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10.物置部屋のラブドール

「――で、いったい何しに来たんだよ」


 ようやく人間に戻れた彼らは、エルマたち来訪者に用向きを尋ねた。


「お前らんトコに、なんか恐(こ)えー人形あんだって? それ見にきたんだよ」

「恐いって何だ、彼女への偏見を止めろ」

「人形だろ。そんでどこにあるんだよ」

「……彼女はこの上の階だ」


 男はルーカス・ブレイクと名乗った。

 彼は既に能力を発現させ〈クレアボヤント〉という透視能力で、壁越しにこちらを監視していたらしい。

 文句を言いつつ、案内してくれるのは使用人の習性か。エルマたちは彼について廊下を歩き、階段を昇った。


「お前、その能力で女たちを見るんじゃねえぞ」

「ふっ、安心しろ。俺の能力は壁しか透けない」


 エルマはメイド課のある棟を眺めた。

 廊下から見える位置にあるのは、確か上級生のクラスだ。


「どうせ『女の着替え覗けないか』とか思ってたんだろ」

「……」

「当たりかよ……」


 三階にゆくと、噂を聞きつけた男子生徒が群がってきた。

 談話室や物置がある区域か。空き部屋らしき扉が開くなり、むわりとタバコの煙が洩れ出てきた。


「俺はクリス・ローゼンベルク。まずは一杯どうだい」


 キザったらしい男が人数分のグラスを盆に載せ、差し出した。

 中には紫色の液体が注がれている。


「これは……ワインですの?」

「……ワインの味がする水であります」


 エルマも口に含むも、確かに酒ではなく水だった。


「能力は〈神の欺瞞〉、水をブドウ酒の味にするのさ」

「何か半端だな」

「緊急招集のある執事は酔えないであります。そのための苦肉の策かと」


 ほかにもトーマス・チルという男は〈オープン・クローズ〉という、眠くても強制的に目を開かせ、逆に眠くなくても無理やり眠る能力。

 アーサー・ペンブロークという男は、見えない椅子を作る〈エアチェアー〉の能力。リードという男は指先からタバコ用の火が出る〈ファイアフィンガー〉の能力を見せた。

 彼らのはメイド課の女たちと違って、どこか実用的……言い換えれば現実的で、飾り気がない。


「ちなみに、執事課で発現する殆どは肉体強化の能力だ」

「お前ら苦労してんだな……」

「分かってくれるか」


 必要の度合いが、執事課の環境を生々しく伝えていた。


「初日の授業が、一階から四階まで、クソゴツくて重いテーブルを上げ下げだぞ……! そんで、その後に皿拭きだ。腕プルップルッしてんのに、肘を上げて90度にしたまま100枚……落としまくって1枚もまともに拭けねえよ……う、うう……」

