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決められた人生から逃げた先に待っていたもの  作者: IROKA


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#4 今夜だけは、偽りの愛に溺れさせて

(あぁ…。クロエには悪いことしちゃったわ。)


花屋で会った彼女はクロエといって、教会でともに暮らしていた聖女仲間だった。私より2つ年下の彼女は、しっかりしていて私の姉のような存在なのよ。『姉』と呼ぶと怒られちゃうけど。

教会に従順なクロエのことだから、司祭様から、ポーター子爵様のもとへ行くよう言われても、文句のひとつも言わなかったんだろうな。私と違って。

彼女が花屋で一緒にいたご夫婦が、ポーター子爵夫妻で、私が治癒するはずだった方なのよ。私が逃げたことで、そのしわ寄せがクロエにいってしまったのね。クロエは、私の身代わりとなり聖女の秘めた力を使うはめになったのに、私を責めたり非難したりしなかった。それどころか、完治させられないことに罪悪感を抱いていたわ。それって、クロエがポーター子爵家でよくしてもらっている証拠よね?緩和ではなく、治してあげたいと切に願うほどに。

(…こんな考えはずるいわよね。私の罪悪感を軽くしたいからそう思いたいだけだわ。)

クロエは、押しつけられた患者相手にも、真摯に向き合っている。それなのに、私は記憶をなくしていたせいで謝罪の言葉ひとつ口にすることができなかった…。

今度、クロエに会ったときには、ちゃんとあやまろう。

"許してくれるかはわからないけれど…。"

そう思った私は、ハッとしたわ。イヴォンヌ様も、私への謝罪について同じことを言っていたから。

私。イヴォンヌ様とクロード様から謝られたら、なんて言えばいいかしら…。嘘つきって、怒る?慰謝料を請求する?命が助かってよかったって、笑う?過ぎたことですからって、許す??いいえ。そんなのありあえない。簡単に許すなんて無理だわ。だって、私の心はそんなに広くないもの。慈愛に満ちた聖女様じゃあるまいし。

(忘れてた…。私、聖女だったわ。)

教会では陰で、『跳ねっ返り聖女』っ呼ばれている私は、自己犠牲や献身とは無縁なのよ。私心(ししん)も捨てられないから、まわりの迷惑も考えず教会から逃げ出すなんてまねができたの。


務めの時間になったため、とりあえずクロード様の部屋の前まで来たはいいけれど、不安いっぱいで部屋の前で立ち尽くしていた。結局考えがまとまらず、謝罪をされても反応に困るため、記憶が戻ったことは隠して、今はとにかくクロード様の浄化に集中しよう。そう、いつも通りに接するのよ。

でも…。いつも通り接するって、簡単なことではないかもしれない。私たちの関係が嘘だと知ってしまったのに、それを知らないふりをして接するなんて、そんな演技力が私にあるかしら??

意を決して、ノックをし中へ入ると、クロード様と目が合った。日中、クロード様が話しているのを聞いていたし、彼に着けられていた手足の拘束具も外されているから、はじめて地下室で会ったときと比べると状態はだいぶ回復したのだろう。

だけど…。私たちは見つめ合ったまま、相手の出方をうかがっているため、部屋は静まり返っている。

(なぜ、しゃべらないのかしら…??)

クロード様が話しかけてくれるのを待っているのに、彼はこれまでと変わらず、声を発することなくただ横になっているのよ。

まさか、クロード様が話せるようになったことを私が知らないと思ってるの?そういえば彼も、私への接し方がわからないと戸惑っていたわね…。つまり彼は、声が出るようになったけどなにを話せばいいかわからなくて、押し黙ることを選んだの??

(なんだか、気負っていたのが馬鹿らしくなっちゃったわ。)

嘘を知らないふりをする私と、話せないふりをするクロード様の化かし合いのはじまりね…。

私は、いつも通りサイドテーブルに置かれていた香を焚いた。次に、聖水を手に取ると魔力を込めレベルアップさせた。聖水にも、下級、中級、上級とランクがあって、イヴォンヌ様が手に入れたものは上級に当たる。今、その上級の聖水に魔力を込め、特級にレベルを上げたの。じつは司祭様からは、この特級の聖水はつくるなって言われていたのよね。値段をつけられないからって。もし値段をつけるなら、城1個分とか言ってたわ。そんな値段じゃ、確かに大富豪でもない限り買えないわね。

(ふっ。その聖水を5個つくってやったわ!)

