#9 治癒した体が私の気持ちを物語る
7話の続き
媚薬を飲んだエロイーズ様の介抱を、"婚約者"であるレイモンド様にお任せし、クロード様は、公爵家の馬車で待機していた護衛のシド卿へ状況を説明した。エロイーズ様が媚薬を飲んだと聞いたシド卿は、あきれ返って、『あの方はじつは、バカだったのか…??』と口をついて出ていた。
「失礼。つい本音が…。」
「トンプソン伯爵令嬢が巻き起こした媚薬事件に巻き込まれるなんて、災難だったな。シド卿。」
「いいえ、俺はいいんです。本当に災難だったのは、聖女様ですよ…。精神に異常をきたす程、媚薬を煽ったんですから。」
「それで当の本人もまさに今、媚薬を飲んで理性を失ってるんだから、『バカ』と言いたくなる気持ちはわかるぞ。」
エロイーズ様のせいで、あちらの聖女は媚薬をたくさん飲んだの??だったら、レイモンド様と聖女が互いを求め合っていたというのも、媚薬のせいだったの!?
「レイモンドのことは俺に任せて、シド卿は、一度公爵家へ戻って報告してくるといい。伯爵家でも心配しているんだろう?レイモンドたちは、昼まで部屋から出てこないだろうからな。」
「そうですよ。エロイーズ様のことは、"婚約者様"であるレイモンド様が介抱してくれてますし、レイモンド様の状態が悪化したら、私が浄化します。応急処置くらいにはなりますから。」
私は、レイモンド様がエロイーズ様の婚約者であることを強調した。
"エロイーズ様の婚約者様がクロード様"だと、勘違いしていたことがバレないように…。
大丈夫。たぶん、私の勘違いはバレてない。決定的な失言はしてない…、はずだもの。
娼館の中に戻ると、娼婦さんたちは部屋に戻って就寝したようで、物音すら聞こえなかった。一部屋を除いて…。その部屋の前まで行くと、クロード様は中にいるレイモンド様へ、『何かあったら声をかけてくれ。』と声をかけた。
そのあと。私とクロード様は、私が借りている部屋で、きちんと話をすることにした。
教会で会ったときは、エロイーズ様がクロード様の婚約者だと勘違いしていたせいで、"婚約者様の前でプロポーズするなんて、なに考えてるの!?"と思っていたのよね。だから、エロイーズ様の心を守るために、彼の想いを蔑ろにしてしまった。
「クロード様、私の居場所よくわかりましたね?教会を探し当てたのも驚きましたけど、普通、娼館にいるなんて思わないじゃないですか??」
「教会を探したのは、司祭様の助言なんだ。リーシャは行くあてがないから、もしかしたら他の教会へ身を寄せているかもしれないと。」
「まぁ、司祭様が??ですが、教会に行ったのはたまたまです。私はただ、エロイーズ様について行っただけなので。」
「たまたま会えたのだとしたら、幸運だったんだな。だが、すぐにまた行方がわからなくなって、知り合いに片っ端から声をかけたんだ。『ピンクブロンドの髪をした女性を見かけたら知らせてくれ。』と。それと、トンプソン伯爵令嬢を見かけたことを、レイモンドへ伝えに行ったんだ。そしたら、彼女が見つかったら教えてくれ、自分も迎えに行くからと言い出してな。」
「レイモンド様は無理を押して起き上がったのでしょう?本来、まだ動き回れる状態ではありませんからね。でも、それだけエロイーズ様のことが心配だったのですね。」
レイモンド様の浄化はまだ完了しておらず、体からは今も瘴気が感じられる。そんな状態で、エロイーズ様を迎えに来てくださったの。
先程、腕を掴んで浄化魔法をかけてみたのだけれど、応急処置程度にしかならなかった。クロード様への浄化とかってが違うのは、深く繋がってないせいなのかしら?だけど、聖女の秘めた力を使ったのに、クロード様とレイモンド様とで回復具合がこんなに違うのはどうしてなのだろう。
「二人の目撃情報を得た俺は、まずレイモンドのもとへ行ったよ。教えろと念を押されていたから仕方なくな。それで、あいつのお守役のシド卿とともに公爵家の馬車でここに向かったんだ。」
「…どなたからの情報だったのでしょう??私、ほとんどお店から出てませんよ?」
「騎士の仲間に、花街の常連客がいてな。そいつから、この店で見たと聞いたんだ。リーシャのこのピンクブロンドは、目立つんだよ。だけど、本当は間違いであって欲しかったよ。リーシャが、娼館にいるなんて…。」
クロード様は、私の髪をすくって唇へ当てると、じっと私の目を見た。
「客をとっていないと聞いて、どれ程安心したか…。」
「ごめんなさい…。思い詰めているエロイーズ様を、止められなかったのです。レイモンド様と治療をした聖女の間に、愛が芽生えたのではないかと…。それで、娼館で働く娼婦さんたちに、体の関係から愛が芽生えたことはあるかと尋ねていました。」
「それは、いくら話し合ったってここでは解決しないだろ??レイモンドとトンプソン伯爵令嬢の問題なんだから。」
「そうですよね…。でも、エロイーズ様は真剣だったんです。それに…。クロード様と私の関係が、まさにそうではありませんか?」
「あぁ…。そうだな…。しかも、嘘をついて、リーシャを騙してな…。リーシャは、この嘘をはじめたのは母だから、俺が悪いわけではないと言ってくれたが、本来であれば、声が出せるようになった時点で謝罪するべきだったんだ。すまなかった…。」
クロード様は、謝罪とともに頭を下げた。そして顔を上げると、なぜ本当のことを言えなかったのか話してくれた。
「リーシャは俺を夫だと思い、俺との子を望み、死なないでくれと涙まで流してくれた。その姿を見たら、もう少しだけこの嘘に溺れていたくなった…。いや…、違うな。嘘を本当にしたくなったんだ。」
「…嘘を、本当に??」
…私が、偽りの愛に溺れたいと思ったあの夜、クロード様は嘘を本当にしたいと思っていたの?本当の夫婦になりたいと??
