#31 番外編3③ 規模の大きなきょうだい喧嘩 最終話
最終話です。
オーウェンがどれ程本気で聖女の尊厳を守ろうとしてきたのかを、一番理解していたのは、ヴィクトリアだった。
しかし…。息子のレイモンドが瘴気に侵されたとき、ヴィクトリアは、聖女の秘めた力にすがってしまった。その選択が、オーウェンの信念を踏みにじる行為だとわかった上で━━。
「陛下のご意向に背く選択をし、失望させてしまったこと、今も心苦しく思っておりますわ。」
「だが、後悔はしてないのであろう?」
ヴィクトリアは肯定はせず、ただ微笑んでみせた。
「余は、そなたがその選択をしたと聞いたとき、にわかには信じられなかった。定められた規則に従い、秩序ある行動をとってきた、あのヴィクトリア様がまさか…、とな。」
ヴィクトリアは扇子で口元を隠した。
「だがな、安堵もしたのだ。危篤の父親にさえ、会おうとしなかった、あのヴィクトリア様に、禁忌を犯してまで守りたい者ができたのだと。父上の遺言を最後の王命だと捉え、ダフィッドとの結婚は政略結婚だと言っていたが、存外絆されたのであろう?」
「あなたは、結婚当初、私がダフィッドからどんな扱いを受けたかご存知ないのですか!?」
「あぁ……。ダフィッドの体力は底知らずだからな…。それに当時は、そなたとの結婚に浮かれて切っていたしな…。」
「そうよ!あの人は、ご自分の膨大な体力の方が異常だというのに、わたくしの体力のなさを嘆いて、わたくしを鍛えはじめたのです!!」
「だが、確かにあの頃のそなたは、異常に細かったではないか。体の細さで社交界を牽引するのだと意味のわからんことを言って…。」
「あれが、当時の美しさの流行だったのです!!それなのにあの人ったら、このままでは病気になってしまうと、大騒ぎしだして!」
ヴィクトリアは当時を思い出し、閉じた扇子を手のひらに何度も打ちつけた。
「毎日毎日、屋敷の敷地内を歩かせられ、慣れたらどんどん歩く速度が速くなっていくのよ。遠出した先でわざと馬車を帰らせ、屋敷まで延々と歩かせられたこともあったわね。それから、食事の量も無理やり増やされたわ!!」
ダフィッドとヴィクトリアが毎日一緒に散歩していると報告を受け、仲睦まじく暮らしていると思っていたが、じつはそれが、体力作りの一貫だったと知り、オーウェンは吹き出しそうになるのを必死にこらえていた。
「なるほどな。そなたが、子どもを4人も産めたのはダフィッドのおかげだったのだな。ベアトリス様はお体が弱く、子どもはそなた一人しか産めなかったが…。」
「お母様は体が弱いわけではなく、不摂生な生活がたたっただけですわよ。食事の時間も睡眠時間も不規則で、体も動かさず仕事ばかりしていたもの…。ダフィッドと暮らすようになり、そのことを身にしみて感じましたわ。」
オリヴァーとベアトリスは、傾いた国を立て直すために寝る間を惜しんで働いていた。二人は夜をともにする時でさえ、ベッドで仕事の話をしていたのだ。
「確かにダフィッドは、健康そのものだからな。それに、あやつが騎士を鍛え上げるのは仕事ではなく、道楽になっておるしな。余も昔、剣術を叩き込まれたわ。」
「あの人が鍛えた騎士はたくさんいるけれど、その中で体力の向上率が一番上がったのは、絶対にわたくしですわ!」
自身の体力の向上率が一番だと自負するヴィクトリアに、オーウェンは吹き出した。
「そなたがそんな発言をするとは、王女時代からは想像もつかないな。余が思うに、そなたの精神年齢が一番高かったのは10歳あたりだったな。庭園でよくピクニックをしていたあたりだな。」
「なんですって??」
「10代に入ってからは、父上と必要以上に距離を取るようになり、終いには死に目にも会わなかったではないか。ベアトリス様が、顔を見せるようにとあれ程説得を試みたというのに、平然としていたな。」
「あら。あれは、死に行くお父様に憎まれ口を叩かないための、わたくしの優しさでしたのに。最期に顔を見せていたら、わたくしの心には一生消えないわだかまりができていましたわ。わたくしは自分の心を守ったのです。」
理解できないという表情のオーウェンに、ヴィクトリアはビシっと扇子を向けた。
「アダルベルド伯爵夫人もわたくしと同じで、両親の危篤の知らせを聞いても駆けつけないと思いますわ。」
