11.ラブドール爆誕
午後の授業は常に実技と決まったわけではない。
メイドの知識は国語や算術に限らず多くの分野を学び、視野を広げておくべきであると、経済や金融、科学など……広く浅くであるが雑学的に教えられる。
それらは特別授業と呼ばれていた。
「……で、どうしてメイドが火薬の取り扱いを学ぶんだ?」
ある日の特別授業は職人階級の分野であった。
実験用の広い教室に生徒が集められ、各テーブルに教材――ダイナマイトが収められた木箱が置かれている。
「貴族の屋敷などでは、その地域で使用される危険物を管理している場合があります。使用人や子供が知らずに触り、引火させてしまうなどの事件も実際に起きています。皆さんがストッパーとなるべく、今日の授業は真剣に取り組むように。そのために教材は本物を使用します」
「あー、ガキどもは触りたがっからなあ。しゃーねえ……今日は真剣にやっか」
「普段も真剣にやるべきであります……」
クロエは眉を下げて、目の前にある爆薬を見た。
「うちは軍人の家なので、爆薬については一家言ありますよ」
「では、ミス・クロエ。みなに教えてください」
バークルは己が教師であることを誇示し、生徒の言葉をむやみに遮ったりしない。
その生徒の得意があればまずやらせ、間違いや補足があればみなに考えさせながら説明するスタイルだ。
指名を受けたクロエは起立すると、恐縮ですがと咳払いをしてから爆薬を取りあげ、説明を始めた。
「まずは火薬と言っても、火薬、爆薬、火工品と種類があるであります。火薬は黒色火薬や無煙火薬、爆薬は雷こうやダイナマイト、火工品は雷管や導火線、導爆線などの起爆に使用されるものです」
「雷こうとは何ですか、ミス・クロエ」
「はっ! 雷酸水銀の呼び名であります。水銀を濃硝酸に溶かし、アルコールで処理して得られる白い針状の結晶です。衝撃や加熱によって爆発しやすいもので、鉄砲や工業用雷管で使用されていましたが、最近では水銀の毒性が問題視されています」
雷管とは、火薬や爆薬を爆発させるのに、点火薬や起爆薬を装填した火工品。
導爆線は爆薬を心薬に、導火線は黒色火薬を心薬にした火工品という。
「続けて火薬の保管は火薬庫で行われます。火薬庫は主に1級から3級まであります。1級と2級火薬庫では、火薬や爆薬と雷管は同時に貯蔵出来ず、3級火薬庫では隔壁で区分する必要があるであります」
消費までの流れは火薬取扱所、火工所を経由する。
火薬取扱所は定員が決められて、そこに置ける火薬類の数量は1日の消費見込み以下にする。
火工所では火薬を置く場合は見張りを常時配置し、その場所以外で雷管を取り付けない。また必要以外の火薬を持ち込まない。
「火薬類を収納するのは、木や電気不良導体で作ったもので、鉄類を内面に表してはいけないであります。そしてこのダイナマイトを見たところ……固化しているので、もみほぐしが必要であります」
「凍結した場合はどうしますか?」
「融解用の容器に入れるか、30度以下の室内に置きます」
「手間ですね。暖炉の火などで溶かせば早いのでは?」
「ノン! 絶対にダメです! 裸火などの高熱源に接近させてはなりません!」
その後、クロエは爆薬の使用許可の届け方や、岩盤などの破壊時の使用方法を説明する。
長い講釈を終えたのち、バークルは拍手をした。
「すばらしい、ミス・クロエ! 今日の私の説明は不要ですね」
「い、いやあ、これしか取り柄がないもので」
クロエは照れ笑いを浮かべながら、周りの拍手に小さく頭を下げた。
ポイントは何と800点もつき、さらに拍手が起きる。
「みなさんの中に、火に関する能力を持ったのはいませんね? ――では、先ほどの説明を踏まえつつダイナマイトを観察してみましょう」
確認をし、合図を受けてから生徒たちは目の前の爆薬を手に取った。
「私、予習のために本を読んできたけど、その1冊を越える精度……!」
目を開きながら手を叩くのは、ヴィヴィアンだった。
「私は途中から全然、何を言ってるか分かりませんでした……ヴィヴィアンさん、ノート取ってたら教えてください」
「いいよ。ええっとね――」
肩を下げてぐったりしているのはソフィアだ。
テーブルを挟んだ正面に二人はいる。ヴィヴィアンは身を乗りだして、ソフィアのノートを覗き込んだ。
「しっかし、今日は久しぶりに晴れたな。……てか、ダイナマイトは日差しに当たっても平気なのか?」
「まあ今日のようなのだと引火には到りませんが、避けた方がいいです。日陰に移動するであります」
クロエが気づいたのは、移動させようと木箱に手を伸ばしたその時だ。
ヴィヴィアンの手元にダイナマイトが置かれてあり、その導火線付近に、眩い日光の収束が照らされているのを。
「ヴィヴィアンッ、手を離してッ!!」
「え?」
ヴィヴィアンが理解出来ないまま目を手元に向けた。
彼女の親指と人差し指が輪になっている――それが彼女の能力〈ルーペ〉だ。指などで輪を作ればそれが拡大鏡となり、輪を狭めれば収束、広げれば拡大するシンプルなもの。
無意識だったのだろう。
彼女の指が日差しを集め、導火線を炙っていた。ハッと気づいた時には遅く、導火線の先が赤くともる。
「みな伏せなさい!」
