16.人形の意思
「捕捉しましたわよ!」
「こっちも見つけたぜ!」
エルマは〈ホットガール〉のシャーロット、リリーは〈スチーム〉のベアトリスを受け持つ。
ソフィアの指示した通りの場所に上級生がおり、それぞれ捕捉されていたことに驚きを隠せなかった。
「そら――!」
「うっ!?」
エルマは手に握った粉を投げつける。
それに怯んだシャーロットだが、流石に争奪戦での経験値が違う。エルマはすかさず前蹴りを喰らわせるも、続く攻撃はすぐに防御されてしまった。
「深追いは不要ですわ! 次いきますわよ!」
リリーも同じように体当たりしか出来なかったらしい。
二人して合流すると、蒸気に身を投じた。
『やってくれるね』
相手は的確に、バンッと二人の近くにクルミの弾が飛んでくる。
「いいですこと。出来るだけ攻撃に耐えるんですのよ」
「分かってるって!」
エルマは蒸気の中を走った。
だが机や椅子が邪魔で思うように動けず、モタつくたびクルミの弾が飛ぶ。
外れるのも多いが、当たるものは当たる。
だがエルマはタフさを活かして、ひたすらこれに耐えた。
【エルマ 284/481】
何発目を受けただろうか……顔や身体のあちこちがジンジンする。
その横で、床に落ちたクルミをリリーが引ったくった。
「さ、流石に痛え……」
「よしこれぐらいでいいですわ」
その手には10個ほどのクルミが集まっている。
「そろそろ頃合いだろ、やってやろうぜ」
「当然、やられっぱなしは嫌いですの。コーヒー女どもに、我が国のお茶会を教えてくれますわ!」
リリーは高笑いを浮かべると、じっと蒸気に集中し、
「――そこですの!」
ぽいと手にしたクルミを、まとめて投げ撒いた。
すると突然、
パパパパパンッ!
と、殻が連続して破裂した。
「な、何――ッ!?」
小さな破裂だったが衝撃は強かった。
ぶ厚い蒸気の壁を割り、周囲に飛び散った堅い殻の破片に、両腕で身を庇ったシャーロットの姿を暴いた。
チャンスだ。
エルマはすかさず彼女に向かって走り、ひょいと飛んでドロップキックをお見舞いした。
「うるあーッ!」
「うがッ!?」
防御も出来ずシャーロットは大きく吹っ飛ばされた。
「おーほっほっほ! これぞ我が〈シューター〉の真骨頂、炸裂弾ですわ!」
リリーの能力〈シューター〉は空気弾を発射する能力だ。
だが銃はただの発射装置に過ぎず、球体などであれば“手投げ弾”として使用出来た。
奥の手のそれを用い、蒸気の壁を払ったのだ。
『な、なんで、シャーロットの居場所が!?』
「やはり高貴な私には紅茶が相応しいですわ。蒸されていい具合に香り立ってますの」
『紅茶? まさか、さっきの粉は……!』
二人から紅茶の芳しい香りが漂っている。
風呂に入らないエルマの臭いは真っ暗闇でも分かる。
先日の〈ミッドナイト〉の出来事を参考に、リリーは普段から持ち歩いている紅茶の葉でマーキングする手段を思いついた。
「炸裂弾はこれっきりですわ。後は任せましたわよ」
「おうよッ! ケンカなら任せとけ!」
もんどり打って倒れたシャーロットに、エルマは被さるように馬乗りになり、拳をかざして追い打ちをかける。
「シャーロット!?」
「ぐッ、あたしなら大丈夫! あんたは蒸気を維持して……!」
殴られながら告げたその場所は、蒸気が渦のように巻いて激しい導流を起こしていた。
◇ ◇ ◇
「――ッ、このッ!」
マーガレットは斬撃を振るってソフィアに襲いかかる。
その太刀筋は五本。振り抜かれた右腕に合わせて蒸気が割れるも、狙った獲物はボッと宙を翻って躱した。
「随分と身軽なお人形だ」
「……」
キリキリキリキリ……と歯車が回る音だけ。
割れた蒸気が戻ってゆく中で、無機質な人形がじっとこちらを見つめる。疲れなど微塵も見せず、片手を床について、人とも人形とも呼べぬ青い瞳が、冷酷な眼差しとなって貫いてくる。
攻撃が当たらない。
痛みがないのか当たっても動じず、見た目と相まってソフィアの不気味さが増す。
「さっきまで、キャアキャア言ってたのはどこに行ったんだい」
人が変わったようだ――。
そうとしか言いようがない、とマーガレットは言う。
「……任されたんです」
ソフィアは静かにそう返事をした。
「怖いけど、任せたと言われたら怖くなくなりました」
