#27 番外編2② シドの受難
シド視点
毎日のように会いに来ていたオーレリアお嬢様が姿を見せなくなり、もう、何日経つだろう。
はじめは、正直言ってホッとしていたんだ。騎士たちの間では、お嬢様の俺への好意は周知の事実となっているが、幸いなことにまだ公爵様のお耳には入っていない。
お嬢様方に対しての公爵様の溺愛振りは、社交界でも有名だ。『娘たちにふさわしい結婚相手がいない』と豪語し、溺愛するが故にお嬢様方には今も婚約者がいないのだから。
(確かに、公爵令嬢であるお嬢様方につり合う相手なんて、そうそういないけどな…。)
そんな公爵様に、オーレリアお嬢様が俺なんかに好意を持っていることが知られたら…。考えるのも恐ろしい仕打ちが待っているだろうな。
それで公爵様に知られる前に、お嬢様が俺に愛想を尽かしてくれて、助かったと思ったんだ。これで、公爵様からのお咎めを受けずにすむって。
だけど…。オーレリアお嬢様と距離を取っても、俺はいまだに胃薬を常用している。
そんなわけで今日も薬を買うため、ポーター商会を訪れていた。店に入ると、見知った子と遭遇した。以前、エロイーズ様と聖女様が世話になった娼館にいた、見習いのフルルだ。
「エリーさんから、薬を買うならこのお店がいいって教えてもらったんです。」
「あはっ。俺も、勧められたよ。」
まぁ、俺の場合、エロイーズ様に勧められただけじゃないけど。公爵夫人から、公爵家では薬をこの店か、アダルベルド伯爵家が贔屓にしている店で買うよう指示されているからな。
『この薬、アリーさんが作ってるんですよね??』
フルルが小さな声で尋ねてきた。
『ああ。けど、内緒な?』
フルルはニコニコして、うんうん頷いた。
この店で売られている薬は、今はアダルベルド伯爵夫人となった聖女様が作っている。聖女様には、レイモンド様の浄化の際に力を貸してもらったから、その恩返しとして、シュレースヴィヒ公爵家とトンプソン伯爵家では、こぞって売上に貢献しているんだ。
「シドさんは、胃の具合がよくないのですか??」
「ちょっと…、ストレスがな。俺を好いてくれている方を傷つけたくないのに、傷つけてしまったかもしれなくて。いや、ただ俺への気持ちが冷めただけかもしれないけど。それかもしかしたら、押してダメなら引いてみるってやつか!?」
「シドさんは、相手の人の想いに応えられないことを気にして、胃が痛いんですね。でも傷つけたくなくても、好きじゃないなら仕方ないですよ。」
「好きじゃないわけじゃない!」
俺の大きな声に、フルルが驚いて体をビクッとさせた。
(俺は何やってるんだ…。10歳そこそこの、子ども相手に。)
「それなら、好きだけど応えられないということですか?」
「俺の好きは、愛は愛でも敬愛なんだ。それに。お嬢様には、俺なんかふさわしくないからな。」
「私には敬愛ってなんなのか、わからないけど。そのお嬢様は、俺なんかって自信のないシドさんが好きなのかもしれませんよ??それで、愛ではなくても、シドさんもお嬢様のことが好き。シドさんは胃を痛くしてまで、なにを悩んでいるの?」
「まったく…。フルル、簡単に言ってくれるじゃないか。」
「えへ。まだ子どもですからね。」
フルルは顔をクシャッとさせ、わざと子どもっぽく笑うと、手を振って花街の方へ帰って行った。
公爵家へ戻った俺は、リーリアお嬢様に捕まり、無理やりお茶の席に着かされた。
「お姉様はね、このところずっと食欲はないし、胃が痛いって苦しんでいるのよ。ああ、なんてかわいそうなお姉様!!」
「つまり、俺のせいだと…。」
「当たり前じゃない!?あなた以外に誰がいるのよ!!いったい、お姉様のどこに不満があるの!?」
「不満なんて、ありません。ただ、オーレリアお嬢様のお相手には、俺なんかよりふさわしい方がいるはずです。俺では、分相応ですよ。それに、公爵様がお許しになるわけがありません。」
「よく、わかったわ。あなたには、お姉様につり合う男になる努力をする気も、お父様と戦う気もないってことがね。もう、さがっていいわよ。」
キリキリと痛みだした胃を押さえながら、俺は席を立った。
(リーリアお嬢様も勝手なことを言って。俺に、公爵様と戦えって!?)
