4.男がドキッとする女の仕草は何か大会
ふと背後に複数の気配が現れたのは、その時であった。
「返せー」
「返せー」
「我らの姫を返せー」
執事課の男たちである。
休みで行き来もしやすくなっているのだろう。鼻に刺さるような香水を纏わせ、髪を固めてビシッとキメていた。
「姫ってなんだよ」
「それは男臭さしかない執事課の清涼、紅一点、可憐に咲く姫、名はシンディ「マドンナ「マリー「アリア」だ!!!!」
「全員バラバラじゃねーか! その時点でただの“穴”だろ!」
「ち、違げーし! ちゃんと愛があっし!」
ソフィアの肉体――愛玩人形は元々、執事課で使われていた備品だった。
それが彼女の憑依する能力〈ファントム〉が発現したことで、前代未聞の“生ける人形”となったのである。
「おいソフィア、こいつらの床評価どうだった?」
「え、ええっ!? そんなことしてませんよー!?」
「何か思いつく数字を言やいいんだよ」
「止めろッ、そっちでも数字評価するのは止めろッ!?」
男たちは全員、耳を塞いで蹲った。
「てか、こいつの身体持って帰ってもただの人形だぞ」
「それでも構わん。むしろそうでなきゃ困る」
「何でだよ。人の体温と反応がある“メイド人形”のがよくねえか?」
「い……」
みな目を見開くと、
((((言われてみれば……))))
「馬鹿だなー、こいつら」
男どもはソフィアを目的に、メイド課を訪ねてきたわけではないだろう。
食堂の女たちから、珍客への視線にキメ顔を作りつつ、自然な動きで椅子に座ろうとする。
ヴィヴィアンやソフィアが避けるように席を移動したので、自然と男と女で向かい合う並びとなった。
「ここに来たのはほかでもない」
ルーカスは勿体ぶって注目を集め、
「男がドキっとする女の仕草は何か大会ー!」
「「「イエーーイッ!!!」」」
男たちはわーっと盛り上がった。
「帰りますわよ」
「まあ待て待て……お願いだから待って。置いてかないで」
立ち去ろうと浮かべた尻を戻すのを見てから、ルーカスは「事情があってな」とそれを話し始めた。
「始まりは『女のこの仕草がいい』という他愛もない会話からだ――」
「そんな話してるから頭悪いんですの」
リリーが眉をひそめる。
「みなそれぞれ『女のこの仕草がいい』があって、誰もが俺のが一番だとなり、収拾がつかなくなって執事課で『女のこの仕草がいいグランプリ』を決めたんだ」
「帰りたいであります……」
クロエもいきなり疲れている。
「だけどトップ5を決めたところでな、果たして本当に『女のこの仕草がいい』のかと疑問が出てきた。なんせ実際見たことがないから」
「どうせ本とか妄想だもんね」
ヴィヴィアンは本を開いて、男すら見ていない。
「そこで我々が旅立ったのだ。本当に勝利を得た『女のこの仕草がいい』がグランプリに値するのかどうか、メイド課の女で確かめに」
「何故か私の中で『死ね』って言葉が出てますー」
ソフィアも、さらっと恐ろしいことを口にする。
女たちからの辛辣な言葉を無視し、話しきったルーカスであるが、要するに『票を集めた仕草を女にやってもらいたい』ようだ。
「他にやることねえんだな」
「言葉にされるとつらいものがある」
その横から、懐から四つ折りの紙を取り出したクリス・ローゼンベルグは、キザな仕草で机に広げてみせた。
【無意識に前髪をかき上げて、耳にかける】
【上目遣いで『ご主人様、どうかなさいましたか?』】
【後ろでエプロンの紐を結び直す】
【カップを持ったまま、指先で縁をなぞる】
【近くで前かがみになり、耳元で小さく『失礼します』とささやく】
紙面には、エルマでも馬鹿馬鹿しく思える文章が羅列されていた。
「……クロエ、お前的にどうだ?」
「40点ぐらいでありますか……まあ男が考えそうなことであります」
何だと、と男たちが勢い込んで立ち上がった。
「ならお前たちが考える『女のこの仕草がいい』はあるのかよ!」
「まあ、仕草というか『男をドキッとさせる』のはあります」
「ほー、ならやってみてくれよ」
元からそれが目的か。しかしクロエも想定どおりか、隣のヴィヴィアンにひそひそ耳打ちをする。ヴィヴィアンは頷くと、準備をしに食堂を出て行った。
わずかに時間をおいて戻ってきた彼女は、麦わら帽子にオーバーオールと外出時の恰好をしていた。
そして、何をするつもりか、キッチンから牛乳瓶が入ったケースを二つ持ってくると、
「おーい、誰か手伝ってー」
そこにトーマスが応じ、ヴィヴィアンと一緒にみなの下へと運んできた。
「これでいいか?」
「いやー、助かったよ。やっぱり力持ちだね」
「おうよ俺らは力仕事が基本だからな」
「あのさ……またお願いしていい?」
頬を染めてチラッと窺うと、トーマスはうっと唸った。
そして、
【譲渡 トーマス・チル ポイント-100】
