#21 元気になるや
ブーブー唇を尖らせていた私は、クロード様になだめられ、ふてくされながらも席に着いた。
「ほら、ミラは5年前に田舎で暮らしたいって言っていたじゃない?それで、暮らしやすい場所を探していたら、伯爵様が、アリーのご実家の領地はどうかって勧めてくださったのよ。」
「へぇ~。クロード様は、5年も前から私に隠し事をしていたのですね。でも、あんななんにもない場所を勧めるなんて、どうかしてますよ。」
私がそう言ったら変な空気が流れ、みんなはクロード様へ視線を向けていた。
「伯爵様。もしかして、アリーに話していないのですか?」
「ああ…。リーシャは、実家の話をするのを嫌がるからな…。」
エリー様に尋ねられたクロード様は、気まずそうに私を見た。
「今、うちの領地では農業が盛んなんだ。姉さんの聖女の力のおかげで、土地が肥沃になり作物がよく育つようになったからさ。姉さんは、祈るだけで作物が育つわけないって家族のことを小バカにしていたけど。現在じゃ、そんな家族や領民たちから、姉さんは女神様のように崇められているよ。」
「あら、すごいじゃない!!アリーシャは、家族のことを聖者のようだと言っていたけど、そんな人たちから女神様扱いされているなんてね。聖人アレルギーのあなたが、女神様って!!プっ、ククククっ。」
「ずいぶん楽しそうね、クロエ?あなたも、うちのこと知っていたのね??」
「ええ、アリーシャの実家が実り豊かな土地だってことは知っていたわ。だって、サリエルが暮らしているのもファーマー子爵領だからね。」
(…サリエルも、うちの領地で暮しているの??)
「そうなんです。農作業をしているときに私が、『お祈りが大切なんです!』って祈っていたら、セディが、『うちの姉さんみたいだ。』って言って、サリエルさんは、『同じことを言ってる子を知ってる。』って話になって。詳しく話してみたら、みんな、アリーシャさんのことを言っていたんですよ。」
「あはは。最初は、世間はなんて狭いんだって驚いたけどな。」
情報過多でこんがらがる頭を、整理すると…。
あの、なんにもない不毛な土地は今、豊かな土地へと変わり、穀類、イモ類、野菜類、果樹類、茶葉や香辛料などの嗜好作物、糖料作物など、なんでも育つのだそうよ。そして、そんななんでも育つ土地に変えた原因が、私の聖力らしいの。
(確かに、畑作業をしながら祈りを捧げていたけれども…。)
だから家族をはじめ、領民たちも、豊かな土地へと変えた私を崇めているのですって。それでね、そんな脳内がお花畑な者たちが暮らすファーマー子爵領に、ミラもサリエルも暮していたのよ。そこでミラは、セドリックと出逢ってしまったのね…。
(…二人の共通の知り合いである私が、キューピット役になったわけではないわよね??)
「クロード様も、エリー様も、クロエも知っていたのに黙っていたのですね?」
「そう言うけど、リーシャは実家の話を耳にしたくないだろ??」
(確かに、実家の話なんて聞きたくないわね。)
「私は、おもしろいから黙っていたわ。それに、アリーシャには絶好のタイミングで打ち明けるつもりだったのよ。まさに、今みたいなね。だからサリエルにも口止めしていたの。」
「私は、ミラの所在をうやむやにしておきたかったからよ。せっかく陛下から隠すことができたのだから、家との繋がりをわざわざさらすようなまねは避けるべきだもの。」
「エリー様!!それ、秘匿情報ですよ!?」
エリー様が、セドリックの前で、陛下からミラを逃した話をしたから慌てて大きな声を出してしまう。
「セディは、私の過去を知っています。セディに隠し事をしたくなくて、私が話したので。」
「ミラ。私たちのしたことは、国家機密なのよ?意図せず知ってしまった者も、陛下からお咎めを受けることになるわ。エリー様でさえ、陛下から叱責され大泣きしたんだからね。」
「ちょっと、アリー!!その話は蒸し返さないでくれない!?」
セドリックが訪ねて来ることを内緒にされた仕返しに、エリー様の失態を暴露しちゃったわ。でもそんな私の考えを、クロエは見透かしていた。
「もう、アリーシャったら。どうせ、セドリック君が来ることを黙っていた仕返しに、エロイーズ様の恥ずかしい話を持ち出したんでしょう??」
「わぁ…。さすが、お姉ちゃん。」
「また呼んでる!あなたの方が年上でしょ!?」
私たちのいつものやり取りを、セドリックとミラが笑って見ていた。サリエルに聞いていた通りだって!
