17.小さなエール
「――トドメだよッ、この木偶女ッ!」
倒れたソフィアへ、マーガレットが斬撃を振り下ろす。
だが、ソフィアも動いていた。相手が腕を振りかぶった瞬間、身体をねじり、腕を交差するように振った。
「な、何だ……ッ!? ぐ……ッ!?」
床に散乱していた椅子とボウルが左右から飛び、マーガレットの頭を打つ。
ソフィアは目を見開いていた。指先から糸が伸びた手を見て、ぶるりと身を震わせる。
「これが――」
意のままに動かせ――。
自分が『こうあって欲しい』と思った通りに動いた。まるで子供の頃からやっていた人形遊びのように、己の意思で動かせていた。
「これが私の能力……〈ドールハウス〉……!」
椅子や切り刻まれたテーブルの破片が宙に浮かび、マーガレットを取り囲む。
「親の仇でもなければ戦う理由など一切ありませんが、みんなのためです! 申し訳ありませんが、やらせていただきます! ――我が支配に従え!」
ソフィアはマーガレットに向かって右腕をふり抜いた。
「な、何だッ、ポルターガイストッ!? ――あがッ、がッ、がッ、あッ、がああああああーッ!?」
【マーガレット・ハーヴィ 0/15,664】
蜂の巣をつついたかのように、椅子や破片などが容赦なく叩きつけられる。
マーガレットはその渦の中でもがき、力尽きて床に倒れた。
(この蒸気を晴らせられれば……エルマさんを助けられる……!)
喜んでいる暇は無い。
何かないかと見渡してみると、ふと頭上からピチャリと水滴が叩く。
「……ええいッ、考えている暇はありません!!」
見上げたそこには天井扇がある。
目は天井から床へ。マーガレットの能力〈スパーダ〉に切断されたテーブルの破片に向かって、ソフィアは手を伸ばした――。
◇ ◇ ◇
「うごおおおッ、や、やべえ……ッ!」
頭がくらくらする。息を吸うだけで口や鼻、喉が焼ける。
狭い蒸し風呂で焼き石をガンガン入れているようだ。しかもそこに水をかけ、ジュウジュウ音をたてて蒸気を増やしている。
(じょ、蒸気と熱ってこんなにやべえのかよ……!)
身体から感覚がどんどん失われ、ちょっとでも気を抜けば意識が飛びそうだ。
正直なところ、メイド服の袖ごしに掴んでいる手さえ猛烈に熱い。
「も、もう持たねええ、ええ……ッ」
「トドメよッ!」
シャーロットが力を込めた、その瞬間――。
『ええいッ!』
かけ声とともに、猛烈な風が吹き抜けた。
「な、何ッ、蒸気が!?」
「今だッ!!」
熱が一瞬消えた。
エルマは掴んでいた手首を横へと流し、体重を前にかけていたシャーロットの身体は、容易く床に転がった。
「あッ!?」
「お前の能力は分かったぞ、肌に触れなきゃそこまで熱くねえんだ! だけど自分の肌でも熱いから、大股にふんばった恰好になるんだろ! そら、自分で自分の顔を洗いやがれッ!」
「や、止めろおおおッ! ベアトリス、助けろ! 蒸気を!」
「くッ、ううッ、蒸気が出せないのよッ!」
そこにいたのはソフィアであった。
突き出した手に大きな板を張りつけ、扇風機のように猛烈に回転させる。
食堂にたちこめた蒸気を一瞬で押し流され、ベアトリスの〈スチーム〉は使えなくなっていた。
「どうです! これで蒸気は使えませんよ!」
「やるじゃねえか、ソフィア! ――おらあッ、反撃だぜ!」
そのころ、リリーは台所の裏口付近にいた。
ソフィアの変貌ぶりに眉を寄せ、渋い顔をしている。
「人間辞めてますわね」
ポイントも使い切っているので、ぼんやり観戦に回っていたところだった。
紅茶でも飲もうかとポットを探す。ふと呼び声を聞いたのはその時だった。
『……ちゃん、お姉ちゃん……』
何かと首を回してみると、エルマが食べ物を与えている孤児の妹が、勝手口から顔を出して呼んいた。
「今は危ないですわ。下がってなさい」
「お姉ちゃんのお友達がね、これを渡してって」
少女は小さな身体で、白布に包んだ長いものを抱えるように差し出した。
「友達? それが私に、これを?」
「うん。黒い髪をした、背の高いお姉ちゃん」
「ふうん……」
包みの中身はすぐに分かった。
愛用の小銃である。リリーはため息を吐いて、やれやれと受け取った。
「お姉ちゃん、頑張って!」
それだけ言うと、少女はシャイに勝手口から離れていった。
「……だから子供は嫌いですの。言いたいだけ言って、こちらの都合なんてお構いなしですわ」
けれど、とリリーはポケットから指輪を取り出す。
