#26 番外編2① 恋心に気づいたわけ
番外編2
シュレースヴィヒ公爵家にて
本編にちょこっと出てきた、シドの胃をキリキリさせる原因となった令嬢視点。
我が家は今、屋敷中の者たちが混乱状態に陥っていた。王室騎士団に所属している、シュレースヴィヒ公爵家の次男で、私の兄であるレイモンドお兄様が瘴気に侵された状態で帰って来たから。
「オーレリアは部屋に戻るんだ。それと、レイモンドが心配だからといって、絶対に離れには行くんじゃないぞ。」
長男のバーナードお兄様に部屋に戻るよう言われたけれど、レイモンドお兄様への対応を知りたい私は自室へは戻らず、廊下の窓からレイモンドお兄様が運ばれた離れを見ていた。
屋敷と離れの間を仕切る柵の前に、うちの騎士たちが等間隔に配置されている。普段は、私たちを守るのが彼らの仕事だけれど、あの場に配置された者たちは、いざというとき、レイモンドお兄様を手にかけるためにあそこにいるのよ。そんな騎士たちや、使用人たちの表情や様子からはレイモンドお兄様を心配しているのが伝わってくる。お兄様がこんな状態だというのに感情を見せず、なにを考えているのかわからないのは、うちの家族たちよ。
私は、先程閉め出された部屋へ視線を向けた。あの部屋では今、お父様とお母様、バーナードお兄様がレイモンドお兄様の対応について話し合っている。その話し合いは、レイモンドお兄様が助からない方向で進んでいるの。瘴気に侵されたお兄様が魔物化した際、どう討伐するか…。
レイモンドお兄様が助からないと、すでに諦めているのよ…。
その後、レイモンドお兄様の婚約者であるエロイーズお姉様が部屋へ入って行き、話が終わると足早に離れへと向かって行った。それだけ早く、レイモンドお兄様のもとへ行きたかったのだろう。
けれどすぐに、エロイーズお姉様は馬車で家をあとにした。去って行く馬車を見ながら、お兄様のそばを片時も離れないで欲しいと思った。お兄様の状態を考えると、離れている間に異変が起こってもおかしくはないから…。
戻って来たエロイーズお姉様はしばらくの間、離れにこもっていた。そしてまた外出し、戻ると離れにこもるのだった。
数日経ち、離れの様子の変化に気づいた。相変わらず柵の前には騎士たちが配置されているけど、その騎士たちの緊張感が和らいでいるように見えた。
(そういえば、お兄様が離れに隔離されてから何日過ぎたかしら…?)
当初、助からないという雰囲気が屋敷中に漂っていたにもかかわらず、騎士たちに動きがないということは、お兄様の状態に変化は見られないのだろう。
(もしかして…。エロイーズお姉様が助けてくれた??)
