#18 夢がかたちになる
私が作った薬は、イヴォンヌ様の紹介先と、ポーター子爵家が経営しているお店で取り扱ってもらい、王室には聖水を買い取ってもらっている。はじめてからまだ数ヶ月だけれど、今のところ順調過ぎるくらい、うまくいっているわ。
自分の作る薬はいい薬だと自信を持って言えるけど、だからと言って必ず売れるとは限らないことはわかっていた。私は、うちの家族のように能天気じゃないからね。いい商品を作れても、商売の決まりや宣伝の仕方もわからないから、うまく立ち回らなければ同業者に目をつけられ、即廃業に追い込まれるだろうし。出る杭は打たれるって言うもの。最悪、商売の知識がない小娘だと侮られ、事業を乗っ取られていたかもしれないわ。
商売をするためのノウハウも人脈も実績もない私が、薬の販売を軌道に乗せることができたのは、ひとえにまわりの人たちの協力のおかげよ。
(私、あの家を出てから人に恵まれてる!)
今もあの家にいたとしたら、私の薬は家族によって領民へ無償で提供されていたのだろうな…。
言っておくけど、私は別に、お金を巻き上げたいわけじゃないのよ。薬を作っているときは、これを飲んだ人が元気になり、笑顔になる姿を思い描いているもの。だけどやっぱり…。自ら材料を集め、より効能が高くなるよう薬草の組み合わせを考え、手間をかけて作った薬を、うちの家族のように、『ありがとう。』の言葉だけで譲るのは違うと思うの。
こんな考えを持つ私は、家族とは価値観も思想も、信じる神も違ったのよね。でも。聖者のような家族の誰かではなく、見返りを求める私のような者に聖女の力が顕現したなんて皮肉じゃない?
ただね。薬の売れ行きも好調で、評判も好評なのだけれど、お店の方では困っていることもあるようなの…。お店の方にはね、薬の製造元を教えて欲しい、自分の店でも取り扱いたいとの問い合わせが殺到しているらしいわ。創薬者が私だと特定されないよう、みんなが徹底的に隠してくれているのよ。
私としてはね。最初は、薬を作っているのが私だと知られても構わないと考えていたのよ。バレても困らないと思っていたから。だけどクロード様のもとに、私の作る薬や聖水の製造者を特定されてはいけないと陛下からのお達しが来て、薬の製造者が私だと知られたらどうなるか想像して、考えを改めてたの。私の薬で儲けようとする者がアダルベルド伯爵家より家格が上だったら、薬を売れと言われたら断ることは難しい。逆に、薬を買うお金がない貧しい者がアダルベルド伯爵邸を訪ねて来て、薬をあげなかったら、アダルベルド家の評判が悪くなってしまう。だからといって、無償で薬を渡してしまえば、それに続く者たちが伯爵邸の前に列をなすのが目に浮かんだわ…。
(薬の製造者が私だと知られたら、アダルベルド家に迷惑がかかる!?)
それはなんとしても阻止しなければと、私はエリー様へ相談したの。そしたら、あっという間に解決したのよ。どうやったのか気になったけれど、中には没落した者もいると知って、怖くて聞けなかったわ。
ちなみに王室へ卸している聖水の方は、陛下直々に製造者の詮索を禁じたそうよ。
こうして、薬で生計を立てたいという私の夢は形となったの。
それから、また数ヶ月が過ぎた。今日は、私とクロード様の結婚式。
式は、私が家族を招待しないことを考慮してくれて、アダルベルド伯爵家の結婚式としては質素でこじんまりしたものとなった。でもね。クロード様ったら、私に内緒でうちの両親へ結婚の挨拶をするためにファーマー子爵領を訪れていたのよ。式には招待しないけれど、私を嫁にもらうのだから挨拶するのが道理だって。
(さすが、騎士様。騎士道ってやつね。)
クロード様の騎士道を理解はしたけど、私は家族の様子も、領地の状況も尋ねなかったわ。家族の話を嫌がることを理解しているから、クロード様も、『結婚の了承を得た。』ということだけ伝えてきた。
私たちが式場に選んだのは、私が10年過ごしてきた教会よ。私を教会へ連れて来た神官にヴァージンロードを一緒に歩いてもらい、司祭様には式を執り行って欲しいとお願いしたの。
『健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め合い、ともに助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?』
