#19 浄化巡礼の旅
初夜の支度を終えた私は、寝室でクロード様を待っていた。
「リーシャ、お待たせ。腹が空いているかと思って、料理長に作ってもらったんだ。」
「わぁ!クレープ!?」
クロード様は、料理長にクレープを作ってもらっていたの。
「クロエに教えてもらったんだ。どんなに機嫌が悪くても、リーシャはクレープを食べれば機嫌が直るって。」
「そうなんです。私、クレープ大好きなんですよ。あぁ、でも!?こんなに種類が多いと目移りしてしまいます!」
「好物なのは分かったんだが、どの味が好きかまでは聞いてなくてな。とりあえず、今ある食材で作れるだけ作ってもらったよ。目移りするなら全種類、少しずつ食べたらいいんじゃないか?残ったら、俺が食べてやるからさ。」
「本当に!?クロード様、大好き!」
『大好きか。リーシャの中で、俺はクレープと同レベルな気がするな…。』
「えっ?クロード様、なにか言いましたか??」
「いいや?さぁ。どうぞ、召し上がれ。」
シュガーバター。バナナ。いちご。ブルーベリー。ラズベリー。カスタード。
チョコソース、ホイップクリーム、ハチミツ、ミルクソース、シナモンはお好みで。それから。
サーモンアボカド。ハムエッグ。ツナチーズ。ベーコンポテト。
「なにこれ、おいしい!!ナイフとフォークで食べるのも、おいしさも、私の知ってるクレープと全然違う!?」
「あはは。それを聞いたら料理長が喜ぶよ。」
「それに、煮込んであるクレープなんてはじめて見ました!!」
「ああ、これはシュゼットだよ。今日のは、オレンジとレモンだな。」
「どれも、うちのと全然違う…。うちのはボソボソして、ひび割れしてたもの…。それでも、あの家ではごちそうだったなぁ…。」
きっと、うちのは麦の質が悪かったのね。おいしさの違いはそれだけではないだろうけど。
「眉間にシワを寄せずに実家の話をするところ、はじめて見たな。クレープを食べれば機嫌が直るっていう、クロエの情報は本当のようだ。」
「クロエって人のことをよく見てるのよね。本当にお姉ちゃんみたいでしょう??」
「そうだな。実際は、姉の尻拭いをさせられる妹だけど。ポーター子爵の店で、リーシャの薬を売る手伝いもしてるんだろう?」
「子爵夫人の治療時間が短くなったから、空いた時間にお店に立って、お客様へ薬の説明もしてくれているそうです。でも。子爵夫人の治療が終わったら、教会へ戻るって言ってました。」
「クロエも、帰る場所がないんだな。」
「いいえ。私と一緒で、帰りたい場所がないんです。クロエの母親は亡くなっていて、父親が再婚し、継母との間に子どもが生まれてから居場所がなくなったみたいです。クロエは、人のことをよく見てるから…。」
クロエは人の機微に聡いから、家族と接する中で自分が邪魔な存在であることを感じ取ってしまったの。
「そうか…。リーシャのクレープのように、クロエにも忘れられない思い出はあるのだろうか?」
「どうでしょうか…。クロエは、家族をどう思っているのかほとんど話しませんから。出逢った頃なんて、まったくしゃべらなかったんですよ。」
クロエが教会へやって来たのは、私が教会に引き取られた1年後のことだった。当時は自分から話をすることはもちろん、話しかけても頷くか、首を横に振るかだったわ。逆に私の方は、聖者のような家族たちとの息の詰まる生活から解放されていきいき、のびのびと暮らしていたの!そんな私の言動に困っていた司祭様を見かねて、クロエは私に注意した。
これが、『お姉ちゃん』爆誕の瞬間よ。
私に、『お姉ちゃん』と呼ばれたクロエは怒ったの。これまでに聞いたことのない大きな声でね。それ以降、クロエは少しずつ感情を見せてくれるようになったわ。
「確かに、年下だけど姉みたいだな。リーシャの扱いを心得てるからな。まさかクレープでここまで喜んでもらえるとは思わなかったよ。」
「じつは伯爵家から逃げたときも、露店でクレープを買って食べたんです。だけど…。大好きなクレープを食べているのに、頭に浮かんだのは、おいしかった伯爵家の食事でした。」
「もしかして、リーシャが家に戻って来てくれたのは、うちの料理のおかげなのか!?」
「ふふっ。確かにそれも理由のひとつです。実家にいるときの食事の時間は私にとって、楽しいものではありませんでしたから。」
「規律を重んじる教会よりも、実家の方が息が詰まるんだもんな…。」