「銃の担い手にも誇りはありますわ。特にハートウェル家は、女子供を前に立たせる卑怯なタマ無しではない。ましてや頑張れなんて言われましたら――」
リリーは懐の小銀貨を確かめ、ひとつため息を吐くと、
【リリー・ハートウェル 5,940/5,940】
底をついていたポイントが蘇った。
「――ただ引き金を引くしかなくってよ!」
猛烈な破裂音が響く。
鉄の照準の向こうに、〈スチーム〉の能力を持つベアトリスがいる。高速の空気弾は音を聞いてからでは遅い。
弾は彼女の胸に突き刺さった。
【リリー・ハートウェル 0/5,940】
「正真正銘、これで終わりですわ」
『ど、どこ撃ってんだこのアホ! オレの頭蓋骨へこむかと思ったぞ……!』
銃を下ろし、すっかり冷めてしまったピザに手を伸ばす。
冷めても美味いのがフルーツのピザだ。ましてやパイナップルを使用しているのだから、不味いはずがない。
「ふふん♪ ようやくティータイムですわ♪」
争奪戦の決着がつくまで、リリーは一人、もしゃもしゃ食べ続けた――。
◇ ◇ ◇
「ッ、つゥゥゥー……まだ頭がズキズキすんぜ……」
「おーほっほっほ、蒸気で見えませんでしたわ!」
「嘘こけ! ソフィアの能力で全部消えてただろうが! 馬鹿になったらどうすんだ!」
「元からでしょう?」
「うるせえ! このアマ!」
エルマがつかみかかろうとするも、回復したクロエが眉を下げつつ羽交い締めにする。
リリーは弾を二発撃っていた。エルマが熱の能力を持つシャーロットを撃破した直後、二発目の弾が、立ち上がろうとしたその側頭部に当たったのだ。
チーム内同士ではポイントは減らないものの、がんっと凄い音が響いた。
「ですが、私はちゃんと相手を狙いましたわよ」
「嘘こけ。ただのノーコンだろ」
「弾がそっちに向かったんですの。導かれるように、すすすっと軌道が」
「軌道が?」
エルマはソフィアを向いた。
ソフィアは口をムニムニさせ、目を合わせようとしない。
「し、知りませんよー? 私は『当たったら面白いかも』なんて思ったりしてませんよー?」
「本当か?」
「本当ですう」
「1ミリも思ったりもか?」
「……ちょっとだけ思いました。ちょっとだけ……」
「てめえッ、コラアッ!!」
「ひいーんッ、ごめんなさあいッ!? つい出来心でえーッ!?」
クロエに抑えられて、エルマは近づけない。
見た目は人形であるが行動は人間そのもの……いや、人間であった。
能力が発現したからかもしれないが、悪戯心を見せるなど、以前の彼女からは想像も出来ない。
どちらかと言えば、以前はおっとりして顔色を窺うような性格だった。
『エルマさん、一つ疑問があるであります』
クロエはひそひそと耳打ちした。
『ソフィアは自分の能力を〈ドールハウス〉と言ったであります』
『ああ、オレらは〈ファントム〉と呼んでたけどな。それがどうした?』
『……妙じゃないですか?』
ソフィアの能力は『その空間にある物質を操る』というもの。
ではそうなると、今までの『人形になって動く能力』は何になるのか。能力は一人につき一つで、二つは発現しない。
ヴィヴィアンやリリーも同じ疑問だったらしく、声を潜めて話に割って入ってきた。
『私が考えた『部屋に憑依してすべてを繰る』でいいんじゃありませんの?』
『それでは人形が動くことの説明にならないであります。争奪戦が始まるまでも、めちゃくちゃフリーダムに動いてたであります』
ヴィヴィアンが顎に指をかけて唸る。
『舞台と演者……多分その方向は間違ってないよね。ソフィアが愛玩人形に憑依して、部屋をジャックして対象を支配する……というのが現状分かってること。問題となる点は、部屋をジャックしながら、物質を組み立てたり、操作するのが一つの能力に留まってない部分……』
『一つに留まってない……』
みな黙り込んだのを見て、エルマは何だと窺った。
『おい、どういうことだよ』
『……執事課に赴いた時、ルーカスが言っていたのを覚えているでありますか?』
『んん?』
『以前〈ミッドナイト〉で闇に包まれた時、倉庫にいた愛玩人形が踊っていたと……』
ああ、とエルマは頷く。
どうせ取るに足りない話だ。ルーカスの言う通り、何者かが暗闇に乗じて持ち出そうとしたのだろう、と。
『いや、待て……』
ソフィアの能力が『一つに留まっていない』のは、分解すれば『二つに分かれる』からじゃないのか。
一つではなく二つ。
舞台と演者。
彼女に〈ファントム〉と〈ドールハウス〉が混在しているとしたら――。
