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決められた人生から逃げた先に待っていたもの  作者: IROKA


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8/31

#8 瘴気に侵された婚約者

エロイーズ視点

トンプソン伯爵家のひとり娘である私、エロイーズには、幼い頃に決められた婚約者がいる。

シュレースヴィヒ公爵家の次男で、名前はレイモンド。幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた3つ年下のレイは、婚約者というより弟のような存在で、家族と呼べる関係だった。だからそんな彼との間には、恋愛感情なんてものはなかった。


レイは17歳になった年、王室騎士団に入団した。

それから3年。レイが戦地や魔物討伐へ行く度、彼の帰りを待つ間、私は心配で生きた心地がしなかったわ。

そして、ある日━━。とうとう恐れていた悪い知らせが、私の耳に入った。

魔物討伐の際、魔獣に出くわした騎士団は統率が乱れ、撤退を余儀なくされた。そのとき、副団長様が殿(しんがり)を請け負ってくださることになり、数名がともに残ると言い、レイモンドも自分の意志でそこに加わったそうなの。そこでの戦いは、魔物の瘴気に侵され、魔物と化した仲間を討伐するという精神的につらいものだった。そしてレイも、魔物の瘴気に侵されてしまったの。


その知らせを聞いた私はすぐに馬車に飛び乗り、シュレースヴィヒ公爵邸に向かった。

公爵家の人たちは、すでに諦めているようだった。レイは、もう助からないと…。

「聖女の秘めた力にすがれば、あるいわ…。いえ、ダメだわ…。あの力は禁忌だと、国が定めているもの…。」

レイの母親がつぶやいたその言葉に、私は食いついた。レイの母親である公爵夫人は、元王女で、現在の国王陛下の妹君にあたる。夫人は、王族のみが知る聖女の力について口にした。私にだけ聞こえるように…。国が秘匿しているその力を使えばレイを助けられるかもしれないと。

私は、公爵家の騎士に案内され、レイのもとへ急いだ。離れの地下に厳重に隔離されているレイを目にした瞬間、恐怖に襲われた。

(レイを、失ってしまう…。)

レイは瘴気に覆われていて、瘴気に侵された体には黒い痣があちこちに浮かび上がっている。この濃い瘴気のせいでレイに近づけず、ケガの手当もままならない状態だった。いてもたってもいられずレイのそばへ駆け寄ると、瘴気を吸い込んでしまった。思うように呼吸ができなくなった私は聖水を飲んだ。

「レイの嘘つき…。ケガなく無事に帰ってくると約束したのに…。」

もう一度聖水を口に含み、今度はレイへ飲ませた。

「レイ。これが、最初で最後の口づけになるなんて、私は嫌だからね…。」


私は家へ戻ると、我が伯爵家の諜報員たちへ聖女を探すよう指示を出した。レイを助けられる可能性のある聖女を。都合がいいのは、賄賂で融通が利く者が管理している神殿や教会に所属していて、守りたい人やもの、それか、なにかしら弱みを持っている者ね。

非道だと罵られたって構わない。レイを助けるためなら、なんだってしてみせる。たとえ私の行動が、公爵夫人の思惑通りなのだとしても…。夫人は、聖女の秘めた力について話せば、私が、レイを助けるために動くことを計算していたんだわ。さすが、元王族。命令など出さなくとも、人を動かす術を熟知されている。このような状況になって、どうして公爵家のレイの婚約者に、たかだか伯爵家の娘を選んだのか合点がいったわ。そもそも、トンプソン伯爵家とシュレースヴィヒ公爵家は、特別親しい間柄ではなかったのよ。普通に考えれば、レイの婚約者には、うちなんかよりもっと家格の高いところの令嬢がふさわしいもの。ただうちは、公爵家の権力にすり寄ったり、財産のおこぼれを狙ったりはしない。それとうちの人脈と情報網、身内には情が厚く、見捨てないところに目をつけたのね。

そして、私へ国家機密を聞かせた理由は、うちは目的のためなら非道な手段も、法を犯すことも厭わない家系だからだろう。聖女の秘めた力を利用したことが露見すれば、咎を負うのは実行に移した私。聖女の話題を出したに過ぎない公爵夫人は、注意を受けるくらいで、罪には問われない。確かに夫人は、聖女の力は禁忌だからとつけ加えていたから。

