#30 番外編3② 正妃の子と第2妃の子
国王を治療するよう指示され、部屋へ入ったルアナは、ベッドに横たわる衰弱し切ったオリヴァーの姿を見て、訳が分からず混乱した。
「ルアナ…、久しぶり…。」
オリヴァーが絞り出した声に、我に返ったルアナは、オリヴァーの手を握り締めた。
「オリヴァー…。どうして…。」
ルアナは、王宮にいる理由と、このような状態になった訳を尋ねたかったが言葉にすることができなかった。
「ごめんな…。あのとき、僕に治癒魔法を使ったせいで、家族と引き裂かれてしまって…。ずっと、謝りたかったんだ…。」
「あなたのせいじゃないわよ。」
「あぁ…。執事にも、そう言われたよ…。」
「お父さんが??」
父親の話題に、ルアナは辺境伯領で暮らす両親の顔が浮かんだ。
「ルアナだけが、僕の心の拠り所だった…。離れてからも、それは変わらなかった…。」
オリヴァーは、静かに微笑んだ。
「最期に、ルアナに会うことができて、よかった…。」
「…オリヴァー??やめてよ、最期だなんて…。」
ルアナは、治癒魔法が効かない毒に侵された国王を治療するため純潔を捧げるよう言われ、不安を抱えた状態で連れて来られた。心の準備をしようと、案内された部屋の前で立ち止まっていたところ、早く中へ入るよう急かされ、意を決してドアを開けた。すると、そこにいたのは、オリヴァーだったのだ。
国王の正体がオリヴァーだという事実を理解するまでに時間がかかり、その間にオリヴァーから、一方的に別れの挨拶をされたルアナは、逆上した。
「私はね、神殿からこの部屋に入るまで、どうして私なんだろうって疑問で、私に治せるのかなってすんごい不安で、葛藤して、それで覚悟を決めてドアを開けたの。国王陛下を治さなきゃって!それなのに、ここにいるのは辺境伯領にいるはずのオリヴァーだし、全身痣だらけになってるし、死にかけてるし…。」
「…大丈夫だ。治癒できずとも、ルアナが罪に問われることはないから…。」
その言葉は、なぜ自分が選ばれたのかを理解したルアナの神経を余計に逆撫でした。
「私は、国王陛下を治すためにここへ来たのよ!どうやって助けるのかも、教えてもらったわ!!それなのに…。オリヴァー。あなた、助かる気がないわね!?」
力なく微笑むオリヴァーを見て、ルアナは彼に跨った。
「私が、あなたを治してみせるから…。オリヴァーは、私を信じてよ。」
「ルアナのことは、信じてるよ…。イノシシのときも、助けてもらったしな…。」
「イノシシから助けてもらったのは、私の方じゃない。あのときオリヴァーが守ってくれたから、今の私があるのよ。ねぇ…。今度は私に、あなたを助けさせて。お願いだから、簡単に死を受け入れないで…。生きてよ、オリヴァー…。」
ルアナの治癒の力により、オリヴァーは回復していった。
オリヴァーの状態が安定すると、ベアトリスは国内の視察へ出かけた。拘束した状態の犯人を同伴させて。
ベアトリスは、王位継承争いの陰で被害を被った者たちの存在を犯人に知らしめてやりたかったのだ。親をなくした子どもたち、主をなくした使用人や領民がどのように生きてきたかを話してもらい、それらを聞かせた。それから、今もなお、もぬけの殻となった屋敷や荒れたままの田畑を見せた。
あの争いでは、両陣営ともに多くの優秀な人材が失われた。そのせいで、この国はしばらく歩みを止めざるおえないだろう。あれらの人材を育てるためには時間を要するため、数年で取り戻せるものではないのだ。
争いの爪痕を見せ、ベアトリスは犯人へ尋ねた。
多くの犠牲者を出してまで、自身の望む者を王位につかせ、いったいどれ程立派な国政を描いていたのかと。
「そのご大層な国政を聞かせてくださらない?まさか、王位につかさせることが目的で、その先のことは考えていなかったなどということはないでしょう?即位してからが、大事なのだから。」
ベアトリスは最後に、国の秩序を乱す者は王に相応しくない、秩序を乱す家臣たちを制止できぬ者も同様だと言い放った。それから、争いを止められない自身の非力さが憎いとつぶやいた。
その後、犯人の身柄は大公へ引き渡された。
オリヴァーは体が回復してからも治療が必要だと言い、ルアナを王宮へ留まらせていた。
1ヶ月が過ぎた頃。ベアトリスとルアナの懐妊が立て続けに判明した。国王の子を身ごもったルアナは、神殿から籍が抜かれ、第2王妃としてオリヴァーに嫁いだ。これは、ルアナを神殿に戻すつもりがなかった、オリヴァーの思惑通りの結果だった。
妊娠時期に差のない二人だったが、出産したのはルアナの方がはやく、この男の子がオリヴァーにとってはじめての子となった。それから10日後、ベアトリスが女の子を産んだ。
