15.蒸気と亡霊
「許さんぞお前らああああああーッ!!」
「な、何だよ急にッ!?」
哮りと同時、一人が突き出した両手から蒸気が噴出した。
その勢いは猛烈で、食堂が一瞬にして霧がかる。カウンターを挟んだ台所にも回り込み、あっという間に床が白く覆われた。
いきなり戦闘を仕掛けられた戸惑いに、エルマたちチームは動けない。しかし、そこで最も早く順応したのはクロエであった。
「――フッ!!」
蒸気を裂き、鈍色に光る刃が彼女たちに向かう。
クロエは近くの果物ナイフを掴み、上級生たち【台所チーム】に向かって投げた。
蒸気の膨らみは想像を超えて早く、膝下は完全に見えない。
だが、相手の上半身はまだ判別出来る――クロエはナイフを投げると同時、隠し持ったナイフを構えながら突っ込んでいた。
「マーガレット!」
「あいよォッ!!」
上級生は怖じけず、マーガレットと呼ばれた上級生が腰を沈めると、ぶんっと右腕を振り上げる。
「なッ!?」
5つの太刀筋が蒸気を割り、クロエが投げたナイフはバラバラに寸断された。
「いい判断だ――けれどこのアタシの能力〈スパーダ〉に挑むには、ちいーっと貧弱だったねえ」
「金属がバラバラに……もしや切断の能力ッ!?」
「その身で確かめなッ!!」
獣のように爪を立てたマーガレットは、右腕を振り上げ、その勢いで左腕を振り下ろす。
突っ込んでいたクロエとの間にはまだ二人分ほどの距離がある。だが能力〈スパーダ〉の斬撃は想像していたよりも広かった。
「あがああーッ!?」
クロエはまともにこれを喰らい、吹き飛ばされた。
「おいクロエ、大丈夫か!?」
「は、はにゃあああ……面目次第もございませぬうう……」
【クロエ・ミルズ 0/920】
【マーガレット・ハーヴィ 14,323/15,664】
「ポイント差がありすぎて一撃ですわ……!」
ポイントが浮かんでいるシャーロットのほか、
【ベアトリス・アークライト 20,200/22,800】
【シャーロット・ヴァレンタイン 13,200/17,400】
残る二人にも圧倒的な差が表示されていた。
クロエに向けた〈スパーダ〉の斬撃で蒸気は舞い広がり、彼女たちが完全に姿を隠す。そして台所も飲み込まれ、ついに仲間たちの姿すら見えなくなった。
エルマはクロエの行動を理解していた。
相手のうち二人の能力は既に見ている。
ベアトリスという上級生が〈スチーム〉で、シャーロットという上級生が〈ホットガール〉の能力。どちらも戦闘向きでなければ、残る一人が攻撃手段を持つと考えるのが筋だ。
そして以前の〈ミッドナイト〉の暗闇のように、蒸気が視覚情報を遮断するのであれば、何の能力で攻撃を仕掛けてくるか。それを知るかで勝敗が左右される。
クロエの選択は間違いではなかった。
蒸気の中から獣のような爪――あのような斬撃で急襲されれば、全員ひとたまりもなかっただろう。
「高慢ちき、ソフィア、ヴィヴィアンいるか!」
「いますわよ!」
「はい!」
ヴィヴィアンの返事が無い。
「う、うう……」
「ヴィヴィアン、やられたのか!?」
「し、湿気で……湿気で私の本がああ……うう……」
【ヴィヴィアン・グレイ 0/947】
「貴女は本が本体ですの……?」
戦意喪失にヴィヴィアンは脱落していた。
「まあ、能力的に役に立たない二人ですの。大した問題ではありませんわ」
「酷いでありますう……」「でも反論出来ないい……」
記憶が正しければ〈ホットガール〉は熱を加える能力だ。
これがどのように連携するのか、自分の頭では思いつかないものの、近接攻撃はマーガレットが一手に担っている。
エルマは予想し、思案顔のリリーを向いた。
「高慢ちき、何か策でもあんのか」
「ありますわ。まず愚民が飛び出し――」
「おう」
「そして愚民が戦う」
「それで」
「愚民が死ぬまで続ける」
「ざけんな!! 全部オレじゃねえか!!」
「現実的な算段がそれしかありませんの」
確かにリリーの言う通りでもある。
最低でもシャーロットを止めなければ全員やられてしまうのだ。
「ええい、クソッタレ――!」
エルマが飛び出そうとしたその時、
「――あぎッ!?」
バチンッと額に何かがぶつかって、後ろに倒れた。
「エルマさん!?」
「い゛ッでぇぇぇぇぇぇぇーッ!? 何だ今のッ!?」
「危ないですッ、また来ますッ!!」
エルマは横に飛ぶなり、その場所に何かが弾けた。
『ちッ、随分とタフな奴がいるようね』
蒸気で周囲は真っ白である。
ずきずき痛む額を抑えながら、涙目で声のした方を睨みつけた。
【エルマ 471/481】
「あれで10ポイントしか減らないのは流石ですわね」
「ううー、めちゃ痛い……」
「何が飛んできたのでしょうか」
「ありゃあ、スリングショットだ……」
額を撫でながらエルマは答えた。
「スリングショット?」
「ゴムで石ころとか飛ばすオモチャだよ。昔どんな威力か自分に向けて転げ回ったけど、その時の痛さと同じだ……」
「馬鹿極まってますわ……」
「分かってるよ!」
しかし、どうしてこの蒸気で動きが分かったのか。
「ひょっとすると、蒸気のもやの動きで判別しているんじゃ」
ソフィアが近くにあったボウルを掴み、頭上に掲げて揺らしてみる。
すると、
カァンッ!!