司祭様からの誓いの言葉の問いかけに、まずクロード様が、『はい、誓います。』と答えた。次に問われた私は、『はい、病ませないことを誓います!!』と答えたわ。会場からは笑いが起こり、司祭様は表情こそ変わらないけど、目が、『これだから、やりたくなどなかったのだ。』と言っているのが伝わった。じつは司祭様には、司式者を一度断わられているのよね。それをどうしてもと言って、お願いしたの。
司祭様から冷ややかな目を向けられた私は、いつものように笑ってごまかした。
挙式のあとはアダルベルド伯爵邸へ移動し、庭園で披露宴が開かれた。
ゲストのみなさんへの挨拶回りを終えると、クロード様が、『友人たちと話をしてくるといい。』と言ってくれたから、クロエのもとへ向かったわ。クロエがね、懐かしい人を連れて来てくれたの。それは、5年ほど前に教会から姿を消し、その後連絡の取れなかったサリエルだった。
「サリエル!あなた、生きてたのね!?」
「ちょっと、アリーシャ。他に言い方があるでしょう?花嫁がそんな不吉なこと口にしないでよね!?」
「えっ、不吉?『死んでるかと思った。』と言ったわけじゃないのに??」
私とクロエのやり取りを見て、サリエルは笑っていた。
「ふふっ。二人は変わらないわね。」
「もう、この5年なにしてたのよ??ねぇ、サリエルも司祭様から誰かの治療を強要されたの?というか、二人はどうやって再会したの?」
「もう、アリーシャ!一気に質問し過ぎよ。私がね、ポーター子爵様に頼んだの。奥様を救ったお礼をさせてくれないかと言われたから、サリエルを探して欲しいって。」
探して欲しいと言われて、探し出してしまうのだからお貴族様の情報網ってすごいわよね。
(あ…。実家も、貴族だったわ。)
没落してなければ、の話だけれど。
「ごめんね、アリーシャ。本当はね、式にも参列したかったのよ。でも私…。司祭様には、お会いしたくなかったの…。」
「やっぱりサリエルも、司祭様からお金持ちの治療を強要されたのね!?もしかして、聖女の秘めた力を使うよう言われたんじゃない??」
「ねぇ、アリーシャ…。あなた、その力は口外してはいけないって言っていたわよね…??」
クロエに指摘されて、私は両手で口を塞いだ。うっかり王室案件に、サリエルを巻き込んでしまったかもしれない…。
「聖女の秘めた力??その力については聞かされてないわ。」
「えぇっー!?サリエルも聞かされてないの??なら司祭様は、どうして私にだけ教えたのかしら?」
「司祭様は、警戒心のないアリーシャが心配だったのでしょうね。善人に対しては異常なまでに壁をつくるのにね。まぁ、結局。忠告も虚しく、その力を使ってしまったわけだし。それも、教会を出て行った次の日にね。」
私から聖女の秘めた力について聞いたクロエは、花屋で会ったとき私が瘴気を纏っていたことを思い出し、私の事情を察したの。そしてアダルベルド伯爵邸を訪ねて来た際に、推測が合っているか尋ねてきた。その見事な推理に、私は、教会を出たあと自分の身に起こったことを打ち明けたのよね…。
そしてクロエは、そのことをサリエルにも話してしまったの。
「まさか伯爵様との馴れ初めが、それ程までに複雑だったなんて…。アリーシャは昔から思い込みが激しいところがあったから、記憶をなくした状態でも、夫婦だと言われて信じ込んだのでしょうね。」
「そうね。アリーシャは、思い込みが得意だから。」
(クロエだけじゃなく、サリエルにも思い込みが激しいと思われていたのね…。)
「でも、死線をともに乗り越えた二人には深い絆が結ばれたのね。」
「そうそう聞いてよ、アリーシャの誓いの言葉。『はい、病ませないことを誓います!!』だったのよ!?司祭様があきれていたわ。」
「いいのよ。クロード様が、喜んでくれたから。自分も捻りのある言葉にすればよかったって、おっしゃっていたもの。」
「アリーシャの力があれば、本当に、病める時なんて来ないかもしれないわね…。私にも、もっと強い治癒魔法があれば…。」
『サリエル??』
突然、サリエルから笑顔が消えてしまい、私とクロエは心配になり彼女の名前を呼んだ。
「私が教会を去ったのは、確かに司祭様からある人の命を助けてあげなさいと言われたからよ。」
「やっぱり!!」
大きな声を上げた私の口を、クロエが手で塞ぎ、サリエルへ話の続きをするよう促した。
サリエルが、司祭様から、助けるよう言われたのは妊婦さんだった。予定日より早く破水してしまい、出血も伴った。高熱も続き、危険な状態だというのに、貧民街に暮らす夫婦にはお金がなかったためお医者様を呼べず、旦那さんはわらにもすがる思いで、教会で祈りを捧げたのよ。