「あぁ…。あの、アダルベルド伯爵夫人な…。」
「ええ。聖女の秘めた力の発動条件は、『子作り』だと言い放った、あのアダルベルド伯爵夫人ですわ。」
当時のやり取りを思い出し、オーウェンは遠い目をした。
「陛下は、わたくしを頑なだとおっしゃいますけれど、陛下もそう変わらないではありませんか??ご自分は、望まれて宿った命ではないとお思いでしたものね?それを、アダルベルド伯爵夫人が覆してくれたではないですか。ルアナ様がお父様を救うことができたのは、お二人が同じ想いを抱いていたからなのだと。」
「しかしな…。夫人の主張を鵜呑みにするわけにはいかぬであろう?検証などできぬ、不確かな事象であるからな。」
「あらまぁ。相変わらず、頑固ですこと。素直に、愛されて生まれたとお認めになられたらよろしいでしょうに。」
「ヴィクトリアこそ、政略結婚した両親から生まれた自分は愛されていないと思うておっただろうが。いくら余が頑固だとしてもな、そなた程ではないわ。」
父親から愛されていないと感じて生きて来た二人による、どちらの方が頑固かという言い争いは、しばらく続いた。
「して。そなたが、そのアダルベルド伯爵夫人の実家であるファーマー子爵領を視察した報告を、まだ受けておらんのだが?」
「報告なら、陛下がファーマー領へ潜り込ませている"影"たちから上がっていますでしょう?」
「確かに影からは、他家の影の話は聞いておるぞ。ファーマー領には、余の影以外にも、そなたの影と、エロイーズの影の者たちが放たれ、領民として暮しているとな。」
「わたくしとエロイーズは、聖女様への感謝と謝罪を忘れぬと陛下へ誓った通り、彼女の周囲を見守っているのですわ。そういう陛下こそ、なぜ影をお送りになったのです?」
「アダルベルド伯爵夫人があれ程までに拒絶反応を示す、聖人一家とはどのような者たちなのか気になったのだ。それで、そなたの"目"にはどう映った?」
ファーマー子爵領には、中心街にオーウェンの影が、セドリックの治める領地の端にはヴィクトリアとエロイーズの影たちが送り込まれている。
オーウェンは、国王の前でも動じないアリーシャが家族の話題には動揺し、拒絶反応を示したため、その家族に興味を持った。そこで影たちへ、ファーマー子爵家についてと、以前は荒野だったファーマー子爵領が肥沃な土地へと変わった原因が本当にアリーシャの力によるものなのかを調査するよう命じたのだ。
ヴィクトリアとエロイーズは、常にこの影たちにミラを見守らせ、報告を受けている。そして、ミラが屋敷を建てるときや結婚式の際に裏で手を回し、屋敷を豪邸へと変え、結婚式も豪華にしたのだ。
「わたくしの"目"など当てにならないと、ご存知でしょう?人の性格や野心など、変わるものは見抜けませんでしたもの。エロイーズの本質さえも見誤っていましたわ…。あの子なら、レイモンドを助けるために聖女様の力に頼っても、心が折れないと思っていましたから。」
「エロイーズもまた、ベアトリス様と同じように自身の好意を隠すのが上手かったのだな。」
ヴィクトリアは、エロイーズのことを、8人もの王妃を迎える選択をしたベアトリスと同じくらい強い心を持っていると思っていた。そのため、聖女の秘めた力について教えたのだった。エロイーズならば、毅然とした態度で受け止められると考えていたから。
「それとな、王妃たちに野心が芽生えたのは、たぶらかした者たちのせいであろう?そなたの目で捉えられずとも、仕方のないことではないか。」
ヴィクトリアの目の能力で、王妃候補たちの人となりを確認した上で王妃として迎えた者たちの中には、周囲の声に唆され、惑わされ、自身の子を王太子へつかせようと野心を抱いた者たちもいたのだ。
野心を助長させた背景には、正妃であるベアトリスが男児を産めず、第2妃のルアナの身分が低かったことがあった。
「確かに、父上と王妃たちとの政略結婚は、貴族たちの支持を得るためには手っ取り早い方法ではあったが、諸刃の剣だったな。それでも、父上とベアトリス様は、上手く対処しておったではないか。まぁ…。余は、そなた以外の異母きょうだいたちとは、仲がいいとは言えぬがな。」