「膝が真っ直ぐでよ、一度倒れたら起き上がれねえし……起きなきゃ、ああ……あああ……」


 なるほど、人形で発散するしかないわけだ。

 毎日がハードで、しかも禁欲を強いられているなら無理もない。


「着いたぞ。ここだ」


 いよいよ辿り着いた倉庫の扉を開けば、中は椅子やクローゼット、箱に詰められた皿など食器類が乱雑に積み上げられた、見るから男が出入りする場所だった。

 掃除など何年もしていないのか、物で狭くなったその奥には埃の綿などが浮いて見え、エルマをはじめ一行はくしゃみを抑えられない。 


「ぶえっくしゅッ……掃除しろよな。オレが言うのもだけどさ」

「それは、お前らメイド課の仕事だぜ」


 へらへらと笑うルーカスは慣れているようだ。


「んんむ……うちも男が多いので、むしろ落ち着く光景であります」


 クロエは空間を見渡すのもそこそこに、目は床に向けられていた。

 こんな埃まみれの場所だが床は綺麗だ。綺麗と言っても一部であるが、靴底に磨かれている証である。

 辿るように進んでゆくと、そこには赤いドレスの人影――丸い大理石のテーブルの傍に、まるで訪れた者を迎えるかのように、こちらを向いた恰好で椅子に腰掛けていた。

 女たちはみな息を呑んだ。

 倉庫の窓から差し込む光に浮かぶその姿は、一瞥では本物に見紛うほど人間そっくりで、気品に満ちた佇まいをしていたからだ。


「凄い……綺麗……」


 ソフィアは導かれるように、ふらふらとその人形(ドール)に近づいていた。


「貴女はここで暮らしているんですね」


 頬に手を添えるように撫で、その青い目をじっと覗き込む。

 やはり人形ゆえに表情はなく、無のまま頭だけ動くのが不気味だ。特に焦点の合わない目が……と思った直後、瞳がギョロッとこちらを向いた。


「う、うわあッ!?」「ひいッ!?」

「ははははッ、驚くだろ。顔の動きに合わせてこちらを向くんだぜ」


 明らかにこちらに焦点を合わせて見ている。

 人そっくりで人ではないそれは、とてつもない不気味さを醸した。


「や、やはり……私(わたくし)の思った通りですわ……!」


 しかしそれに興奮を示したのはリリーであった。


「ああ……やはり、オーリェント工業の愛玩人形(ラブドール)……! しかも第三世代のですわ!」

「ら……何だって?」

「愛玩人形ですわ愛玩人形。男たちの虚しい性処理用に作られた人形ですの」


 む、虚しいって言うんじゃねえ、とルーカスは唾を飛ばす。


「オーリェント工業の愛玩人形はその先駆けであり、追随を許さない出来ですの。貴族でも高く評価されて、人形用の部屋を与えたりして、それはもう人気でしたのよ」


 学校にあるのはプロトタイプの意匠が強い第三世代。

 第一世代と第二世代の機構・素材を経て、第三世代は高品質化を目的に作られたために、生産数は少なく、愛好家の中で垂涎の品だという。


「そんな高貴な品を、粗末なイチモツで処理に使うなど愚かの極み!! 恥を知りなさい!!」

「つ、使ってこそ道具だろうが!」

「まあそれも今日までですわ。私がちゃんと正しく管理してやりますの」

「どうする気だ……まさか、持って帰るとか言うんじゃないだろうな!?」

「そのまさかですわ! こんなお宝、お前たちに勿体ないですもの! おーっほっほっほっほ!」

「止めろッ、それは断固として拒否するッ!」


 クロエが「持って帰れないであります」と眉を下げた。


「第三世代ってことは、今も作られてんのか?」

「次の世代からコストダウンを図りつつマイナーチェンジを繰り返し、現在は第八世代まで出てますの。顔のバリエーションも増えてますわね」


 目の前の人形は流石に年代物で、劣化も窺える。

 ルーカスは「上級生の噂では買い換えられる話がある」と嬉しそうに述べると、


「なら引き取ってもよろしくて?」

「ダメに決まってんだろ! 彼女には彼女のよさがあるんだよ!」

「新しい女がくればお払い箱、ダメな男の典型だな」

「う、うるせえ」


 それを聞いて、ソフィアは悲しそうな目で人形を見つめた。


「可哀想です」

「まあでも『深夜に子供を産む』という怪談の一つや二つ、あってもおかしくねえ人形だな」


 ルーカスはそれに同調すると、


「この間の真っ暗になったやつ、あれで俺たちがエラい目にあったけどよ、その闇の中で彼女が踊ってたって奴がいたぜ」

「アイリーンの時か」

「そう言えば、彼女の能力は〈ミッドナイト〉でありますな」


 どうせ誰かが、どさくさに紛れて持ち出そうとしたのだろうと言うと、ふいに自分の言葉で何かを思い出したようにエルマを向いた。


「お前らメイドによ、何か病気をまき散らす奴がいるんだって?」

「いるけど、言い方に気をつけやがれ。あいつそれでクラスでも孤立してるんだからよ」

「別にそんなんじゃねえよ。ただこの前に町に繰り出した奴が、一人で歩いてんの見かけたと言ってたからよ」

「一人で? ……見間違いじゃねえのか」


 外出したのは自分たちが初めてで、しかも単独で出られるはずがない。

 女たちと交流もない連中がエレノアの顔を知るとも思えず、恐らく特徴だけ聞いて判断しただけだろう。


「まあ気をつけろよ。あんま迷惑かけてっと〈掃除部隊〉がやって来るからよ」

「あん? 掃除部隊い?」

「メイド課にいる学校で最強のチームだよ。調子に乗ってたりすると始末……綺麗にお掃除されるってわけだ」

「ケッ、ちょっと自分たちのルールに合わないと邪魔者か。気にくわねえ……来たらぶっ潰してやるよ」


 時間もあまり長く滞在出来ない。

 これ以上はと促されて、エルマたちは来た道を戻って執事課を離れた。


(掃除部隊か……)


 最強チームとは面白い喧嘩が出来そうだと、エルマの表情はやる気に満ちあふれている。

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