城5個分の聖水を見て笑っていたら、クロード様からの視線が刺さった。聖水をながめて、ニヤニヤする変な女だと思われたわよね…。

私は聖水を、彼の口元へ運んだ。だけど、口を開けてくれないの。仕方ないから、口移しで飲ませたわ。いつも通りね。そしたら、クロード様は満足そうな顔をしていた。

(なんだか手玉に取られている気分だわ…。)

そのあともいつも通り、媚薬を飲ませようと、サイドテーブルへ手を伸ばし小瓶を取ったら━━。

体をぐいっと引き寄せられ、持っていた媚薬の小瓶を手から奪われた。

(えっ!?ここで、動けないふりをやめるの??)

「…クロード様??」

クロード様はさらに、焚いていた香も消した。彼の行動の意味がさっぱり理解できず、怪訝そうに見つめていると、クロード様はなんともバツの悪そうに苦笑いを浮かべたわ。

「媚薬(これ)を飲んだら、加減してやる自信がない。」

「ですが…。これは、飲まなければならないものではないのですか…??」

媚薬を飲む、飲まない。これが、私とクロード様のはじめての会話よ。

「俺は、飲まなくても平気だが。ア…アリーシャは飲んだ方がいいか?」

(あぁ…、クロード様。私の名前、呼び慣れてない感丸出しです。)

「私も、飲まなくて大丈夫です。」

(飲んじゃうと、いらないことまでしゃべってしまうからね。)

いつもと違い、香も焚かず、媚薬も飲まないと決めた私たちは、また、お互いの出方をうかがい、見つめ合ったまま微動だにしなかった。

(もう!動けるようになったんだから、リードしてくれればいいのに!!)

「ア…アリーシャ。いつものように、口づけをしてくれないか??」

クロード様は恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしていた。そんな勇気を出した彼の想いに、跳ねっ返り聖女である私は応えてあげないわ。

「動けるようになったのでしたら、今日はクロード様からしてください。」

それは、あっという間の出来事だったわ。化かし合いに応戦したら、唇を食べられたの。私の唇は今、なんかこう…、もぐもぐされてるの!

やっと唇が解放されたと思ったら、またクロード様が目で訴えかけてくる。

(今度は、なに待ち?)

首を傾げ、見つめ返したら、彼が両腕を広げた。いつもなら、私が服を脱がせていたけど、手玉にとられるのが嫌いな私は、この要求にも応えてあげるつもりはないわ。

「ご自分で、脱いでください。」

そう言ったら、クロード様は私のナイトドレスを脱がせはじめた。

(なんで私のナイトドレスを脱がせるの!?自分の服を脱ぐよう言ったのに!?)

腕で体を隠していると、クロード様がニコッと微笑んだ。

「俺の服も、脱がせてくれないか??」

私はテキパキとクロード様の服を脱がせていった。私だけ裸なのは癪だからね!彼の服を脱がせたら、体には瘴気による黒い痣がまだいくつも残っていた。その痣を指でなぞりながら、私は自分の体(てい)たらくに憤ってしまったわ。クロード様の命が危険な状態だったのに、記憶をなくしていたせいで浄化できなかったなんて!確かに、瘴気に侵されたクロード様の状態はひどいものだったけれど…。それでも本来の私なら、特級聖水と浄化を併用してもっと浄化できたはずなのよ。もしかして、浄化魔法をかけていないのにここまで回復したのは、聖女の秘めた力のおかげなの??私はその力を使った覚えもないし、純潔を捧げただけで死を覆せるとも思えないのだけれど。それにクロード様は、私の純潔を奪ってしまったことに罪悪感を抱いている。彼の罪の意識を軽くするために、この屋敷を去る際、治療費にその分の慰謝料を上乗せして請求しようかしら。

