#28 番外編2③ 最強の味方
シドとオーレリア編完結。だけど、いろんな人たちが出てくるため、本人たちの出番は少ない。
公爵に応接室へ来るよう言われたシドは、部屋に居る面々を見て、何事かと首を傾げた。そこには公爵の他に、クロードとアリーシャ、レイモンドとエロイーズがいたのだ。
「公爵様。本人が来たので、改めてお願いをさせていただきますね。数日間、シド卿をお貸しください。」
アリーシャは、公爵へ頭を下げた。
「現在、公爵様の側近として多忙を極めるシド卿をお貸しいただくのは大変心苦しいのですが…。どうしても、シド卿が必要なのです!」
話が読めないシドは、皆の表情をうかがった。クロードは申し訳なさそうにし、レイモンドは楽しそうに笑っている。エロイーズは…、真顔で何を考えているかわからなかった。
「お待ちください!!シドが必要とは、どういうことですか!?」
公爵が返事をする前に、オーレリアが部屋へ飛び込んで来た。
「私は、近々里帰りをする予定なのですが、その際、どうしてもシド卿に同行してもらいたいのです!」
「ちなみに、俺とエロイーズも一緒に行くんだ。」
「お兄様も…??それなら、私も行きます!!」
「それはならん!アダルベルド伯爵夫人、シドのことは喜んでお貸ししよう。我が家には、夫人に恩があるからな。しかし、オーレリアを同行させるのは断じて許可できん。」
「お父様!!」
オーレリアは不安に駆られていた。
数ヶ月前、シドとの結婚を認めてくれない父親の愚痴を聞いてもらおうと、トンプソン伯爵家を訪ねた。そのときエロイーズは子どもを連れ、アダルベルド伯爵邸へ出かけていて留守で、レイモンドは置いて行かれたことを嘆いていた。なぜ留守番させられているのかというと、その日はアダルベルド伯爵邸に、アリーシャの弟のセドリックとその妻となったミラが訪れていて、二人が気まずい思いをしないためなのだそうだ。
このとき、ミラの名を聞いたオーレリアは、激しい胃痛に襲われた。
アリーシャの弟と、ミラが結婚したと聞いていたオーレリアは、今回アリーシャが里帰りする際、シドを同行させたいと聞いて、あのときと同じように胃痛がキリキリしていた。
アリーシャが里帰りする領地には、シドと関係を持った、あのミラがいるから。
シドとミラを会わせたくないオーレリアは、せめて自分もその場にいたいという思いから、父親に何度も一緒に行かせて欲しいと訴えた。しかし公爵は、結婚同様、二人一緒の外出を認めなかった。
その様子を見ていたアリーシャは、席を立つと、公爵のそばへと近づいた。
「公爵様、シド卿の同行を許可してくださり、感謝いたします。私が必要なのはシド卿ですので、シド卿さえ同行してくれるのなら、お嬢様のことには口出しするつもりはなかったのですか…。」
アリーシャは、そっと公爵の肩に手を乗せた。
「公爵様が、シド卿とお嬢様の結婚を認める条件として、シド卿に試練をお与えになってから、もう5年になりますわね??」
「もう5年になるか。しかし、いまだにシドは条件を達成できずにいるがな。」
「ふふっ。それだけ、公爵様がお強いのでしょうね。そこで、私がシド卿の代わりに試練を受けるというのはどうでしょう??私が公爵様に勝ったら、お二人の結婚を認めてくださいね?」
「なにを言っ……。」
公爵は尋ねる途中で意識を失った。皆が呆気にとられる中、アリーシャが両手を上げた。
「勝ちましたわよ!」
「いやいや、リーシャ。公爵様に何てことしたんだよ。完全に意識がないぞ!?」
「あら。シド卿だって、この5年間で何度も気絶させられていたのですよね?私のは痛みを伴わないからいいじゃないですかぁ。気持ちよくなって寝ているだけですからね。」
「アリーは、はじめて会ったときも、こうして男たち3人を倒し…、寝かしつけていたわね。」
エロイーズの話を聞いた、クロードとレイモンドはその男たち3人について詳しい説明を求めた。これは小言がはじまると察したアリーシャは、慌ててドアを開けた。
「ほら、シド卿。義理のお父様になる公爵様をベッドへ運んで差し上げて。」
「いやぁ…。これはもう…、義理のお父様にはなってもらえないかもなぁ…。」
途方に暮れるシドに構わず、廊下へ出たアリーシャは屋敷の者たちに聞こえるよう大きな声で話しだした。
「シド卿!5年越しの試練の突破おめでとう!!」
