#20 意外な来客
新婚旅行から帰り、旅行中に溜まった手紙を確認していた私は、エリー様とレイモンド様からの手紙を読むと、慌ててポーター子爵邸へ向かった。子爵夫人の体調が落ち着いたら、教会へ戻ると言っていたクロエを引き留めるために。
「お願い、クロエ!!」
「え、嫌よ。アリーシャのお願いは、嫌な予感しかしないもの。」
「聞く前から断らないでよ!?」
クロエは、頼みごとの内容を聞く前から表情を曇らせた。教会にいた頃も、何度もお願いをしてきたから。
「教会に戻らないで、薬作りを手伝って!!エリー様とレイモンド様から大量注文の依頼をいただいたのだけれど、大量過ぎるの!!」
「やっぱり面倒事だった…。薬作りを苦としないアリーシャが悲鳴を上げるということは、本当に大量なのでしょう??」
いい顔をしないクロエに泣きつき(涙は流していないけれど)、了承を得るまで彼女の腕を離さなかった。
「もう…、アリーシャ。あなたって、ホント昔から変わらないわね…。」
こうして、渋々ながらもクロエを頷かせることに成功したの。いつもの私の粘り勝ちよ!!ちなみにクロエになにかをお願いするときに大事なのは、絶対に、『お姉ちゃん』って呼ばないことよ。
クロエを口説き落とした私は、クロード様と一緒にポーター子爵様へ旅行のお土産をお渡しした。
「ほう!?これは、宝石のような輝きを放つ塩ですな。」
「この塩はきれいなだけじゃなく、料理の旨味を引き出してくれるのですよ!?」
「アリーシャの目には、おいしいものを見つける能力があるのよね。相変わらず不思議だわ。」
「きっと、ひもじい思いをする私を憐れに思った神様が授けてくださったのよ。」
「はいはい。あなたの神様ね。というか、新婚旅行のお土産が塩の塊って…。斬新ね。」
クロード様の手前、クロエは言葉を選んだわね。クロード様がいなければ、もっと辛辣な言葉を私へ吐いたと思うわ。
「俺も、リーシャが塩の塊を持って帰ると言い出したときは、きれいだからだと思ったんだ。だけど口にしたら、驚く程うまかったんだよ。もっと持ち帰りたいくらいにな。」
「この塩が取れる場所を教えてもらえないだろうか?」
「そうこなくっちゃ!子爵様なら、この塩の価値に気づいてくださると思いましたわ。この塩が取れる場所にはこれまで瘴気のせいで近づけませんでしたが、浄化したので、今なら独占できますわよ!」
「では、浄化されたことが露見するまでが勝負ですな。」
塩の取れる場所を聞いた子爵様は、塩の商品化に向けて早速動きはじめた。
「アリーシャは、子爵様が興味を引くものをお土産に選んだのね。新婚旅行のお土産としては、やっぱり…、斬新だと思うけれど。」
「子爵様ならこの塩を商品化してくれると思ったのよ。お店に並ぶのが楽しみだわ。」
「そうだな。子爵殿が塩に食いついてくれてよかったよ。これで塩のために、毎回、あんな絶壁へ行かずにすむからな。」
「お二人とも、子爵様の商売に対する熱意を見越しての確信犯なのね。」
そう!子爵様への本当のお土産はね、新商品の提案なのよ。
「ところで。子爵殿には、二人が聖女だと知られているが大丈夫なのか?リーシャなんてさっき、浄化したって自然に口走ってたからな?確かサリエルは、司祭様から聖女だと知られないよう言われたと言っていたよな?」
「司祭様は、子爵様が何度も教会へいらしていたので聖女たちの顔を覚えているかもしれないと思い、それならはじめから正体を明かし、アリーシャの薬を販売する手伝いをしてもらおうと考えたのでしょう。それに。子爵様なら、聖女に治療を受けたことを口外することはないと確信していたようですから。」
「そうか…。サリエルの場合、相手は平民だからな。教会の立場を考慮するなんてできないか。タダで治療をしてやったら、同じ境遇の者たちへ口を滑らせてしまうだろうな。教会へ行けば、金がなくとも治療を受けられると。」