【譲渡 ヴィヴィアン・グレイ ポイント+100】
トーマスからヴィヴィアンにポイントが与えられた。
「いきなり負けてんじゃねーよ馬鹿!」
「上目で頼られたらなるって!?」
あ、そういうノリか……。
ドキッとしたらポイントを与えるのかと、エルマは理解する。次にアーサーという男が名乗りをあげ、トーマスと入れ替わって先頭に座った。
ヴィヴィアンは次も続けるらしい、
「ふう……」
と息を吐くと、手ぬぐいで首の汗を拭う。
そして、そのまま肩口へと滑り――片手が襟元を広げた瞬間、
【譲渡 アーサー・ペンブローク ポイント-100】
【譲渡 ヴィヴィアン・グレイ ポイント+100】
「瞬殺じゃねえか!」
「無理だよお……あんなの不意打ちで見せられたら、結婚しよってなるよお……」
クロエは次にソフィアに目を向けるも、これをルーカスは手を前へ突き出す。
「彼女はレギュレーション違反だ。男は惚れた女に捧げるからな」
「カッコつけてるけど、がっつりタマ握られてるってことだろ」
「抱いた女は嫌いなれないさ」
「使わせてもらった、だろ童貞」
「ど、童貞じゃねえよ!? ちょっと機会を逃してるだけだよ!?」
これに首を振ったのはリリーだった。
「本当に男って馬鹿ですわね……他愛もないことで惚れて、尻尾を振るんですもの」
「お? 高慢ちきも男落とすテクあんのか?」
「当然。見てなさいですわ」
リリーはおもむろに扇を取り出すと、それを広げて顔を覆う。
そして、チラッと横から流す視線を男に向けた。女たちは首をひねるも、彼女は気づかず流し目を続ける。
「うーん……」「俺らでも考えつくよなあ……」
【譲渡 リリー・ハートウェル -500ポイント】
【譲渡 執事隊 +100ポイント】
「ちょっと、どうして私だけ500も減るんですの!」
「全員にやったでありますから……それに流し目の奥ゆかしさは、昔よきであります」
「キーッ! なら貴女は出来ると言うんですの!」
「ふふん、やってみるであります」
クロエは立ち上がると、アーサーという男子の隣に移動する。
何かをする様子はない。けれど軽い流し目をくれると同時、ルーカスは何かに気づき身を固くする。そしてクロエが小さく唇を開き、彼だけに聞こえる声でこう囁いた。
――連絡してよ
【譲渡 クロエ・ミルズ +100ポイント】
【譲渡 アーサー・ペンブローク -100ポイント】
「よし、帰ろう」
アーサーの手には紙切れが挟まれていた。
「おいこら、何された!」「何受け取ったこの野郎!」
「渡さんぞ! これは彼女の信頼の証なんだー!」
「ただの落書きでありますよー」
執事課の男どもはクロエの策に翻弄されっぱなしだ。
「流石は諜報員の娘」
「ノン。妾腹の娘であります、はい」
するとクロエはエルマをじっと見た。
いや……先ほどからずっと、エルマはちらちらと視線を受けていた。
「最初から気になっていたでありますが、その格好何でありますか……?」
「ああ、これか」
エルマは自分の身体に目を落とす。
周りのメイド服と違って、ピンクのワンピースにキュロットペチコート――フリルのついた可愛らしい格好だ。
「ここに来る前、あの掃除部隊に遭遇してな。洗濯しろとか言って人間ごと洗われたんだが、着るものがなくなって、部屋にあるの着てきたんだ」
【譲渡 エルマ +50ポイント】
「そんな服持ってたでありますか」
「ソフィアが作ってくれたんだよ」
【譲渡 エルマ +50ポイント】
「えへへ、エルマさんが着てくれてよかったですー」
「似合わないし趣味じゃないからいらねえって言うのに」
【譲渡 エルマ +50ポイント】
「似合ってますよー」
「はい。エルマさんは何気にスタイルいいし、女性らしい体つきなのがよく出てます」
「よせよ、恥ずかしいんだよこれ」
【譲渡 エルマ +50ポイント】
「何だよさっきから!! ちょこちょこちょこちょこ!!」
「ボーイッシュの少女趣味はズリぃわー……」
「ば、馬鹿野郎ッ、そんなんじゃねえっつのッ! ソフィアの趣味だ!」
「ところで下着つけているでありますか……?」
「全身丸ごと洗われたからねえよ。キャミソールはしてるけど」
【譲渡 エルマ +500ポイント】
「はっ倒すぞッ!!」
「えー、可愛いと思いますよー」
実を言えばこのような服は沢山ある。
ソフィアは『シャツとショートパンツでいい』と言っても聞かず、パステルカラーのブラウスやワンピースを持ってくるのだ。
趣味じゃ無いから着ないのも申し訳ないし、服など着られればいいので、タダならそれでありがたい……相反するそれを、自分の中でギリギリ両立させている状態だった。
そんなソフィアは「また作りますね」とニッコリ微笑み、エルマは渋い顔になるしかなかった。




