりゃあ『大人げない』もんな……)
エルマは胸中で呆れた。
(大人に向けるガチを、ガキにぶつけて恰好つけてるだけだろ。姿勢を示すのも大事だけど、それなら大人でやれよ……怖がらせてどうんだ)
などと、頭を下げながら思う。
しかしながら――大人にやれば、使用人のお粗末ぶりがバレてしまうので、難しいところだ。
「では、子供たちをお願いします」
「承知いたしました。では皆さん、くれぐれも怪我などをさせないように」
生徒はみな頭を下げてこれに応じた。
各チームは十人ほどの子供を受け持ち、端から順に校内へと移動を始めてゆく。
『――なあ、ガキの数合わなくねえか?』
『私も気になってたであります。どうもギリギリ足らないような……』
その予想通り、最後の自分たちで子供たちがいなくなってしまった。
あれ、と首をひねるとバークルが門を振り向く。
「あなた方には、来賓を担当していただきます」
「来賓?」
来賓と呼ばれるのは特別な招待客だ。
もしかすると学年で最もポイント稼いだため、一般の子供たちと違って貴族や相応を相手させられるかもしれない。リリーに目を向けるも、『頼るな馬鹿』と言いたげに睨み返された。
来賓と呼ぶからには、豪奢な馬車に乗ってくるだろう。
しかし自分たちの前には、がらんとしたロビーと開け放たれた扉……そこに広がる中庭ばかり。
緊張の面持ちで待つも、現れるのはせいぜい貧相な子供だった。
「……うん?」
エルマは首を前にし、バークルは口端を持ち上げた。
先頭を駆けてきたのは、綿を入れた上着を羽織った子供だ。その裾から上下とも水色の服が窺える。やや遅れてスーツを着た大人が追いつき、ぞろぞろと先に着いた子供と同じ恰好の子供がやってくる。
間違いない。
間違いない。
あれは孤児院の制服だ。
「お、お、おお……」
そして、皆の顔を知っている。
「お姉ちゃんだ!」
「エルマ姉ちゃんだ!」
「エルマ姉ちゃんがいた!」
エルマに気づくと、子供たちは顔を破顔させ、中庭に目をくれず全力で駆ける。
そして飛び込んできた彼らを、エルマはしゃがんで全力で受け止めた。
「お姉ちゃん!」「エルマ姉ちゃん! エルマ姉ちゃん!」
「ユリア、ジャン、ルーニッ! レオンにサリー、アネット、ミリーも! うわああッ、お前らよく来たなあ! 元気だったかあ!!」
次々と子供たちが集まり、エルマは埋もれてしまった。
その数は十を越え、大人たち――孤児院の教師が諫めるも、興奮した子供たちには届いていない。
ようやく落ち着いた頃には、エルマのカチューシャは外れ、メイド服はくしゃくしゃに乱れきっていた。
「エルマが戻ってこないと、子供たちがガッカリしていてね」
「お、お前たちいぃぃぃぃ……」
孤児院の先生の言葉に、エルマはまた子供たちを抱きしめる。
「それが叶ったのは、この方たちのおかげなんだ」
先生が振り返って手をのべた先には、見ない大人が立っていた。
五十代か六十代の老夫婦のようだ。婦人の腕には幼い子供が抱かれ、エルマを見るや「ねー!」と手を伸ばして声を弾ませる。
エルマはすぐに気づいた。
「おお、お前……!」
「ジョシュアと名付けました。子供を授かれなかった私たちに、こんな愛らしい子と巡り会えたのは、エルマ様がいたからこそと窺っております」
ジョシュアと呼ばれた子供は、最近立つようになったのか。よたよたしながら、しっかりした足運びでエルマに近づき、抱きついた。
「エルマさん、まさかその子は……」
「オレがお乳をあげた奴だ! 元気そうじゃねえか、どうだ上手くやってるかあー?」
おどけるエルマに、ジョシュアは声を弾ませる。
それはまるで、母親に応える愛らしい子供の声であった。
「この子は病気知らずでしてね。流行していた厄介な風邪も引きませんでした」
「むしろ元気がありあまって、我々も老いている暇がない日々を送らせてもらっていますよ」
「そーかそーか、元気いっぱいかお前!」
仲間たちはこれに納得しかないようだ。
「間違いなくこいつのお乳ですわ」
「親のお乳は子の強さと聞くであります」
「子供は7歳まで分からないけど、エルマのなら成人まで病気しなさそう」
「私も頑張ったら出るのでしょうか。だけど出てもエルマさんみたいなガサ――元気は子にならなさそうです」
「うるせえよ!」
別のお乳をあげた子供も同じらしい。
エルマはみなの無事が聞けて、心から嬉しく胸が熱くなるのを覚えていた。
◇ ◇ ◇
子供たちの世話をする授業と言っても方法は任される。
