18.掃除部隊、襲来
つまみ食いで減点されつつも、結果として大きく増えた。
それはよかったのだが、すぐに問題が起きた。
「ねえ、エルマ。あなた化粧しなさいよ」
「いいの持ってるからさあ。ポイントと交換してよお」
ポイントは言わば学校での通貨と同じで、頭一つ抜けた稼ぎをしていると嫌でも注目を集める。
「ええい、邪魔、邪魔! オレはそんなの興味ねえっつの!」
それは明かりに群がる羽虫のようで、エルマはシッとこれを追い払った。
「……ったく、あの手この手で来やがって。化粧なんていらねえっつの」
「え、そこでありますか?」
「オレがポイントを使うのはメシか減点かだよ」
「減点は使うと言わないであります」
上級生の【台所チーム】によって裂かれたメイド服は修復されている。
ソフィアが言葉通り裁縫してくれたのだが、まるで“機械のように”手早くて完璧だった。
「おう、エレノア」
「あ、エルマ。どうしたの」
「お前に礼を言いたくてな。外からのガキンチョに、高慢ちきの銃を渡すよう言ったのお前だろ」
エレノアは驚きに目を丸くした。
「はははっ、ガキンチョだからって甘く見るなよ。あいつらは説明があちこち飛ぶから伝わりにくいだけで、大人のすることはちゃんと見てるからよ」
「あ、甘く見てはないけど……その、ボクに優しくしてくれるのはキミだけだからさ。何か力になろうって思ったんだ……」
照れに頬を染めながら目を伏せると、エルマはニッと笑う。
「ありがとよ」
互いに笑い合う。そこでふとエルマは胸元に手をやった。
「んんー……」
「どうしたの。もしかして調子が悪い?」
「悪いというわけではないんだけど、いや悪いのか……? でもしんどくもないし、この前から微妙に胸がつっかえるような感じがな」
「もしかして、ボクの能力が……!」
「馬鹿。んなわけねえよ、オレはこれまで病気知らずだぞ」
寝込むような病気はしたことがない。
月のものかと思うも気配はなく、原因も判然としないのが気持ち悪い。
「もしや、つわりというやつか?」
「身に覚えあるの!?」
「いや、ねーけど」
エレノアはずっこけた。
◇ ◇ ◇
廊下がにわかに慌ただしくなったのは、午前中の授業を終えて昼食を摂ろうと教室と出た時だった。
向こうからぞろぞろと上級生が五人、三角巾にゴーグル、口元をマスクで覆って、肘までの手袋をした物々しい様相で行進している。その手には、モップやはたき、水を張ったバケツを提げている。
病気には吐瀉物から広まるのもあり、その処理はこのように重武装になる。エルマは呑気に眺めていたが、まさか自分の目の前で止まるとは思ってもみない。
「――お前がエルマだな」
先頭のモップを持った女が、マスク越しのくぐもった声で訊ねてきた。
「そうだけど?」
エルマは返事をしつつ思い出していた。
能力で悪さをしていると現れるチーム【掃除部隊】。見た目からして、彼女らに違いなかった。
「我々の学年のものが世話になったようだ」
「へっ、お礼参りってことか?」
「そんなみっともない真似はしない。けれども、我々もあいつらの始末をつけないとならないのだ。申し訳ないが、掃除させていただく。君と、この学年をね」
「やれるもんならやってみやがれ!」
エルマが身構える。
すると、彼女たちの背後や教室からクロエらチームメイトが飛び出してきた。
「この前のマイナス分を取り戻させて頂きますわ」
「負けないであります」
「やっちゃうよ!」
「頑張ります!」
掃除部隊はぐるりと見渡し、余裕に肩をすくめあった。
「まったく……ここは病気まみれだと言うのに」
「てめえら、やっぱりエレノアも狙う気か」
「それより君だ」
ポイント争奪戦が開始された。
「行くよ! ルシンダ!」
「あいあい!」
ルシンダと呼ばれた女が前に出ると、手にしたはたきを大きく振りかぶった。
「受けてたってやるぜ!」
「そーれ!」
彼女がはたきを振り抜いた瞬間、
パパパパパパパパパパンッ!!