そう…。クロード様の治療が終わったら、この屋敷を出て行かなきゃいけないのよね。私たちは、偽りの夫婦。仮初めの関係。この行為も、子作りという名の、治療なのだから…。

「泣かないでくれ、アリーシャ…。心配かけて、ごめんな…。」

クロード様は、痣を見て泣いている私を、自分のことを心配して泣いてると勘違いしている。その方が私も都合がいいから、あえて否定はしないわ。それに私自身、この涙の理由がわからないんだもの。嘘をつかれていたことはショックだったけど、それで泣くような私じゃないから…。

「アリーシャ、もう大丈夫だから。俺は、つ、つ…妻を残して死んだりしない。生き延びて、子どもに会って、この腕に抱くんだ。」

「クロードさまぁ…。」

(クロード様、演技がポンコツ過ぎる…。)

スムーズに、『妻』って言えてないから、いい慣れてないのがバレバレです。それに、自分から子どもの話をしておいて、なに照れてるんですか!?私が避妊薬を飲んでいること知らないのですか?子どもなんて、できませんよ…。だって、全部嘘なんですから。

嘘だとわかっているのに…。嘘だとわかっているから、涙が止まらない。クロード様が今おっしゃった言葉が、はじめの夜に私が喚(わめ)き散らしたことへの返事だと気づいてしまった。あのときの返事をくれたことが嬉しいの。でも、これも嘘なのよ…。

「アリーシャ…。泣きやまないなら、口を塞いでしまうぞ?俺の、唇でな。」

(クロード様…。そんな台詞、言ったことないんでしょう??目が泳いでますよ。)

「塞いで…。」

彼のポンコツな演技に当てられたのか、私の口からもバカみたいな台詞が出てきたからびっくりしていると、また、唇を食べられた。

「…んんっ!?もうっ!そんな食べるみたいなキスされたら、口がなくなっちゃいます!!」

「ああ、いっそのこと食べてしまいたいな。」

(ポンコツじゃなく、バカなの?それとも、バカだからポンコツなの??)

偽りの旦那様のこの演技はどう考えても、"普通の夫婦"じゃない!?普通の夫婦っていったら…。うーん??そういえば、私も普通の夫婦のことはわからないのよね。最後に見たうちの両親の姿は、テーブルの上の金貨の山を見て笑ってる姿だったし。あら?金貨の山を前にして笑顔になるのは、普通じゃない??

「この口が愛おしいんだ。俺の名前を呼ばれると心地良いし、俺の命を助けるよう神へ祈りを捧げる声や、泣きながら死なないでと叫ぶ声を聞けば抱き締めてやりたくなるんだ。」

「クロード様は、私が地下室で喚き散らしたことを覚えているのですか?瘴気に侵され、意識朦朧としていたのに…。」

「覚えるよ。アリーシャに聖水を口移しされてから、意識がはっきりしていったんだ。」

「あの夜、意識がはっきりしていたのですか??でも、拘束具を外そうと暴れてましたよね!?だから私、正気じゃないんだと思ってました。」

「あぁ、あれは。こうして、アリーシャに触れたかったからだ。」

そう言うとクロード様は、私を抱き寄せ、体中にキスマークをつけていった。

「こんなふうにな。」

「…こうしたくて、暴れていたというの?拘束具を手首に食い込ませてまで??」

「目の前にあるのに触れられないなんて、拷問でしかないだろ??あぁやっと、アリーシャに触れられる。」

幸せそうに微笑むクロード様を見て、胸がぎゅっとなった。その微笑みも、嘘だもの…。

「あの夜俺に跨がり、痛みに耐えながら俺を受け入れようと、腰を上下に動かしていたアリーシャの表情も覚えるよ。」

「旦那様は、変態だったのね…。」

「ぶっ。あははは!言っとくけど、俺を変態にしたのはアリーシャだからな?」

「もう!なんで、私のせいになるんですか!?」

変態呼ばわりしたのに、クロード様は怒らなかった…。ううん。それどころか、喜んでいるわ。旦那様と呼ばれたから?

