#10 私は環境に恵まれていた?
(まさかここに戻って来るなんてね…。)
もう二度と戻るつもりはなかった教会に、半月足らずで戻って来てしまったわ。
司祭様に、レイモンド様の浄化をお願いすると、神官数人ががりで対応しなければならない程悪い状態だった。そんな状態で動いていたと知り、エロイーズ様は顔を青くさせている。ご自分の行動のせいで、無理をさせてしまったから。
司祭様へ耳打ちをし、クロード様とレイモンド様の回復具合を比較してもらった。同じように聖女の秘めた力を使って治療をしたけれど、お二人の回復はこんなにも違いがある。このことから、聖女の秘めた力と呼ばれる力は、純潔を代償としても得られる力に差があるのだと。
「司祭様。クロード様から預かった聖水をお持ちですよね??」
「ああ、預かっておる。しかし、あの聖水は作るなと確かに言ったはずなんだがな。本当にそなたは、昔から何度言っても変わらぬのだな。人の言うことは聞かぬし、人の話も最後までは聞かぬからのぅ。」
「まぁ、耳が痛いお話ですわ。ですから、証拠を隠滅しようと思うのです。」
私は、司祭様に視線で訴えかけた。"レイモンド様に服用してもらいましょう"と。もし、レイモンド様が驚異的な回復をしたとしても、数人の神官で浄化したおかげだと言い逃れするつもりよ。
以前、特級聖水を作ったときは、瘴気を浄化するだけでなく、瘴気に侵され壊死した体の一部や、失明した目が回復したの。
(今思えば、クロード様とレイモンド様が侵された瘴気の4分の1程度の瘴気に特級聖水を使う必要はなかったわね。)
特級聖水の効能については、司祭様からお褒めの言葉をいただいた。…けれど。材料費や注入する魔力量を考えれば、城1個分の値段がつくと言われ、金が払える者だけを救うのか、それとも大幅な赤字を覚悟の上で値を下げるのか問われたの。私は、値は下げないと答えたわ。自分の能力に見合った利益や見返りは求めるべきだと思っているから。ここで慈善事業のようなことをしたら、教会を出て、薬や聖水、ポーションを売る商売をするときになって困るのは私だもの。だからといってお城1個分なんて高額な値段をつけたら、富裕層しか助けないのかとか、命を選別するのかなどと非難されることが想像できた。それで、扱いの難しい特級聖水は作らないって決めたの。
だけど今回、瘴気に侵されたクロード様を完璧に浄化して差し上げたくて、作っちゃったのよね。城5個分。しかも、意図せず発動条件がそろい、聖女の秘めた力による奇跡のような力が発揮されたことで見通しが外れ、聖水を余らせてしまったの…。
司祭様は、興味深そうに、クロード様とレイモンド様の状態の違いを観察しているわ。瘴気に侵され、同じ治療手段をとったお二人の回復具合の差をね。
「やはり、聖女の秘めた力というのは眉唾物であったか。聖女によって得られる効力に差があるようでは、全能の力とは呼べぬのぅ。よもや、発動条件が互いの"想い"などと曖昧なものとは…。」
「あら?お言葉ですが、司祭様。"想い"は大事ですわよ。"祈り"もまた"想い"ですもの。ですが、魔物化がはじまりかけていたレイモンド様の一命を取り留めただけでも、奇跡と呼べるのではないですか??」
「確かにのぅ。じゃがそれは、本当に聖女の秘めた力によるものなのか?聖女と深く交わることで浄化の力が体内を巡り、その結果、一命を取り留めたのではないかのぅ。」
記憶をなくし、治癒も浄化もできていなかったのに、クロード様が回復していったのは、純潔を捧げたからではなく、私の魔力がクロード様の体内を浄化していたからなの?聖女の魔力や血液、体液には治癒や浄化の力が宿っているから。
「それでは、純潔は関係ないと??」
「それは、わからぬな。それを確かめる行為は、神の御心に背く行いとなるからのぅ。」
「でも司祭様は、ポーター子爵家へ行って、聖女の秘めた力を使うようにおっしゃったではありませんか!?」
司祭様は天を仰いでから、深くて長いため息をついた。
「アリーシャよ。私は、そなたへ、人の話は最後まで聞くようにと何度言ったことかのぅ?」
長年の勘が警鐘を鳴らした。
(これはまずいわ。司祭様の目が笑ってない。)
「ふふっ。何度でしょうね??もう、数え切れませんわ。」
司祭様から雷を落とされると察知した私は、笑顔をつくりながら後退り、脱兎のごとく逃げ出したわ。背後から、『教会内を走るでない!』という司祭様の声が聞こえた。この台詞も何度言われたことかしら?