「ええ。司祭様の真意までは、わかりかねますけどね。なにを持って治療相手を決めているのかもわかりませんし…。アリーシャの、おいしいものを見つける能力と同じで、手を差し伸べるべき相手を判別できる目をお持ちなのかしら??」
「ちょっと!?それだと私の目の能力、ただの食いしん坊みたいじゃない!薬草の効能とか、毒を見抜くこともできるんだからね。」
不服そうな私を見て、クロード様とクロエが笑っている。
「でも。教会との繋がりを隠したいのはわかるけど、手紙くらい書いてもよかったと思うの。」
「アリーシャ、忘れたわけじゃないわよね?聖女や神官の力はお国のために使うものなのよ。つまり私たちの力はね、お国のものなの。お国のものを勝手に使ったら、司祭様であっても罰を受けるわ。」
「だから、教会とサリエルの繋がりを徹底的に断ち切ったのね。」
「それに、サリエルには手紙を書く余裕なんてなかったようだしね。救えなかった命、助けた命、奥さんを亡くし絶望する旦那さんと向き合い、苦悩の日々を送っていたみたいだから。」
それから1週間後。アダルベルド伯爵邸で暮らしはじめたクロエは、私の助手として薬作りを手伝ってくれている。毎日、文句を言いながらね…。その原因は、シュレースヴィヒ公爵夫人からの注文数が度を越しているからよ!?この常軌を逸した量は、寄付や奉仕活動を命じた兄である国王陛下への当てつけに違いないわ。国中の恵まれない人々へ薬を配られたら、さすがの陛下もぐうの音も出ないはずだもの。
私は、陛下の兄妹喧嘩に巻き込まれたのよ。
(それにしても。シュレースヴィヒ公爵夫人って、いったいどんな方なのかしら?)
そんな疑問を抱いていた私は数ヶ月後に、夫人と対面することになるの…。
それは、エリー様とレイモンド様の結婚式でのこと━━。公爵夫人は、エリー様とレイモンド様から私のことを紹介されたら、頭からつま先まで視線を向けてきたの。まるで見定めるように!!それで、たった一言。
「そう。あなたが…。」
(えぇー!?もっと他に言うことあるんじゃない!?命の恩人とまでは言わないけど、私、一応お宅の息子さんの浄化の手伝いをしたんですけど??)
夫人の人柄について気になっていたけれど、ムリして会話を広げないことにしたわ。夫人の私を見る目が、以前、教会の視察に訪れた枢機卿猊下が私に向けた目と同じだったから。私の苦手なタイプだと直感が働いたため、深く関わらないと決めたの。
夫人については触れないと決めたものの、どうしても知りたいことがあって、冷めた視線を向けられるのを覚悟の上で、あることを尋ねた。
「国王陛下の人となりについて教えていただけないでしょうか?」
予想通り、夫人からの鋭い視線が突き刺さる…。
「陛下の人となりとは、どのような性格かを知りたいのかしら??」
「陛下は、聖女の身を案じてくださっているのですが、それが善意からくるものなのか測りかねているのです。本来権力者というのは、治癒の力を独占しようとするものですからね。」
夫人は扇子で口元を隠しながら、笑っていたわ。そして、私の耳元へ小声でつぶやいた。
『これは非公表なのだけれど、あなたには特別に教えてあげるわ。陛下をお産みになられた第2妃様はね、元聖女なのよ。』
夫人は人差し指を口に当て、内緒であると念を押し、この場を離れていった。
(陛下のお母様が、元聖女!?)
陛下が聖女の身を案じてくださる理由は、陛下のお母様が聖女だったからなのね。第2妃様は、誰かを治療したのかしら…??待って。それって、ただの治癒魔法?それとも、聖女の秘めた力…?秘めた力を使ったのなら、第2妃様が治療を施すお相手なんて、お一人しかいないわ…。
もしかしてこれ、聞いたらいけない情報なんじゃない!?
