12.誰かになること
「私、学校に来てから生まれ変わったような気がするんです」
「そりゃあ、まあ、そうだろうな……うん、すげー生まれ変わった」
肉体を棄てて、魂のない人形に心を収める――。
事件が起きてから幾日か。学校は落ち着きを取り戻しているが、時おりキリキリと音を鳴らす仲間への困惑は、まだ残っていた。
「特に体力がついたんですよ。重いものを運んでも疲れませんし」
袖をまくり、力こぶを作る仕草をするソフィア。
人工皮膚の腕は、皺ひとつない生白さに包まれている。顔などはリアルな人工物で、そこに彼女の表情筋が動くのだ。
しかもソフィアの記憶は、すべて以前のままではなかった。
風呂で裸になろうが一切の違和感を抱かないどころか、美しくあり不気味でもある“自分”を気に入っているようで、
「うふふ……」
時おり手鏡を取り出しては、無垢に微笑む始末。
これにはり周囲の顔が引きつり、反応に困った。
「村ではずっとぼんやりさんで、何をやってもダメだったんです……。そんな自分を変えたくて、生まれ変わりたい気持ちでこの学校を選んだんです」
「親御さんすげービックリするだろうな……別人すぎて」
「はい! その時が楽しみです!」
余計なことを言うなと、周りから睨む目を向けられている。
『エルマさん、あれどう思うでありますか?』
『どう思うって、色々ありすぎて考えきれねえよ。メシだって普通に人間みたいに食うしさ』
エルマは横目を向けて唇を尖らせる。
『ソフィアは『マネキンになりたい』と言っていたでありますよね?』
『ああ、買い物の時にな』
『考えたでありますが……ソフィアの能力は、ひょっとすると〈憑依〉なのではないでしょうか?』
『憑依……? ああ、あのオバケに乗っ取られるやつか』
クロエは肯首した。
『能力に名をつけるなら〈ファントム〉でしょうか。あの人形に惹かれてましたし、執着が能力のトリガーになったのかと』
『つまり、自分がオバケになった?』
『もしくは何もないと思う自分に、誰かという服で変装しているか』
自分への評価が後回しなのに、目立てばすぐ悪い側に見られる。
だから平凡を正しくして、誰かの型に入ろうとした。
『まさにマネキンだな』
確かに筋は通っていた。
求められるメイド像もまた『表情を変えず、失敗せず、誰かの期待どおりに動く存在』だ。ソフィアは執事課の愛玩人形にそれを見たのではないか。
認められる自分を作るよりも、空想の世界でダメな自分を棄てる……クロエの話した通り『自分を残したまま生まれ変わりたい』とでも思ったのかもしれなかった。
『まあ、ソフィアの場合は大人しい性格が原因でしょう』
話が逸れたと、クロエは咳払いをする。
『外郭が人形で、中身は人間の内臓を収めているようなところから、人形をサナギにして自分を治療している可能性も考えられますが……』
まあ、見た目が少し変わっただけで、ソフィアに違いはない。
とすれば自分たちは、
『……本人が満足するまで気にしないことだな』
『……人は慣れる生き物だと言うでありますな』
それしかなかった。
エルマたちが食堂にいるのは、子供たちを招いた授業に提供するおやつ作りのためだ。試作を行いながら、段取りを確認していた。
出すのはホットケーキである。
だが作業は思ったより難航していた。
小麦粉を卵と牛乳で溶いて焼けばいい――みなの共通意識であったそれは、数枚の失敗のあとに誤りであることに気づいた。
「誰ですの! 卵が溶きすぎて泡だらけではありませんの!」
「むう、返すの失敗した……本だとこの時間なのに」
分量と火加減、返すタイミングなどが少しでも違えば失敗する。
半生であったり焼きすぎたり……しかも一枚は何とかなっても、子供の人数分となればすべての作業は効率を要求されて、身体をぶつけあったりして動線がこんがらがった。
ヴィヴィアンはこれらを取りまとめ、本を開いてレシピの再確認を行い、効率のいい手順を書き記すなど、ひたすら頭を掻いて唸り続けている。
その時間、何も出来ないのでみな暇になった。
「愚民、またあの孤児がきましたわよ」