硬い音が響いて、床に丸いものが落ちた。
「やはり」
「飛ばしているのはクルミのようですわね」
「そりゃ痛えよ……うう、まだズキズキする……」
同じ場所に留まっていては危険である。
足元の蒸気がぶ厚いので、エルマたちは匍匐前進のように進んでゆく。
「飛び道具には飛び道具だ。高慢ちき、出番だ」
「無理ですわ」
「無理って何だよ、お前しか出来ねえんだぞ」
「銃を持ってきてませんもの」
「お前も役に立たねえな!」
「うっさいッ、だからお前が行けと言うんですのッ!!」
言い争っていると、
「――捕捉されました! 二人とも横に避けて!」
咄嗟に動くとそこにクルミの弾が飛んでくる。
エルマは回避出来たものリリーは鈍くさく、それが肩に当たった。
「大丈夫ですか、リリーさん!」
「ぐッ……やってくれましたわね……」
くそっ、とエルマは蒸気を睨む。
広い食堂だ。移動しながら撃たれては為す術もない。
(こんな視界じゃ、高慢ちきの銃があっても無理……ん?)
見えないという条件は相手も同じ。
なのにどうして――。
「なあソフィア、お前どうして弾がくるの分かるんだ」
額に当てられた直後も次がくると言った。
そして今度は捕捉され、しかも横に避けろと的確に指示している。
「あれ? どうしてでしょう……何となく分かって」
「分かるって?」
「ええっと……あっちからマーガレットって人が回り込もうと動いてる?」
エルマは咄嗟に近くの椅子を掴み、ソフィアが指さした方向にぶん投げた。
『チィッ、なんで分かった!』
椅子を切り裂いたか破片が床に散らばる音が響く。エルマたちは慌てて移動した。
(どういうことだ……?)
ソフィアの〈ファントム〉は憑依の能力と考えられる。
彼女は人形に憑いていることで人間離れをした動きをするが、見えているのもその一つなのか。
「――まさに〈ファントム〉ですわね」
「クロエも言ってたけど、それなんだ?」
「歌劇に出てくる人物ですわ。オペラハウスに棲みついた男が歌姫に執着し、神出鬼没に現れては邪魔者を殺害して回る。それは醜い顔を仮面に隠していて、登場人物から“幽霊”と恐れられますの」
「それが何なんだよ」
「一つの仮説を立てるなら、この女はその舞台……部屋に憑依してますわ」
この食堂はソフィアにとってのオペラハウス。
どこに誰がいるのかを把握している。
理屈は分かるが、
「じゃあ人形はどうして動いてんだよ」
「マリオネットや棒遣い人形みたいに、部屋を通じて繰っているんじゃありませんの?」
適当だなと思うが、ソフィアが敵の位置を把握出来てるのは事実だ。
「だけど位置が把握出来てるなら、手立てはありますわ」
「手立てって?」
リリーはひそひそと“手立て”を耳打ちする。
それを聞いたエルマは、おおと感心した。
「お前そんなこと出来たのかよ」
「本当は切り札で取っておきたかったけれど、背に腹は代えられませんわ」
よし、とエルマはソフィアに目を向ける。
「ソフィア、あの切り裂き姉ちゃんの場所は分かるか」
「はい。右斜め前、16歩で遭遇します」
「ほかは?」
「ベアトリスは24歩先の部屋の中央、シャーロットは左の壁際、19歩先です」
「よし、んじゃ切り裂き姉ちゃんはお前に任せた!」
「え? ええええええーっ!?」
エルマとリリーは、ソフィアを置いて蒸気の中を駆けだした――。