屋敷の者たちは、公爵が、シドとオーレリアの結婚を認めたと聞き、歓声を上げ、屋敷中に知らせて回った。その騒ぎを聞きつけ、公爵夫人が姿を見せた。アリーシャは状況を説明すると、夫人へ伝言を頼んだ。
「公爵様がお目覚めになったら、どちらかお好きな方を選ぶようお伝えください。私に負けたとお認めになるか、シド卿に試練を突破されたことになさるか。公爵様が意識を失くしているのを屋敷のみなさんも目撃してますから、言い逃れはできませんよ、とも。」
「あら、いやよ。」
夫人の断りの言葉を聞き、一同に緊張が走った。
「わたくしも、ファーマー子爵領へ同行しますからね。」
予想外の返答に、一同は今度は驚きの声を上げた。
公爵が目覚めたら面倒だからと、寝ている内にファーマー子爵領へと出発することになった。こうしてアリーシャの言動により、急遽、里帰りは前倒しされたのだ。
ファーマー子爵領への道中で落ち合うことにし、準備のため一旦解散した。
事の経緯を聞いたクロエは、グチグチ言いながら準備をし、馬車が走り出してからも呆れていた。
「あなた、シド卿にちゃんと説明したの??セドリック君に嫌がらせするためだけに、同行してもらいたいって!」
「してないわ…。説明する時間がなかったから…。」
「あなたが、公爵様を昏倒させたからでしょ!?私にしたみたいに!!あのとき私、まる一日意識をなくしてたんだからね!」
「昏倒だなんて、大袈裟よ。あれは、マッサージをされて眠くなる原理と同じだもの。」
「それ、アリーシャが言い張ってるだけだからね!!」
「二人ともその辺で止めてくれ。子どもたちが起きてしまう…。」
クロードは、言い合う二人を止めたが、クロエが呆れるのも無理はないと理解を示していた。
アリーシャは、セドリックへの嫌がらせのためだけにシドへ同行を求めたのだから。
セドリックは、新婚旅行中にミラとアダルベルド伯爵邸を訪れた際、双子の育児に追われるサリエルが、その内倒れてしまうんじゃないかと、アリーシャへ話した。それを聞いたアリーシャは、すぐにでもサリエルのもとへ行こうとしたが、出産間近だったため断念するしかなかった。
そして無事2人目を出産し、医師からも許可が出たため、やっとサリエルのもとを訪ねられるようになったのだ。
里帰りの計画を練っていたアリーシャは、セドリックがシド卿のことを気にしていたことを思い出し、セドリックへの嫌がらせを思いついた。
そしてシドが必要だと訴え、公爵を昏倒させてまで里帰りに同行させたのだ…。
道すがらトンプソン伯爵家とシュレースヴィヒ公爵家の馬車と合流し、アリーシャは16年弱振りにファーマー子爵領の地を踏んだ。
両親と顔を合わせるつもりのないアリーシャは、里帰りすることを知られぬよう、先触れを出していなかった。ひっそり訪れ、こっそり帰る予定でいたのだが、気づけば同行者が増え、仰々しいことになっていた。
実家付近の道を避け、セドリックの治める地域を訪れると、急な里帰りだというのに、セドリックは驚いていなかった。まるで、帰って来るのを知っていたかのように。
「姉さん、帰って来ると思ってたよ。サリエル姉さんが心配で、様子を見に来たんだよね?」
「サリエルは、あんたの姉さんじゃないって言ったでしょ!?それより、私が帰って来るって、どうしてわかったのよ??」
「姉さんが帰って来るよう仕向けるために、サリエル姉さんが双子の育児に追われてるって教えたんだ。姉さんは、そのエサにまんまと食いついたんだよ。」
「…あんたって、ホントいい性格してるわね。」
顔を合わせた途端、アリーシャの中で、セドリックの嫌悪感度が上昇した。そこでアリーシャも負けじと、シドを召喚した。
「シド卿。これが、ミラと結婚したセドリックです。」
「姉さん。そこは、弟として紹介するところじゃないかな?」
セドリックの取り繕った笑みを見て、アリーシャは笑みを浮かべた。
「あんたのその取り繕った笑顔、いつまで持つかしらね??」
「はぁ…。姉さんって、ホントいい性格してるよ。」
「あんたに言われたくないわよ!!」
アリーシャから、気まずそうにそばにいてくれるだけでいいと頼まれていたシドは、この場から逃げ出したかった。
(気まずそうにって言われたけど、本気で気まずいな…。いや、気まずいどころじゃない。気まず過ぎる。まさか俺、ホントにこれだけのために連れて来られたのか?)