トンプソン伯爵家は、優れた情報収集力を持っているから、瘴気に侵された者を救う方法を見つけてくれたのかもしれない。
エロイーズお姉様は、レイモンドお兄様が助かることを諦めていなかったんだわ。
この日も窓から離れの様子を見ていたら、エロイーズお姉様がフラフラと歩いて門から出て行く姿が目に留まった。馬車に乗らず、歩いて出て行ったため違和感を覚えたの。なにより、肩を落として歩くだなんてお姉様らしくない。
肩を落とす出来事を思い浮かべ、お兄様の容態が急変したのかと思い、いてもたってもいられず離れへ急いだ。
「オーレリアお嬢様!?危険ですので、こちらにいらしてはいけません!」
柵の前にいた騎士に止められたけれど、私は構わず離れへと入ったわ。騎士たちが、私を制止できないことを知っているから。騎士たちはね、私に触れたことがお父様に知られると、厳しい訓練をさせられるの。理不尽にもね。だから、私に触れられないのよ。
お父様は、私と妹のリーリアを溺愛するあまり、18歳と15歳になっても私たちに婚約者を見つけてくださらないの。家のために婚姻を結ぶのが、貴族令嬢の務めだというのにね。
そんな、お父様の溺愛にはいつも困っているけれど、今日は感謝するわ。
離れに入ると、中にいた騎士からも注意された。でも、中にいた騎士たちも私に触れられないため、制止できないでいる。言葉だけじゃ、私は止まらないからね。そんな騎士たちを引き連れ、私は地下へと向かった。
そして、騒々しい声が聞こえ、足を止めたの。その声は、レイモンドお兄様とうちの騎士のシドのものだった。お兄様の声を耳にして、私も騎士たちも安堵のため息をついたわ。言葉を発せられるようになったんだと。
地下からは、お兄様とシド以外にも、女の人の声も聞こえてきた。その声は泣き声のような、駄々をこねる子どものような声だった。
「頼む、シド!ミラを救ってやってくれ!!満足に動かせない俺の体じゃムリだ!」
「頼むって言われても…。聖女様に無体を働くなんてできないですよ。」
「この状況を見たら、そんなこと言ってる場合じゃないってわかるだろ!?ミラは、その辺に空になってる瓶を全部飲んでしまったんだ。このままじゃ、精神を病んでしまう。」
「あぁ、もう…。なんでまた、エロイーズお嬢様はこんな大量の媚薬をあてがったんだ…。それを全部飲んだ、聖女様も聖女様ですけど…。」
エロイーズお姉様が媚薬を用意した…?それも、大量に?それを、この泣いている女性が全部飲んでしまって、体を動かせないお兄様では救えないから、代わりに救うようにシドに頼んでいる…。
(待って…。媚薬を飲んだ人を救う方法って…。)
そのとき。
「オーレリアお嬢様。今すぐ、屋敷の方へお戻りください。」
振り返った私は、その騎士を見て、観念したわ。お父様の側近であるこの騎士は、制止するために私に触れるのを厭わない、数少ない騎士だから。この堅物騎士が現れたせいで、私は後ろ髪をひかれながら離れをあとにした。
(いやよ…。誰か、止めて…。)
心が悲鳴を上げるのを必死に隠しながら、自室へと戻った私は、離れの方を見ることができなかった。だってきっと…。
(離れでは今、シドが…。)
今、離れで行われていることを想像して、それを消し去ろうと頭を掻きむしる。
(私も、妹のリーリアくらい鈍感なら気づかずにすんだのに…。)
地下から聞こえてきた会話から、聖女様がレイモンドお兄様を治療してくださっているのがわかった。その治療に媚薬を使用するということから、どのような治療方法なのかも想像できる。
(エロイーズお姉様は、お兄様と聖女様の行為に耐えられなかったのかしら?今の、私のように…。)
だけど、媚薬を用意したのはエロイーズお姉様自身なのよね。そのお姉様が姿を消したことをお兄様へ伝えるよう、騎士たちに頼んだけれど、あの状況ではいつ耳に入るかわからないわね…。
そもそも、エロイーズお姉様が媚薬なんかを大量に用意したせいでシドにしわ寄せがいったのよ!
(もういや…。また想像してしまってる…。ねぇ…、どうしてシドなの??)
媚薬の効果を解消する相手は、シドじゃなくてもいいはずよ。離れには、他にも騎士がいるのだから。
(お兄様のバカ!!どうしてシドを選んだのよ!)