乾いた無数の衝撃音と共に、エルマの身体が大きく吹っ飛んだ。
「エルマさん!?」
「う、ご……な、なんだ、まったく見えなかった……!」
【ルシンダ・エヴァンズ 90,400/91,400】
【エルマ 19,440/22,120】
「きゅ、きゅうまん!?」
「あら随分と頑丈だね。私の〈ダスター〉を3,000ポイントで耐えたの初めて」
「くそッ、やられっぱなしでもねえぞ! 反撃だ!」
跳ね起きたエルマは、拳を握ってルシンダに突っ込んだ。
「血気盛んだねえ。イザベラ、おねがーい」
「オッケー、任せて! いくよ〈スイーパー〉!」
イザベラという女がモップで床を払う。
エルマの足がそこに乗った途端、つるっと滑って胸から落ちた。
「わぶううッ!?」
「廊下は走っちゃ危ないよ。石鹸もやってるんだから」
モップにもたれかかって言葉をかける彼女に、エルマはふと床から石鹸が匂うのが分かった。
「じゃ、お水ぶっかけますね」
「頼むよアメリア」
バケツを持ったのが腰を落とす。
すると、
「出でよ〈ウォータードラゴン〉ッ!」
「な、なあああああああああーッ!?」
なんとバケツから飛び出した水が、一匹の龍となってエルマに襲いかかったのだ。
らせん状に渦巻いた突撃はそのままエルマを飲み込み、揉みくちゃにした。
【アメリア・ヴァンダム 110,000/112,450】
【エルマ 13,440/22,120】
「ぬお、ぬおおおおッ!? ぬおおおおおおッ!?」
龍の中で回され、エルマのポイントがどんどんと減ってゆく。
「エルマさん、今助けるであります!」
クロエたちがすかさず加勢に行こうと腰を落とした先で、廊下の先から破裂音が響いた。
リリーである。
意識がエルマに向くのを待って、引き金を引いたのだ。弾は真っ直ぐ、彼女たちに向かってゆく。
「――ッ!?」
命中する寸前、弾は差し出されたちり取りに弾かれた。
いや、弾かれたのではない。斜面に沿って流れたのだ。
「残念残念。私の〈スケート〉はよく滑るでしょ」
「ねえ、セシリア。もうまとめてやっちゃおうよ」
「そうだな」
セシリアがクロエたちを向き、手をかざした。
「風よ舞え! 全てを飲み込む〈サイクロン〉!」
【セシリア・ラヴェル 249,900/288,700】
その数字に皆が驚愕した矢先である。
「わああああああああーッ!?」
「きゃ、きゃああああああッ!?」
「えああああああッ!?」
「ほおッ、ほおおおおおおおーッ!?」
猛烈かつ巨大な風の渦が現れ、全員を飲み込んだのだ。
「ぬああああああーッ!?」
エルマもまた龍に飲まれたまま、
【エルマ 0/22,120】
【クロエ・ミルズ 0/27,731】
【ヴィヴィアン・グレイ 0/28,320】
【ソフィア 0/27,999】
【リリー・ハートウェル 0/3,920】
全員、あっという間にやられてしまうのだった――。
◇ ◇ ◇
圧倒的な力の差。それを目の当たりにした一年生たちは、尻餅をつくのまでいた。
クロエたちは目を回し、エルマもまた倒れたまま起き上がれず、睨むしかできない。
「エレノアは、やらせねえぞ……!」
「それは別にどうでもいい。問題は貴女だ」
「は……?」
「貴女、以前からつまみ食いしていたようだが、何も思わなかったのか?」
台所チームが用意した罠だろう。
あれはつまみ食いの減点だけじゃなく、別のもあったと言うのか。
「あそこにあったのは、廃棄する予定だったパイだったのだ」
「廃棄?」
「ほぼ10日くらい過ぎたミートパイだ。冬とはいえ味も臭いも変だっただろう、糸も引いてたはずだし」
「酸っぱくてレモンがよく利いてた」
「……お前は馬鹿なのか?」
クラスメイトは確認を取られるが、無言で目を逸らした。
「盗み食いされてから、あいつらは腐ったものを置きはじめた」
「え、そうなの……?」
「それでも食い続けるからと、あいつらは台所の生ゴミなどを混ぜたりしたと白状した。まったく……台所は清潔にしているとは言え、ネズミやゴキブリがいないとも言うのに」
そう言えば、リリーはパイの中身はラズベリーだと言っていたような?
「……中身はレモンだよな?」
「お前は阿呆か! この時期のレモンなんか、値が張って使えるわけないだろ!」
エルマは「そういうことか……」と頭を垂れた。
「レモンパイだと思ってたのは――」
ただの“酸っパイ”だったとは……。
どうりで最近、身体の調子が思わしくないはずだ。古いものを口にした食中毒だったのだから……。
「無念……」
エルマはがくっと力尽きた。