「噂には聞いていたけど、本当に笑顔でバチバチしてるんだな。」
アリーシャとセドリックのやり取りを見ていたレイモンドが笑って言った。アリーシャから、あれはレイモンドだと教えられたセドリックは微笑みを向けた。アリーシャは、その笑みが取り繕ったものだと指摘した。
「セドリック。レイモンド様に対しても、怒ってるのね!?」
「な!?聞いてた話と違うじゃないか。シドのことはともかく、俺のことは気にしてないんじゃなかったのか!?」
「どうやら、ミラの手前、格好つけていただけのようね。」
勝ち誇ったように高らかに笑うアリーシャに、セドリックはまた笑顔を作り、矛先を変えた。
「そうだね。気にしてないだなんて強がりだよ。本当は妬いていたんだ。エロイーズ様と同じで。エロイーズ様なんて、嫉妬するあまり教会で懺悔していたんですよね??」
「ちょっと!!私を巻き込まないでちょうだい!」
「それは虫がいいんじゃないですか?姉さんの暴走を傍観しておいて。」
アリーシャとセドリックの嫌がらせの応酬に、エロイーズが巻き込まれ、それを聞いたレイモンドが嬉しそうに反応する。
「エロイーズ。嫉妬していたのか??」
「わ、忘れたわよ!!6年も前のことなんて!」
それから、セドリックは矛先をアリーシャへ戻した。
「それでエロイーズ様の懺悔を聞いた姉さんは、エロイーズ様のことを義兄さんの婚約者だと勘違いしてさ、自分が嫉妬されているって勝手に罪悪感を抱いていたんだろう?姉さんは、思い込みが激しいもんな。」
「セドリック!!蒸し返さないでよ!」
「それは、姉さんもだろ!?」
クロードは、殺伐とした雰囲気をなんとかしてくれと、クロエへ懇願した。しかし、その前に口を挟んだのは、この状況を見かねたサリエルだった。
「アリーシャも、セドリック君もそのくらでやめて。ミラちゃんがいたたまれなくなってるじゃない。」
「シド卿とオーレリア様もよ。お二人の胃がまたキリキリしちゃうわよ。」
サリエルとクロエは、巻き込まれている者たちを気遣った。この5年で、度々、シドとオーレリアに治癒魔法をかけていたクロエは、二人の胃の心配もしていた。
「ミラ、ごめんね…。」
「ミラ、ごめん…。」
声が重なり、アリーシャとセドリックは顔を見合わせた。
「シド卿とオーレリア様も、ごめんなさい…。そうそう。こちらのオーレリア様はね、レイモンド様の妹なの。それで、お二人は結婚が決まったのよ。」
「わぁ。おめでとうございます!!」
シドが結婚すると聞いて、ミラは手を叩いて祝福した。
「ありがとうございます…。」
シドはとりあえず感謝の言葉を述べたが、公爵に許しを得ていないため、素直に喜べないでいた。
場の空気が和んだところへ馬車が向かって来て、その馬車を目にしたアリーシャは、サリエルへ、家に匿ってと必死に訴えた。その馬車は、ファーマー子爵家の馬車だったから。
「いつになるかはわからないけど、姉さんがそのうち帰って来るかもしれないって、両親に教えておいたんだ。だから毎日、領地を訪れた馬車を注意深く確認していたんだろうな。」
余計なことをしてくれたセドリックへ、文句を言ってやりたいアリーシャだったが、今の最優先はこの場を離れることだった。両親に会いたくないため逃げ出したアリーシャへ向かって、セドリックが叫んだ。
「姉さーん!気をつけて!!逃げた先に馬車が突っ込んで来るかもしれないから!」
アリーシャは振り返ると、セドリック目がけ、聖力の矢を放った。
その光景をはじめて見る者たちは、絶叫したが、射たれたセドリックは相変わらず笑っていた。
サリエルの家から外の様子を見ていたアリーシャは、大きくて深いため息をついた。
「あぁ…。両親の姿なんて見たくなかったのに…。」
アリーシャとともに、サリエルとコーディも双子をあやしながら外の様子を眺めていた。その傍らにはエリックの姿もあった。
