#23 番外編1② 同じ夢
コーディ視点
サリエルが、友人の披露宴へ参加するため王都へ出かけて行った。自分も行くと駄々をこねるエリックと馬車を見送りながら、サリエルはもうここへ帰って来ないんじゃないかと不安を覚えた。本来、彼女はここに縛りつけられる必要なんてないんだ。俺とも、エリックとも血の繋がりはないのだから。
だけど、サリエルが育った孤児院での様子を見る限り、彼女は血の繋がりなどなくとも手を差し伸べてくれるタイプの人だと確信を持った。だから俺はみっともなく、泣きながらサリエルにしがみついて、ここにいて欲しいと懇願した。優しい彼女が、俺を振り払えないとわかっていたから。そうやって5年もの間、善意でファツマの出産の手伝いに来てくれただけのサリエルを繋ぎ止め続けてきた。
不安に押しつぶされそうになっていた俺は、無事に帰って来たサリエルを目にした瞬間、思わずしがみついてしまった。なぜだか彼女の前では、弱さを隠すことができないんだ。
その夜、サリエルから話があると言われ、なにを言われるのだろうと内心怯えながら、テーブルに向かい合った。
サリエルの口から出たのは、彼女の夢の話だった。サリエルの夢が、本当の家族を持つことだと知った俺は、また彼女にしがみついた…。
(俺の夢と同じだ…。)
「コーディは、いつ、ファツマさんのことをエリックに話すつもりでいるの?エリックに隠し事をしている今の私たちは、本当の家族とは呼べないわよね?」
サリエルは俺の背中をさすりながら、問いかけた。
「サリエル、教えてくれ。どうしたら、俺たちは本当の家族になれるんだ?…俺には、本当の家族がどんなものなのかわからない…。」
「それは、親に捨てられた私にもわからないけど…。」
「血が繋がってなくても、あの孤児院のみんなは"ちゃんと"家族だったよ。同じ孤児院でも、俺のいたところとは大違いだ…。」
「あなたも、孤児院で育ったの??」
サリエルは驚いた表情で、こちらをのぞき込んできた。その表情を見て、気づいたんだ。俺は、自分の心の傷を何ひとつサリエルへ見せていなかったと…。
(あぁ…。こんなんじゃ、本当の家族にはなれないよな。)
サリエルと暮らすようになってから5年経ってやっと、俺は自分をさらけ出す覚悟が決まった。
「5年も経って、今さらと思うかもしれないけど、聞いてくれるか?俺が、どんなふうに生きてきたのか…。」
「ええ、もちろんよ。話せるようになるまで、5年かかるほど重要なお話なのよね。ちゃんと聞くから、コーディのこれまでを教えてくれる?」
サリエルは、俺の強張っている顔を両手で優しく包み込んだ。
俺と弟のコージーは、物心がつく前から孤児院で暮らしていた。だから両親の顔も、本当の家のことも覚えていない。
俺たちが育った孤児院の環境は悪かった。メシも着るものもろくに与えられず、院長の機嫌が悪ければ暴力を振るわれた。けど、親のいない子どもなんてどこもこんな扱いを受けているのだろうと思っていた。それでこの孤児院に、ファツマも暮らしていたんだ。ひとつ年下のファツマは、俺にとって妹のような存在だった。俺は兄として、コージーとファツマを守りながら劣悪な環境の孤児院で生きてきた。
━━そして18歳のとき、コージーが死んだ。院長の手によって。
その夜、俺は院長の指示で貴族の屋敷へ行っていて、孤児院へ戻ったのは深夜だった。いつもは子どもたちを起こさないよう、物音に気をつけるのだが、その夜は庭先まで子どもたちの声が聞こえてきていた。子どもたちの泣き叫ぶ声が尋常ではなかったから、勢いよく裏口を開け、声のする方へ急いで駆けつけた。院長室の前に集まっている子どもたちの間を通り抜け中に入ると、そこにはぐったりとしたコージーに寄り添うファツマと、満身創痍の院長の姿があった。
なにがあったかはわからないが、俺は、子どもたちにとにかく逃げるよう声をかけた。院長は子どもたちを止めようと大声を出したが、追いかける余力はなく、その場に膝をついた。なにがあったかファツマに聞いたが、答えられる状態ではなかった。ただただ泣きながらコージーの名を呼ぶばかりで、そのうちにコージーは息を引き取った。ファツマの腕の中で…。
逃げた子どもたちが街の人たちに助けを求めたことで、院長の悪事が明らかになり、孤児院には新しい院長がやって来た。これからは、環境がよくなるだろう。だけど…。俺とファツマは、孤児院を出た。自分をかばったせいでコージーが亡くなったと、罪悪感に苛まれるファツマをこの場から解放してやりたかったから。