また国の秘匿情報を聞いてしまい、挙動不審になっている私の前に現れたのは、クロード様の元婚約者様だった。クロード様のお父様が亡くなった際に婚約を破棄してきた、あの婚約者様は実在して、今目の前にいるの。
(婚約者様の話も、お義母様の作り話ならよかったのに。)
私はクロード様の腕に腕を絡ませ、親密さを見せつけて、牽制した。だけど。元婚約者様の年齢を知って、驚き、そして自己嫌悪に陥ったわ。
(え?15歳??ずいぶん、大人びてるわね…。)
お二人の婚約が決まったのは彼女が10歳で、クロード様が18歳のとき。それから2年後に解消された。クロード様との婚約は彼女の意思ではなく、親の都合だったのだろう。彼女にはすでに新しい婚約者がいるそうで、クロード様と私の姿を見ても平然としていたわ。それに引き換え、私ってば大人気ないわね…。
それでこの元婚約者様はね、レイモンド様のたくさんいるいとこの中の一人なんだそうよ。
そうそう。会場で、久しぶりにシド卿にお会いしたら、こんなおめでたい日だというのに疲れた顔つきをしていたの。なんでも、あるご令嬢から連日結婚を迫られているそうなの。問題は、シド卿がお相手へ好意を抱いているかどうか以前に、彼女のお父様が娘を嫁に出すつもりはないこと。父親が、どんな相手であろうと結婚を認めないとわかっているシド卿は、彼女の求婚相手が自分であると知られたらどうなるだろうと、胃を痛くしているそうよ。そんなシド卿は最近、私が作った胃薬を常用しているのですって。
薬と聖水作りに追われ、5年が過ぎた。
私とクロード様との間には3歳になる女の子がいて、さらに、もうすぐ一人増える予定よ。お腹の大きな私の代わりに、クロエがいつも以上に働いてくれているの。
(さすが、お姉ちゃん!!ホント頼りになるわ!)
そんな臨月を迎えた私のもとを、エリー様がお子様を連れて訪ねて来た。子どもたちは使用人に見てもらい、クロエも交えてお茶をしながら、互いに近況報告をし合った。
「エリー様はじめ、トンプソン伯爵家のみなさまには、今回も私たちの薬を守っていただきありがとうございました。」
「アリーが薬の販売をはじめてからこの5年で、薬の製造者を引き抜こうとしたり、製造者の情報が掴めないとわかると、今度はあなたたちの薬の製造法を盗もうとしたりする者たちがたくさんいたわね。叩いても叩いても、次から次へとね。」
「アリーシャが次から次へと新しい薬を出しますからね。ですが、今回の発毛剤に関しては商売目的の輩だけではなく、頭皮に切実な問題を抱えている方もいたようですけど。」
私の薬は発毛を促すけれど、定期的に使用する必要があるため、薬代が嵩むの。この商品は富裕層向けだからね。それで薬代が払えなくなった人が、調合レシピを盗もうとしたの。
「せめてお店の人伝いに、調合レシピを売って欲しいと声をかけてくれれば、相談に応じることもできたかもしれないのに。」
「調合レシピを売るって、ぼったくりじゃない!?アリーシャの育てた薬草じゃないと効果が半減するし、そもそも聖力がある人でないと作れないのだからね。」
これまで私が作った、傷の治りがはやい傷薬、咳止め、解熱剤、胃薬、増強剤、避妊薬、痩せ薬などの薬そのものや、調合レシピを盗もうと、薬を置いているお店には侵入者が後を絶たない状況だった。
そして数ヶ月前、ザイフォン様のために何年もかけて開発してきた発毛剤がとうとう完成し、店頭に並んだの。その絶大な効果に、発毛剤は高めな価格にも関わらず売れに売れたわ。売れるが故に発毛剤の調合レシピは、金儲けを企む者たちや、薄毛に悩む人たちに狙われたのよ。
これまでも、そして今回も、エリー様の指示のもとトンプソン伯爵家のみなさまが解決してくださったの。
薬を取り扱っているお店にはどの店舗にも術がかけられていて、発動すると脱出不可能になるため、侵入者による被害はこれまで出ていないのよ。じつはこの術、脱出はできないけれど、店舗への侵入は簡単にできるの。わざと侵入させて、逃げ場をなくして追い詰めるのがトンプソン伯爵家のやり方らしいわ。