「僕も、陛下から咎められたくはないので、これからもミラ共々うまく匿ってくださると助かります。」
(うわっ。こいつの、こういうあざといとこ変わってないわね。)
セドリックは昔から下手に出て、庇護欲を駆り立てるのがうまかったのよ。今も、エリー様から言質をとっているもの。
「それで。姉さんは、どういった経緯で義兄さんを助けることになったんだ?ミラは、エロイーズ様に声をかけられたと言っていたけど、姉さんもアダルベルド伯爵家の方から頼まれたのかな?だとしたら、どうして姉さんを選んだのですか??」
「自分を犠牲にして他人を救うアリーシャの姿なんて、想像できないわよね?あなたのお姉さんには、自己犠牲心がないものね。でもね。アダルベルド伯爵様を救ったとき、アリーシャは記憶をなくしていたのよ。」
「ちょっと、クロエ!?」
私が止めるのも聞かず、クロエは私に起きたことをベラベラ話してしまった。
「ほら、アリーシャって思い込みが激しいじゃない?だから、自分をアダルベルド伯爵夫人だと思い込んで、神様へ祈りを捧げたのよ。旦那様を救ってくださいって。記憶をなくしていても、神様への祈りは忘れなかったみたいね。」
クロエから、神様へ祈りを捧げるくだりを聞いた一同はいっせいに、『あ〜。』と頷いている。
「それじゃあ、エロイーズ様とは、同じ境遇だから情報を共有するために知り合ったのか。」
「記憶を取り戻した私は、この屋敷を去ったの。だって、伯爵夫人ではないからね。それで、その日の夕方にエリー様を見かけたの。」
「私たちは、偶然出会ったのよね。だからアリーが、レイと同じく瘴気に侵されていた、アダルベルド伯爵様を救った聖女だと知ったときは驚いたわよ。今では、アリーとの出逢いは運命だったと思っているわ。」
「私は、エリー様との出逢いを神様のいたずらだと思ってました。」
このとき私は、すっかり忘れてしまっていたの。この場に、天敵がいることを。セドリックの前では、言葉に気をつけなければいけないのに、うっかり本音を言ってしまった。
みんなが、神様のいたずらだなんて大袈裟だと笑っている中、セドリックはまったく違う発想をしていた。
「姉さんが、神様のいたずらだと思ったのなら、それくらい衝撃的な出逢いだったんだろうな。」
セドリックの言葉に、私の心臓が跳ね上がった。
「瘴気に侵された伯爵様を救う側の聖女の姉さんと、瘴気に侵された婚約者を助けるため聖女に救いを求める側のエロイーズ様。そんな対比の関係に当たる二人の出逢いか…。うーん、姉さんの思い込みは斜め上をいくからなぁ…。」
「セドリック??なにを想像しているかは、わからないけれど、それを口に出さないでくれる?あなたの想像力も、大概突飛しているからね!?」
「そんなに焦るなんて、増々あやしいな。記憶が戻り、自分が伯爵夫人じゃないと気づいた姉さんは…、エロイーズ様を伯爵夫人だと思い込んだとか??」
セドリックの発言を聞いたみんなは、さすがにそこまでの思い込みはしないだろうと、笑うのだった。そして、黙り込む私の様子を見て、ざわつきはじめたわ。
「リーシャ!?なにをどうしたら、そんな思い込みに至るんだ??」
「アリーは、教会で私の祈りを聞いたのよね?私は、伯爵様ではなく、婚約者であるレイのことを祈っていたはずよ。」
「いや…。今思えば、リーシャを迎えに教会へ行った際、様子がおかしかったな。リーシャを騙していたせいだと思っていたが、理由は別にあったのか?」
「もうこの話はおしまい!私がおかしいのはいつものことですから!?」
だんだん真相へと近づいていっているこの話題を、私はどうにかして終わらせたかった。
「あぁ、そうだわ…。アリーが聞いたのは、私の祈りだけじゃなかったわね…。」
「エリー様!!もうやめましょう。この話題は、エリー様にとっても触れられたくない記憶のはずですよね!?」
複雑な表情で見つめ合う私とエリー様を見て、セドリックが核心にたどり着いてしまう。
「そうか。やっぱり、いくら婚約者の命を救うためとはいえ、自分以外の女性と体の関係を持たれるのは耐えられなかったのですね。」
「なんなの、この子…。」
核心を突かれたエリー様は、驚き過ぎて語彙力が消失している。それで、セドリックへ対して警戒心を持ったみたい。