私もクロエも、家族に愛されているという自覚はあるの。だけど家族といると、心が休まらないのよ。まるで自分だけが噛み合ってない歯車みたいに、ギクシャクしていたわ。
「もう、リーシャの家はここだから。ここでは、リーシャらしく生きて欲しい。」
「クロード様、ありがとうございます。驚かせてしまったり、迷惑かけてしまったりすると思いますけど、どうぞよろしくお願いします。」
「あぁ。今、すでに驚いているよ。あの山になっている祝いの品々にな。」
「本当ですわね…。エリー様も、ポーター子爵様も、シュレースヴィヒ公爵夫人も限度を知らないのでしょうか?」
「自分の家と同じくらい大量の祝いの品を贈る家が、他にもいるとは思わなかったんだろうな。」
エリー様と、シュレースヴィヒ公爵夫人はレイモンド様を、ポーター子爵様は夫人を助けたお礼の品をお送りくださった。そのときのお礼の品も大量だったのだけれど、今日、結婚祝いの品としてさらに大量の贈り物をくださったのよ。それも、私の好みの物ばかり。その結果。私の調合棚は、薬の原料となる植物や花の種や薬木の苗、動物の角や化石化した骨、内蔵を乾燥させたもの、魔石や鉱石などで埋め尽くされているわ。
「だけど、どれもリーシャの喜ぶ物ばかりだったな。結婚祝いとしてはどうかと思ったが…。」
「これはお返し選びも悩みますね。」
「奇をてらわずに、お返しは普通でいいだろ!?斬新な祝いの品に対抗しなくてもいいんだよ。」
(う〜ん。でも私、お返しの品であっと驚いてもらいたいのよね。)
お義母様から出されていた過度な触れ合い禁止令は、初夜に解除された。そしてこの夜私は、何ヶ月も我慢していたクロード様の、騎士の体力のすごさを体感するのだった…。
結婚式から数日後、私たちはハネムーンへ出発した。でも、行き先も旅の行程も考えたのは当事者である私たちではないの。このハネムーンの計画を立てたのは、国王陛下なのよ。
大迫力の滝、神秘的な湖、幻想的な洞窟…。これらの奥には瘴気が立ち込めているため、生態系が不明らしいの。そう!陛下はね、新婚旅行のついでに瘴気を浄化させるおつもりなのよ!?
「いくら、旅費も依頼料もくださると言っても、これは新婚旅行ではなく任務ですわよ!?だからと言って、王命を断るわけにはいきませんし。」
「そうやって文句を言いつつも、案外楽しそうじゃないか。それにリーシャは、陛下が善人の塊じゃない方が安心するのだろう?」
「確かにそうですわね。聖女のためを思い、秘めた力を秘匿する意義について陛下のご高説を拝聴したときは、正直、ゾッとしましたからね。本当は、王室で聖女の力を独占するつもりのくせにって。」
「…陛下に対しても聖人アレルギーが反応したのか?それにしても、今回はザイフォン殿がいないからって陛下のこと言いたい放題だな。…いや、本当にいないよな??まさか隠れて、俺たちの動向をうかがってるってとはないよな?」
「さすがに陛下も、新婚旅行まで監視させませんよ。クロード様も結構、思い込みが激しい方ですよね??」
そう言いながらも、私はキョロキョロあたりを見回して、誰もいない場所へ向かって呼びかけた。
「あのぅ〜、ザイフォン様?いませんよね??」
「いないなら返事できないし、いたとしても返事するわけないけどな。」
「それもそうですわね。でも。一度疑いはじめたら、じつは姿を消す術を使ったザイフォン様が近くにいるような気がしてきました。」
「リーシャも思い込みが激しいからな。あ…。そういえば俺も、思い込みが激しいって自覚した出来事があったんだよ。割と最近…。」
そう言って、クロード様は頭を押さえた。
「じつは俺…。陛下への瘴気の調査報告を終えて屋敷に帰った際、リーシャがポーター子爵邸へ向かったと聞いて、リーシャがポーター子爵殿を治療するのかと思ってあとを追ったんだ。」
クロード様の告白を聞いた私は、顔を覆って大笑いしてしまった。
「じつは私も、司祭様から聞いたときから、治療相手は子爵様だと思っていたんです。」
「俺も、クロエに悪いことしたってリーシャが言っていたから、完全に子爵殿だと思ったんだ。」
「子爵邸に着いてから、クロエに、聖女の秘めた力を使ったのか尋ねたら、どうやって夫人へ純潔を捧げたらいいのか教えて欲しいって詰め寄られたんですよね。でも改めて考えると、純潔を捧げる相手が同性だとしても、想い合っているのなら発動しますよね??」