でも、腑に落ちないわ。司祭様は、聖女の秘めた力を使ってポーター子爵を助けるよう、おっしゃったもの!…おっしゃったわよね??最後まで話を聞いていたら、話が違ったのかしら?
司祭様から逃げてきた私は、部屋の片づけをはじめた。レイモンド様の浄化には時間がかかるため、待っている間手持ち無沙汰だからと、浄化を終えたエロイーズ様と侍女の方に手伝ってもらってね。伯爵令嬢のエロイーズ様に手伝ってもらうのは気が引けるのだけれど、ご厚意に甘えることにしたの。室内を見回して、一人じゃ片づけ終わるのがいつになるかわからないと悟ったから。
「アリーさんは、この教会の中で立場が上の方なのかしら??」
「いいえ?私は、ただの一聖女にすぎません。」
エロイーズ様がなぜそのように思われたのかわからず、私は首を傾げた。
「では…。他の聖女のみなさんも、自室の他に自由に使用できるお部屋をあてがわれているのですか?」
教会の間取りを思い浮かべ、他の聖女が自由に使える部屋を探したけれど、見当たらなかった。
「あら?私だけ??」
「アリーさんは、環境に恵まれているのね。」
エロイーズ様のお言葉に、教会での暮らしを思い返してみた。ベッドと机が置かれているだけの自室は、みんなにあてがわれている。私はそれ以外に、ポーションや薬を作るための研究室、薬に使う薬草を育てている温室や花壇を好きに使わせてもらっていた。ちなみに、この研究室は2代目なの。初代の研究室は、うっかり魔力を暴発させちゃって、大変なことになったのよね。そのときの部屋というのが、今、レイモンド様が治療を受けている部屋よ。
ポーションや薬は需要があるから、教会の利益になるの。だからそれをいいことに、温室や花壇に私が欲しい薬草を育てて、徐々にその範囲を広げていったら、『教会を私物化するんじゃない!!』って叱られたわね。それでも、研究室も育てている草花も取り上げられることはなく、私は自由に暮らせていた。
(私って、恵まれていたの??)
改めてまわりを見回してみると、聖女仲間たちが私の荷物を運んできてくれていた。『やっと、片づけられるわ。』と憎まれ口を言いながらもね。
(あぁ、本当だわ。私は、環境に恵まれていたのね。)
レイモンド様の浄化がすんだと知らせを受け、様子を見に行くと、シド卿が部屋の隅に座り込んでいた。レイモンド様から、聖女のミラさんへ、ミラさんからシド卿へ瘴気が伝染していたから、彼も浄化してもらっていたの。エロイーズ様も同じ状態だったけど、纏わりついていた瘴気はわずかだったから、娼館で私が浄化魔法をかけた。それでも念のためエロイーズ様にも、この部屋で浄化を受けてもらったのよね。
「シド卿、大丈夫ですか?浄化のあとは体が疲れてしまうので、横になって休んでください。」
「いえ、大丈夫です。俺の浄化はすぐに終わったので。体が少し重いくらいです。ただ…。やっと解放されたんだと思ったら、力が抜けて…。」
「俺も、エイダンに同じ思いをさせていた立場だから、ホント、心苦しいよ。」
クロード様は、シド卿の肩をポンっと叩いた。
そっか…。シド卿は、ずっと気を張っていたのね。レイモンド様が魔物化してしまったら、そのときはシド卿が対処しなければならなかったから。レイモンド様のお体を侵していた瘴気が浄化され、シド卿はやっと任務から解放されたの。
レイモンド様の方は、浄化の疲れにより深い眠りに就いているため、教会で休ませてもらうことになった。
そしてその間に、私とクロード様は、エロイーズ様から馬車をお借りし、私の荷物をアダルベルド伯爵邸へ運んだ。
(まさかここに戻って来るなんてね。)
伯爵邸に着いた私の頭の中には、本日二度目となる、この台詞が浮かんでいる。
もうここに来ることはないと、伯爵邸のあの塀を飛び越えたのは、数日前のことなのよね。この数日、いろいろなことがあったから、もっと前のことのように感じるわ。ここを去ったときは、クロード様が私を探すだなんて思ってもみなかった。でも今、私の荷物が伯爵邸へと運ばれていくのを眺めていたら、本当にこれからもクロード様と一緒にいられるのだと実感が湧いてきた。
イヴォンヌ様は、言い訳など一切口にせず、ただただ私へ深く頭を下げ、謝罪した。それから感謝の言葉を伝えられた。私は、頭を上げてくださいとは言ったけれど、謝罪を受け入れるのは待ってもらったわ。これですべてを流せる程、私の心は清らかではないのよ!!私の行為の対価は、払ってもらわないとね。でもその対価が、すぐには思い浮かばないから、謝罪の受け入れを待ってもらいたいの。これからまた、教会へ戻り、シュレースヴィヒ公爵家を訪れる予定になっているため、今は考えている時間がないのよ。
だけど…。『謝罪を受け入れる時間が欲しい。』と言ったら、イヴォンヌ様からは、『簡単に許されるような罪ではないと自覚している。』という言葉が返ってきたの。どうやら、なんのために時間が欲しいのか、解釈違いをしているみたい。
謝罪を受け入れるための、気持ちを整理する時間が欲しいと思われたのね。私が欲しいのは、嘘と治療に対して見合う対価を考える時間なのに。
イヴォンヌ様は、ご自分が犯した罪で私が傷ついていると思っているのだろう。
(でも、これくらいの意趣返しはいいわよね?)