「わたくしもです。…ですが、同じ親から生まれたからといって、きょうだいたちが分かり合えるわけではないと、アダルベルド伯爵夫人と家族の関係を見ていて感じましたわ。」
「以前、家族の話題を振った余に対し、夫人は怒りをあらわにしておったからな。この国の王である、余に対してな。」
「あら?わたくしは、夫人の弟に喧嘩を売られましたわよ。わたくしが、元王女だとわかった上で。」
「ファーマー子爵家の者たちは、皆、聖人のようだと聞いていたが、夫人だけでなく弟も例外なのか?」
「弟の方が曲者ですわよ。善人でありながら、人を掌握する力と、人を皮肉る力にも長けていましたからね。どうやら、ファーマー子爵家の血筋には、人を惹きつける力があるようですわ。」
ヴィクトリアが、ファーマー子爵領で見て感じたことは、ファーマー子爵家の者たちの言葉には魔力が宿っているため、その言葉を聞いた領民たちは、彼らの聖人のような思想へ感化されたのではないかということ。つまり、ファーマー子爵領の領民たちは、善人の気質を持って生まれてくるのではなく、ファーマー子爵家の者たちの言葉を聞いて育つ内に、聖人のような心へ変化していくのだ。その証拠に、エリックは領地の外で生まれたが、幼い頃からファーマー子爵家の者たちの言葉を聞いて育ったため、この土地特有の人柄を持ち合わせている。対して、大人になってから移民した者たちの思想は、そこまで影響を受けていなかった。
それからアリーシャの父親は、生きとし生けるもの、すべての声を聞く力も持っていた。そのため、生き物の殺生に酷く抵抗があり、花を摘む行為にさえ胸を痛めていた。1番近くにいた妻と上の3人の子どもたちは、その思想の影響を強く受けていたのだ。
そんな、強制力が働くファーマー子爵家の言葉の力に、アリーシャとセドリックは抗っていた。アリーシャは父親よりも魔力が強いため、魅了や洗脳に近い父親と兄姉の言葉に強い拒否感を示し、無意識で常に自動防衛している状態だった。一方、セドリックには先見の明があるため、家族に任せていてはこの領地はやがて廃れると悟り、領地の運営をなんとか安定させたいという強い意志を持っていた。こうして二人は、家族の思想に飲み込まれずに育ったのだ。
「その血統能力は、あの姉弟にもしっかりと宿っていましたわ。二人の言葉の力により、相手を崇めるよう訴えかけられた領民たちは、互いに功績を押しつけ合う、姉のことも弟のことも崇めていましたもの。」
「その能力、使い方次第では国の転覆をも可能ではないか…。」
「弟の方に、聖人の思想も受け継がれていることが救いですわね。現在、血統能力を一番うまく使いこなせているのは、その弟ですから。わたくしに領地内を自由に動いてもらいたくないからと、元王女であることを領民へ周知し、身動きが取りにくい状況を作り出されましたし。」
「だが、その者は曲者だと言っておったではないか。聖人の心を持ち、先見の明があり、人々を掌握し、言葉には魅了の力が宿る…。しかも、そなたへ喧嘩を売ったのであろう?元王女だと知った上で。国へ思うところがあるのではないか?」
オーウェンは、対面したことのないセドリックの人柄がわからないため、彼の能力を危険視した。そんな、セドリックへ警戒心を抱いているオーウェンの様子を見て、ヴィクトリアは笑った。
「彼が、わたくしへ喧嘩を売った理由は、彼の奥さんがレイモンドを助けてくださった聖女様だからですわ。彼は、奥さんの過去を知っているのでしょう。それを指示したのが、わたくしだということも。」
「レイモンドを助けた聖女と一緒になったとは聞いていたが。そうか、秘めた力について知っているのだな…。秘匿とは、存外難しいことなのやもしれぬな。」
「彼の怒りは、わたくしが聖女様へ力の使用を強いたからですわ。もしかしたら、聖女様の尊厳を守りたいという、陛下の志の一番の理解者かもしれません。」
オーウェンは顎に手を当てながら、セドリックの人物像を想像した。
「そこでわたくし、第3妃様のお子様たちのいずれかの側近に、彼を推薦したいと存じます。」
ヴィクトリアは、自身へ喧嘩を売る気概のあるセドリックを、オーウェンが寵愛する第3妃との間に生まれた子どもの側近にと考えていた。セドリックならば、立場の弱い第3妃の子どもをうまく守ってくれると確信を持っているからだ。