(そもそもお店には調合レシピは置いてないから、無駄足なのにね。)
こうしたまわりの人たちの頑張りのおかげで、いまだに薬の製造者が私とクロエだと知られることはなく、私たちは平和な日々を送れている。
ちなみにザイフォン様は、『発毛剤の世話になるのはまだ早い。』と言って購入してくださらないのよ。避妊薬は、娼館のお使いでよくフルルが購入しに来てくれているみたい。
「けれど、薬の代金は正当な価格よ。あれらの薬は、アリーが時間と労力を費やして見つけた調合なのだから。だから私は、陛下から紙幣以外の支払いを打診されたと聞いたときは、本当に耳を疑ったわ。それなのに、なぜかアリーの中で陛下は善人に分類されているし。陛下に対して、どんな思い込みをしているのかしら?」
「ひどい!エリー様まで、私のこと思い込みが激しいって思ってたんですか!?」
私が、ブーブー騒いでいるところへ、使用人から来客の知らせを伝えられた。誰が来たのかと首を傾げる私とは対照的に、エリー様とクロエは訪問者を知っているようだったわ。だって二人とも、『待ってました!!』って顔に書いてあるんだもの。
「ご無沙汰してます。エロイーズ様。アリーシャさん。お元気でしたか?」
「ミラ!?」
瘴気に侵されたレイモンド様の命を繋ぎ止めてくれた元聖女のミラとの5年振りの再会に、私は驚きの声を上げたわ。
そして━━。彼女のうしろにいる人物を目にした瞬間、絶叫したのよ。
「やあ、姉さん。久しぶり。」
「……!!??セドリック!?」
(なんで、あのクソみたいな弟がここに…??それも、ミラと一緒に…?まさかこの二人…!?)
私は冷静になろうと、深呼吸をした。
「やだやだ、私ったら。セドリックとミラが一緒にいるからって、二人が親密な関係だって決めつけるところだったわ。これだから思い込みが激しいって言われちゃうのよねぇ。」
「僕とミラは、先日結婚したんだよ。」
(いやーっ!?今回のは、思い込みであって欲しかったのに!)
「ミラーっ!!"これ"は、ダメよ!?上辺は善人でも中身は腹黒いんだからね!?」
「あはは。"これ"って僕のこと?15年振りの再会なのに、ひどい言われようだな。」
「大丈夫ですよ。セディの内面もちゃんと知ってますから。セディは、アリーシャさんとそっくりですよね。」
(…ん??そっくり??)
「なぁ、ミラ。姉さんとそっくりって、僕としては複雑なんだけど。」
「なによ!私は、不服しかないわよ!!私と、このクソみたいな奴のどこが似てるっていうのよ!?」
「おいおい、リーシャ。大声で何てこと言うんだよ!?子どもたちの耳に入ったらどうするんだ。とにかくまずは、お客様に座ってもらおうか。」
私が大声を出しているところへ、クロード様が顔を見せた。
子どもができたことをきっかけに王室騎士団を辞めたクロード様は、現在はうちで伯爵家の仕事をしているのよ。それで今、来客の知らせを聞いて顔を見せたのだろうけど…。いくら、5年前ミラと顔を合わせた時間がほとんどなかったからといって、クロード様のこの反応の薄さ、おかしくない?
「クロード様?もしかして、今日の来客について知っていたのですか??…いえ、クロード様だけじゃないわね。エリー様も、クロエも知っていたの?」
5年振りの再会だというのに、エリー様の反応も薄過ぎる。それにクロエなんて、さっきからずっと楽しそうに笑っているのよ!?
「数ヶ月前に、ミラから手紙をもらったの。アリーの弟さんと結婚する、とね。それで、サプライズでアリーのもとを訪ねたいから、協力して欲しいって頼まれたのよね。」
「セディが、事前にアリーシャさんに知られたら逃げられるって言うから、エロイーズ様に協力してもらうことにしたんです。15年振りの姉弟の再会を。」
「つまり…。みんな、グルだったのね!?」
みんなは、今日、セドリックとミラが訪ねてくるのを知っていたのよ。それでエリー様がうちに遊びに来たのはね、確実に私とセドリックを再会させようと見張るためだったの!!




