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決められた人生から逃げた先に待っていたもの  作者: IROKA


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29/31

#29 番外編3➀ 愛されないという中核信念

番外編3

国王・オーウェンと、元王女・ヴィクトリア兄妹編。

シドとオーレリアの結婚が認められてから半年後。

ヴィクトリアはシュレースヴィヒ公爵領へ移り住む前に、引っ越しの挨拶をするため、兄である国王のもとを訪れていた。


「陛下。先日は、オーレリアの結婚式へご出席いただきありがとうございました。王宮礼拝堂の使用も許可してくださり、感謝申し上げます。」

「オーレリアは、余の姪であるからな。それにしても、娘を溺愛するダフィッドをよく説得できたなと思っていたが、あやつは本当に納得していたのか?式の間も号泣していたではないか。」

「いつまで経っても娘たちを嫁がせる気がないようでしたので、わたくし、王宮(じっか)へ帰る話をちらつかせましたの。そうしましたら、納得はしなくとも、甘受したようですわ。」

「つまり。そなたを取るか、娘たちを取るかと迫ったのだな。あやつが、そなたにベタ惚れであることを承知の上で…。それでダフィッドは、断腸の思いで娘を嫁に出したのか。」

ヴィクトリアは扇子で口元を隠しながら、微笑んだ。


今から40年前。

当時、王室の近衛騎士だったダフィッドは、王宮で警護をしていた際、目の前を通った王女のヴィクトリアに一目惚れした。

ヴィクトリアに会いたいと毎日思っていたが、近衛騎士とはいえ、王女であるヴィクトリアを目にすることはそうそうなかった。

そこでダフィッドは、王族の護衛を任せられるようになればヴィクトリアへ会う機会が増えると考え、出世を目指したのだった。

ヴィクトリアを護りたい一心で強くなったダフィッドが護衛を任せられた相手は、王太子のオーウェンだった。強くなったが故に王太子の護衛という重要な役を任せられたのだか、ダフィッドは、ヴィクトリアの護衛に推薦して欲しいとオーウェンへ頼んだ。

それまでオーウェンは、実力で出世した、年齢が4つしか違わないダフィッドに尊敬の念を抱いていたのだが、異母妹を狙っていると知り、その信頼は一度、地に落ちたのだった。

しかし。ダフィッドのヴィクトリアへの想いが、打算も思惑もなく、ただただ好意のみであることにすぐに気づき、オーウェンは意図せず、ダフィッドの弱みを握ることとなる。ヴィクトリアの名を出せば、大抵の無理を聞いてくれたのだ。

そんな、見た目に反して健気にヴィクトリアを思うダフィッドに情が移ったオーウェンは、度々、妹との茶会の場へ護衛としてダフィッドを同席させた。そしてダフィッドは、その度に、ヴィクトリアへの好意をあふれさせていた。


「思えば、オーレリアの好意の伝え方は、あの人譲りなのですわ。」

ヴィクトリアの目には、シドへの好意を隠そうとせずに伝え続けたオーレリアの姿が、ダフィッドと重なったのだった。

「父親に似ていると言ったら、オーレリアは怒るであろうな。まぁ、ともかくリーリアの婚約も決まり、これであやつも溺愛する娘から子離れするしかないわけだ。それでも、娘たちのことはすぐに吹っ切れるだろう。最愛のそなたがそばにいるのだからな。」

「最愛とは、陛下にとっての第3妃殿下のような?もしくは、お父様にとっての第2妃(ルアナ)様??」

「な…、何故(なにゆえ)そこで、第3妃の名が出るのだ!?それに、父上にとって、母上は最愛であっただろうか…?」

「お母様がそうおっしゃっていたのです。お父様にとって、ルアナ様は心の拠り所なのだと…。そして。陛下にとってのそのお相手は、第3妃様ではありませんか?」

オーウェンは、天を仰いだ。自身の寵愛を受けていることが知られれば、第3妃を要らぬ争いに巻き込まれかねないため、妃たちとの結婚は3人とも政略的なものであると装い、これまでずっとうまく隠せていると思っていたのだ。