レイが自分の家の騎士団ではなく王室騎士団を選び、公爵家を出て騎士寮へ入った気持ちも、わかった気がする。瘴気に侵されたのが次男のレイではなく、長男であるバーナード様だったら、公爵夫人は人に任せず、自ら行動に移していたはず。それこそ、禁忌だろうが聖女の力を使ってバーナード様を救って欲しいと、ご自身の兄、国王陛下へ泣きついてでも。

レイは小さい頃から、違和感を覚えていたのだろう。公爵家における兄と自分の立ち位置、両親から向けられる愛情の大きさ、何事も優先される兄と溺愛される二人の妹、いずれ公爵家を出なければならない自分。それらがちょっとずつ、ちょっとずつ溜まっていって、レイは王室の騎士となり、自ら公爵家を出た。

私たちは、魔物による被害が落ち着いたら結婚式を挙げる約束をしていた。そしてレイは、結婚後は伯爵家(うち)で暮らすはずだったのよ。


私はレイの看病をしながら、諜報員からの連絡を待った。看病といっても、聖水を飲ませてあげることしかできなくて、その聖水でも次第に瘴気を抑えられなくなっていた。無力な私は神に祈ることしかできなかった。

レイが魔物化してしまうのは、もう時間の問題だった。公爵様から命を受けた公爵家の騎士が、いつレイに手をかけてもおかしくない状況の中、諜報員から連絡が入った。

「エロイーズ様。大丈夫、きっと間に合いますよ。俺が、時間を稼ぎますから。」

「シド卿。レイのこと、よろしく頼みますね。」

レイの見張りには、レイの友人であるシド卿がつき、万が一の際には、時間を稼いでくれると約束してくれた。

シド卿から、レイとともに殿(しんがり)を務めたアダルベルド伯爵様も瘴気に侵されて危険な状態だと教えてもらった。けれど、このときの私には、他人を気にかける余裕はなかったわ。

目星をつけた聖女を、責任者である神殿長に金を積み、神殿から抜けさせた。そこから彼女の実家へ直行し、実家の現状を見せたわ。この家の長女として生まれたミラが神殿に引き取られたのは、7年前、10歳のとき。当時は、5人きょうだいだった。神殿へ引き取られたあと、家族と連絡を取らせてもらえなかったミラは、知らなかったの。それから2人生まれ、現在は7人きょうだいになっていることも、7人目を出産した際、お母様が体を壊してしまったことも。

聖女を保護する際、神殿や教会から家族へお金が支払われる。ただこの金額は、一律ではない。ミラを引き取った神殿では、聖女の家族へ支払われるべき手当を神殿長が着服していたため、ミラの家族へ支払われた手当は微々たるものだった。そのため、家族を食べさせるのでもやっとなお父様の稼ぎでは、医者にかかるお金がなく、お母様の病状が悪くなっていったの。自分に治癒の力があるのに、家族を治せなかったなんて皮肉よね。ミラの治癒の力により、お母様の体調は回復した。お母様は、もともと重病ではなかったの。ただ毎日、きちんと食事をとり、きれいな水で体を洗い、家の中を清潔にしていればここまで症状が悪化することはなかった。だからこそ、ミラは大きなショックを受けていたわ。自分がいなくなったあと、家族の生活水準が低くなってしまったことに。そして、この現状を教えた私に感謝していた。