「エロイーズ様、ごめんなさい。私…。」
「違うから!!謝らないで、ミラ!今は、あなたへ対して感謝しかないわ。」
「『今は』ということは、当時は嫉妬やわだかまりがあったのですね。その気持ちを教会で吐き出し、それを聞いた姉さんは、自分へ言われていると思い込んだってところかな?」
「あんた、変わってないわね!?そうやって、人が触れて欲しくないことをズケズケ言い当てるんだから!だから、嫌いなのよ!!」
嫌いだと言われたセドリックはヘラヘラ笑っているけれど、私が5年前に大きな勘違いをしていたことを知ったクロード様とエリー様は血相を変えているわ。
それであとから、クロード様の婚約者をエリー様だと思い込んだ件に関して、二人から質問攻めを受けることになるのよ。
「姉さん。ほら、あの森で採れたナツハゼでも食べて、機嫌直してくれよ。懐かしいだろ?」
セドリックがお土産として持って来たナツハゼは、真っ黒に熟していて食べ頃だった。
(この実、セドリックと森でよく食べていたわね。)
懐かしくて口へ運んだ瞬間、私は唇をすぼめた。
「酸っぱい!!」
「あはは。僕も昔、よく姉さんにやられたな。姉さんは甘い実と酸っぱい実の違いを見分けるのが得意だったのに、感覚が鈍ったんだね。」
そうだった…。この実は、同じ食べ頃の色をしていても当たりハズレがある実なのよ。そこで、カゴの中身を確かめてみたら。
「なによこれ!全部、酸っぱい実じゃないの!?」
「さすが、姉さん!よくわかったね。」
「…まさかあんた、わざと酸っぱい実だけを集めたの?ということは、見分けられるようになったのね??」
昔は甘い実が見分けられず、しょっちゅう酸っぱい実を口にしていたセドリックは得意気に微笑んでみせた。
「もう!やっぱりあんたなんか嫌い!!」
私が聖力で弓矢を作り、セドリックへ向かって矢を放つと、みんなが悲鳴を上げた。
「懐かしいな、これ。元気になる矢だ。」
矢を射られたセドリックが平然としているため、みんなあっけにとられているわ。
「あなたたち、似た者姉弟よね。セドリック君は今、アリーシャに仕返しをしたのね。昔、酸っぱい実を食べさせられたことがあるのでしょう?」
セドリックの次は、クロエの推理がはじまった。
「アリーシャも仕返し好きだものね。さっきも、エロイーズ様へ仕返ししていたし。」
(うっ…。確かに。)
「だからセドリック君を嫌がるのは、やっぱり同族嫌悪なのよ。家族や領民と価値観が違う中で、セドリック君は拠り所になっていたのでしょう。それで現在、そんな利他的な人々の集まりであるファーマー子爵領で、アリーシャは女神様だと崇められているのね。」
「クロエ、それ以上は本当にやめて。ほら見てよ。この腕のブツブツ…。」
「自分が聖人扱いされても、アレルギー反応が出ちゃうのね。あなたの聖人アレルギー、重症じゃない。」
聖人アレルギーと聞いて、セドリックとミラは首を傾げている。
「二人は今、新婚旅行中なのよね。このあとは、どこへ行く予定なの?」
微妙な雰囲気を察したエリー様が、気を利かせて話題を変えくれたのだけれど、二人の旅行計画を聞いたクロエがまた余計なことを口に出したの。
「アダルベルド伯爵夫妻の新婚旅行とは、全然違いますね。伯爵様たちは、浄化巡礼の旅でしたからね。」
「クロエ!その王命も、口外禁止よ!!」
セドリックとミラは、王命により私たちの新婚旅行が浄化巡礼の旅になったと聞き、私とクロード様へ哀れみの視線を向けている。
「この話をファーマー領でしたら、アリーシャの女神様扱いに拍車がかかるんじゃない!?」
「クロエ!!余計なこと言わないで。セドリックも家に帰って、余計なこと言わないでよ!」
クロエの話を聞いてニヤついているセドリックに釘を刺す。でもこいつ、私の言うこと聞かないのよね…。
「清らかな心を持ち、聖者のような振る舞いの家族と、この国のほとんどの瘴気を浄化するきっかけとなった女神のようなアリーシャ。傍から見たら、あなたも立派な聖人一家の一員よ?心は別としてね。」
「ねぇ、本当にやめてよ!!寒気がしてきたじゃない!?」
「そろそろ本当にやめてやってくれ。リーシャのストレスがお腹の子にも障りそうだ。」