「命じられるだけが生き甲斐ってか! お人形さんらしいね!」
マーガレットの斬撃が繰り出される。
右腕の振り上げ、振り下ろし。間髪入れず左腕を振り上げ、大きく足を踏み込んで右薙ぎに腕を振り抜く。
「……!」
ぶん、と横への一閃が腹を裂いた。
ソフィアは避けていない。むしろこちらも前に踏み込み、腹を裂かれながら右腕を突き出していた。
「せいやあッ!」
腰で担ぎ、地面に叩きつける。
「が……ッ!?」
【マーガレット・ハーヴィ 11,221/15,664】
硬い床に弾むほどの勢いに、マーガレットのポイントを大きく減らした。
「よ、よし! やりましたあ!」
あらゆる歯車が噛み合ったような、流れるような投げ。
人を投げたのは初めてのことだ。何故か身体が勝手に反応したが、相手への申し訳なさよりも先に、その爽快感がパッと破顔させた。
【ソ・ィ=? A*2,943/37,564】
「んんー……? 表示が何かおかしいですねえ?」
自分にそんなポイントはない。
そもそも名前すらちゃんと表示されていない。
「学校さん、おかしくなってますよー」
ソフィアが宙を仰いで言うと、
【ソフィア 1,237/1,544】
見覚えのある表示に戻った。
『あぎゃあああああッ!? ああッ熱ッちいィィッ!?』
『ちょっと何してますの! 逃がしたら次の炸裂弾はないんですのよ!』
『分かってるよ!? こいつの全身、めちゃ熱いんだよッ!?』
蒸気の向こうからエルマの悲鳴が聞こえる。
『あたしの能力をくらいな!』
『ぬ゛おおおお!?』
シャーロットは両手を広げて迫っている。
エルマはその手首を……メイド服の袖を掴んで、何とか眼前で食い止めているようだ。
『や、やべえ熱気だ!』
シャーロットの〈ホットガール〉は全身を高温化するのか。
陽炎が揺らいでいる手の平などまるでアイロンで、いくら頑丈なエルマでも喰らえばひとたまりない。
いや、それよりも危険な状態が待っている。
蒸気と過熱――通常では蒸し風呂の程度だが、沸点以上に加熱され乾燥した蒸気は通常の熱い空気より高温になりやすい。これは過熱蒸気と呼ばれ、火傷や熱傷、酸素濃度の低下などの影響を及ぼすのだ。
天井からは水滴が滴り始め、室温が上昇している。
熱源の中心にいるエルマはその倍の暑さを感じているに違いなかった。
『う、ぐぐぐぐ……ッ』
『そら、もうすぐその生意気な顔が炙られるよおッ! ふふふッ!』
ソフィアは慌てた。
エルマはもう視界が揺らいで、気力で踏ん張っている。
「エルマさん、今――」
助けにゆこうとそちらを向いた時、背中に鋭い衝撃が走った。
「――ッ!?」
「あたしはまだ、やられちゃいないよ……ッ」
油断した。マーガレットを投げただけで倒していなかった。
その背中に感じたのは、能力〈スパーダ〉の斬撃だろう。まるで獣の爪痕が背中を裂いているに違いない。
(私って、やっぱりダメダメさんです……)
地面に倒れながらソフィアは思った。
鈍くさく、何をするにも人よりも遅い。田舎の両親は“のんびりさん”と言ってくれるけれど、周りを渋滞させている迷惑は嫌でも感じてしまう。
だから変わりたかった。
この学校にきて、理想の自分になりたかった。
――理想の自分に姿はあるの?
頭の中で反論が浮かぶ。
何度もしてきた問答だ。結果はいつも自分が負ける、ぼんやりした色や存在しかない理想は、形にしようとするほど思うものからかけ離れた。
人形やマネキンはいい。
すでに形を持っていて、素敵な服を着るだけでいいのだから。
――自分は何がしたいの?
またも声が問いかける。
(何がしたいかなんてないんです。今はそれよりも、チームに入れてくれた仲間のためになることが大事なんです……!)
あれ、とソフィアが我に返り、視界がハッキリした。
床に投げ出された手が伸びている。その手は何かを掴もうとしている。
――届かないのなら繋きなさい
意思を持つのは人だ。意思に動かされるのは人形だ。
それは糸に繋がれて動く。
――糸を繰り、糸を繋げ
――ここは貴女の〈ドールハウス〉
――意のままに動かせ
――命なきものを
――すべてを生かす指揮者となりなさい
「――!」
ソフィアは己の指先から糸が伸びているのが見えた。




