13.病は気から噂から
しばらくすると、学校でも孤児たち兄妹と似た症状が現れだした。
まだ微熱で授業を休んだりする程度に収まっているが、保健室の匂いを感じることも増え、油断ならない状況が続いている。
鼻を啜ったり、多少の咳などは孤児院では茶飯事だ。
風邪など滅多と引かないエルマだが、この流行の兆しは少し心配だった。
「風邪が流行って……」
「二つ町の向こうは……」
「まさかうちが原因じゃ……」
「悪い噂に……」
人の口に戸は立てられない。
それが女なら尚更で、教室の隅に座る少女に横目を向けながら囁き合う。
「てめえらいい加減にしやがれ。仲間だろうが」
エルマが我慢出来ず凄んでみれば、女たちはそそくさ逃げてゆく。
「……ったく」
こうやって注意することも増えてきた。
お前たちの風邪は、普段が貧弱だからだ。普段から夜更かしたり不摂生が原因だ。
保健室でポイント支払えば済む話だ。
そうだろと言っても、
――きっとあの子のせいよ
責任を向ける存在があれば、人はそちらに向かうものらしい。
病気にさせる能力〈ホームシック〉……その使用者である少女、エレノアへの目は、ますます強まりを見せていた。
「みんな疑心暗鬼になっているであります」
「病は気からというのに。教室の空気が少し湿って聞こえるよ」
クロエとヴィヴィアンは同情的であるが、
「どうにかして欲しいのは事実ですわ」
リリーは逆で、彼女への見方は厳しい。
チームの中でも意見は分かれていた。
「実を言うと、私もちょっとあちこち怠いんです……。あちこちが軋むと言いますか、風邪の初期症状みたいな……」
「油を飲めば治りますわ」
愛玩人形となったソフィアに目を合わせず、正面を向いたままリリーは「ほほほ」と笑った。
◇ ◇ ◇
(だけど、執事課のが言ってたみたいに、エレノアが本当に一人で町にいたなら、可能性もゼロじゃねえんだよな……)
エルマは悪い想像が浮かんで首を振る。
町中にいたエレノアと病は関係するのかなんて、別の話だ。それよりも課題は病気である。
多かれ少なかれ病気とは切れない環境にあったため、大事になるかの察しはつく。まだ足元でモゾモゾしている程度であるが、少し風が吹けば一変して様相が変わる予感があった。
何とかしてやりてえなあ……。
エルマは思いつつ食堂に、誰もいないのを見計らってから厨房に入り、奥の方にある棚の扉を開いた。
「お、あったあった!」
中にはパイが一切れ。
先日、ホットケーキの試作中に見つけたものだ。誰かが隠しているのか、その日からエルマがおやつにしていた。
「今回もレモンのパイか。へへっ、美味えーなあ」
もしゃもしゃとクズを落とし、あっという間に平らげる。
近くにも紅茶を入れた瓶があったので、乾いた口をそれで潤してから食堂を後にした。気づけば、ネガティブな感情も消えている。
(やっぱり、腹が減ると人間は弱っちくなるな)
気が弱ればまず腹いっぱい食う。
うし、とエルマが力を込めた矢先、廊下の向こうからバークルが歩いてくるのが見えた。
「食堂にいたのですか、ミス・エルマ」
「ま、まーな。でも誰もいなくて引き返すとこだったんだ」
「そうですか」
盗み食いをしてたことがバレたら減点されかねない。
ただでさえ普段から出てゆくポイントのほうが多いのだ。
「それはそうと、エレノアのことはご存じですね」
「ああ。何とかしてやりてえんだけどさ」
「おや、あの子を助けるつもりですか」
「当たり前だろ、仲間じゃねえか! ちょっと輪を乱す能力だからって、仲間外れにするこたあねえ」
ぐいと前のめりになると、
「ならばやってみなさい。それと、口元に砂糖がついたままですよ」
バークルはふふっと笑って言った。
「上等だぜ。見とけよ、オレは誰も見捨てねえからよ」
口元についた砂糖を指で拭ってペロリとなめると、エルマは意思を固め、廊下をずんと踏みしめる。
なお、ポイントは後でしっかり減点された。