院長は、ファツマを売る気だったんだ。それも、好色家に。それを知り、怒ったコージーが院長を叩きのめしたが、コージーには力で敵わないと思った院長は、院長室に飾ってあった趣味の悪いブロンズ像の置き物をファツマへ向かって投げつけた。ファツマはお腹を守り、そんなファツマをコージーがかばった。
コージーの墓を作ったあと、俺とファツマは王都へ向かった。けどこの選択は、ファツマのためだけじゃなかったんだ。俺も、コージーとの思い出が詰まったあの孤児院で暮らすなんて耐えられそうになかったから…。
「それで。王都へ来てすぐ、ファツマが妊娠していることがわかった。」
「…王都へ来て、すぐ??」
「ああ…。コージーとファツマの関係に気づいた院長は、ファツマが売り物ならないことに腹を立て、感情任せに置き物を手に取ったんだろう。」
「じゃあ、エリックの父親は…。コーディじゃなくて、弟の方なの?なら、あなたと弟も似てるのね。エリックは、あなたにそっくりだもの。」
その質問に、思わず俺は笑った。
「ああ、そっくりだよ。俺とコージーは、双子だからな。」
目と口を大きく開けて驚くサリエルを見て、俺はさらに笑った。
「コージーがいなくなったことで、半身を失くした状態の俺と、最愛を失くしたファツマは、互いにコージーのいない穴を埋めようとした。だけどファツマの傷は深く、心は病んでいった。そしてそれは、お腹にいたエリックにも影響したんだろうな…。」
「最愛の人を亡くしたショックが、早産の原因のひとつだったのでしょうね。あの家の環境も、よくなかったけど…。」
「ファツマとお腹の子になにもしてやれない俺は、教会へ行ったんだ。神なんて信じてなかったくせに、笑えるだろ?だけどその夜、サリエルが訪ねて来てくれた。」
「結局、ファツマさんを助けることはできなかったけどね…。」
「サリエルのせいじゃない。ファツマはもう助からないと、医者に言われていたんだ。たとえ、治療費が払えたとしても、できる治療はなかったんだよ…。」
ファツマを診察してくれた医者は、母子ともに助からないと診断した。お腹の子は生まれてくるのには早過ぎて、ファツマは血を流し過ぎているからと…。だから俺は教会で、二人を助けて欲しいと頼みはしたが、本心は、安らかに逝かせてやって欲しいと願っていたんだ。
その夜。訪ねて来てくれたサリエルに対して、死産の手伝いをさせることを申し訳なく思うと同時に、二人の死に立ち会ってくれることに安心感を覚えた。一人でいたら、俺は恐怖に耐えられなかっただろうから。
「サリエルは、エリックを助けてくれただけじゃく、恐怖に飲まれそうだった俺も救ってくれたんだ。俺にとってサリエルは、救世主なんだよ。それか、女神だ!」
「きゃっ!?やだ、ゾワッとしたわ。あっ!?もしかしてこれが、聖人アレルギー??」
(…聖人アレルギー??)
「えーと、聖人アレルギーっていうのはね…。今日、結婚した友人の家族が聖人一家なの。それでその友人は、清らか過ぎる家族の話をするとアレルギー反応で、ボツボツ発疹が出ちゃうの!!」
「あはは…。さっぱり、意味がわからない。」
「えぇ!?伝わらない?」
サリエルは、友人の聖人アレルギーについて一生懸命説明した。じつは、言わんとしていることはわかっていたけど、披露宴で久しぶりに会った友人たちとの会話を楽しそうに話してくれるのが嬉しくて、俺は理解できないふりをした。
俺たちが暮しているこの場所が、その聖人一家の領地だと気づくのは、もう少し先の話。
「それで。サリエルの言う、"本当の家族"にはどうやったらなれるんだ?俺とエリックは親子じゃなく、伯父と甥だけど、コージーの子であるエリックを俺は家族だと思っているよ。」
「あなたとエリックは家族よ。二人には血の繋がりがあるもの。でもそこに、私は必要?母親代わりは、私じゃなくてもいいんじゃない??」
「サリエルが必要なんだよ!?俺は、サリエルが好きなんだから。」
「ふぇ…??」
間の抜けた声を出したサリエルを見て、悟った。俺の気持ちがこれっぽっちも伝わっていなかったってことを。
「サリエルはこの5年、俺の気持ちに気づいてなかったのか!?おはようとおやすみのキスも、いってきますとただいまのハグも、誕生日のプレゼントも、なんにも感じてなかった!?」
「う〜ん、だってぇ…。おはようとおやすみのキスや、いってきますとただいまのハグは、孤児院のみんなともやっていたもの。」