「あれー? みなさん、どうしましたかー?」
「いや、まあ、お前の能力について考えててな……うん、凄いのが出来た」
「えへへっ、お人形さん遊びが好きなんでよかったですー」
こちらを見ている青い瞳はガラス玉か、それとも人間の目か。
じっと捉えている瞳の中心は、まるで“別の誰か”が笑っているようでもあった――。
◇ ◇ ◇
ソフィアはソフィアだ。
そんな安い言葉で片付けるつもりはないが、人形がどうであれ、それがソフィアであるなら、気にするだけ無駄だ。
能力の数についても同じこと。
むしろ、気にすべきは自分たちの身の回りのことだろう。
「上級生を撃破しましたし、結構なポイントが入るはずであります」
「そうなのか?」
「格差があるので、それだけ倍率も高くなるでありますよ」
「前の〈ミッドナイト〉の時に何人かシバいたけど、あったか……?」
そういえば、と首をひねる。
あの時はチームで動きつつも個人撃破なので、個人戦の扱いなのか。
しかし、そうなると腑に落ちない。
「高慢ちき。お前のポイント、そんなに増えてないよな?」
「それと、外出時の指輪が返却されてないと連絡があったであります」
リリーはふうとため息を吐いた。
「……過ぎたことですわ」
「てめえ、やっぱりガメてやがったなッ!」
「また金に換えてたでありますね!」
「うるさいうるさいッ!! そのおかげで勝ったのだから、文句を言われる筋合いはありませんわ!!」
道理で異様なポイント数になってたはずだ。
バレないよう細かくを換金していたのか、懐で小さく擦れた硬貨の音に、リリーは肩を落とした。
換金をキャンセルして数字へ戻したので、あとで返さなくてはならない。
「はあ……まあ今回の報酬で増えるからヨシとしますわ。私の取り分は20,000ポイントほどですわね」
「ねーよ。チームで戦ったんだから、チームポイントでそっから等分だろ」
「……は?」
「『は?』じゃねえよ」
ヴィヴィアンは隣でそろばんを弾き始めた。
「上級生のトータルが55,864ポイントで、撃破で5割もらえるから、うちらは27,932ポイント。学校側に手数料1割取られるから、手取りは25,138.8ポイント。等分したら5,027.76ポイントだね」
「はあッ!? 私は大将首とったんですわよッ!」
「知るかよッ!? てか大将首って、お前それまで眺めてただけだろうが!?」
「キィィィィーッ、納得ゆきません! 納得ゆきませんわ! だいたい何ですの手数料って、取り過ぎですわ!」
まるで〈ホットガール〉の如く燃え上がりそうだ。
だが、ヴィヴィアンやクロエの反応は冷ややかだった。
「いるいる、損しだすと急に態度変えて、税制に文句言い出すの」
「報酬の分け前揉めるのは、決まって計算の出来ない阿呆であります」
リリーの投げたボウルが二人の頭にヒットし、小気味よい音が食堂に響く
「ああ、こんなことなら弾節約するんでしたの……」
「ソフィアが人形の亡霊なら、お前は金の亡者だよ」
やれやれと首を振り、エルマは食堂を見渡す。
酷い有様である。テーブルと椅子は倒れ、床には瓦礫に変わり果てたそれが散乱している。
争奪戦で徴収される1割のポイントは補修や買い換えにあてられるそうだが、今回は3割取られてもおかしくない。
それに服も切り裂かれて、見るも無惨だ。
「みなさんの服は私が縫い直しますのでー」
楽しそうなのはソフィアだけだ。
その一方。上級生たちは、ソフィアにやられたマーガレットを抱え、恨めしそうにこちらを見ていた。
「勝負に負けたけど、我らの魂への冒涜は許さないよ」
「ネズミに罠を仕掛けてあるんだ。これからそれを味わうといいさ」
意味深に口元を歪め、すごすごと去ってゆく。
それを見送ってからののち、ポイントの反映が行われた。
【撃破 チームポイント +27,932ポイント】
【つまみ食い -200ポイント】
【つまみ食い -200ポイント】
【つまみ食い -200ポイント】
【つまみ食い -200ポイント】
【つまみ食い -200ポイント】
【つまみ食い -200ポイント】
【つまみ食い -200ポイント】
【つまみ食い -200ポイント】
【つまみ食い -200ポイント】
【つまみ食い -200ポイント】
【分配 チームポイント +25,932ポイント】
「どんだけ食ってたんですの!! というか、何で我々まで責任負わされてますの!!」
「いやあ……」
みみっちい罠だなあ、とエルマは頭を掻くのだった。