「アリーシャ、知ってるか?夫婦は似てくるんだ。」

「もう…。真面目な顔で、なに言ってるの…。」

嘘だってわかっていても、クロード様にすがりたくてたまらない。私たちは夫婦じゃないし、この笑顔も、優しい言葉も、激しい口づけも、私に触れたがるのも、全部嘘なのに、彼の一挙手一投足に心が喜んでしまう。ダメだって、ずっと言い聞かせても、心がわかってくれないの。頭と心がバラバラになり、苦しくて、どうにもできなくて、クロード様へすがりついてしまった…。

「クロード様…。」

「アリーシャ!!」

クロード様に力強く抱き締められたら、もう止められなくなった。隠していた本能を…。

「クロードさまぁ…。クロードさまぁ…。」

「アリーシャ…。リーシャ。リーシャ!」

彼の名前を呼ぶと、彼も私の名前を呼び返してくれる。たったそれだけのことで、心が満たされていくの。愛称で呼ばれたら、喜びが爆発してしまい、彼の唇に思い切り唇を押しつけた。

「リーシャ。もっと深く、口づけて…。」

甘えた声でねだられると、彼を喜ばせたくて、彼の期待に応えたくて、私は自ら、この偽りの愛に溺れていった。

「クロードさまぁ。もっと、激しく…。」

「リーシャ…。まだ余裕がありそうだな。」

「余裕なんか、ないです…。媚薬を飲んでなくても、もう…、おかしくなりそう…。」

「俺の前でなら、いくらおかしくなっても大丈夫だから。リーシャの全部を見せてくれ。」

そんな殺し文句に心を奪われてしまうのは、私がクロード様へ好意を抱いている証拠だった。


私は今回のこの嘘に関して、クロード様に非はないと思っているの。この嘘は、イヴォンヌ様がはじめたことだから。クロード様は致命傷を負い、治療を受けたにすぎない。その治療法が問題なのだけれど…。むしろ、クロード様は被害者なのではないかとさえ思えるわ。意識が定かでない状況で、勝手に体を繋がれたんだもの。あのときは本当に、もう助からないんだって絶望感に襲われたわ。

(私、矛盾してる…。)

司祭様には、天寿に干渉するのは神様への冒涜だなんて捨て台詞を吐いていたくせに、彼の命が助かってよかったと心から思ってる。


クロード様の部屋の前で立ち聞きしてしまい、彼が私の純潔を奪ったことに罪悪感を抱いていることを知った。あのとき、私とどう接したらいいのか悩んでいた声を聞く限り、彼は嘘をつけない性格なんだろう。嘘を悟られないよう完璧に義母を演じているイヴォンヌ様と違って、クロード様の演技には拙さがあるもの。でもそれが、彼のよさなんだと思ってしまう…。ポンコツな演技だなんて思っていたけど、クロード様の言動ひとつひとつに惹かれてしまい、どんどん彼の好感度が上がっていくの。


嘘だったのに…。たった数日、過ごしただけなのに…。私は、クロード様に好意を寄せてしまった━━。

私の名前を愛おしそうに呼ぶ声。

私を見つめる、熱のこもった瞳。

私を離さない、大きな手。

口づけを求める、唇。

私の涙を拭う、指や舌。

私を包み込む、たくましい腕。

私の体中につけた痕を確認して見せる、満足気な顔。

そのことからわかる、彼の独占欲。

全部、嘘だって頭では理解してるのに、心が期待しているの。これは偽りじゃなく、クロード様の本心なんじゃないかって…。

だって今夜は、催淫作用のある香を焚いていない。媚薬も口にしていない。今、私たちはお互いに素の状態で求め合っている。無駄に期待してしまうのは、そのせいよ…。

(どうして、香も媚薬も使わなかったの?)

偽りの夫婦を演じるなら、使った方が楽なはずなのに…。


クロード様が私を求めているのが、嘘でも偽りでも、目覚めたら消えてしまう夢だとしても構わない。もう、抗えないもの…。

今夜だけは、この偽りの愛に溺れていたいの。





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