イヴォンヌ様にはもうしばらく、ご自分の罪と向き合ってもらいましょう。
教会へ戻り、エロイーズ様とレイモンド様と合流し、シュレースヴィヒ公爵邸へ向かった。レイモンド様を治療した聖女のミラさんを浄化するために。
私とエロイーズ様は二人だけで、ミラさんのいる部屋へ入った。ミラさんは、レイモンド様の命を繋ぎ留めることはできたけれど、瘴気を浄化し切ることはできなかった。レイモンド様を侵していた瘴気は彼女の浄化力を上回り、ミラさんの体は今、大量に吸収した瘴気を浄化している状態だった。
(彼女は、レイモンド様の瘴気の半分を請け負ったようね。)
私は、司祭様から回収した特級聖水をミラさんに飲ませた。
(よし。これで特級聖水は、ぜんぶ消費できたわね。)
それから、彼女の手を取り浄化魔法をかける。体内の浄化は聖水と彼女自身の力に任せ、私は纏わりついている瘴気を浄化するわ。ミラさんの浄化の力だけでも数日あれば、浄化し切れるだろうけど、今はそれを待っている時間がないの。ミラさんには、ご家族とともに早く王都から離れてもらわないといけないから。
半月前に瘴気に侵され、瀕死状態だったクロード様とレイモンド様が、歩き回れるまでに回復したという情報は、すでに陛下の耳にも入っていると思った方がいいらしいの。確かに…。クロード様は私を探すために、知り合いのもとを尋ねて回ったと言っていたから、目撃者は多そうだわ。そのため、近いうちに陛下からお呼びがかかるだろうから、その前にミラさんを逃がすの。
(聖女の秘めた力が国家機密だという話は、本当のことだったみたい…。)
ミラさんは善意でレイモンド様を助けてくれたけれど、陛下がそれに対しどんな判断をくだされるかわからないため、彼女を匿い、守るそうよ。
クロード様とともに生きると決めた私は、逃げないわ。司祭様とのやり取りで鍛えた、この減らず口でなんとか乗り切ってみせるんだから!
私が浄化している横では、エロイーズ様が何度もミラさんへ謝罪の言葉を繰り返している。イヴォンヌ様からの謝罪を保留にした私と違って、ミラさんは、『もう謝らないでください…。』と謝罪を受け入れていた。それでもエロイーズ様が謝り続けるから、困っているミラさんを見かねて、私は口を挟ませてもらったわ。
「エロイーズ様がこんなにも謝るのはね、その身をもって、媚薬の効果を体験したからなのよ。ミラさんのようにたくさん摂取したわけではないけど、媚薬を飲んだらどうなるかは、わかりましたよね??」
「もう、アリーさん!私のことは、娼婦さんたちのように、エリーと呼んでと言いましたわよね!?」
「え…?そっちですか??」
エロイーズ様は、媚薬による失態を暴露したことではなく、愛称で呼ぶようにと指摘してきた。じつは何度も、愛称で呼ぶようにと言われているのよね…。
「エロイーズお嬢様、媚薬を飲んだのですか??」
「そうなの。娼館の娼婦さんに飲んでみる?って渡されたら、一気に飲み干したの。媚薬を飲んだ、レイモンド様とミラさんと同じ体験をするためにね。」
「媚薬を飲んで、大丈夫だったんですか??というか…、娼館??聞いた話と全然違うんですけど!?教会で祈りを捧げていたんじゃないんですか!?」
「教会にも滞在してたわよ。でもね、エロイーズ様は祈りを捧げていたのではなく、懺悔をしてたのよ。」
「な…!?アリーさん、聞いていたの!?」
「ふふっ。ごめんなさい。聞こえちゃいました。」
テヘッと笑う私へ、エロイーズ様が耳打ちをする。
『懺悔の内容は、決して話してはいけませんわよ!!』
小声なのに、圧を感じるわね。
「エロイーズお嬢様が、懺悔?いったい、なにについて??」
「残念だけど、エロイーズ様が話したらダメだって。」
