#7 ここへ来た目的
(なぜ、娼館…??)
エロイーズ様が、娼館へ来た目的がさっぱりわからなくて、さっきから頭の中を疑問符がぐるぐる回っている。戸惑う私に構うことなく、エロイーズ様は堂々と中へ入っていくと、責任者と交渉をはじめた。小袋いっぱいの金貨をチラつかせて。
「この金貨で、数日こちらにお世話になりたいのだけれど。」
「うちは、宿屋じゃないんだが??」
「空いてる部屋ならどこでも構わないわ。それから、この建物内を自由に歩き回る許可をくださらない??」
「確認するが、お嬢さんは娼婦を買いに来たわけではないんだな?かといって、働くわけでもないと…。ただ寝泊まりするだけ??宿屋ならまわりに何軒もあるのに、わざわざうちに?」
「もういいですわ。他の娼館を当たらせてもらうから。」
(ここがダメでも、次の目的地も娼館なんだ。)
エロイーズ様が小袋を取り上げると、オーナーは慌てて彼女を引き留め、金貨と面倒くさい客を天秤にかけた。そして、エロイーズ様にかけられるであろう迷惑より、金貨を選んだのよ。
エロイーズ様は宣言通り、我が物顔で娼館内を歩き回っている。たとえ営業中であっても…。
ここに目的のない私は、ただボーっとしているのもなんだから、娼婦のお世話をしている子どもの仕事を手伝っている。親に売られたというフルルに親近感を持ち、掃除に洗濯、買い出し、食事の用意、なんでも手伝ってあげたわ。それで薬の保管庫の掃除をしていたら、この娼館が使用している薬の品質の悪さに怒りを覚えちゃって、オーナーへダメ出しをしたの。
「この粗悪品の薬はいずれ、娼婦さんたちの体に害を与えるわ!」
『こっちのお嬢さんも、面倒なのか…。』
オーナーには面倒くさい人扱いされたけど、私は構わず、この店にあった避妊薬や疲労回復のポーションに手を加え、品質を向上させた。それから必要に応じて、仕事を終えた娼婦さんたちに治癒や回復魔法をかけた。
こうして。気づけば私も、エロイーズ様同様、この店を縦横無尽に駆け回っていた。
店内を巡りながら、エロイーズ様を観察していたら、彼女がここに来た目的がなんとなくわかったわ。エロイーズ様は、体から恋や愛が芽生えるのかを知りたいのだと思う…。
エロイーズ様の気のすむまで、黙って見守るつもりでいたけれど、娼婦さんたちだけじゃなく、客にまで疑問をぶつけはじめたため、さすがに止めに入ったわ。
そして。どんどん自分を追い込んでいくエロイーズ様を見かねたのは、私だけじゃなかった。
「エリーとアリーが訳ありなのは、最初からわかってたけどさ。それを根掘り葉掘り聞くのは野暮ってもんだから、うちらは、あえて尋ねなかったんだよ。」
「でもね、エリーちゃん。気づいてる?あなたのその思い詰めた顔、日に日にひどくなっているわよ??」
娼婦さんたちは親身になって、エロイーズ様の相談に乗ろうとしてくれている。
「みなさんのお心遣いは、嬉しいのですが…。すべてを話すことができないため、説明するのは難しそうです。」
「まぁ、うちらに解決できるかはわからないけどさ、とにかくなにがあったか話してくれない?」
「私の婚約者が、他の女性と関係を持ったのですが…。」
「エリーちゃん、浮気されちゃったってこと??」
「いいえ…。浮気ではないのです。そうなるように仕向けたのは、私ですから…。」
「エリーが、婚約者が他の女性と関係を持つよう仕向けた!?なんでまたそんなこと…。もしかして結婚するのが嫌になったから、婚約を破棄したくて画策したとか??」
エロイーズ様は首を横に振り、否定した。
「彼は年下で、弟のような存在だけれど、彼との結婚を嫌だと思ったことはないわ…。」
「それならエリーちゃんは、なにをそんなに不安がっているのかしら??」
「はじめは体を繋げるだけの関係だった二人が次第に心も通わせ、いつしか彼とその女性の間に、愛が芽生えたのではないかと…。」
「あぁっ!だからうちらや客に、『体から愛が芽生えたことはあるか?』って聞いてきたのね!?」
「次第にってことは、婚約者の方と女性の関係は一度きりじゃなかったってこと??ねぇ。エリーちゃんは、止めようとしなかったの??」
エロイーズ様の唇が震えているのに気づいて、私は爪が食い込む程強く、手を握り締めた。
「止めなかったわ…。だって、彼の命がかかっていたんだもの…。これ以上は、話せないわ…。国家機密に関わることだから…。」
『国家機密!?』
娼婦さんたちが大きく声をそろえた。どういうことか、エロイーズ様を問い詰めているけど、彼女が口を閉ざしたため、その矛先が私の方へ向いた。