こうして聖女様に恩を売ってから、私は彼女をレイと引合せた。レイの状態を見たミラは、顔を歪めた。それだけ、状態が悪いということ…。

「聖女様、お願いします。私の婚約者を助けてください…。」

涙を浮かべて頼んだ。聖女様の優しさにつけ込むように。

「私も、お救いしたいのですが…。ここまで瘴気に侵されていると、私の力では浄化しきれません…。」

「聖女様は、"聖女の秘めた力"という言葉を聞いたことはありませんか??」

私は、聖女の秘めた力についてミラへ説明し、頭を下げた。

「この先、あなたと家族が幸せに暮らせように、どんなことでも力を貸すと誓いますから。だからどうか、レイを助けて!!」

私は泣き落としに成功し、レイの命をミラへ託した━━。


ミラのおかげで、レイは一命を取り留めた。

会話はまだできないけれど、魔物化により瞳孔が開き、赤目になっていた瞳は、レイの瞳の色であるエメラルドに戻っていた。

私はミラに抱きついて、泣きながら感謝したわ。

それでも。瘴気の消滅には至っていないため、ミラには治療は続けてもらっている。

数日後。ミラから、浄化の力が効かなくなっていると相談を受けた。やっぱり、自分の力では浄化しきれないと…。レイの治療は停滞していた。

私は、どうしたら聖女の力の効果を得られるか考えた。そして。このとき私が考えた安易な解決法により、自分自身を苦しめることになるのよ。私は、聖女様ともっと深く繋がれば、治癒の力が届くのではないかと考え、ミラに媚薬の類を渡したの。飲むタイプから、嗅ぐタイプ、塗るタイプまでいろいろと…。

それから半日経ってもミラが地下から出てこないため、様子を見にいったの。その際、地下の入り口で警護をしていたシド卿から、アダルベルド伯爵様も峠を越えたと聞いた。どうやらあちらも、聖女の秘めた力に頼ったようね。

地下に下りた私は、扉の向こうで互いの名前を呼び合う二人の声を耳にし、金縛りにあったように動けなくなった…。聞きたくないのに、耳を塞ぐこともできず、二人の声が聞こえてきて、胸が押しつぶされそうだった。

そこで、やっと気づいたのよ。聖女様へ頼んでいる治療が、どんな行為なのかを。

二人の声は激しく求め合っていたり、甘えるような声だったり、切ない涙声だったりで、私を呼ぶ声とは違った。私はこんなふうに、求められるように呼ばれたことも、切ない声で呼ばれたこともない…。

(これを治療と呼べる…?)

そのことに疑問を持ってしまった私は、二人のもとから逃げ出したの。


レイのために私が聖女の力を頼るところまでは、公爵夫人の目論見通りだったのだろう。けれど私の心は、夫人が思う程強くなかった。いいえ、むしろ弱かったのよ。これは、公爵夫人も誤算だったはず。私の、レイに対する感情が弟に抱く家族愛ではなく、恋愛感情だったこと。夫人は、私なら、婚約者が他の女性と体の関係を持っても割り切った対応が取れると読んでいたのでしょうね。だから、聖女の話を私の耳に入れたのよ。

でも実際は、レイとミラの行為を目の当たりにしたら、私の心は壊れてしまった。治療だと割り切れなかった。治療だとは思えなかった。治療して欲しいと自分で頼み込んでおいて、ミラにやましい感情を抱いているの。こんな、醜い嫉妬心なんて絶対に知られてはダメ。だけど私は、笑顔で二人と接する自信がない…。だから、逃げた。

逃げた私は、伯爵家には戻らなかった。うちの者たちにも、こんな弱い自分を見せたくないから。

行くあてもない私は、頭の中に浮かんでいる疑問を確かめたくなったの。

『体の関係から、恋や愛は芽生えるのか?』

体の関係といえば、娼館。それで娼館を訪れることにしたのだけれど、まずは、レイの回復を祈るのが先だと考え、教会を目指したの。道も知らないくせにね。案の定道に迷って、知らない男の人たちに絡まれたわ。はじめてあったのに、私を『いい女』と言って、体の関係を求めてきたから、ちょうどいいから尋ねてみたのよ。恋人や婚約者はいないのか、私を激しく求めているのかとかね。そしたらそこに、女の人が現れて、男の人たちをあっという間にやっつけたの。3人もいたのによ?その人は私の手を引いて、走るように言ったわ。もう走れないと思っているのに、とまってくれなくて、人生で一番走ったわ。