しかしこれには、王族と関わり合いたくないセドリックへの意趣返しも込められていた。ヴィクトリアは、ファーマー子爵領で領民の前へ引っ張り出され、セドリックの手のひらの上で転がされたのがおもしろくなかったのだ。
「…いや。だが、あのアダルベルド伯爵夫人の弟であろう?」
だが。現時点で、オーウェンは気乗りしないようだった。セドリックが、あのアリーシャの弟であるため。
「しかも、そなたは公爵領へ越すではないか。推薦しておきながら、丸投げする気か?」
「いいではありませんか。わたくしは、ダフィッドと二人で領地で暮らすのです。これまでは、娘たちに夫を取られてきましたからね。」
ヴィクトリアから公爵領へ越す理由を聞き、オーウェンは驚くとともに、微笑ましく思った。
「ははっ。そなたにも、独占欲というものがあったのか。ダフィッドが聞いたら、心臓が止まってしまうかもしれぬな。先程も言ったが、あやつの最愛は今も昔もそなたなのだから。」
「おや?噂をすれば、そのダフィッド殿がこちらへ向かって来ておりますな。」
スチュアートから、ダフィッドが温室へ向かっていると聞いたオーウェンは、ヴィクトリアへある指示を出した。
「ヴィクトリア。今からおもしろいものを見せてやるから、動かずに余の目を見ておれ。」
そう言ってオーウェンは、顔をヴィクトリアの顔へ近づけた。
すると━━。
バンッ!!温室の扉が、壊れそうな程勢いよく開けられた。
「陛下!!!今、ヴィクトリアへ何をしようとしていたのですか!?」
ダフィッドは、オーウェンからヴィクトリアを引き離すと、間に割って入った。
「ほらな、おもしろいものが見られたであろう?こやつはな、昔から、余とヴィクトリアの仲を疑っておったのだ。」
「陛下とわたくしの仲を??母親は違うけれど、兄と妹ですのよ?」
「…兄妹だが、男と女でもあるではないか!?」
「ダフィッドの目には、余が妹へ手を出すような輩に見えるようだ。夜会でヴィクトリアをエスコートしているときや、ダンスの間中、こやつは余に殺気を放っていたのだから。余が、護衛対象であるにもかかわらずな。」
ヴィクトリアは、オーウェンの侍従であるスチュアートへ視線を送り、事実かどうか確認した。当時の様子を見ていたスチュアートは、事実であると頷いた。
「護衛失格ではありませんか。ダフィッドを王室近衛騎士団の団長に任命したお父様は、ご存知だったのかしら?」
「父上は、ご存知だったぞ。ダフィッドが、余へ殺気を放つ程、ヴィクトリアを想っているということをな。だから、そなたの結婚相手に望んだのだ。」
「ヴィクトリア!一刻も早く帰るぞ!!いやっ。早く、領地へ出発しよう。やはり、そなたのそばに陛下がいるのは安心できぬ。」
オーウェンの気持ちを疑うダフィッドは、一刻も早く、オーウェンからヴィクトリアを遠ざけたかった。そんなダフィッドの変わらぬ様子を見て、スチュアートは目を細めた。
「領地へ戻ったとしても、遠からず会うことになるがな。リーリアの結婚式でな。」
「ぐ…。他人事だと思って楽しそうに…。陛下には、立て続けに娘を嫁に出す俺の気持ちはわからんでしょうな。」
「そんな調子だから、オーレリアの結婚式では、そなたの隣にアダルベルド伯爵夫人を座らせることになったのではないか。そなたが、娘を渡さぬと、花婿に殴りかかりそうになったら制止するためにな。」
隣にアリーシャが座っていた、オーレリアの結婚式を思い出し、ダフィッドは項垂れた。
「オーレリアの選んだ相手が、シドでよかったではありませんか。あなたの、亡き戦友の子どもなのですからね。それに、シドを公爵家の騎士団へ迎え入れたとき、あなたは、自分の息子のように思っているとおっしゃっていましたもの。」
「そういうヴィクトリアも、5年もの間、二人の結婚を認めなかったではないか!?」
「それはそうですわよ。あなたのしごきに5年くらい耐えられないような者には、オーレリアを任せられませんもの。リーリアのお相手の方は、わたくしの目で何度も確かめましたわ。家族と使用人、友人や同僚、上司に至るまでね。」
「よもや、リーリアの結婚式でも、アダルベルド伯爵夫人を隣に座らせるつもりではないよな??」
ダフィッドは恐る恐る、ヴィクトリアへ尋ねた。