クロエの叫びにバークルが反応し、床に伏せるよう声を張り上げる。
みなが大慌てで地面に転がるも、ヴィヴィアンは呆然としたまま――
「ヴィヴィアンさんッ!!」
そんな彼女を、ソフィアは突き飛ばした。
エルマも机に潜ってヴィヴィアンの椅子を引いており、タイミングを同じく彼女は落ちるように倒れた。
――目と耳を塞いで、口を開いて
クロエの叫びから間もなくして。
轟音が起き、エルマは背中に強烈な熱と圧力を感じた――。
◇ ◇ ◇
「ソフィア! どこです、ソフィア!」
熱風の衝撃波は実験室の窓を吹き飛ばした。
ほかの生徒は無事だが、爆心地にいたソフィアの姿が見えない。流石のバークルも冷静さを保てず、焼け焦げた爆心地に駆け寄っていた。
「――ミス・バークル! ……何ですかこの有様は!」
騒然となったそこに、爆発音を聞きつけたほかの教師も駆けつけた。
「生徒が巻き込まれたのですか!」
「ポイントを与え、ダメージを相殺しました。ですが、一人いないのです!」
「一人いない……? 本当にポイントを与えられたのですか」
「我が校の〈ハウス・キーパー〉はご承知の上でしょう。私が追いつかなくても、万が一の場合は学校から自動でポイントが振られるのを」
「では何故」
被害はそこまで大きくもなく、しかし周囲には人の肉片すら存在していない。
「ありえない。爆風に吹き飛ばされたのか」
灰色の髪をオールバックにした初老の男で、きっちりとスーツを着込んでいる。恐らく執事課の担当教師なのだろう。
実験室は三階にあり、割れた窓から外を眺める。けれど、階下に生徒らしい姿は見当たらないようだ。
その近くでは、エルマが顔をしかめている。
「く、おおお……耳がキーンってする……」
「爆発の真下にいて、よく無事だったであります」
「身体のモツが全部出るかと思ったぞ……」
「それが爆風の恐ろしさ。火による熱傷だけでなく、空気の圧縮による衝撃波が内臓を破裂させるであります」
耳と喉をつなぐ耳管をひらくことで、耳の穴にある鼓膜への圧力を相殺する。
でなければ一瞬で鼓膜が破れてしまう、とクロエは言った。
「だから口開けて、耳塞げって言ったのか……」
「耳を塞いで物理的な力を和らげながら、力を相殺し、鼓膜が破れるのを防ぐのです。また口を閉じていると圧力が肺や胃腸に集中するので、気道を通じて圧力を外に逃がすのであります」
だけど、と続ける。
「こんな至近距離では気休め、無事で済んだのは学校の防御システムのおかげでしょう」
「そうだ、ソフィアは……!!」
「残念ながら……いや、それがおかしいのであります」
クロエは怪訝に周囲を見渡した。
爆発により屋根や床などが焼け焦げ、自分たちの周囲が最も被害が大きい。だが、実験室全体では窓が割れた程度である。
「硬化もしていたダイナマイトでは、不発もしくは一部の発破に留まって『消し飛ぶ』に到らないであります。それに机で爆発したなら、その水平方向から下にある脚へのダメージは最も小さい。なのに脚どころか肉片すら飛び散っていない……」
クロエは神妙な顔で考え込み、
「もしかしたら……」
「何だよ」
「爆発の瞬間、ソフィアさんは能力を発現したのでは? たとえば、言葉通り『吹っ飛ぶ』ようなもの、たとえば瞬間移動めいた能力を――」
教師たちも顔を見合わせる。
可能性は大いにあった。爆風に巻き込まれた痕跡がないのなら、事故によって影響を及ぼしたと考えるのが筋だ。
だがその時……。
実験室に向かってひたひた歩く存在に、誰も気づいていなかった。それに気づくのは、入口に最も近い生徒で、しかし顔を向けた瞬間、ヒィッと悲鳴をあげて後ずさる。
皆も気づいた。
そして教師たちを含め、一斉に息を飲み込んだ。
「――すみませえん、寝坊しちゃいましたあ……」
それは赤いドレスを着て、のんびりした声で現れた。
「だ、誰ですか貴女は!?」
「ええっ!? そ、ソフィアです……! 何故か執事課の倉庫で眠っちゃっていて、どうしてでしょう……いや、それよりも遅刻して申し訳ありません……!」
ぺこりと頭を下げると、ウェーブがかった亜麻色の髪が一緒に流れる。
「そ、ソフィア……?」
「はい、その通りです」
教師たちは動揺を隠すのを忘れていた。
ソフィアと名乗ったそれは、人の形をしているが人ではない。亜麻色の髪に青い瞳など完璧なほど人そっくりで、精巧な――執事課で見た、かの愛玩人形だったのである。
「ど、どういうことですの……!」
「能力の発現……爆弾や地雷を受け、義手や義足を余儀なくされる兵士はありますが、ソフィアは義体を選んだ……?」
クロエの言う通り、彼女は能力を発現させた。
火薬が劣化していても、肉体を損傷させる威力はある。それによってダメージを負った彼女は、人形の身体を借りたと見るべきだが……。
「……ソフィア、今日のところは見逃しますが次はありませんよ。それとどんなに急いでいたとしても、寝着のまま外に出てはなりません」
「はい……すみません……。でも、私こんな服で寝てたっけ……?」
大人の汚いことなかれ主義だ……。
彼女自身が生きた人形なら、彼女を“人間”として扱えばコトは荒立たない。
そして、大人がそうするのであれば。
生徒たちもまた引きつった笑顔で、“彼女”を迎えたのだった。