正妃のベアトリスが産んだ子はヴィクトリアと、第2妃のルアナが産んだ子はオーウェンと名付けられた。
オリヴァーとベアトリスは、貴族をまとめようと力を尽くしていたが、それでもまだ王室へわだかまりを抱く者たちもいた。二人は話し合い、反逆に繋がりそうな芽を摘むため、第3、第4、第5と王妃を迎えていった。
このことで、政治に疎いルアナは、オリヴァーの愛に不安を覚えてしまうのだった。
幼い頃からしっかりしていたヴィクトリアは、大人に甘えることはなかったが、ルアナにはよく懐き、多忙な母よりも長い時間をともに過ごしていた。その傍らには兄のオーウェンもいたため、10日違いの兄と妹は行動をともにすることが多かった。
ある日。ルアナは、自身の子どもたちとヴィクトリアを連れ、庭園でピクニックをしていた。するとそこへ、とあるご令嬢が近づいて来て、声をかけてきた。
正妃の子であるヴィクトリアと、第2妃の子であるオーウェンが仲良くしている姿がとても微笑ましいと言い、自分が王妃になり、子が産まれたときには、仲間に入れて欲しいと頼んだのだ。
去って行く令嬢を見ながらルアナは、現時点で第8妃までいるというのに、さらに王妃が増えるのかと、ため息を吐いた。
けれど。ヴィクトリアは、あの令嬢が王妃になることはないと断言した。ルアナがなぜかと尋ねると、あの令嬢は、王族しか入れないこの庭園へ侵入した上、自分の方が身分が下であるにもかかわらず、許可なくルアナへ話しかけたため、マナーがなっていないからだと答えた。
なにより、纏っている色が悪いのだとヴィクトリアが言うので、ルアナは首を傾げた。ヴィクトリアの言う色がどのようなものなのか気になり、令嬢へ視線を向けると、彼女は、ヴィクトリアの護衛に捕らえられていた。
「あの令嬢は意図的にマナー違反をしたのでしょうね。ルアナ様と、子どものわたくしたちを侮って。両陛下には、野心が強く、調和を乱す色をしているため、王妃には相応しくないと報告させてもらいますわ。」
「両陛下って…。ヴィクトリア様、ご両親をそのように呼んでいるの?」
ルアナは、まだ子どもであるヴィクトリアが両親を両陛下と呼んだため、違和感を覚えた。
「人前ですからね。」
「僕が人前で、ヴィクトリア様って呼ぶのとおんなじだね。」
「人前でも、様はつけなくていいのよ。あなたはいずれ、国王になるのだから。」
「でも…。母上が、正妃様の子だから、様をつけなさいって…。」
「ちょっと待って、ヴィクトリア様。オーウェンが国王になるとは限らないわよね??他にも王子はいるのだから。」
ヴィクトリアは少し考え、ルアナへ耳打ちした。
『ルアナ様はお顔に出てしまうので、知らない方がいいと思うのですが…。王子の中には、陛下の子か疑わしい者もいるのですよ。もちろん両陛下もご存知ですが、お二人は、公にはせず、弱みを握り服従させることを選ばれました。』
ルアナはこのとき、王宮は怖い人たちの集まりなのだと認識した。それからヴィクトリアの目に、人の本質を見抜く力があることを知ったのだ。
「わたくしの目で見て、オーウェンが次期国王に相応しいと思ったので、両陛下へも進言しましたわ。」
「もしかしてヴィクトリア様は、王妃を迎える際にも意見をしていたの?」
「ええ。この目の力を把握してからは、王妃候補の方々がどのような色を纏っているかお伝えしてますわ。」
「そうだったのね…。オリヴァーは、これからも王妃を迎えるの??」
「要らぬ争いを避けるためには、仕方のないことなのです。貴族の中には、先王のときのわだかまりをいまだに抱えている者がいますからね。ですが、すべて政略的な結婚ですよ。国王陛下が愛のある結婚をしたのは、ルアナ様だけですわ。正妃様も、陛下にとってルアナ様は心の拠り所なのだとおっしゃっていましたもの。」
「そんなことないわ…。オリヴァーが私と結婚したのは、ただ責任を取っただけよ。」
この言葉は、後に、自身の出生について知ったオーウェンの心にも、わだかまりとして残り続けるのだった。父が母と結婚したのは、母が父の命を助けた際、自分が命を授かったため、その責任を取っただけなのだと。そのため、いくらヴィクトリアが、オリヴァーにとって愛のある家族はルアナとその子どもたちだと伝えても信じてはいなかった。
一方、ルアナたちへオリヴァーの愛について説いたヴィクトリアもまた、心にわだかまりを抱いていた。父の愛がルアナたちへ向けられているのなら、父や国のために黙々と正妃の務めを全うしている母のことは、いったい誰が愛してくれるのだろうかと…。そして、正妃の子である自身のことを政治の駒だと認識したのだ。