「つまり。サリエルにとって俺は、孤児院の子どもたちと同列なのか…。俺たち、2つしか違わないだろう!?」
「誕生日のプレゼントには、毎年赤いバラをくれるわよね。嬉しいし、ありがとうって思ってるわよ?」
「それも、孤児院の子どもたちからプレゼントをもらっても同じこと思うんだろ…??」
こうやってふてくされるから、孤児院の子どもたちと同列扱いされるのか??だけど、子どもの頃からコージーやファツマを守ろうと気を張っていた俺は、サリエルの前だとなぜか子どもみたいに甘えたり、すがったりしてしまうんだ。
「そうだわ!これまでもらったバラは、ドライフラワーにしてとってあるのよ!?」
「ちゃんと、その年ごとに分けてあるのか?」
「えっ!?一緒にしちゃダメなの??」
「その年ごとに、本数が違っただろ?」
俺の機嫌を直そうと焦っているサリエルが微笑ましくて、つい意地悪を言ってしまう。
「確かに年々増えていったけど、お金を稼げるようになったから、たくさん買えるようになったのだと思っていたわ…。本数が、大事なの??」
鈍感過ぎるサリエルに、5年もの間、想いが伝わっていなかったことを嘆く気持ちより、愛しさの方が勝った。
「サリエルには、敵わないな。けど、そんな鈍感なところも好きだよ。」
「もう!さっきから、なんなの!?」
「なんか新鮮だな。照れてるサリエル。」
「なによ、バカにしてるの??」
「いや?かわいいなと思って。」
サリエルはゴニョゴニョと聞き取れない呪文のような言葉を発しながら、テーブルに突っ伏してしまった。俺も隣に座り、テーブルに突っ伏すと、サリエルの頭を見つめて話しかけた。
「なぁ、サリエル。想像してみてくれ。俺とサリエルと、エリックが本当の家族になる姿を。」
「…ねぇ、いつから??」
サリエルがこちらを見て、恥ずかしそうに問いかけてきた。
「私のこと…。いつから、好きなの?」
「孤児院で、笑ってるところを見たときから。」
「…そんなに前から?私は、コーディはずっと、ファツマさんの死を受け入れられないのだと思っていたわ…。」
「俺の気持ちは、本当にまったくこれっぽっちも伝わってなかったんだな。俺、サリエルの鈍感さを見くびっていたよ。」
鈍感だと言われ、ふくれっ面のサリエルの、尖らせている唇を指で触れると、彼女の戸惑いが伝わってきた。
(サリエルは、恋愛に疎いんだな。)
俺の気持ちが伝わってないのはショックだけど、サリエルが恋愛に疎いという事実に安堵している自分がいる。
「俺はこれまで人に頼ったり、寄りかかったりしないで生きてきた。けど、サリエルには支えてもらいたいし、サリエルにも俺を頼ったり、甘えたりしてもらいたい。俺はサリエルと、互いに寄り添い、支え合える家族になりたいんだ。」
「本当の家族について考えていなかったのは、私の方ね…。」
「サリエル、今すぐ答えを出さなくても構わないから、俺と本当の家族になること、真剣に考えてみてくれよ。」
頷くサリエルを見て、俺は、もう遠慮しないと決めていた。今すぐ答えを出さなくてもいいと言ったけど、この鈍感なサリエルに対しては、引いたらダメだと思い知ったから。
この日を境に、俺は、サリエルへの想いを全面的に解放させた。押してダメなら押し倒す勢いで。
おはようとおやすみのキスを日に日に唇へと近づけ、ハグの力は強く、長くなった。それから毎日、サリエルへの想いを伝えた。
けど、俺たちの変化にまわりは気づいていない。この5年、俺が外堀を埋めてきたため、俺とサリエルは、近所の人たちからもともと仲良し夫婦だと思われているからな。エリックに、サリエルを『ママ』と呼ぶよう教え込んだのも俺だ。
俺が好意を伝えてから、サリエルには変化が見られた。誕生日にあげたバラについて調べたり、挨拶のキスを意識するようになったり。俺が、キスする場所をだんだん唇へと近づけているからな。そして。とうとう唇が重なったのは、俺の24歳の誕生日だった。この24歳の誕生日は、忘れられないほど幸せな時間だった。
この俺の誕生日からサリエルの誕生日までの数ヶ月の間だけ、俺とサリエルの年の差が1歳縮む。俺は、次のサリエルの誕生日に、今年もバラを贈るつもりでいる。本数は去年より7本増やし、今年はバラを渡すだけじゃなく、ちゃんと言葉にして、俺の想いを伝えるんだ。
だけど神は、どうやっても俺を不幸にしたいらしい━━。