「ふはははっ。やはり、ヴィクトリア"様"には敵わぬな。」

「陛下!そのような呼び方、おやめくださいませ。」

「じつは、余もな。そなたに、『陛下』と呼ばれることに、いまだに慣れぬのだ。母上から、正妃様の子である、ヴィクトリア様に礼を尽くすよう厳しく言い聞かせられていたからな。」

「お父様には9人もの妃がいたけれど、ルアナ様以外は政略結婚だったではありませんか。お父様とルアナ様は想い合って結ばれたのです。陛下は愛されて、命を授かったのですのよ。わたくしと違って。正妃の子であるわたくしは、ただ政治の駒としての価値が高いだけ。」

「父上は、そなたを駒などと思っておらぬわ。そういえば、そなたの頑固さには、ベアトリス様も手を焼いていたな。いくら声をかけられても、病床の父上を頑として見舞わぬかったからな。」

「陛下こそ、ご自分は望まれて宿った命ではないと頑なだったではありませんか。聖女の秘めた力の発動条件をお聞きになられてもなお、そのお考えは変わらないのですか??」



オーウェンもヴィクトリアも、先王である父親から愛されていないと思いながら生きて来た。

正妃の子であるヴィクトリアは、自身を、政治の駒としての価値があるだけだと思っていた。政略で結婚させられた父、オリヴァーと、母、ベアトリスとの間に愛はない。愛のない結婚から生まれた自分もまた、愛されていないのだと…。

そう感じたのは、身近にいた第2妃及びその子どもたちと、自身を比べたせいでもあった。

一方、第2妃の長子であるオーウェンは、自身の生まれた経緯に囚われ続けていた。母、ルアナは聖女の秘めた力を使い、即位したばかりのオリヴァーを救った。そしてその際、オーウェンを身ごもったのだ。

オーウェンはその事実を知ったときから、母は、父の命を救おうとしただけであって、自分(こども)を望んだ訳ではないと考えるようになった。まわりから、父と母との間には愛があると聞かされても、望まれて生まれたのは下の妹たちで、自分は違うのだと…。



オーウェンとヴィクトリアの父であるオリヴァーは、子どもの頃、王宮から離れて暮らしていた。当時、王宮では王位継承を巡る争いが激化し、オリヴァーも何度も命を狙われた。第3妃だったオリヴァーの母は息子の命を守るため、秘密裏に自身の父が治める辺境伯領へオリヴァーを逃したのだ。

辺境伯領は険しい山々に囲まれ、街は断崖絶壁につくられていて、領内へ入るには厳しい検問を受けて関所を通るしかないため、天然の要塞と呼ばれていた。

第4王子であるオリヴァーの命を狙うよう送り込まれた暗殺者たちは、関所で捕まり、辺境伯領の地を踏むことはなかった。

オリヴァーは辺境伯邸へ来たばかりの頃、王宮で毒を盛られたり、寝込みを襲われたりした恐怖が深く記憶に刻まれていたため、食べ物を口にするのを拒み、眠ることもままならない状態だった。

その心にできた傷に寄り添っていたのが、辺境伯家に仕える執事の娘、ルアナだった。ルアナはオリヴァーのことを、ひとつ年が上の辺境伯の孫とだけ紹介され、第4王子であることは知らされていなかった。そのためルアナは、年の近い友達として彼に接した。

食べ物を口にしないオリヴァーに、ルアナは半分にした食べ物を先に口にし、『おいしいよ。』と笑ってみせ、もう半分を差し出した。それから、オリヴァーの手を引いて山へ行き、木の実や果物を採って食べた。