フルルに続き、リーリアお嬢様からも、オーレリアお嬢様の気持ちに応えない理由を問われ、俺の胃は悲鳴を上げていた。胃を押さえながら、ふと、リーリアお嬢様の話を思い出した。オーレリアお嬢様が、食欲がなく、胃が痛いという話を。
(食欲がなくて、胃が痛いって…。俺と同じじゃないか…。)
俺は、買って来た胃薬を持って、オーレリアお嬢様の部屋を訪ねた。
気を利かせたメイドが部屋を出て行き(ご丁寧にドアまで閉めて)、思いがけず二人きりになってしまった。
(ドアは閉めたらダメだろう!?こんなとこ、公爵様に見られたら…。)
そこでまた公爵様のことを考えていると気づき、公爵様のことを頭から追い出すように頭を振った。
「シド…??どうしたの?」
「あぁ、起き上がらなくて結構ですよ。リーリアお嬢様から、胃痛だとお聞きしたので、よく効く薬をお持ちしました。」
「もしかして、あなたの愛用している胃薬??」
「そうです。よくご存知ですね。」
顔を合わせるまでは、オーレリアお嬢様にどんな反応をされるかと不安だったが、思いのほか自然に会話ができていた。
「ふふ…。レイモンドお兄様の結婚式のとき、聞いてしまったの。その薬、アダルベルド伯爵夫人が作っているのでしょう?毎度ありがとうって言っていたもの。」
「伯爵夫人が作ってることは内緒ですよ!?」
(今日、この話2回目だな。)
オーレリアお嬢様は微笑みながら頷き、次に発せられた言葉に、俺は凍りついた。
「シドが胃が痛いのは、私のせいよね…。私が、自分の気持ちを押しつけていたから…。」
「…お嬢様??」
(待てよ、レイモンド様の結婚式??俺が、聖女様へ話していたことを聞いていた?)
「私の想いが、シドを苦しめてるなんて思わなかったの。気づかなくて、ごめんね。もう、困らせたりしないから、安心して…。」
(そういえば、お嬢様が俺と距離を取るようになったのは、結婚式のあとからだった…。俺が、お嬢様から求婚され、ストレスで胃が痛いって話しているのを聞いてしまったせいだったのか…。)
俺は自分の不甲斐なさにいたたまれなくなり、ベッドの柱へ頭を打ちつけた。
「シドっ!?なにしてるの!?」
俺の奇行に驚き、お嬢様が慌てて起き上がり、打ちつけた俺の額を確認している。近くで見ると、お嬢様の顔はやつれていた。
(あぁ…。俺が、こうさせたのか…。)
「俺の胃痛がお嬢様のせいなら、お嬢様の胃痛は俺のせいですよね?」
「…シド??」
首を傾げ、きょとんとしているお嬢様のお顔は、いつもより幼く見えた。
「お嬢様は、なんで俺なんかを好いてくださるのですか?」
「シドが…、お兄様を救ってくださった聖女様を助けたとき…。ほら、媚薬を過剰摂取してしまって…。あのとき私、離れの地下室のそばまで行っていたの。」
「離れって…。レイモンド様が瘴気に侵されたときですか!?危険じゃないですか!!騎士たちは何をしてたんだ?」
「騎士たちは、お父様に咎められるのが怖くて私に触れられないから…。シドもそうじゃない??」
(あ…。そうだな。お嬢様方は、公爵様の逆鱗だから。)
「シドが、聖女様になにをするのか察したとき、堅物が現れて屋敷に連れ戻されたの…。」
「堅物…。副団長ですね。」
「あのとき堅物に連れ戻されなかったら、部屋に入って行って阻止していたわ。だって、相手はシドである必要はなかったでしょう?」
「それは、俺もそう思いましたけど…。」
「シドが聖女様へなにをするのか想像して、苦しかったわ…。しかも責任を取ると言って、聖女様に求婚したと聞いて、心が張り裂けそうだったのよ。」
「それも騎士たちから聞いたんですね。あいつら、おもしろおかしく噂を広めてたから。」
「求婚して断られたことは、エロイーズお姉様と聖女様を乗せた場所を見送る際、あなたとアダルベルド伯爵夫人の会話から知ったのよ。あのときは、まだ夫人ではなかったわね…。」
(それも聖女様との会話のせいなのか…。今後、聖女様と話すときは周囲を警戒した方がいいな。)
馬車を見送ったときのことを思い返し、あることを思い出した。
「…お嬢様、あのとき号泣してましたね??あれは、レイモンド様が助かったからではなかったのですか?」
お嬢様は、あのときと同じように俺の胸で号泣している。俺は、お嬢様の背中に手を回し、この細い体を折らないように抱き締めた。
「…なぜなの??どうして今になって…、抱き締めてくれるのよ…。あなたへの想いを閉じ込めたのに…。」
「お嬢様…。なぜ俺が、胃が痛くなってるかわかりますか?」
「…それは、私の想いが重荷だから??」
フルルとリーリアお嬢様から問われ、俺はやっとオーレリアお嬢様への想いと向き合った。これまではお嬢様ではなく、公爵様のことが頭に浮かんでいたから。お嬢様からは何度も、公爵様のこと抜きで向き合って欲しいと言われていたのにな。
