14.ピッツァ戦争
食堂のパイはまるで魔法のようだ。
空になった皿を戻しておくと、翌日には新たなパイが置かれている。エルマは当初こそ妙に思えながら口にしていたが、特に何も問題はなく、
「ソフィアが人形になるなら、パイが出てくる棚があっても不思議じゃねえわな」
と、気にせず食べることにした。
この日もレモンのパイらしい。涎を垂らしながらそれを口にしようとしたエルマだったが、入り口に人影があるのに気づいて手を止めた。
短い髪をしたボーイッシュな見た目――エレノアである。
「おう、どしたお前もつまみ食いか?」
「うん……まあそんなとこ。何かないかな」
「他にあるつったら野菜ぐらいだろうな。てか突っ立ってねえで入ってこいよ」
「ううん、ここで……」
「どうせ入ったらばい菌がとか思ってんだろ」
「うっ……」
人目を気にして昼が碌に食べられていないのだろう。
ひもじい思いは自分も経験がある。
「どうして分かるの」
「ま、オレも汚らしい犬みてえな扱いだったしな」
からからと笑い、エルマは食べようとしたパイを持ってエレノアに近づいた。
「これやるよ。食え」
「え?」
ずいと突き出す。
エレノアはそれをじっと見つめた。
「それは食べないほうが……」
「いいんだよ、魔法の棚から出てきたパイだから」
「う、うーん……遠慮しとくよ」
「何だよ。やっぱり欲しいって後から言ってもやんねえぞ、ほれ」
「いや、ボクは……」
硬く誇示するので、エルマは悪態をつきながらパイをもしゃもしゃと囓った。
◇ ◇ ◇
それから数日後、エルマたちチームは再び厨房に集まっていた。
ホットケーキ作りの役割分担を決めるのだ。プランがようやくまとまったと、ヴィヴィアンが集合をかけた。
「クロエは生地を焼いて、私は果物のカット。リリーはそれを盛っていって」
「了解であります」
「ふふ、貴族の腕を振るってさしあげますわよ」
ホットケーキは片面3分、裏面2分がベスト。
フライパンを3つ用意して同時進行するので、注意力のあるクロエが任命された。
「ソフィアはクリーム作りを」
「じゅ、重労働です」
「普通の人なら疲れる作業だけど、ソフィアなら大丈夫」
人形だから、と言いかけたのをヴィヴィアンは飲み込んだ。
「次にエルマは皿に盛ったそれを運ぶだけでいい」
「……何かオレだけ棘ねえか」
「普段の授業見てたらそれすらも怖いくらい」
「運ぶくらい出来るわ!!」
「私の華麗なる盛り付けを崩したら、張り倒しますわよ」
強く言い返せないのがつらい。
クリームや生地はあちこちに飛ばしそうだし、果物のカットはつまみ食いしない自信がない。盛り付けなど途中で飽きるのは必至だ。
正直、皿運びですらも未だにままならない。ヴィヴィアンが警戒するのも、すぐ前の授業で盛大にずっこけたからである。
「ったく、信用ねえなあ……」
「日々の鍛錬は嘘をつかないでありますから。信用はまず毎日であります」
ちぇっ、とエルマは口を曲げた。
「役割分担が決まったし、あとはエルマの提案をやりながら動きを担当してこ」
「お、そうだな。さっそく始めようぜ」
この日は作業手順の確認だけではない。
エレノアが満足に食事を摂れていない――そのことを案じたエルマは、ホットケーキの試作で購入した材料を使い切るついでに、料理を作ってやれないかとみなに提案してみた。
簡単なものなら厨房に残った食材で作ることが出来る。ヴィヴィアンに調べてもらったところ、ピッツァとパスタが候補に挙げられた。
「へー、ピッツァってのはこんな簡単に作れんだな」
「パン作りと要領は同じなので、覚えたら簡単ですよー」
「おや、エルマさんはピッツァを知らないでありますか?」
「記憶じゃねえな。何かそれっぽそうなのは見かけたと思うけど」
どちらも、東部に位置するアタリィ国の料理のようだ。
アタリィは比較的新しい国で、国を表す絶対的なトーテムも持っていない。文学や絵画、愛国的といった多様性そのものが特徴となっていた。
豊かな風土がもたらしたオリーブやブドウ、小麦などを用いた食文化が発展しており、貧困から各地に居を移した者たちがこれを広め、各地で根付き始めている。
作ろうとしているピッツァはその代表だ。
薄く円形に広げた生地にトマトソースを塗り、その上にチーズをたっぷりかけて焼き上げる――聞くだけでも、エルマは美味そうだと思った。
「生地はお任せください!」
生地づくりはソフィアみずから名乗りをあげた。
過去に作ったことがあるらしく、その様子を見ていたクロエとヴィヴィアンだったが……。
『人間辞めてると言ったらダメでありますか……?』
『まあ機械生産との違いを求められたら困るよね……』
愛玩人形となったソフィアだが、彼女の自認は“人間”である。