「アリーは事情を知っているのよね??国家機密ってなによ?ただの浮気話じゃないの!?話が大きくなり過ぎだってば!」
「アリーちゃん。話せる範囲で構わないから、もう少しわかるように説明してくれない??中途半端に話を聞いてしまったから、このままじゃ気になって眠れないわ。」
娼婦さんたちが『そうよ、そうよ。』と言って、私に詰め寄ってくる。
「関係を持ったのは、呪いを解くためです…。そういった方法で呪いを解くことができる人が、実在するんです。みなさんには、信じられない話だと思いますけど。その力については、国が秘匿しているので。」
(嘘は行ってない。瘴気による痣は、魔物にかけられた呪いだから。)
「それじゃあ、エリーの婚約者は、呪いを解いてもらうために、その女性て関係を持ったということ??」
「アリーシャさん。これは、機密漏洩に当たるのではないかしら?この話は、王室案件なのよ。情報を漏らしたことが知られれば、ここにいる全員、罰せられてしまうわ。」
「漏洩しなければいいのです。この場にいるみなさんは、口外なんてしませんよね??」
私は、この話を聞いたみんなを笑顔で威圧した。
「アリーのその笑顔、ゾクゾクするわね。でもようやく、話の全容が見えたわ。エリーは婚約者を救うために、その女性を引き合わせたってことね。うちも、理解はできるわよ。命がかかっていたのなら、手段なんて選んでいられないもの。」
「でも…。エリーちゃんは不安なのでしょう?その行為に、愛が芽生えたんじゃないかって。」
エロイーズ様が悩んでいる理由がわかり、娼婦さんたちは、スッキリした顔をしている。
「それにしても。体の関係から愛が芽生えるかどうか気になったからって娼館までくるなんて、エリーっておもしろいわぁ。」
「ふふっ。そうね。ちなみに私はね、愛のある接客を心がけているわ。一夜限りの恋人のようにね。だから毎晩、愛が芽生えているわよ。」
「さすが、マリアンヌ姉さん。解答が優等生っぽい。」
「なによ??じゃあ、あなたはどうなのよ?」
「うちはさぁ、いい客にはいい接客を、嫌な客にはそれなりの接客になっちゃうのよね。平等に接客しなきゃとは、わかってるんだけどさ。」
『わかる!』
それから娼婦さんたちは、自分たちの接客についてわいわい話しはじめ、あれこれ話しが飛び交っていた。そして。ある話題が出ると、場の雰囲気が変わったの。
「そういえば、聞きました?斜め向かいの店の娘、身請けされたんですよ。本妻のいる方の、愛人としてみたいですけど。」
誰もが口を閉ざす中、反応したのはエロイーズ様だった。
「お客様に買われたということは、たとえ愛人扱いであっても、体の関係だけではなかったのでしょうね…。私も、『第二夫人を迎えたい。』と彼から打ち明けられる覚悟はしているの。」
虚ろな目をしたエロイーズ様にかける言葉が見つからず、重苦しい空気が漂っている。この雰囲気にいたたまれなくなった私は、エロイーズ様の考えを否定した。
「エロイーズ様!!いくら悩んでも、この店では答えを見つけられませんよ!ここには、唯一答えを知っている、婚約者様はいないのですから。」
「アリーシャさんは、本人に確認しろと言うのね…。」
「呪いを解く治療で愛が芽生えただなんて、あり得ません!!あんなの、媚薬のせいに決まってるじゃないですか!?」
エロイーズ様の心をお救いしたくて発した自分の言葉に、私の心の方が張り裂けそうだった…。その言葉は、媚薬も香も使わずに互いを求めた、私とクロード様のあの夜を否定するものだから…。
彼の命を救ってくださいと神様に祈り、彼の子どもを授かりたいと願い。嘘をつかれていたと知っても、彼を治してあげたくて、子作りの務めを果たすふりをしながら治癒と浄化魔法をかけた。その行為により、情が芽生えたと気づいたけれど、自分の想いに蓋をして、彼の前から去った。それなのに彼は、すぐに私を見つけてくれた。しかも、嘘を本当にしたいと言って、プロポーズしてくれた。人生で一番嬉しい瞬間だった。そして、人生で一番戸惑った瞬間でもあった。私がクロード様の手を取れば、体の関係からはじまる愛を肯定することになり、エロイーズ様を傷つけてしまうから。
エロイーズ様を救うということは、私の気持ちを否定しなければならないということなの…。
「ふーん。媚薬かぁ。」
「ちょっと、イゾルテ?あなた、悪いこと考えてる顔してるわよ??」
なにかを思いついた娼婦さんは、薬の保管庫から媚薬を取って戻ってきた。
「ねぇ??まさかとは思うけれど、それ、エリーちゃんに飲ませるつもりじゃないわよね??」
(えぇっ!?エロイーズ様に、媚薬を?)