「いや…。それは俺に聞かれても、答えかねるんだが…。つまりリーシャは、愛は性別を超えると言いたいんだな??」
「そうです!愛は恋愛だけでなく、家族愛や友愛もありますからね。性別だって超越するんです。多様性ですわ。」
「だとしても、クロエには当てはまらないと思うぞ…。多様性か…。」
クロード様はぶつぶつ言いながら考えをまとめると、振り返って声をかけた。
「ザイフォン殿、聞きましたか?これでまた、聖女の秘めた力の発動条件を特定するのが複雑になりましたよ。陛下への報告は任せますからね!!」
「えっ!?ザイフォン様、そこにいらっしゃるのですか??」
こうして私たちは新婚旅行中、いるかいないかわからないザイフォン様へ向かって何度も話しかけるのだった。
そして旅行を終えた私たちは、陛下へ瘴気の浄化調査報告をするため王宮を訪れた。陛下のもとを訪ねる前に、ザイフォン様がちゃんと王宮にいるかを確かめようとこっそり探していたら、あっさり見つかっちゃったの。魔導師様から隠れるなんて、無謀だったわね。探していた理由を説明したら、あきれていたわ。
「存在しない僕に話しかけないでくださいよ!まるで僕が新婚旅行を邪魔してるみたいじゃないですか!?」
「またまたぁ。本当は、こっそりついて来ていたのですよね??」
「リーシャは、ザイフォン殿をからかうの好きだよな。」
「そんな、人様の新婚旅行へついて行く余裕なんてありませんよ。僕はここ最近、元聖女様の聖力なしでどこまで浄化できるか調査に追われてましたから!僕を英雄に仕立て上げた人たちのせいでね!?」
(あ…。)
私とクロード様は顔を見合わせると、ザイフォン様へ面倒な役を押しつけたお詫びとして新婚旅行のお土産を渡した。
「これ、魔力を増幅させる魔石じゃないですか!?いただいていいんですか??」
「ええ、もちろん。ザイフォン様へのお土産ですから。」
「僕としては嬉しいのですが…。これ、新婚旅行のお土産としてはどうなんでしょう?」
「まさか、ザイフォン殿。俺たちの新婚旅行先を忘れたわけじゃないですよね?」
私たちが陛下から新婚旅行先を告げられた場に、ザイフォン様もいらしたのよね。行き先を思い出したザイフォン様はハッとした顔をしたわ。
「王命による、新婚旅行という名の浄化巡礼の旅でしたね…。」
「それではザイフォン様も、陛下のもとへ参りましょう。私たちの報告に嘘がないことを証明してくださいね。」
ザイフォン様を連れ、謁見の場へ向かっていると魔石を見ていたザイフォン様があることに気づいてしまった。
「この魔石、僕の杖にぴったりだ…。ちょっと、お二人とも!この魔石を使って、浄化の効率を上げさせようって魂胆なんじゃないですか!?」
私とクロード様はニコニコ微笑んで、ごまかしたわ。
「でも確かに…。この魔石を杖に埋め込んで特級聖水に浸したら、強い浄化ができそうだな。」
「杖を聖水に浸すのですか??なんだか、お料理みたいですわね。」
私がお料理みたいだと笑ったら、浄化の効果を上げるために試行錯誤を重ねていたザイフォン様から、久しぶりに無視されてしまったわ。
陛下へ浄化巡礼の報告をしてから、お土産をお渡しした。陛下へのお土産は、滝と湖から汲んだ水と、洞窟で見つけた鉱石よ。
「ほう。つまり、金はかかってないわけだな?」
「値段の話をするなんて野暮ですよ?私たちは、陛下が選んでくださった旅先の、壮大な風景を陛下にも共有していただきたいと思ったのです。これらは、お金では買えないお土産ですわ。あっ、容器代はかかってますけどね。」
「そうか…。ところで、ザイフォンは土産をもらったのか?」
「僕は、こちらの魔石をいただきました。」
陛下に対して嘘をつけない魔法契約を交わしているザイフォン様は、正直に自分がもらったお土産を伝えた。それを聞いた陛下は、眉間にシワを寄せたわ。
「ザイフォンには魔石で、余には、珍しくもないフローライトの鉱石か?」
「あら、陛下。フローライト自体は珍しいものではありませんが、濃い青や、淡いピンク、ゴールドは珍しい色なのですよ。さらに、こちらの当てる光の種類によって色が変わるものはもっと珍しいんです。」
(それでも、換金したら魔石ほど高額な値にはならないけれど。)
「これらのお土産をご覧になって、私たちの新婚旅行に思いを馳せていただければと思います。」
これらのお土産にはね、"私たちの新婚旅行を浄化巡礼の旅にしたことをお忘れなきよう"って意味を込めてあるのよ。