リリーが呼びにくれば、裏口に孤児の兄妹の姿があった。
「おー、来たかお前ら……って、鼻垂らしてんじゃねえか」
「この時期はいつもだよ」
「まあオレもそうだったけどさ、あんまそんな状態でうろうろすんなよ。風邪流行ってっから」
とは言え、孤児はそうも言っていられない。
動けるうちに食べ物を確保しておかないと、空腹と病の悪循環で終わりになるからだ。なので冬の孤児は、飢えと寒さに病が加わって致死率が高かった。
「平気だよ、全然しんどくないもん」
「ちょっと鼻とか咳が出るだけ」
「病気ってのはその『ちょっと』から危なくなるんだ。少しでも具合悪くなったら医者に行けよ? 何か言われたらこの学校からって言えばいい。それでも何か言われたらオレんとこに来い。一緒に乗り込んでやっから」
分かった、と兄のサムエルが元気に返事する。
「! あなた、何を持っておりますの!」
その時、リリーはいきなり妹のナンシーの手から取り上げた。
ナンシーは草を握っていた。
突然のことに驚き、呆然としている。そして目に涙を浮かべだした。
「お前何するんだよ!」
「これはドクニンジンの葉ですわ。茎に紫の斑点がある」
リリーは指で葉を擦って香りを確かめた。
「潰して匂いを嗅げばネズミ臭がする――貴女、もしや食べる気だったんの?」
涙を溜めたままナンシーは首を振った。
「薬になるって聞いたから……」
「誰に」
「町の肉屋さん」
リリーは大きくため息をついた。
「教える方も教える方ですわ……。確かにドクニンジンは鎮痛などに使われる時もありますが、毒性が強く素人が扱うには危険ですの」
「孤児を野垂れ死にさせようとする人間も少なくないからな……。お前ら誰彼なく話全部を鵜呑みにしないで、困ったことがあったらうちを頼れ」
うちには優秀な頭脳もいるからよ。
ヴィヴィアンに目を向ければ、彼女はボサボサになった頭のまま手を振ってみせた。
「これらは荒れ地やゴミ捨て場に生えやすいんですの」
「孤児の集まる場所に合致しているな」
「間引きのためかと思えるくらいですわ」
それにしても、とエルマはリリーに感心する。
「お前やけに詳しいな。ひょっとして食ってたのか」
「そ、そんなことあるわけなくってよ! こんな庶民の食べ物なんて、ましてや泣きながらムシムシとなんて……!」
その光景が見えて、厨房は切ない空気に包まれた。
「今度メシ奢ってやるよ……」
「いらんわ!! お前から施されると余計に惨めになるわ!!」
エルマは孤児たちを向いた。
「だけど薬って調子悪いのか?」
「ううん、念のため。よその町は薬がないって聞いたから」
「ああ……」
エルマはかつての麻疹を思いだし、辛くなった。
いくら平等だ、権利だと演説していても、我がことになると値上げと買い占めになる。身なりだけよくしながら、人の醜さを町中に漂わせた。
ナンシーが持ってきた草には食べられるものも多そうだ。
孤児に顔をしかめるリリーであるが、注意しなかったことで命を落とされるのも夢見が悪いのか、これは、と選別している。
するとその最中、彼女の眉がふいにピクリと持ち上がった。
「……この草、どこで手に入れましたの」
「どこだっけ……多分どっかの植木鉢の……」
恐らく人の敷地から盗んできたのだろう。
だがリリーはそれについて何も問わず、
「いいですこと。これと同じのがあったと思われる場所に、絶対に、近づいてはいけませんわ。いいですこと? 分かりまして?」
「う、うん……」
「よろしい」
言い含めるように念を押すと、厨房のみなを振り返った。
「ここは任せますわ」
そう言い残して厨房を出ていった。
何だあれ、とエルマは首を傾げた。
「あ、そうだ、お前らホットケーキ食うか?」
「何それ?」「ケーキ!」
「試作品や失敗作だけどよ、流石にオレらじゃ食い切れねえからお裾分けだ」
「やったあ!」
孤児の兄妹は破顔してホットケーキを一枚ずつ受け取る。
妹のほうは我慢出来なかったのかその場でひとくち囓ると、たちまち目を輝かせ、
「おいひーい!」
満面の笑みでの感想は、四苦八苦していたメイドたちを喜ばせる、最高の言葉であった。




