2.エルマの生き方。その日そのまま
使用人は一般的に、半年に一度の間隔で休みを与えられる。
その一つが年末年始だ。
学校もこれに倣って休みとなるため、校内はがらんと静まりかえっていた。
「クロエは帰省しなかったのか?」
「帰ったところで、私を待っているのは、監視と毒と母の不機嫌でありますよ」
年末。エルマ以外にチームで残ったのは、クロエとリリーだけだ。
学期収めの日にヴィヴィアンは帰省し、ソフィアはそれに便乗する形で馬車に乗った。
「ま、今年の最後ぐらいは、一緒に過ごしてやってもよくってよ」
「帰る家も、厄介になれる友達もないもんな」
「どっちもあるわ! それを言えば愚民でしょう!」
リリーは口を滑らせたのか、すぐにあっと表情を変えたが、エルマは気にせず笑った。
「まーな。孤児院から出されたら、基本帰れねえしな」
孤児院はそもそも仮住まいだ。
引き取られた先が家となり、故郷となる。
「であれば、配属された屋敷と土地が故郷でありますか」
「それもどうだろうな。適当にどっか耕して、根を張ってはいるだろうけど」
「本当、将来のことなど何も考えてないんですわね……」
「考え通りになることなんて無かったしな。もうちょい賢ければ、自分を思うところに流せるんだろうけどさ。そんなご立派になれる気もしねえし、その日そのまま、川に落ちた木の葉のが合ってるよ」
時刻は昼下がり。一行はティータイムにと、食堂を目指していた。
「リリーさんは己が灯火なのでありますな」
エルマがそれを訊ねる目を向けると、クロエは口元を緩め、薄暗い宙に這わせるよう廊下を眺めた。
「人や組織に依存をせず、自分と法を灯火にしながら、人の暗路をゆくのであります」
「そんないいもんじゃねえや。ただのへそ曲がりだよ」
「世の中は“へそ曲がり”を認めず、依存する者を是とするでありますよ」
休みのあいだは外出も自由だ。
それ以外にやることがなく、食堂は学校に残った生徒たちのたまり場となっている。食事は各自で用意する必要があるも、生徒の中には、ポイントを使って“代行”をするのがいた。先日戦った【台所部隊】は特にそうで、今が狙いどきだと忙しく働く。
彼女らは数日では帰れない遠方出身だ。卒業前に大きめの休みが与えられるので、その折に帰省するのだと言う。
エルマに気づくと、キッチンから露骨に機嫌の悪い顔が向けられた。
「争奪戦がしたいんだなら受けるよ」
「へへっ、そうしたいとこだけど、今日は大人しくしてるって決めてんだ」
訪ねてきたエルマに、リーダーのベアトリスはわざとらしく息をついた。
「だろうね」
「注文したの出来てるか?」
「我らの魂を冒涜したお前らは許さないし、ピッツァに果物を載せた奴はもっと許さないが、料理に関しては別だよ」
「よく言うぜ。腐ったもん混ぜて、人を食中毒にしやがったくせに」
「犬かネズミだと思ってたしね」
ベアトリスが顎をしゃくって仲間に合図をすると、一人が身を屈めてキッチンの戸を開く。
見ない顔だった。チームではない上級生かと思っていると、それを察したようにベアトリスが口を開いた。
「あれが参加していたら、うちらは勝っていたよ」
「ケンカに“たられば”はねーよ。で、あれは誰なんだ?」
「うちのメンバーの一人さ」
その上級生が、一切れのケーキを載せた皿を運んできた。
皿は触れると想像以上に冷たい。
「それが、こいつの能力〈フリージオ〉だ。空気を冷やし、時には凍らせる」
「あの、あちあち女の逆か。何で出なかったんだ」
「出たら周りがブチギレるからね。逆に夏はシャーロットが控えろと言われる」
夏はさぞ快適なのだろう。現に冬場は〈ホットガール〉を熱源にしているのか、食堂は快適な温かさに包まれている。
冬場は氷や外気を利用した保存に頼らない。ケーキはフルーツをふんだんに使用したタルトで、夏や秋の果実を使用しているのも、能力のおかげなのか。
「夏なら流石に腐った食い物に気づいてたな」
「どうだか。ほれ、さっさと払うものを払いな。300ポイントにまけておいてやるよ」
「へいへい」
【エルマ 540/540】
【支払い -300ポイント】
ポイントの支払いを終え、皿を持って席に待つリリーのもとへ向かった。
「――ほれ、お前にだ。誕生日だろ」
リリーは驚きつつも、ケーキを前に嬉しさを隠せない。
今日は彼女の誕生日だった。それに気づいてか、頬が緩んで唇が持ち上がる。
しかしながら、どうしてかと窺うような目を向けた。
「孤児院だとみんなこうして祝ったんだよ。本当はみんなにやってやりたいんだけどさ、ポイントがねえから」
「ほほほ、殊勝な心がけですわ。――けれど、どうして私なんですの? 先月はクロエが誕生日でしたでしょう」
「没落貴族って孤児と一緒だろ?」
「違うわ!! 明確な違いは怒られるから言わないけれど、違うわ!!」
「そうなのか? ならケーキはオレが食うよ。いつもオレ一人でやってるし」
「い、祝ってもらったのを無碍にするのは、無礼極まりないこと。せっかくなので貰ってやりますの」
リリーはケーキにフォークを入れた。
表面はゼリーで覆われて煌めき、下のタルト生地はさくりとしている。そのひと口を運べば、たちまち彼女の表情が緩む。
ひと口、ふた口……とフォークが止まらない。
エルマはその様子は嬉しそうに眺めていた。
「それにしても貴女も暇なものですわね。みなの誕生日を祝ってるなんて」
「オレは神になりてえんだよな」
ぐっとリリーはケーキを吐き出しそうになる。
「その口から出る言葉とは思えませんわ」
「今日も明日も、この世の誰かが誕生日なんだぜ。神様なら全部祝えるだろ」
リリーだけでなく、クロエも目を瞠っていた。
「ん? どした?」
「……エルマさんが神であれば、この世の中は争いがなく、平和なものとなるでありますよ」
クロエは大きくうんうんと頷き、リリーは再びケーキを口に運んだ。