生地を捏ねるのに腰を入れる仕草は人間である。だが円盤回しで生地を均等に広げるそれは、手首をギュルルと高速回転させて、あっという間に完成させるのだ。
「おおー、すげえな! かっけえー!」
「えへへ、どうですかー」
これに目を輝かせるのはエルマだけだった。
◇ ◇ ◇
「おほほほっ、具材のチョイスは私にお任せあれ。高貴なる者のピザを味わわせて差し上げますわ!」
「はあい、お任せしますー」
ソフィアはリリーにバトンを渡し、楽しそうにオーブンの準備を始める。
その間にパスタをと、クロエは湯を沸かしだした。
「うー……」
「どうしたでありますか?」
「いや、ちょっとな」
エルマが腹を撫で、隣にいたクロエが気づいて声をかけた。
最近どうも身体の調子が悪い。
腹の奥が重いような、妙なムカつきが続いていた。
「んー……月のが近いんかなあ……」
「……ありますの?」
「……血便とかでなく?」
「ちゃんと毎月あるわい!!」
エルマは眉を寄せつつ、いつもの棚を開いてパイを取り出した。
「調子が悪いと言いながら、普通に食べ物漁るのでありますな」
「この前からここにあってよ、それがうめーレモンのパイなんだ」
「レモンのパイ? 時期には早いでありませんか」
「いいんだよ。あるのが証拠だ」
それを囓るエルマに、ソフィアは心配そうに見つめた。
「大丈夫なんでしょうか」
まさに案じた通りになるかのように、
『おーっと、ネズミの発見だ!!』
食堂に、ぞろぞろとメイドたちが現れた。
上級生だ。人数は三人、表情はニヤニヤと得意にこちらを見ていた。
「我々のテリトリーを荒らし、盗みを働くとは言語道断」
「まあ食べてしまったのは仕方ありませんが、代金はしっかり頂きませんとね」
その中の二人に見覚えがある。
以前、食堂でクロエにエスプレッソを提供した〈スチーム〉と〈ホットガール〉の能力の二人だ。
「おっと、お嬢ちゃんたちかい」
「盗みとは何でありますか」
「そこで食べているパイさ。我々【台所チーム】の大事な商品なんだよ」
みなの冷ややかな視線がエルマに集まる。
「な、何だよ! そこに置いてあるのが悪いんだろ!?」
「食ったのは事実ですわ。とっとと自腹切ってくださいまし」
「馬鹿言え、オレは払わねえぞ!」
「流石に無理筋であります……」
うう、とエルマが唸る。
「まあ残り物だったけどね。安くしといてあげるよ」
魔法の棚など“美味い”話は無かったようだ。
だけどそれならそれで書いておけよな……。
どれだけのポイントが減るのか、またどこかで争奪戦でも起きないか――。
『なあ、喧嘩して踏み倒したらダメかな?』
『ダメに決まっているであります。みな穏やかそうでありますし、波風立てるのはよろしくないであります』
『むう……』
その時、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
「何だい、料理中なら出来上がるまで待ってやるよ」
「何を作っているんですか?」
台所チームゆえに興味があるようだ。
「ピッツァであります」
クロエが答えた途端、
「……ピッツァ?」
「……この香りで?」
みなの眉がピクリと反応する。
「さあ焼き上がりましたわよ! 私の特製、フルーツふんだんピッツァでありますわ!」
リリーがオーブンから取り出したのは、焼けたフルーツが香ばしいピッツァであった。
「おほほほっ、このパイナップルの香りが懐かしいですわ! かつてアタリィ国の大使に振る舞い、その味に震えさせた至高の一品ですのよ!」
「パイナップル……?」
「うちらの大使に……?」
「ま、まあ、知らないとね。料理は自由、だし……!」
台所チームもまたピクピクと震えているが、エルマたちは誰も気づいていない。
「ヴィヴィアンのおかげですわ。よくパイナップルを仕入れてくれましたの」
「大変だったよ。貴重だからって足元見られまくったし」
「おい、クロエ。そのパスタ茹でんのに鍋小さくねえか?」
「大丈夫であります」
クロエはパスタの両端を握ると、力を込めてバキリと半分に折った。
そしてそれを鍋に放り込んだ。
「うちはいつもこうであります。食べやすくなるでありますよ」
「へえ」
台所チームは呆然としていた。
「折っただと……? パスタを……?」
「湯が少なすぎだし……触りすぎだし……」
「我らアタリィの魂を……」
禍々しい気配が漂う。
ようやく気づいたのはソフィアである。
「あ、あのう……みなさんの様子がおかしいのですが……何と言うか……」
「うん?」
「何がですの?」
「どうしたの?」
「もうすぐで出来上がるでありますよ」
物々しい雰囲気であり、その時にはもう手遅れだ。
「「「全員、ブチ殺ス――ッ!!!!」」」
上級生たち【台所チーム】がポイント争奪戦を仕掛けてきた――。