「あなた、リーリアが誓いのキスをしている姿を見ても、耐えられます??」
「…オーレリアのときは、耐えてみせたではないか。」
「あなたが、シドへ突撃しそうになったため、アダルベルド伯爵夫人から、眠らせられるか、目を閉じてやり過ごすか問われ、目を閉じることを選んでいましたわよね?」
ダフィッドは、アリーシャに腕を捕まれ、選択を迫られたときと同じように目を閉じた。
「百戦錬磨のダフィッドにも、敵わぬ相手がおったとはな。これは、リーリアの結婚式でも同様のやり取りを見ることになりそうだ。」
「そうですわね。リーリアは、オーレリアと同じく、王室礼拝堂で式を挙げたいと言っていますから、全く同じ光景を見ることになるかもしれませんわ。わたくしにはすでに、首席司祭様の困った表情までも目に浮かびますもの。」
「首席司祭はもとは、あのアダルベルド伯爵夫人が聖女時代に過ごした教会の司祭だからな。元聖女の相変わらずな姿に、あきれておったな。」
アリーシャが所属していた教会の司祭様は、現役の聖女を勝手に除籍した罰として、現在は王宮で王室礼拝堂の管理や、宮廷医局に併設されている温室薬草園で、薬草や薬木を育て、宮廷医へ提供している。教会で育てた薬草で作った薬の効能が高いのは、アリーシャの祈りだけでなく、司祭様の祈りの影響も大きかったのだ。
ちなみに。司祭様へ与えられた罰を聞いたときのアリーシャの反応は……。
『えぇっ!?それって罰なの??ただの異動命令じゃない?だって陛下は、私とクロード様へは瘴気に侵された土地の浄化を命じられたのよ?私たちには、罪はないとおっしゃっていたにもかかわらずね。』
オーウェンの下した罰に対して、納得がいかない様子だった。
「あの司祭は、人が良過ぎるのだろう。故に、己の信念に従い、聖女を教会から除籍してしまったのだ。それが、許されぬ行いであると理解した上でな。」
「司祭様の目には、自ら命を絶とうとする者のまわりに黒いモヤが見えるため、どうしてもそれを阻止したかったのでしょう。奉仕活動で教会を訪れた際、自死を食い止めることが自身へ与えられた天命だとおっしゃっていましたから。」
司祭様は、サリエルへは貧民街へ行き出産を手伝うよう言い、アリーシャとクロエにはポーター子爵家を訪ねるよう言った。だが。司祭様が救いの手を差し伸べなければならないと考えていた相手は、大切な者を亡くしたあと、後を追うであろうコーディとポーター子爵だった。二人は教会を訪れた際、黒いモヤを纏っていたのだ。
ダフィッドが今すぐ帰りたがっていることを分かった上で、スチュアートは茶を淹れると、温室の外の人影に目を向けた。茶を出されたダフィッドは、渋々、オーウェンとヴィクトリアの間に座った。
「そうだわ、陛下。わたくし、居住を領地へ移しても、慈善活動と奉仕活動を続けますからご安心くださいね。どこにいても、決して王命を忘れることはありませんから。」
「そう、突っかかる物言いをするでない。」
「陛下も、いつまでヴィクトリアへ償いをさせるつもりなのだ。当人と聖女の間で話がついているのだから、もうよいではないか。」
ヴィクトリアは、ダフィッドの意見に異を唱えた。
「わたくしたちは、聖女様の優しさに甘えているだけに過ぎません。もし、うちの娘たちが聖女の力を持っていたとして、その力を使うよう強いられることがあったのなら、ダフィッドは許せると言うの?」
「許せるわけなかろう!!」
「でしようね。ルアナ様や、アダルベルド伯爵夫人のように、力を使った相手と添い遂げるなんてことは例外なのよ。…アダルベルド伯爵夫人の場合、また特殊な事例ですけれど。」
「力を使ったとき、記憶をなくしていたらしいからな。自身の名前も、聖女であることまでもな。だというのに。よくもまぁ、余に対して、発動条件は子作りだなどと言い切れたものだ。」
ヴィクトリアは、瘴気に侵され、離れへ隔離されていたレイモンドを訪ねて来たクロードの様子を思い出していた。
「聖女の秘めた力とは、魔力量だけでなく、聖女様の心が大きく関係しているのでしょう。レイモンドとアダルベルド伯爵の治癒の差が、それを表していましたわ。」