「リーシャ、言ってくれただろ?俺たちの間に子どもが生まれたら、その子を抱いて欲しいって。その未来を想像したら、まだ死にたくないと思った…。リーシャと生きたいって。」
「私と生きたい…??プロポーズしてくださったのは、嘘をついた罪悪感や、責任感からではないのですか?」
「俺は、はじめて会ったあのときにリーシャに心を奪われたんだよ。瘴気に侵され、意識が朦朧としていたあの状態で、リーシャが神へ祈りを捧げ、俺のために泣いてくれて、あの涙で瘴気のもやが晴れたみたいに意識がはっきりしたんだ。あのとき、リーシャが流す涙を拭ってやれなくて、すまない。」
「それで、手枷を無理やり外そうと暴れていたのですね…。」
「あ。あれは、涙を拭ってやりたいのもあるが、リーシャに触れたいのに、手枷が邪魔だったからだ。前にも言ったよな?リーシャに触れたくてたまらなかったって。」
確かに、そんなこと言われたわ。それで、はじめての夜の行為について語るクロード様に、『変態』だなんて言ってしまったけれど…。
「リーシャとの関係を嘘にしたくなかった俺は、どうすればこの関係を本当にできるか、考えていた。だけど。リーシャは記憶を取り戻し、何も告げずに、家を去ってしまった…。こちらの、謝罪も感謝も拒むように。」
本音を聞かせてくれたクロード様に、私も自分の素直な想いを打ち明けたくなった。
「私。本当は、クロード様が教会へ探しに来てくれて嬉しかったんです。プロポーズしてくれたことも…。それから…。私も、こうしてクロード様に触れたくてたまらない…。」
そう言って私は、クロード様のお顔に触れた。
「リーシャ!」
力強く抱き締められ、私もクロード様の背中に手をまわし、ぎゅっと力を込めた。
「私、最後に夜をともにしたときには記憶が戻っていたんです。でもクロード様をちゃんと治してあげたくて、嘘に気づいてないふりをしていました。だって、せっかく治癒と浄化のかけ方を思い出したから…。」
「そうか。記憶が戻ったから、一気に浄化できたんだな。じゃああの夜、俺たちが夫婦ではないとわかった上で体を許してくれていたのか…。リーシャは、感情を隠すのがうまいな。嘘がバレてるなんて思いもしなかったよ…。」
「そういうクロード様は、夫婦の演技がポンコツでしたわよ??私の名前を呼ぶときや、甘い台詞を口にするときなんて、目が泳いでいて、恥ずかしそうでしたもの。」
「ポンコツ…。そんなふうに思われていたとはな…。あの夜、本物の夫婦のようだと自惚れていた自分が恥ずかしい…。あぁ、でもそうか…。」
クロード様はなにかに気づくと、私をベッドに押し倒した。
「リーシャ…。嘘をついて騙していたこと、本当に悪かった。」
「嘘をついてでもクロード様を救いたいという、イヴォンヌ様のお気持ちは理解できます。エロイーズ様からも、同じ覚悟を感じました。」
「俺は本気で、あの嘘を現実にしてみせるよ。リーシャの気持ちは、もうわかっているから。あとは、君の言質を取るだけなんだ。リーシャ。俺たち、本当の夫婦になろう!!」
(ん?私の気持ちは、もうわかってる??)