この、アリーシャさんとの出会いは、私の人生で大きな出会いとなったわ。もちろん、ミラとの出会いもね。でも1番の出逢いは、レイよ。


アリーシャさんは、私を心配して教会へ一緒に行ってくれた。

教会に着いたら、心に溜まっていた感情があふれ出して、神様へ醜い想いを打ち明けた。この懺悔の言葉が、アリーシャさんを傷つけていることにも気づかずに。

このとき。アリーシャさんは、とんでもなく大きな勘違いをしていたのだけれど…。そのことを打ち明けられたのは、もっとずっとずっと先のことになるわ。


教会に隣接された修道院に一泊し、懺悔の続きをしようと教会へ向かうと、アリーシャさんとアダルベルド伯爵様が仲良くお話をしていたわ。レイと同じように瘴気に侵されたと聞いていたのに、伯爵様は元気そうだった。そのお姿に驚いて、声もかけずに二人の様子を見ていたの。その会話から、彼を治療したのがアリーシャさんだとわかった。アリーシャさんは強い治癒力を持っているのね。レイは、いまだに瘴気を纏っているもの。

伯爵様は、命を救ってくれたアリーシャさんへプロポーズをした。

(この二人も、体の関係から愛が芽生えたのね。)

私は、二人を祝福したわ。命を救われ愛が芽生えたなんて、物語みたいで素敵じゃない??でも、レイがミラにプロポーズする姿を想像したら、心が乱れたの。


教会で懺悔をするつもりでいた私は、アダルベルド伯爵様と遭遇したため、急いで教会をあとにした。彼はきっと、私と会ったことをレイへ伝えるだろうから。レイと顔を合わせる勇気のない私は、また逃げたの。

それで次の目的地である、娼館を訪ねた。体の関係から愛が芽生えた人たちはいるのかを確かめるために。

戸惑いながらも一緒に娼館に滞在してくれたアリーシャさんは、数日後には、娼館を把握していたわ。オーナーを言い負かしたり、娼婦のみなさんを親しげに『ねえさん』と呼んだり。私とアリーシャさんは、その娼婦(ねえ)さんたちから、『エリー』と『アリー』と姉妹のように呼ばれているわ。それで、娼婦(ねえ)さんたちにレイとミラのことを相談することになって、話をしているうちに、アリーシャさんが『媚薬のせい』だと言ったの。そしたら、イゾルデねえさんが媚薬を持ってきて、私はそれを飲み干したわ。レイとミラ、二人と同じ感覚を体験するために。

でも…。そこから先の記憶は、曖昧なのよね。少し触れられただけで、体が敏感に反応して、やめて欲しいのに、触れて欲しいとねだって、自分の声じゃないみたいな嬌声が響いていた。…ような気がする。


それで…。気づいたら、レイがいたの。媚薬の効果で幻覚が見えるのかと思ったら、本物だった。

レイは怒りながら、私に快楽を与え続けた。怒っているのは、私が媚薬を飲んだことと、ミラに渡した媚薬のこと。私は泣きながら、何度も謝ったわ。そしたら、ため息をつかれたの。謝る相手は俺じゃないって。でもね。私だってまさか、ミラがあの媚薬を全部使ってしまうとは思わなかったのよ!?

私が逃げ出したあと、あの地下室で二人は大混乱に陥っていたそうなの。大量の媚薬を摂取したミラが快楽を求め続け、体の自由がきかないレイは彼女を満たせないと判断し、ベルを鳴らしてシド卿を呼んだ。このままでは、ミラの精神が壊れてしまうから。私の用意した媚薬のせいで、そんな大変なことになっているとも知らずに、私は二人の仲を疑い、勝手に嫉妬心に囚われていたのよ。

(私、危うく恩人を廃人にするところだったのね…。)

そして、ミラの快楽を満たし、彼女の精神を守ったのはシド卿だった。

(ミラにもシド卿にも、頭が上がらないわ…。)


シド卿を説得するのも大変だったと、レイに嘆かれたわ。でもね。口では怒ったり、あきれたり、嘆いたりしているのに、レイはどこか嬉しそうなの。それでね、意味がわからないことを言い出したの。

「やっと、エロイーズに追いついた。」

「追いついた?私のなにに??」

尋ねても、レイは笑ってごまかして教えてくれなかったわ。ふてくされたふりをしてみたら、レイは、私の頭を優しくなでた。

(なんだか、レイの方が年上みたい…。)

年の差は変わることなんてないのにね。でも、そう感じたの。





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