「それにしても、あいつ!やってくれたわね!!サリエルが双子の育児に根を上げてるって話は、私を誘い出すための嘘だったの??」
「確かに大変だけど、根を上げるほどではないわね。孤児院では、もっとたくさんの子どもたちのお世話をしていたし。それに、エリックが手伝ってくれるから助かってるわ。」
褒められたエリックはニコッと笑った。そして、窓の外に友達の姿を見つけると、家を飛び出し駆けて行った。そんなエリックの様子を見たアリーシャは、安堵した。
「クロエのように、こじらせなくてよかったわね。」
「家族との関係がこじれてしまったのは、クロエだけじゃなく、あなたもでしょ。二人とも、家族に対して意見が言えなくて悶々としてるけど、口に出したら出したで自己嫌悪に陥るのが目に見えるから閉口することを選んだのよね。家族の言動に悪気はないとわかっているから。」
アリーシャは、相変わらず家族の話題になると口を閉ざし、窓の外を眺めながらサリエルの話を聞いていた。
「あなたとクロエは、家族に想いをぶつけられない代わりに、お互いの地雷を踏み合ってストレスを発散させているのよ。むしろ、ストレスになっているんじゃないかって、思わないこともないけど…。まぁ、二人の友情は高度だものね。」
外を眺めていたアリーシャは、ふと、外に集まっている人の多さに違和感を覚えた。
「ねぇ、サリエル?セドリックの治める土地には、あんなに大勢の人が暮しているの??」
サリエルとコーディが確認すると、そこにはこの辺り以外に暮らす者たちの姿もあった。
「あれは、中心街で暮らしている人たちだ。でも珍しいな、こんな領地の端へ来るなんて。」
「もしかして…。これもセドリック君の仕業?ご両親だけじゃなく、みなさんにも、アリーシャが帰って来ると広めていたのかしら??」
外の様子を注意深く見ていると、セドリックの演説がはじまった。
以前は荒野だったこの領地を、奇跡の力を使い肥沃な土地へと変えた姉のアリーシャが、今この地に帰省していると。
「どうやらサリエルの読み通り、セドリック君の仕業っぽいな。こんなにいきいきしてる姿なんて、見たことないぞ…。」
「すごいわね。セドリック君にあおられた人たちの、女神様を崇めるこの大歓声。土壌を改良したのは、セドリック君の力によるものでもあるのに…。」
「ちょっと、サリエル!!それ、どういうこと!?」
うっかり口を滑らせたサリエルは、両手で口を押さえた。そんなサリエルに、コーディは目を細めるのだった。
荒れ地だった領地が肥沃な土地へと変貌したからくりを聞いたアリーシャは、セドリックのもとへ向かった。その場に両親もいるが、構わずに…。
「これこそが、姉を両親のもとへおびき出すための、セドリック君の策略なんじゃないか?」
「女神様扱いされたくないアリーシャをわざと崇めることで、止めるために自分のもとへ来るように仕向けたってこと??」
サリエルとコーディは、アリーシャのあとを追いながら顔を見合わせ、セドリックの狡猾さに苦笑いを浮かべた。
アリーシャは息を大きく吸い込むと、セドリックに負けず劣らずの取り繕った笑みを浮かべ、領民たちへ訴えかけた。
「これまで、セドリックは謙遜して、自分の功績を口には出しませんでしたが、じつは、荒れ地だったこの地を肥沃な土地に変えたのは、弟の地道な努力の賜物なのです!」
「いや、これ…。どっちもどっちじゃないか?」
「高度な姉弟喧嘩ね。」
互いの功績を押しつけ合うアリーシャとセドリックに、サリエルとコーディは呆気にとられている。そんな二人へ、アリーシャの下の子を抱いたクロエが声をかけた。
「サリエル。それ、私とアリーシャにも言ってるわよね。でも高度かは別として、領民を巻き込んでの姉弟喧嘩なんて、規模が大きいわね。」
「あら。アリーシャの赤ちゃん、目を覚ましたのね!?」
アリーシャの赤ちゃんには、サリエルとコーディに抱っこされた双子も興味を示した。
「双子って、興味を持つことも同じなのね。」