また、ベッドで眠るのが怖いと言うオリヴァーと一緒に、ベッドの下やクローゼットの中、屋根裏部屋等に隠れて眠り、度々、屋敷の者たちを困らせていたのだ。

そうやって、次第に笑顔を見せるようになったオリヴァーは、ルアナとともに自由に辺境伯領を駆け回り、のびのびと大きくなっていった。

そんなある日。ルアナの人生を大きく変える出来事が起こる。それは、10歳になったオリヴァーとルアナがいつものように山へ遊びに行ったときのこと━━。

山の中でばったり、子どもを連れたイノシシと遭遇してしまい、イノシシの母親が子どもを守ろうと興奮状態でルアナへ突進して来たのだ。イノシシに突撃されたルアナは、跳ね飛ばされてしまった。イノシシは、転倒したルアナめがけ再び突進して来た。オリヴァーはとっさにルアナへ覆いかぶさり、彼女を守ったが、イノシシに腹部を噛まれてしまうのだった。

イノシシの親子が去り、自身に覆いかぶさっているオリヴァーの下から抜け出したルアナの目に、彼の腹部から血が流れているのが映った。

ルアナはオリヴァーの名前を何度も呼んだが、返事はなく、パニックに陥った。

そして。

『オリヴァーを助けて!!』

オリヴァーの傷口を押さえながらルアナが泣き叫ぶと、彼女の手は金色の光に包まれた。すると、その光に触れたオリヴァーの傷がすぅーっと消えたのだった。

意識を取り戻したオリヴァーは、自身の傷が治っているのを目にし、頭を抱えた。王宮にいた頃、聖女について学んだオリヴァーは、ルアナが聖女の力を顕現させたのだと悟り、涙ながらに謝罪を口にするのだった。

聖女は、神殿か教会に保護される決まりとなっているからだ。

聖女の力を持つ者が治癒能力を顕現させると、新たな聖女が誕生したとの信託が下り、居場所が特定されるのだ。ここが辺境の地であることを考慮しても、遅かれ早かれルアナのもとにも迎えの者が来るだろう。そのため、自分が怪我を負ったせいでルアナと家族を引き裂くことになったと、オリヴァーは頭を下げて謝った。

確かにオリヴァーの怪我は治癒したが、それが自身の力によるものなのか、どこか半信半疑なルアナは、とにかくオリヴァーが助かったことを喜んでいた。

しかし、一週間後。オリヴァーの言った通り、神官がルアナを迎えに来た。

オリヴァーは祖父である辺境伯から、王室と神殿の関係が悪いため、神官の前に姿を見せてはならないと言われ、ルアナを見送ることができなかった。オリヴァーが部屋の窓から、馬車へ乗り込むルアナを見つめていると、ルアナが笑顔でこちらを見上げ、別れの手を振った。オリヴァーは、その屈託のない笑顔を目に焼き付けた。それから、迎えに来た神官の顔を記憶に刻んだ。

ルアナが神官とともに辺境伯領を去ったあと。オリヴァーは、執事へ、ルアナが聖女の力を発現させるきっかけを作ってしまったことを謝罪した。ルアナが聖女として神殿に保護されたのは、自分のせいだと。しかし、執事から返ってきたのは、感謝の言葉だった。

『ルアナをイノシシから守ってくださり、ありがとうございました。オリヴァー様は、娘の命の恩人です。』

それでも、オリヴァーの心が晴れることはなかった。オリヴァーは罪悪感を抱えながら、ルアナのいなくなった辺境伯領で静かに時を過ごした。


12歳になったオリヴァーのもとを、父の実の弟、王弟である大公が訪ねてきた。オリヴァーを王位につかせるために。


オリヴァーが辺境伯領で過ごしていた間に、王宮では、自身の子を王位につかせようとする正妃と第2妃、両陣営による熾烈な王位継承争いの末、第2王子と第3王子が命を落としていた。