「聖女の力は国のために使う決まりになっているが、秘めた力に関しては、聖女の意思で救う相手を決めさせてやりたいのだ。だが、そのような力があると知れ渡ってしまえば、聖女を守るのが難しくなるであろう。邪な者は、どこにでもいるのだから。」
オーウェンは、聖女の秘めた力を否定しているのではなく、力の使用の決定権は聖女にあるべきだと考えていた。
「ですから、瘴気は完全に消滅しないのでしょうね。」
「では余は、邪な者が少しでも減るよう、国民へヴィクトリアの善行をあまねく知らせるとしよう。」
「あら?わたくしのは善行ではなく、王命ですのに。」
ベアトリスの意志を受け継ぎ、国民のために王族の務めを果たしてきたヴィクトリアは、ファーマー子爵家の善行を目の当たりにし、自身の行いがまだまだであると認識した。なぜなら、ファーマー子爵家では暮らしに必要な最低限の財を残し、それ以外は全て他者のために使っていたからだ。ただ。そのような暮らしが成り立っているのは、セドリックがいざというときのために密かに備蓄をしていたり、オーウェンの放った影が子爵家が破綻しないよう暗躍しているからだった。
「王命にかこつけるでない。ベアトリス様のように、自身の行いに胸を張ればよいではないか。」
「わたくしは、お母様のように立派な志は持っていませんわ。王族として生まれた務めを果たし、王命に従っているだけです。だってわたくしは、陛下と違い、聖人ではありませんもの。」
「余も、聖人ではないわ!!それは、アダルベルド伯爵夫人が、勝手に言っておるだけであろう!?」
自身の善行は全て王命によるものだと言い張るヴィクトリアに対し、オーウェンは妹による自発的な善行を全国民へ周知させると言い出した。どこかの領地で、似たような姉弟喧嘩をしている者たちがいたが、この二人は国中を巻き込んで兄妹喧嘩をしようとしていた。
ダフィッドの目には、そんな二人の姿が、ただの仲睦まじい兄妹にしか見えず、嫉妬心から絶叫するのだった。
そんなダフィッドの様子を、目を細めて見ていたスチュアートは、再び温室の外へと視線を向けた。
スチュアートの視線の先にいたのは、弟子を伴った魔導師のザイフォンだった。
魔道を極めようとする者というのは大概、常識に欠けている者たちばかりで、ザイフォンも以前は師から変人呼ばわりされていた。そんな中、ザイフォンはまともな弟子を得ることができたため、オーウェンへ弟子の自慢話を聞かせていたのだ。その結果、弟子を紹介するよう言われ、挨拶するために温室まで来たのだが…。
「師匠、中に入らないのですか?」
「いやいや、無理だから。こんな、笑顔でいがみ合っているところへ入っていくなんて…。」
「ところで、さっきから話に出てきている、アダルベルド伯爵夫人って、アリーさんのことですよね??」
「うわっ!前シュレースヴィヒ公爵様が、ご乱心だ!!よし…。陛下への挨拶は、日を改めることにしよう。」
「えぇっ!?ここまで来て、挨拶しないで戻るのですか??あっ、ちょっと師匠!こんなところに私を置いて行かないでください!広すぎて迷子になっちゃいますよ!!」
ダフィッドの喚き散らす声が響く中、温室から離れていくザイフォンと弟子の後ろ姿を見ていたスチュアートは、宮廷庭師が手がけた、美しく咲き誇る花々へと視線を移した。オーウェンの取り繕った笑顔を見ないように。
周囲には、正妃の子のヴィクトリアと第2妃の子のオーウェンの間には確執があると思われているが、実際は敬服し合う関係であることをスチュアートは知っている。そして、ヴィクトリアが公爵領へ移り住めば、顔を合わせる機会がぐんと減ってしまうため、オーウェンが心の中で寂しく思っていることも理解していた。
それから。この先、二人が自分たちの諜報員を使い、慈善活動の功績を押しつけ合う様子も予想できた。その結果、民の暮らしをよくするために心を砕いた国王と、親身になって民へ寄り添った王妹として、二人が博愛の兄妹と呼ばれ、国民から崇拝される未来も見えていた。
そして…。そんな、国民から崇められる兄妹の関係に嫉妬したダフィッドが、今のように喚き散らす姿までもが目に浮かび、スチュアートは目を細めるのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました(*˘︶˘人)