「そうね。でもね…、別々のものに興味を持ったときが大変なのよ。別々の方向へ行かれてしまうと、一人じゃ追いかけられないから。」
「それは、わかるわ。ほら見て。クロード様も、この子のお姉ちゃんを追いかけてるでしょ?双子じゃなくても大変そうだわ。」
「子どもに振り回される姿は、貴族も平民も変わらないんだな。」
子どもを追いかけるクロードの姿を見て、コーディがつぶやいた。そこへ、セドリックとの高度な姉弟喧嘩から離脱したアリーシャがやって来た。
「ねぇ〜、見てよ。この、ブツブツ!」
領民たちからの信望の声に、アリーシャの体は拒絶反応を起こした。
「いつもの聖人アレルギーね。」
「やっぱりここの領民たち、みんな、どうかしてるわ。まるで、狂信的な信者よ!?」
「でもサリエルの目には、領民たちにを巻き込んでの高度な姉弟喧嘩に見えたみたいよ??」
「高度な姉弟喧嘩!?」
アリーシャからの視線に、サリエルは気まずそうに目をそらした。アリーシャは、言い聞かせるように語りかけた。
「あのね。高度な兄妹喧嘩っていうのは、国王陛下と公爵夫人のことを言うのよ。公爵夫人は、陛下をぎゃふんと言わせるために、これでもかってくらいに慈善活動や奉仕活動に力を注いでいるんだから。」
「"あの"、公爵夫人ね。」
クロエの視線の先には、セドリックによって領民の前に引っ張り出された公爵夫人の姿があった。
「どうやらセドリック君は、絡む相手をアリーシャから公爵夫人へ変えたみたいね。」
「きっと、ミラのことで思うところがあるのよ。行動に移したのはエリー様だけれど、そう仕向けたのは公爵夫人だから。」
セドリックは、領民たちへ、公爵夫人が国王の妹であることを伝え、領地を訪れてくれたことに感謝するよう煽った。
「セドリックの本心はね、『こんな田畑しかないところへ、元王女様が、いったいなんの用があって来たんですか?』って言ってるのよ。ミラがまた面倒事に巻き込まれるんじゃないかって、警戒しているんだわ。」
「アリーシャは、セドリック君のことよく理解しているのね。」
「気持ち悪いこと言わないでよ。お姉ちゃん!!」
「お姉ちゃんじゃないって言ってるじゃない!」
サリエルは、二人のいつものやり取りを見て、コーディへ目で合図を送った。
『ほら、話してた通りでしょ!?』
「ファーマー子爵家の博愛の精神には、国王陛下も大層感心しておられます。子爵家による寄付金や食料支援の貢献度は、この国の貴族の中でも上位に入っていますから。」
公爵夫人が、ファーマー子爵領の素晴らしさについて、国王へ必ず伝えると約束すると、領民たちは歓声を上げ、公爵夫人の心遣いと、自分たちの領主の善行を称えた。夫人はさらに、ファーマー子爵家の博愛精神は称賛に値するため、国王から褒美を賜るはずだと領民を煽った。
それに対してセドリックは、国王に我が領地の行いを認知してもらい、お褒めいただいていることは誉れである。そのお心がすでに褒美に当たるため、褒美を賜ることになった場合は辞退させてもらうと、夫人を牽制した。夫人の真意が、ファーマー子爵家を褒め称えることではなく、祭り上げられたくない自分への皮肉だと見抜いたから。
セドリックは、ミラが聖女の秘めた力を使うことになった大元である公爵夫人へ喧嘩を売り、夫人はその喧嘩を買ったのだった。
「夫人の言葉は、領民たちの、うちの家族への崇拝を助長させたわね…。」
「他人事みたいに言ってるけど、アリーシャも崇拝対象の一人じゃない。」
「やめてよ、クロエ!?またブツブツが出てきたじゃない。」
「でもでも。私とコーディみたいに外から移民した人たちは、盲目的にはなっていないわよ?」
「確かに、子爵家には感謝してるけど、崇拝はしてないな。それにしてもさ、王族なんてはじめて見たよ。あれが、元王女様かぁ…。」
セドリックと公爵夫人の笑顔の睨み合いを見ていたコーディは、あることに気づいた。
「笑ってるのに、笑ってないあの目…。あの二人、似てるな。」