ルアナはオリヴァーの子を3人産んだが、自身の出生について知ったオーウェンは、自分と妹二人との間に線を引いた。自分は、望まれて生まれてきた妹たちとは違うと。その劣等感から、異母妹であるヴィクトリアと過ごす方が楽だった。
オーウェンは社交の場でも、ヴィクトリアのエスコート役を務めていた。そんな二人の様子に嫉妬の眼差しを送っていたのが、オーウェンの護衛となったダフィッドだった。
ダフィッドのヴィクトリアへの好意は誰もが知るところとなっていたが、ヴィクトリア本人には全く伝わっていなかった。挙動不審なダフィッドを見て、オーウェンへ護衛を別の者に代えた方がいいのではないかと助言したこともあった。
オーウェンは、自身への好意に鈍感なヴィクトリアをはじめは微笑ましい目で見ていたが、いつからか既視感を覚えた。ヴィクトリアもまた、自分は愛されないと考えているのではないかと…。
オーウェンが自身の考えが合っていたと確信したのは、父、オリヴァーに残された時間がわずかだと判明したときのことだった。
ルアナが治癒魔法をかけ続けているが、回復は見込めず、オリヴァーは日に日に衰弱していった。余命わずかとなったオリヴァーとの面会を許されたのは、正妃のベアトリスとその子どものヴィクトリア。それから、第2妃とその子どもたちだけで、他の妃と子どもたちは許可されなかった。
しかし。面会の許可を得たヴィクトリアが、オリヴァーを見舞うことはなかった。
ベアトリスから、オリヴァーが呼んでいると聞かされても、泣きながら最期に顔を見せるよう頼まれても、ヴィクトリアは表情を変えもせず、頑として動かなかった。そんな娘の態度にベアトリスは、『いったい誰に似て、こんなに頑固なのかしら!?』と叫んだ。
見かねたオーウェンが、面会しない理由を尋ねると。
「お父様にとって大事な家族はルアナ様とその子どもであるあなたたちだもの、わたくしが会いに行く必要はないじゃない?家族水入らずで最期のときを過ごしてちょうだい。」
ヴィクトリアの言葉が嫌味でも皮肉でもなく、本心であると気づいたオーウェンは、自身の誕生の経緯を持ち出した。
「僕は望まれて生まれたわけではない。父上にとって大事な家族は、母上と妹たちだ。それに父上はな、ヴィクトリアのことをかわいいと思ってるんだぞ。ご自分にそっくりだからな。」
「似てないわよ!?似てるのは、あなたの方じゃない??それに、かわいいと思われているのもあなたの方よ。はじめての子で、なによりルアナ様との子どもですもの。」
二人はどちらが父親に似ているか、どちらが愛されているか、口論になった。
「父上は、正妃様のことも、その娘のヴィクトリアのことも大切に思ってるんだ!だから、最期に顔が見たいんだろう。」
「…お母様の涙を見て、わたくし気づいたの。政略結婚だったけれど、お母様はお父様を愛していたんだって。それで、余計に会いたくなくなったわ。報われないお母様が、哀れ過ぎるもの…。」
結局ヴィクトリアは、最期までオリヴァーに会わなかった。誰に何を言われようとも、意地で意志を貫いたのだ。
オリヴァーは遺言で、ヴィクトリアの結婚相手に、ダフィッドの名を挙げていた。
もともと、どこへ嫁がせられても王命に従うつもりでいたヴィクトリアは、その最後の王命をすんなり受け入れた。
しかし…。ヴィクトリアへ想いを寄せているダフィッドの方が、拒否を示したのだ。王命などではなく、ヴィクトリアの意思で自分を選んでもらいたかったから。
ヴィクトリアは、ダフィッドのことを、挙動不審な面もあるが裏表のない実直な性格で、王家への忠誠心は本物だと信頼していたため、王命による結婚を断られるとは夢にも思っていなかった。胸がモヤっとしたヴィクトリアは、断われてから間髪入れず、ダフィッドの手を取ると、渾身の笑みを浮かべ求婚したのだ。
求婚を断わったダフィッドが舌の根の乾かぬうちに、『はい!』と即答したため、まわりの者たちからは呆れたような笑いが起こった。
ヴィクトリアは、オーウェンの戴冠式を見届けると、シュレースヴィヒ公爵家へと嫁いでいった。そこでようやく、ダフィッドがどれだけ自分へ好意を抱いていたのかを、身をもって知ったのだった。
そして。即位したオーウェンが真っ先に命じたのは、聖女の秘めた力を禁忌とし、秘匿することだった。聖女の尊厳を守るためと、自分と同じような生まれの者を出さないために。
次回で最終話となります。
最後までお読みいただければ幸いです(*ᴗ ᴗ)⁾⁾




