3.小さな巨人
年が明けて、帰省していた生徒たちも学校に戻ってきた。
長旅で疲れた生徒も見受けられるが、みな家族に近況を伝えられた充実に溢れている。エルマはこの雰囲気を和やかに眺めていた。
家族ってのはどういうものなんだろうな。
羨望の念など知りようがなく、和気と共有しあうその感覚だけが唯一理解できない。この時だけは、やはり自分はみなと違うのだと実感する。
クロエたちは教室にいない。
そう言えば食堂に行くと言っていたのを思いだし、エルマは廊下に出た。
廊下にもリフレッシュした表情の生徒が大勢いた。
それを眺めながら歩いていたところ、正面にバークルが見えた。向こうもエルマに気づくと、足を止めて身体ごと振り返る。
「新学期の準備は出来ていますか、ミス・エルマ」
「まあ、ぼちぼち?」
エルマははぐらかすと、バークルは呆れたようにため息をついた。
しかし、話しかけた理由は別にあるようだ。バークルは「ところで」と話題を変え、すぐ目的を切り出した。
「元いた孤児院から離れて久しいようですが、手紙などは送ってますか?」
「手紙? ないない、んなもん」
エルマは手を払ってこれを否定した。「近況なんて求めてねえから」
「孤児院は子供が離れたらやれやれなんだ。せいぜい『何年前にお世話になった誰々です。このたび結婚することになりました』ぐらいの報告だよ。近況報告なんて、まだ馴染めてないのかと思われるだけだよ」
「何とも斜に構えていますね」
「期待を寄せて、応えてくれる場所じゃねえからな。大人も誰かに拘るわけにもいかないし、孤児の居場所なんざそんなもんだ」
「その割には、子供たちのために奔走したそうですね」
「助けてもらうのを当然とするのは嫌だけどさ、あいつらはそうでなければ生きてけないんだ。常にどこかで不安と孤独を感じてるし、それを知ってるなら、最も近しいのが力になってやらなきゃなんねえだろ」
オレはまあ諦めてっけど、と言うと、バークルは肩を揺らした。
「何だよ」
「失礼。貴女ほど、“巨人”という言葉が相応しい人はいないと思いまして」
「こんなチビなのにか?」
「大きさは関係ありませんよ、ミス・エルマ。巨人は粗野で乱暴ですが、誰かの敵となっても守ると決めたものは守るのです。ことさら巨人の女は母性に富み、子供たちを隔てなく大事にする――言うなら、貴女は“小さな巨人”でしょう」
「小さいのかデカいのか分かんねえな」
エルマは照れ笑いを浮かべる。
「ま、そんなら食堂でデカくなってくっかな」
「ふふ、それよりも先に“敵”が待ち構えておりますよ。男は敷居を跨げば七人の敵あり、と言いますが、“小さな巨人”もまた同じことが言えるのでしょう」
バークルが言うその先には、かの【お掃除部隊】が立ちはだかり、引き締めた顔をこちらに向けていた――。
◇ ◇ ◇
「ソフィアは実家に帰省していたのでありますよね?」
「はいー。これはそのお土産で、うちで作ったチーズですー」
エルマが食堂に着くと、クロエたちがテーブルを囲んで話に花を咲かせていた。
「おお、エルマさん。ちょうどおやつにしようとしていた所であります」
「へえチーズか。美味そうじゃん」
「はい。チェダーとウェンズリーデールです」
「種類言われても分かんねえや。チェダーってのが普通のか?」
「その通りですー。うちのは少し固めで、風味を愉しめるようにしています。ウェンズリーデールはマイルドで甘い感じですね」
青いタイプはやめちゃいました、と説明されるが、エルマには分からない。
「チェシャーはないんですの?」
「うーん、うちの地方だとレスターになっちゃいますねえ」
「まあ地域的にそうなりますわね」
「チーズ語りしてたらこっちまで発酵しちまうよ。早く食おうぜ、腹減ってしょうがない」
「ええ、そうしましょうー」
ソフィアは右手首をひねると、そこからナイフが飛び出し、慣れた手つきでチーズを切り分けてゆく。
形状がどことなく医療用のメスに似ていたが、誰も気づかないフリを通した。指摘すると、どうして腕にそんな仕掛けがあるのかまで訊かねばならない。
「こちらの飲み物は、うちの村で作ったシードルです。本当は合うビールがあるんですけど、今年はちょっと麦が不作のようでしてー……」
「まあ、ここで堂々と酒かっくらうわけにもいかないしな。さっそく食おうぜ」
みな揃ってチーズに手を伸ばす。
チーズは一般的な加工品であるが、エルマは日常的に口に出来た食べ物ではなかった。癖が強く、多くは食べられない印象もある。
だが……ソフィアが持ってきたのは別物だった。
柔らかく、それでいて食感があり、噛めば噛むほど甘い香りが口にふうわりと広がる。そして口腔の体温で蕩け、舌にうまみが染み込んでゆく。
今までのチーズは、たたき売りの安物だったのだと分かるほどだ。
「うんめえなこれ!」
「本当。チェダーとは思えませんわ」
「甘くて芳醇……軍の食事には出せないであります」
「仕入れて売りたい」
「あはは、ありがとうございますー」
自分の家のチーズを褒められ、ソフィアは嬉しそうに顔をほころばせた。
「里帰りはどうだったんだ?」
「はい! 両親は驚いてましたよ、別人のようだって。見違えた、娘だと思わなかったと言ってくれました」
「うん、まあ、驚くよな……びっくりする方に変わったし」
「家の手伝いをしていると、まるで機械のようだと。以前とは比べものにならないくらい能率がよくなってたようで、学校での訓練は無駄ではなかったんだと実感し、ますます励みたい思いでした」
「牛もビックリしただろうよ」
「お乳を出さなくなったのは食肉になっちゃって、ちょうどその一頭がいたんですけど、私を見たら全力で出してくれました」
「そ、そうか」
解体ではなく解剖になると直感したのだろうか。
「私、実は家族の中で解体するの一番上手いんです。可哀想ですけど飼育する側の責任ですし、無駄にナイフ入れて苦しめないよう、ひと突きで眠らせて、各部位をバラバラに――」
ソフィアの表情はどこか陶酔しているような……。
牛は命拾いをしたのか。
そうと思うと、食べているチーズに命の味がするような気がした。
「帰りは馬車で、黒いヴェールでもしてたのか?」
「それは未亡人ですよー。ヴィヴィアンさんの組合の方が村の方面に行くというので、同乗させてもらいました」
「ふうん。でも乗り合いだと大変だっただろ」
「いえいえ、荷台に乗せてもらったんです。ちょうど箱のベッドがあって、道中は吸血鬼みたいにずっと寝てました」
みなの視線がヴィヴィアンに集まる。
『配達か』
『配達であります』
『配達ですわ』
『それが限界だった』
人間向けに乗せようがなかった、とヴィヴィアンは肩を落とす。
迎えもまたチーズに囲まれたが、何故か両親や兄弟が箱に花を入れたらしい。
『棺桶か……?』
『棺桶であります……』
『棺桶ですわね……』
『空いてる業者が葬儀屋しかなかった……』
しかしながら、最も適した運び方ではないかと、皆が思うのだった。