コーディの指摘に、アリーシャは納得した。
「あぁ!?だから私、夫人のこと苦手なんだわ。」
その夜。皆は、セドリックとミラの屋敷に泊まることになった。ファーマー領で一番大きく、立派な屋敷に。
「人がたくさんいるから、エリックは興奮して眠れないかもしれないわね。」
「それなら、私が眠らせてあげるわ。」
心配するサリエルへ、アリーシャが得意気な顔で言った。
「やめなさいよ。私みたいに、まる一日意識をなくすことになるから。」
「聖力を持つクロエだから、まる一日ですんだのよ。アリーシャの聖力を相殺してね。エリックなら、数日目を覚まさないかもしれないわ…。」
サリエルの話を聞き、公爵家でのアリーシャの所業を知る者たちは、シュレースヴィヒ公爵の安否が気にかかった。
万が一ということもあるため、一行は朝食を取るとすぐに、慌ただしくファーマー子爵領を出発したのだった。
公爵邸への道中で、公爵に率いられた公爵家の騎士団と遭遇した。まるで、戦場にでも向うような形相をしていた公爵は、2日近く眠っていたらしい。
シドは、公爵の怒りを買ってまで、セドリックへの嫌がらせのためだけに同行させられたことに唖然とし、そして公爵の表情を見て、オーレリアとの結婚を認めてもらうのを諦めかけるのだった。
しかし。シドとオーレリアの結婚を後押ししてくれる強力な助っ人が現れたのだ。
それは公爵夫人、ヴィクトリアだ。
ヴィクトリアは馬車を降りると、夫であるダフィッドへ自身の身の振り方を打ち明けた。
「ダフィッド。わたくし、余生は公爵領で暮らすことに決めました。あなたは、どうします?」
「ヴィクトリア!?突然何を言い出すんだ!?余生だなどと、まだそんな年ではないではないか??」
「もう、そんな年ですわ。あなたは、60手前ですのよ?そろそろ爵位をバーナードへ譲り、公爵家の管理を任せてください。それに騎士の育成は、領地でもできますわよね?」
「それは、そうだが…。ヴィクトリアは、本当に王都から離れてもよいのか?」
「なにも、領地へ行くのは今すぐという話ではありませんわ。やり残したことを、すべて片づけからになりますわね。」
やり残したことと聞き、ダフィッドは首を傾げた。
「やり残したこととは、なんなのだ?」
「オーレリアの結婚式。リーリアの婚約者選び。それから、陛下へのご挨拶ですわ。」
「待て、結婚式だと??俺は、オーレリアとシドの結婚を認めていないぞ!!リーリアにしても、結婚なんて早過ぎる。」
ヴィクトリアは扇子を開くと口元を隠し、ため息をついた。
「どうしても認めないとおっしゃるのなら、わたくしが余生に暮らす場所は、公爵領ではなく王宮になりますわね。」
「王宮で暮らす…?なぜ、王宮なんだ??」
「はぁ、ダフィッド…。王宮は、わたくしの実家なのよ?余生を、生まれ育った王宮で暮らすことになにか問題でも??」
ヴィクトリアからの事実上の、"実家へ帰らせてもらいます"宣言に、ダフィッドは口をつぐんだ。
こうして、シドとオーレリアの結婚は無事認められたのだった。
「俺の5年は、何だったんだ…。」
「私も、もっと早くお母様が味方になってくれていれば、シドが5年もの間お父様に痛めつけられずにすんだのにと思ってしまうわ…。」
「でも、あの試練のおかげで強くなれたのは確かですから。ただ、公爵様から認めてもらうのに5年もかからなければ、もしかしたら今頃、俺たちに子どもが生まれていたかも…、なんて想像してしまって。」
シドは、子どものいる同年代のクロードやレイモンドのことを羨ましく思っていたのだ。
「シド。あなたに新たな試練を授けます。結婚式までに、敬称なしで私の名前を呼べるようになりなさい!!この試練は、ちゃんと乗り越えてちょうだいね。」
オーレリアからの試練は、"試練"とは名ばかりの簡単な課題であったが、呼び慣れた呼び方を変えるのに苦戦し、シドの難局はもう少し続く。