「俺の胃痛の原因は、公爵様ですよ。お嬢様からの求婚を公爵様に知られたら、どんなお咎めを受けるだろうってね。」
「だから…。その、お父様に咎められる原因が、私の想いのせいなんじゃない…。」
俺は、お嬢様の肩を掴むと、瞳をのぞき込んだ。
「確かに、お嬢様から好意を向けられると、公爵様の顔がチラついて胃が痛くなってました。だけど、お嬢様に距離を取られてからも、結局胃は痛いままだったんです。」
「なら私、どうしたらいいの…?」
「俺に、一番近くでお嬢様を守る特権をください。俺が、いろんなものからお嬢様を守ってみせます。だから、お嬢様は公爵様から俺を守ってくれますか!?」
情けない俺のお願いに、お嬢様は一瞬真顔になり、そして大きな声を上げて笑った。
「いいわ、任せて!!シドのこと、お父様から守ってみせるわ!」
「本当ですか??お嬢様、頼もしいです。」
「あなたの、そういう素直なところ好きよ。あとは、優しいところに、裏表がないところ。一緒にいて落ち着くところ。それから、笑った顔、剣を振ってるところ。」
「あぁっ!もういいです、お嬢様!!」
「なによ?シドが聞いたんじゃない。俺のどこが好きなのかって。」
確かに、自分で聞いたんだが…。お嬢様の口から俺の好きなところを聞いていたら、いたたまれなくなった。
「一度、無理やり閉じ込めたシドへの想いが、その反動で今、あふれているんだからね。シドが好きって想いは、もう止められないわよ?」
お嬢様はその言葉通り、何度も何度も好きだと口にした。それを聞いていたらむず痒くなり、お嬢様にそれ以上言わないでくれと頼んだ。
「もしそれ以上言うなら、口を塞ぎますからね!?」
「…なにで、塞ぐの??」
甘い雰囲気に耐えられず発した言葉が、今度は甘酸っぱい雰囲気を作り出した。
「…ねぇ、シド??」
お嬢様が上目遣いで、見つめてくる。その潤んだ目が閉じられ、俺の心臓はバクバクしだした。
(ええい。どうにでもなれ!)
お嬢様の顔に触れ、その唇へと近づいていったとき━━━。
『バンッ!』
勢いよくドアが開けられた。驚いてドアの方へ目を向けると、そこにいたのは公爵様だった。
(あ…。これ、殺されるな…。)
お嬢様へキスしようとしているところを見られた俺は、死を覚悟した。なぜなら公爵様は今、これまで見てきた中で断トツに激昂してらっしゃるからな…。
「お父様!!ノックもしないで、勝手に入って来ないでください!」
「オーレリア!どういう状況なんだ!?おのれ、シド!!今すぐ、修練場へいくぞ!!」
「お父様!?説明も聞かないなんて、あんまりです。」
お嬢様はさっき交わした約束を守ろうと、公爵様へ立ち向かってくれている。俺は、リーリアお嬢様から言われた言葉を思い出し、公爵様と戦う覚悟を決めた。
「公爵様。俺とオーレリアお嬢様の結婚を認めてください。」
「シド!?」
お嬢様の驚きの声と同時に、公爵様の拳が俺の頬に直撃し、お嬢様から悲鳴のような声で名前を連呼された。
公爵様は、殴ったあとに俺に試練をくだした。
「娘が欲しければ、俺を倒してみろ!」
(どうせ殴られるにしても、殴る前に言ってもらいたかったな…。)
この日から、元王室近衛騎士団団長で、現シュレースヴィヒ公爵家当主であり、公爵家の騎士団長でもある公爵様に認められるための試練の日々がはじまった。
それから━━。
公爵様へ挑み続け、気づけば5年が経っていた。
この間、公爵様に勝てたことは一度もない…。
公爵様は団長の座をバーナード様に譲られ、現在は騎士の育成をしている。公爵様の側近だった副団長も引退したため公爵様の側近となった俺は、公爵様とともに騎士の育成に尽力していた。
(実際は、側近という名の監視対象だけどな…。)
側近となった俺は、1日の大半を公爵様とともに過ごしている。
(自分と行動をともにしていれば、オーレリアお嬢様との密会を阻止できるからな…。)
俺は、騎士たちから、公爵様が鍛えた中で一番才能を開花させたと言われている。
(俺は、訓練生になった覚えはないけど。)
確かに強くはなったが、公爵様には歯が立たなかった。
そんな、いつまでも公爵様に勝てない俺は、今度こそ本当にお嬢様に愛想を尽かされるのではないかと不安で、お嬢様もまた、俺がこんな父親に嫌気がさし、結婚する気をなくすのではないかと心配し、俺たちは今も胃薬のお世話になっているのだった。
そして。その日は突然訪れた。
5年もの間、俺が倒せないでいる、60近くになっても衰え知らずの公爵様を倒す者が現れたんだ。
俺自身の手で試練を乗り越えたわけではないのだが、これがきっかけとなり、俺とオーレリアお嬢様の関係はやっと進展することになる。