私は今、戸惑いを感じていた。こんなにも胸が張り裂けそうになったことで、自分の気持ちに気づいたから。
(私、シドのことが好きだったんだわ…。)
皮肉なことにね、シドが他の女性と関係を持つと知って気づいたのよ。自分の恋心に…。
しばらくして、離れの方で動きが慌ただしくなった。
事情を知らない使用人たちは、いよいよお兄様の命が危ないのだと思っているようだったわ。実際は、エロイーズお姉様の消息が掴めないためだった。
次の日、アダルベルド伯爵様がいらっしゃった。レイモンドお兄様に会いに来た伯爵様が、離れの方へ歩いて行く様子をお母様も眺めていたわ。レイモンドお兄様と同じく、瘴気に侵されたと聞いていた伯爵様が回復なさっているため、お兄様との回復の違いを考えているのかしら?なんだか、難しいお顔をされているわね。
エロイーズお姉様を見つけられないまま、数日が過ぎた。
その日の未明、離れの方から騎士たちの騒がしい声が聞こえてきた。まだ夜が明け切らない中、アダルベルド伯爵様がいらしていて、レイモンドお兄様が一緒に馬車に乗り込んでいるのが見えた。動けるまでに回復したお兄様に、騎士たちからは歓喜の声が上がっている。
だけど、顔には痣が残っているため、瘴気はまだ浄化し切れていないようだった。万全ではないお兄様の付き添いとして、シドも一緒に出かけて行った。
お兄様が無理を押して外出したということは、エロイーズお姉様が見つかったのだろう。二人の婚約は幼い頃に決められた政略的なものだけれど、お兄様はエロイーズお姉様を想っているから。
お兄様が戻られたのは、夜更けだった。
シドに支えながら出て行ったお兄様が、元気な姿で帰って来たのを目にしたときは驚いて、窓に顔を押しつけて見入ってしまったわ。
エロイーズお姉様は、見知らぬ女性と一緒に離れへ入り、お兄様は庭で、アダルベルド伯爵様やシドとともに騎士たちに囲まれ、話をしている。
そのうち、その輪に使用人たちも加わり、お兄様の回復をみんなが喜んでいた。
私が外へ出たとき、エロイーズお姉様は、足元がおぼつかない女の人に寄り添いながら、馬車へ乗り込むところだった。
トンプソン伯爵家の馬車を見送るシドに、先程離れへ入って行った女性が、求婚を断られたことを気にしないようにと話しているのが聞こえた。責任感だけで結婚しても、幸せになれないと…。
そしてシドは、この女性のことを聖女様と呼んでいた。
(シドが、求婚した…??)
シドが責任を取ろうとした相手は、レイモンドお兄様を助けてくれた聖女様よね。それで今、シドの隣にいる女性も聖女様?でもこの女性は、求婚を断られたシドに、気にしないようにと声をかけていたから、シドが求婚した聖女様ではない…。
シドへの恋心に気づいたばかりで、シドの求婚話を聞かされ、私の心はボロボロだった。
それでも聖女様が、シドの求婚を断ってくれたことは、せめてもの救いと思えた。
アダルベルド伯爵家の馬車には、伯爵様ともう一人の聖女様が乗り込み、うちをあとにした。
私は、馬車を見送っているシドのそばへ寄って行ったものの、心がぐちゃぐちゃで、声をかけられずにいた。
シドは、立ち尽くす私に気づくと、レイモンドお兄様に纏わりついていた瘴気は浄化されたから、もう心配いらないと笑った。その笑顔を見たら、涙が止まらなくなってしまった…。シドは、お兄様が助かったことで、私が安心して泣いているのだと思っているようだった。その勘違いを利用して、シドの胸にしがみついて泣いた。
(シド…。誰のものにもならないで…。)
自分の気持ちに気づいた私は、シドへの想いを積極的に態度や言葉で表すようにしたわ。私の気持ちを伝えることで、シドが誰かに心が惹かれそうになったとき、少しでも私のことが浮かぶように。
だけど、シドの心を動かすことは難しかった。自分は公爵家に仕える者だからと言って、頑な態度だから。うちの面倒なお父様の存在が、大きな壁となっているのは確かなのよね。