どういう意味だろうと考えていると、ドアの向こうから声をかけられた。
「アリーさん。エリーさんが呼んでます。」
フルルに教えられ、エロイーズ様たちのもとへ急いだ。
部屋に入ると、エロイーズ様が心配そうにレイモンド様の手を握っていた。レイモンド様から感じる瘴気が、先程より濃くなっていた。
「レイモンド様、お手を失礼します。」
私は、レイモンド様に浄化魔法をかけ、フルルに避妊薬を取ってくるよう頼み、それをエロイーズ様に飲ませた。瘴気が浄化しきれていない状態で子を授かったら、その子に瘴気による影響があらわれるかもしれないから。
クロード様には、馬車が戻って来ているか確認してもらい、店の外に待機していたシド卿がレイモンド様を馬車まで運んだ。慌ただしく娼館をあとにした私たちを、フルルが手を振り見送ってくれていた。
(娼婦さんたちに、挨拶できなかったな。)
馬車が向かっているのは、私がいた教会。レイモンド様を浄化してもらうために。それと、エロイーズ様とシド卿も浄化が必要だった。
「シド卿…。こちらに視線を向けるのを、やめていただけないかしら…。」
「すみませんね。目の前に座っているため、自然とエロイーズ様に目がいってしまうんです。いやぁ、それにしても。見目麗しく、聡明なお嬢様だと思っていたエロイーズ様が、媚薬でまわりを振り回し、さらにご自分も媚薬を飲んで介抱されただなんて、いまだに信じられませんよ。」
「本当に、反省してますから。私ではなく、護衛対象のレイを見ていてちょうだい。」
「そんなにこの空間に居づらいのなら、後ろの伯爵家の馬車に乗ればよかったじゃないか??そしたら、5人でぎゅうぎゅうになることもなかったのだから。」
クロード様に指摘されたエロイーズ様は、後ろを走るご実家の馬車を見てから、ため息をついた。
「だって、私の侍女がずっと泣いているんですもの。これなら、叱られる方がましですわ。」
シド卿から、エロイーズ様の居場所を突き止めたとの知らせを聞いた伯爵家からも、娼館に迎えの馬車が来ていたの。エロイーズ様の姿を見た侍女は号泣してしまい、心配かけていたことを身にしみて感じたエロイーズ様は、いたたまれなくなって公爵家の馬車に乗り込んできたの。今、この馬車には、レイモンド様の右隣に彼を支えているシド卿が、左隣りには私が。私の向かえに、クロード様が、その隣にエロイーズ様が乗っているわ。私は、教会へ着くまでの間、レイモンド様へ浄化魔法をかけ続けている。
「それにしても、聖女様の力の差が顕著にあらわれてますよね。お二人のケガの程度は、同じくらいだったのでしょう?」
「シド卿!!そのような言い方、ミラの前では絶対に言わないでくださいね!?」
「わかってますよ。あの状態のレイモンド様のお命を助けていたただけでも、十分すごい力ですから。別に、聖女様に求婚を断られたことなんて、全然気にしてませんからね。俺はただ、誰かさんの用意した媚薬の責任を取ろうとしたのに…。」
どうやらシド卿は、責任を取ろうと聖女のミラさんに求婚し、断られたようね。
聖女の力の差について指摘されたクロード様は、得意気な顔で説明しはじめた。
「シド卿は、聖女の力についてどこまで聞いたんだ?」
「…国家機密だと。本来、使うのも、口に出すのも禁止なんですよね??アダルベルド伯爵家も、公爵夫人に巻き込まれたんですか?」
「確かにうちの母は、シュレースヴィヒ公爵家から情報を得たと言っていたが、公爵夫人は知らぬと白を切るだろうな。」
「情報を漏らしたのは夫人だけれど、その力に手を伸ばしたのは当人の問題だもの。私は、処罰されるのを覚悟してるわ。」
やっぱりエロイーズ様は、イヴォンヌ様に似ているわ。
「うちの母も覚悟の上だから、夫人のことはいいんだ。なぁ。俺と、レイモンドの回復の違いを見てくれ。これはただ単に、聖女の力量に差があるからではないんだ。」
ケガはレイモンド様の方がひどかったそうだけど、瘴気に関しては二人とも同じくらい蝕まれていた。それが今、クロード様の方はケガの治癒も、瘴気の浄化もすみ、完治している。対して、レイモンド様のお体は、今も瘴気が纏わりついている。その違いは私も気になっていたわ。私も、ミラさんも聖女の秘めた力を使って治療と浄化をしたのは同じはずなのに。
「この秘めた力の発動条件は、体だけでなく心も捧げることがなんだ。それも、互いの心が通っていてこそ、奇跡を起こすことができる。」
クロード様の話を聞いたエロイーズ様とシド卿が、じーっと私を見てくる…。
「つまり…。聖女の秘めた力というのは、想い合い、愛し合っている者同士でないと力を発揮しないということなの!?」
「なるほど。それで、伯爵様はさっきから自慢気なんですね。ご自分が快復したのは、自分たちが愛し合っているからだって。」
「ああ。だが、まだプロポーズの返事をもらってないんだ。俺の完治した体を見れば、リーシャの気持ちは一目瞭然だというのに。あとは、同意を得るだけなんだがな。」
私の気持ちはわかってると言った理由は、これなのね。私が、クロード様の体を治癒させたのは、記憶を取り戻してから。そして、それができたのは、私たちが想い合っているから…。
たとえば、どんなに私が、『クロード様を愛してない。』と言ったところで、彼の完治した体が、私の気持ちを物語っているのね…。