「エリー。世の中には体験してみないと、わからないこともあるの。これを飲んだら、婚約者のことが少しはわかるようになるかもよ??さぁ、どうする??」
みんなは固唾を飲んで、エロイーズ様の答えを待った。
「エロイーズ様、飲んではいけません!!」
媚薬を飲んだらどうなるのか知っている私は、慌てて止めたのだけれど…。エロイーズ様がためらいなく媚薬を一気に飲み干したため、間に合わなかった。
(あ…。飲んじゃった…。)
エロイーズ様の顔は火照りだし、息遣いはだんだんと荒くなっていった。娼婦さんたちは、エロイーズ様をベッドへ運ぶと、楽しそうに彼女の服を脱がせている。
「えっ!?エリーのウエストほっそ!!」
「ホントね。羨ましいわぁ。しかもエリーちゃん、出るとこは出てるのね。」
「えぇ!?ずるくない??」
エロイーズ様を助けようと試みてはいるのだけれど、娼婦さんたちがベッドを取り囲んでいて近づくことができない。媚薬の効果で敏感になっている体を弄られ、部屋には、エロイーズ様の嬌声が響いている。
「見てみて、エリーの乳首の色。おいしそうなピンク!」
「やだぁ。あなた、変態みたいよ??」
「うちは今、乳首を吸いたくなる客の気持ちがわかった気がする。」
『キャハハ!!』
笑いが起こる中、私は、クロード様のことを思い出していた。私が、『変態』なんて失礼なことを言っても、笑い飛ばしてくれた、彼の笑顔が頭に浮かんできて、蓋をした想いがあふれてきそう。
(クロード様に、会いたい…。)
そのとき。
勢いよく、ドアが開いたの。その音の方へ、いっせいに視線が向けられた。みんなは、ドアを開けた男の人に釘付けになっていて、それは私も同じだった。突然現れたその人は、まっすぐエロイーズ様のもとへ向かい、みんなはスッと避け、彼をベッドへ通した。
「探したよ、エロイーズ…。こんなところで、何してるんだよ…?」
「レイ…??」
彼が、エロイーズ様に布団をかけようとすると、布が擦れた刺激でエロイーズ様が嬌声を上げた。
彼は怪訝そうに振り返り、説明を求めた。
「エリーは、媚薬を飲んだのです…。」
「はぁ??…わかった。全員、出ていってくれないか…。」
彼はため息をつくと、私たちに部屋から出るよう言った。お二人のことを気にしつつも、みんなは部屋を出ていった。私は部屋に残り、彼の腕を掴んだ。そのとき、後ろから私を呼ぶ声がしたの。
「リーシャ!?」
「…クロード様??」
振り返ると、そこにはクロード様がいたの。廊下に出た私は、クロード様に抱き締められた。
「リーシャ、やめてくれよ!せっかく見つけたと思ったら、またいなくなるなんて。」
「…よく、ここにいるとわかりましたね??」
「『よく、わかりましたね?』じゃないからな!?この数日、寝る間も惜しんで探したぞ!!」
「ダメですよ、ちゃんと寝ないと。病み上がりなんですからね?」
「だったら、行き先も告げずにいなくならないと約束してくれ…。」
「ごめんなさい…。でもどうしても、エロイーズ様を一人にしたくなかったんです。」
うつむいていると、クロード様は私の肩を掴んで顔を近づけてきた。
「娼館へ来たのは、彼女の意思なのか?客をとっていたわけではないんだよな?」
「はい…。エロイーズ様は、ここで確かめたいことがあったのです。だけど。私もエロイーズ様も、娼婦としてここにいるのではありません。」
「それを聞いて、安心したよ…。」
安堵するクロード様の声を聞いて、申し訳ないという思いより、嬉しい気持ちが勝ってしまい顔がニヤニヤしてしまう。
「クロード様。本当に、お体の方は大丈夫なのですか??」
「ああ。俺が侵されていた瘴気は、リーシャがきっちり浄化してくれたからな。」
クロード様は、嬉しそうに微笑んだ。
「俺より、心配なのはレイモンドの方だ。あいつは瘴気をまだ浄化しきれてないのに、行方不明になった婚約者が心配だからって、この数日無理して動き回っていたからな。」
「ゆ…行方不明になった婚約者??」
「トンプソン伯爵令嬢のことだよ。教会にいたのは、わかるよ。レイモンドの回復を祈ってたんだろ??だがなぜ、娼館にいるんだ?」
(レイモンド様の婚約者がエロイーズ様??エロイーズ様の婚約者はクロード様じゃない…?)
私は顔の引きつりを隠すように、手で口元を隠した。それから精一杯、平静を装ったわ。
「その戸惑いは、よくわかります。私も、はじめはさっぱりわかりませんでしたもの。」
先程のお方が、エロイーズ様の婚約者様だという事実に、私の脳内はパンク寸前だった。
レイモンド様がドアを開けたとき、みんなが釘付けになっていたわけは、彼が突然現れたからだけではなかったの。レイモンド様のお顔の痣を見て、エロイーズ様の婚約者様が呪いに侵されている話を思い出し、彼の正体に気づいたからだろう。私は、エロイーズ様の婚約者様はクロード様だと思い込んでいたから、彼の正体より、纏っている瘴気の方が気になっちゃって、腕を掴んで、少しだけ浄化魔法をかけたのよね…。
先程の、瘴気を纏っている彼の正体が、エロイーズ様の婚約者様…。
(あら??おかしいわね?ここにいないはずの司祭様のお言葉が聞こえるわ…。)
『アリーシャよ。そなたはせっかち過ぎるのだ。人の話は最後まできちんと聞きなさい。』