数ヶ月後。公爵家の騎士たちは、王室騎士団とともに瘴気の調査へと向かった。シドもね…。
今回は、魔物を討伐するのではなく、瘴気の調査だということはわかっていても、心配でたまらなかった。そこは、レイモンドお兄様が瘴気に侵された場所だと聞いたから…。
シドたちが調査へ行っている間、私は、お母様と慈善活動をしていた。
今回、公爵家の騎士団が調査隊へ同行しているのも、お母様が慈善活動や奉仕活動に力を入れているのも、王命なのよ。この王命は、国が秘匿している手段を使ってレイモンドお兄様を救った、シュレースヴィヒ公爵家への罰だった。トンプソン伯爵家にも、アダルベルド伯爵家にも同じように王命がくだされている。
国が秘匿している手段というのは、聖女様と体を重ねることだろう。
元王女であるお母様は、聖女様にそのような力があることを知っていた。それで、エロイーズお姉様を唆したのよ。さらに、アダルベルド伯爵の母親のイヴォンヌ様にも情報を流していた。
聖女様に頼んだ治療方法は、人の道に外れている。だけど私…。それでも、お兄様が助かってくれてよかったと思ってしまっているの。だから、聖女様への謝罪と感謝を忘れず、贖罪のために途切れのない支援をさせてもらいたい。
シドと聖女様の間に起きたことにはわだかまりがあるけれど、それと、お兄様の命を救ってもらったことは別の問題だもの。
瘴気の調査から帰還した騎士たちから、魔獣と遭遇し戦闘になったと聞いた。王室騎士団が魔獣と対峙し、とどめを刺したのはアダルベルド伯爵家の騎士だったそうよ。それで、その魔獣というのが、レイモンドお兄様とアダルベルド伯爵様が瘴気に侵されることになった元凶なのだと。
今回の調査中、その魔獣が魔物をけしかけ調査隊を襲わせ、うちの騎士たちも魔物と戦ったと聞いて、シドの無事を確かめたくて彼を探した。
シドの無事な姿を目にして、思わず抱きついた。
「おかえりなさい。」
「ただいま戻りました。」
シドは、私を突き放そうとはしなかったけれど、抱き締め返してくれもしなかった…。
それからも私は、シドへ好意を伝え続けた。私の想いがどれくらい本気か伝わってないと感じ、結婚したいくらいだと言ったら、シドの口から出てきたのは…。
「公爵様に殺される…。」
何度も、お父様のことは関係なく、私と向き合ってと頼んだけれど、やっぱりお父様の存在は大きかったわ。
それで、さすがに私の心にも迷いが生まれたの。じつは、お父様の存在が障壁となっているわけじゃないのかもしれない。聖女様へ求婚したのも、責任感だけじゃなかったのかもしれない。シドが私の想いに応えてくれないのは、ただ単に、私のことが好きじゃないから…。
そんな考えに囚われていても、シドへの想いを止められず、私は変わらずシドを追いかけた。
そしてそれは、レイモンドお兄様とエロイーズお姉様の結婚式でのことだった。
ドレス姿をシドに見てもらいたくて、胸を弾ませていたのに、シドの反応は相変わらずそっけなかった。
(シドってば、まったく興味なさそうだったわ。確かに、今日の主役はエロイーズお姉様だけど…。)
落ち込む私に追い打ちをかけるように、シドの声が聞こえてきた。
「俺、聖女様の胃薬を常用してるんですよ。最近、ずっと胃が痛いくなることが続いてて…。」
「あら。シド卿、お得意様だったのね。毎度ありがとうございます。でも、薬を買ってくださるのは嬉しいけれど、お医者様には診てもらったのですか??」
「いえ…。原因は、精神的なものなんで…。じつは、あるご令嬢から求婚されているんですが、どうやったら傷つけずにすむだろうかと悩んでるんです…。」
シドが、私の求婚のせいで胃痛を起こしているなんて…。それくらい、私の気持ちは迷惑だったんだわ。だけど、迷惑だとは口が避けても言えないわよね。
私は公爵家の令嬢で、シドは公爵家に仕える騎士だもの…。
この日。私は、シドへの想いを胸の奥深くへと閉じ込めた━━。