止められなくても、懺悔の内容は話すつもりはないわ。エロイーズ様が、レイモンド様とミラさんが互いに惹かれ合っているのではないかと疑い、不安になり、そんな自分を恥じて、許せなかったことを。そして。婚約者と聖女の仲を疑う自分を責め、懺悔するエロイーズ様の言葉を耳にした私が、その婚約者とはクロード様のことで、聖女は自分のことなのではないかと思い込んでしまったことも絶対、秘密にしなくちゃ。
ミラさんには、エロイーズ様の嫉妬心を知って、自分を責めて欲しくない…。彼女は、エロイーズ様の頼みを聞いて、レイモンド様を助けただけ。きっと、瀕死のレイモンド様を目の前にしたら、救う以外の選択肢なんてなかったのだろう。ミラさんは、私なんかと比べるのもおこがましいくらい、立派な聖女だわ。
ミラさんのいた神殿では、神殿長によって、聖女を引き取る際に家族に支払われるべき手当てが中間搾取されているって、エロイーズ様から聞いたの。うちの両親は、教会から十分な手当てを受け取っていた。その現場を目撃した私は、"売られた"といまだに根に持っている。でも、貧乏子爵家のうちにとってあのお金があれば、どれだけの領民が救われるのか、理解はしているのよ。新しい農機具、質のいい肥料、水路を作るための専門家も雇えるし、田畑を耕す牛も増やせる。そうなれば、作業がはかどるのも、楽になるのもよくわかるわ。領主の娘でありながら、私も領民たちと一緒に畑作業をしていたから。
ミラさんのいた神殿では、家族への手当て以外にも、聖女が治癒や浄化をしても対価が支払われなかったり、聖女の力の使い方や制御方法をきちんと教えなかったりと、うちの教会と比べて相当悪い環境だったみたい。それで、改めて思ったの。私は、環境に恵まれていたって。
私は浄化しながら、私の知識をミラさんに教えてあげようと考えた。ミラさんに聖女の力の使い方を教えてあげていたら、エロイーズ様が疑問をつぶやいたの。
「ねぇ、それってアリーさんの力が強いだけなのではない??ミラが同じことをしたからといって、その力が身につくとは思えないのだけれど…。」
「神様への祈りと対話は大事ですよ?聖女の力の源は、神様のお力ですから。」
「失礼だけど、アリーさんが、神様を敬っている姿が想像できないのよね。」
的を得たエロイーズ様の指摘に、思わず笑ってしまう。
「あははっ。確かに、私が一方的に話しかけているだけなので対話とは言えないかもしれません。しかも、話しかける内容は日々の出来事で、主に愚痴が多いですからね。でも、お願いごとをするときだけ話しかける方がよっぽど失礼だと思いませんか!?」
「それは一理あるとは思うけれど…。神様への対話をせずとも、あなたの力に変わりはないと思うの。薬品作りを失敗して、うっかり研究室を聖域に変えてしまうお力を、神様が授けてくださるとは思えないもの!?」
私が研究室としてはじめに使っていた部屋は今、聖域と呼ばれている。薬品に浄化や回復、解毒など、欲張って様々な効果を付与し、最後に私の魔力を大量に込めたら暴発してしまって、気づいたら研究室は聖域になっていたの。ちなみに、もう一度聖域をつくれと言われてもつくれないわよ??作り方も、あのとき神様へなんて祈ったのかも覚えてないからね。
「…聖域って、作れてしまうものなんですか??」
「ミラ。アリーさんを参考にしてはいけないわ。この方は、ご自分の桁外れな力を神様のせいにしているだけなのですから。」
エロイーズ様に否定され、ふてくされていると、なにやら考え込んでいるミラさんの姿が目に入った。これはきっと…。ミラさんは、これから神様へ話しかけるに違いないわ。
「アリーさん、ご自分の力がどれ程すごいものかわかってないのね。聖域や規格外な聖水を作ってしまうあなたの力が世間に知られれば、その力を欲する者たちに狙われてしまうわよ。司祭様に感謝なさいよ?司祭様はね、アリーさんの力を隠すことで、あなたを守ってくださっていたのよ。」
(司祭様が…??)
どうやら私が恵まれていたのは、環境だけではなかったみたい。私は、人にも恵まれていたのね。