私とお腹の子を心配して、クロード様がクロエをとめた。
「でもこの姉弟を見ていたら、アリーシャの本当の天敵はセドリック君ではなく、ご両親だって思ったんです。アリーシャは、国王陛下へも堂々と意見するのに、ご両親にはなにも言えないのでしょう?」
私は絞り出すように、クロエへ口撃した。
「…お姉ちゃん。」
「お姉ちゃんじゃないから!?あなたも、本当にやめてよ。」
「あなたたちの関係も、ずっと変わらないわね。仲が良くて、うらやましいわ。」
私とクロエのこのやり取りを何度も見てきたエロイーズ様が、あきれを通り越し、感心している。
「エロイーズ様と、アリーシャさんも仲良く見えますよ?だって、媚薬の効果を調べるために二人で娼館へ行ってましたもんね。私が媚薬を大量に飲んでしまったから…。」
エリー様が娼館で調べたかったのは、媚薬の効果ではなかったけれど、ミラには本当のことを話せないため私たちは口を閉ざしていた。
「エロイーズ様の思考も、姉さんと同じく、斜め上をいくんですね。」
「ちょっと、セドリック!!私のことはともかく、エリー様のことは茶化さないでよね。」
セドリックを注意したら、弟の笑顔に違和感を覚えたの。
「…あんた、怒ってるわね?エリー様が、ミラへ媚薬なんて飲ませたから??」
「怒ってないよ。だって、仕方ないだろ?僕と出逢う前の話だからね。」
いいえ、怒ってるわ!?この取り繕った笑顔は、嘘をついている証拠だもの。
「なら、この場にレイモンド様を呼んでも平気なのね?」
「リーシャ、カオスになるからやめてくれ。」
「そうよ、アリー。ミラとセドリック君は、レイと会うのは気まずいと思ったから留守番させているんだから。レイは、噂のアリーの弟さんに会いたがっていたけれど…。」
「あはは。僕の噂ですか?どうせろくでもないんだろうな。それと僕、レイモンド様のことは気まずいと思ってないですよ。意識してしまうのは、シド卿という方の方です。」
『あぁ〜。』
シド卿の名を聞くと、みんなの口から哀れみの声が漏れた。
5年前、あるご令嬢から求婚され、はじめは断っていたシド卿は、次第にお相手に惹かれていったの。それで、求婚を受け入れたのだけれど、そのご令嬢のお父様が二人の結婚を認めてくださらなくて、シド卿に条件を突きつけたのよ。
『娘が欲しければ、自分を倒してみろ!』
それからずっと、シド卿の試練は続いているの。
家へ一晩泊まったセドリックとミラを、私たちは玄関先で見送っている。
「今度は姉さんが、家へ遊びに来てよ。このお屋敷と比べたら小さい家だけどさ。近所に住んでるサリエル姉さんも、絶対喜ぶよ。」
「サリエルは、あんたの姉さんじゃなく、私の姉さんよ!」
「待ちなさいよ。サリエルは、アリーシャの姉でもないわよ。」
私たちのやり取りを見ていたミラが、クスクス笑いながら会話に入ってきた。
「家とサリエルさんの家は近いですけど、ご実家である領主様の館からは離れているんですよ。」
「そうそう。だから、こっそり来れば、両親にバレないよ。」
取り繕った笑顔のセドリックへ、私も取り繕った笑顔を浮かべ、返答した。
「いやよ。私の味方のふりをしているけど、私が帰ったら、どうせ両親にバラすつもりなのでしょう?あなたは、昔からそうやって点数稼ぎをしてきたものね。」
「わぁー。姉さん、大人になったな。」
「やっぱり!私が帰ったら、両親に知らせる気なんじゃない!?私が嫌がるってわかった上で両親に媚びを売るところ、本当に腹が立つわ。」
こいつはね、味方だと思わせておいて手のひらを返してくるのよ!?昔は何度もしてやられたけれど、私だってやられっ放しじゃないんだからね。
鼻で笑うような表情を浮かべるセドリックを睨んでいると、クロエが鳥肌の立つ話をしてきたの。
「私は昨日、セドリック君が怒ってると見抜いたアリーシャと、アリーシャの思い込みを言い当てたセドリック君を見ていて思ったの。お互いの性格や特性をよく理解していて、二人はそっくりだなって。」
『そっくりじゃない!!』
私とセドリックの声がハモると、みんながいっせいに笑い出した。
『ホント、そっくり。』ってね。
この回で本編完結です。
次回から番外編へ入ります( *ᴗˬᴗ)⁾⁾