ボール遊び、読書、校内探索……それぞれのチームが苦心するのに、エルマたちは違う。もう会えないと思っていた孤児院の子供たち、勝手知ったるみなとの遊びは、全員の想像を遙かに超えてきた。
「え、エルマさんは、ずっとこんなのやってたでありますか……」
「何だもうヘバってんのか? おやつ食ったら晩飯までボール投げだぞ」
「し、新兵の訓練よりしんどいであります……」
「インドアには無理ィ……」
ひと通り遊び、これまで苦労に苦労を重ねたおやつの時間。
けれど、孤児院の子供なのは想定外だ。事前に決めていた段取り通りにならず、直立もままならないクロエたちは、全行程をソフィアに任せる形になってしまった。
「お姉ちゃん、これ美味しい!」
「おおそうかそうか! おかわりもあるからな、一杯食えよー」
「うん!」
「エルマお姉ちゃん、おかわりどこ?」
「あそこのキッチンにいるお姉ちゃんだ。うちでもやってたろ」
「キッチン……」
男の子が恐る恐るに目をやる。
和やかに目を細めたソフィアがそこに立って、視線に手を振りながら身体を傾けた。
「あれ人形だよね……?」
「違うぞ。自分を人間だと思ってるお姉ちゃんだ」
「勝手にフライパンとか動いてるけど……?」
「あれはオバケの能力だー」
うひひっと迫ると、男の子は真剣な表情で顎を引いた。
「何を驚かしてるんですの。――ほら、おかわりが欲しいなら行きますわよ」
「う、うん……」
ダウンするクロエたちと違って、リリーは面倒見よく子供たちに心を配っている。
子供の感受性や感応性は、大人が想像するより遙かに強い。
彼女の、つっけんどんな態度は子供にも容赦なくも、子供たちはその芯を感じ、すぐ『リリお姉ちゃん』と心を許した。
ソフィアに対しては近づきたくも、半分が人形のいでたちのせいか不気味さに阻まれている様子である。
ホットケーキを焼く人形――きっとそう見られていることだろう。
(こいつらも、何年かの内に孤児院を離れるんだな……)
エルマは腕にジョシュアを抱いている。
この子を引き取った老夫婦のように、子供たちは遅かれ早かれ孤児院を去る。自分のように、17歳まで残ることの方が珍しいのだ。
引き取られた家が居心地いいとも限らない。
むしろ『孤児院の方がよかった』と思うことの方が多いだろう。
(きっと全員と会えるのはもうないだろうし、これが本当の別れとなるな)
みなで笑い合うこの時間……。
どんな人生が待っていても、今日という日をいつまでも覚えていて欲しいと、エルマは人知れず目元を拭っていた。
◇ ◇ ◇
楽しい時間はあっという間に過ぎるものだ。
わずかな触れあいでも、別れに涙する子供たちは少なくないが、
「――おぉぉぉぉぉ……ッ、お前らァッ、行ぐんじゃないぃぃぃぃー……ッ」
「ええい、いい加減諦めるんですのッ!!」
エルマの方が声をあげて泣き、子供たちを帰さないようしがみついていた。
おかげで孤児院の子供たちは苦笑いを浮かべるばかりで、涙を浮かべるのは一人もいない。リリーに引き離されたエルマは、ひたすら泣きすすりながら、夕闇に去ってゆくのを見送った。
「本日はありがとうございました」
子供たちを連れてきてくれた老夫婦も、丁寧な挨拶をして学校を出てゆく。
しかし、夫がふと足を止めてバークルを振り返った。
「いらぬ心配かもしれませんが、こちらの食糧は大丈夫でしょうか?」
「食糧、でございますか?」
「うちが管理する庄で、小麦の不作がありましてな。聞けば各地も似たようなもので、場所によっては全滅も……これはひょっとすると、飢饉が起きるかもしれぬと」
「飢饉……」
「この時代で心配することはないでしょうが、食糧の流通が滞ったり、春ごろになると値がかなり上昇するかもしれません」
「貴重な情報頂きありがとうございます。我々も確認と対応に動きたいと思います」
「そうした方がよろしいかと思います」
では、と帽子をあげたのを見送り、扉が閉じてからバークルはヴィヴィアンを向いた。
「……ミス・ヴィヴィアン。先ほどの話は聞いておりましたね」
「はい。帰省した時、組合はすでに動いておりました」
「値上がりは起きそうですか」
「それは申せません。金が動く情報は、商人の生き死にを決めますので」
バークルは無言で1,000ポイントを与えた。
「……これは独り言ですが、この街はまだ何も動いてません」
バークルは大きなため息を吐くと、そのまま静かに廊下に消えていった――。