その後、第1王子は原因不明の病に侵され、長い闘病の末亡くなった。治癒魔法による治療も効かなかったことから、城の者たちの間である噂が流れた。

『第1王子の病は、殺された王子お二人の呪いなのではないか…。』

その噂を耳にした正妃は、第3王子が、兄である第1王子を呪うはずがないと乱心し、第2妃のもとへ乗り込んだ。そして。第1王子が亡くなったのは、第2王子の呪いのせいであると言いがかりをつけ、母親である第2妃を手にかけたのだ。正妃は幽閉されたが、第2妃の派閥の者たちは極刑を望み、両派閥による血みどろの戦いに発展していった。

両派閥に属していない者たちは、自分たちの手に余るこの争いを止めるため、大公へ助けを求めた。国王に見切りをつけて…。

無駄な争いを生まぬために王位継承権を捨て、これまで兄を支えてきた大公は、国の現状を嘆き、奮起した。両王妃の陣営を制圧すると、静観を続けた国王を捕らえた。その際、第3妃は自ら捕われ、夫と同じ処遇を望んだ。それから、自身は連座での罰を受け入れるが、息子のオリヴァーの命だけは助けて欲しいと懇願したのだ。

大公は、自身の手もまた穢れてしまったため、王には相応しくないと考え、玉座につくつもりはなかった。王位には、第4王子のオリヴァーをつかせるつもりでいたのだ。そのため、オリヴァーを王位に望む大公と、オリヴァーを王位につかせたくない第3妃との間で、言い合いが起こった。

埒が明かないと思った大公は、オリヴァー本人の意見を聞くため、わざわざ辺境伯領までやって来たのだ。

叔父に説得されたオリヴァーは、ある目的を果たすため、国王になる決意をした。そして、オリヴァーが成人するまでは、大公が国王の代理として政治を行うことに決まった。

オリヴァーが国王になると決意した理由は、国のためでも、国民のためでもなく、ルアナのいる神殿を特定するためだった。ルアナを神殿から出してやることは出来ずとも、せめて自分のせいで神殿での暮らしを強いられた彼女の暮らし振りを把握したかったのだ。

王宮へ戻ったオリヴァーは、王位継承を巡り犠牲になった多くの者たちの死を悼むため、あちこちの神殿と教会へ足を運び、祈りを捧げた。そのおかげで王室と聖職者との確執は次第に解消され、オリヴァーは人格者と呼ばれるようになった。

そんな中、オリヴァーを支える相手として、王位継承争いの際、中立の立場だった候爵家からベアトリスが婚約者として選ばれた。大公や、ベアトリスの手を借りながら広げた人脈を支持へと変え、オリヴァーは次期国王としての地位を盤石なものとしていった。

オリヴァーは多忙を極める中でも、ルアナを探すために神殿巡りを続けていたが、結局見つけることは出来なかった。しかし執念が実り、ルアナを連れて行った神官を探し出したのだ。そこは、すでに何度も訪れていた中央神殿だった。

(ここに、ルアナがいる…。)

姿は確認出来ていないが、この神殿のどこかにルアナがいると思うと、それだけでオリヴァーの曇った瞳に光がさした。


数年後。

18歳になったオリヴァーは正式に王位につき、ベアトリスとの結婚式も執り行われた。

新たな国王の誕生と、オリヴァーとベアトリスの結婚に国全体がお祝いムードに包まれる中、王宮内は騒然としていた。

大公により、王位継承争いに関わった者たちは全員粛清されたはずだったが、逃げのびた者がいたのだ。何年もの間、遺恨を抱えて生きて来たその者は、毒を塗った剣でオリヴァーを斬りつけ、オリヴァーは死の淵にいた。

それは、結婚式から一週間足らずの出来事だった。

宮廷医の治療でも、神官の治癒魔法でも解毒出来ない現状に、大公は、王族と一部の高位神官のみが知る力に一縷の望みをかけることにした。

━━それは、聖女の秘めた力だった。

わずかでも助かる可能性があるならばと、ベアトリスに後押しされたオリヴァーは、中央神殿にいるルアナを連れて来て欲しいと頼んだ。


こうして、秘密裏に王宮へ連れて来られたルアナは、8年振りにオリヴァーと再会したのだった。


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