『妻も子も助けてください。』
その様子を見ていた司祭様は、当時教会にいた聖女の中からサリエルを選び、出産を手伝うように声をかけた。孤児院で育ったサリエルは、そこの管理者夫婦の出産に立ち会ったことがあったからだろう。
「司祭様には、教会の聖女であることは隠すよう言われたわ。無償で助けたことが知られて、助けを求める人たちが教会へ殺到しても全員を救うことは不可能だからと。その母子を助けるようおっしゃったのは、神託らしいの。」
「貧民街に暮らしている者からは、献金はいただけないわね…。なら、司祭様はお金が目的ではなかったの?本当に、神託??」
「司祭様に、神託をお聞きになるお力が本当にあるかどうかは確かめようがないわよ…。それで。夫婦のもとを訪ねた私は、助産師だと名乗ったわ。結局、奥さんの方は助けられなかったのだけれど…。」
私もクロエも、サリエルの悲痛な表情を見たら、かける言葉が見つからなかった。5年経っても、助けられなかった無念が晴れないのね。
「私は、司祭様を恨んだわ。どうして、私を選んだのだろうって…。他の聖女なら、もしかして助けられたのではないかって…。そしたら私は、こんな罪悪感を背負わずにすんだのに…。」
ポーター子爵夫人に自分の治癒の力が効かなくなったことを思い出し、クロエまで悲痛な表情で唇を噛み締めている。
「…奥さんの方はってことは、お腹の子は助かったのよね?」
「…えぇ。私が育てているわ。」
「えぇっ!?サリエルが引き取ったってこと?」
私の問いかけに、サリエルは首を横に振った。
「その子の父親と一緒に…。」
『えぇっー!?』
私とクロエは驚いて、そろって大きな声を上げてしまった。
「一緒に育ててるってことは…。あれよね?家族になったってことよね??」
私の問いかけに、サリエルはまたしても首を横に振った。それを見て、クロエは身を乗り出し、サリエルへ問いただした。
「家族じゃないのに一緒に育ててるって、どんな関係なの!?」
「私もはじめは、こんなに長く一緒にいるつもりなんてなかったわ。奥さんを亡くして大変だから、二人の暮らしが落ち着くまでと思っていたのよ。それが…。なあなあになって、出て行くタイミングをなくしてしまったの。」
「ねぇ、まさかとは思うけど…。その子、サリエルを母親だと思ってる、…なんてことはないわよね??」
クロエの問いに、サリエルは口をつぐんだ。その沈黙が、答えとなった。
「サリエルは家族になってないと言うけど、その子はあなたを母親だと思っているのでしょう?そんなの子どもがかわいそうじゃない!?」
クロエは、サリエルより6つ年下だけれど、この場にいるだれよりも"お姉ちゃん"だわ。なんて感心していることがバレないように、私は真剣な表情を取り繕って、黙って二人の話を聞いている。だって私、家族の在り方について考えのは苦手なんだもの…。
「父親はなんて言ってるの?その子に産みの親がいることを、いつ伝えるかとか。サリエルと本当の家族になるとか。」
「…あの人は、奥さんが亡くなったことをいまだに受け入れられずにいるの。だから、あの子にも伝えられないのよ。奥さんが亡くなったことを認めることになるから…。」
「奥さんを助けられなかったからって、サリエルがそこまで面倒見てあげる責任はないわよ。」
「…私も一度、あの子が言葉を覚える前に出て行く決意をしたの。そしたら、必死に引き留められて。私、あの人の手を振り解けなかった…。」
クロエは、理解できないって顔をしているわ。だけどね…。
「私は、サリエルの気持ちわかるわよ。私とクロード様のはじまりも特殊だけど、惹かれてしまったものは仕方ないわ。このお屋敷を去って、離れてみたらね、ずっとクロード様のことばかり考えていたもの。」
「アリーシャは、悪意を持っている人の方が信用できるんだものね。聖人は信用できない、聖人アレルギーだからね!」
「お話中のところ、ごめんなさいね。私も、アリーの聖人アレルギーについて聞きたいのだけれど。教えてもらってもいいかしら?」
エリー様に声をかけられた二人は、ハッとしてまわりを見回した。
そう。今は、結婚披露宴の真っ最中なのよ。エリー様は、言い合いになりそうな私たちを見かねて止めに来てくださったんだわ。
「アリーシャ、ごめんなさい。あなたの結婚を祝うために来たのに。」
「私も、ごめんね。ポーター子爵夫妻からも、自分たちの分もお祝いして来るよう頼まれていたのに。…サリエルも、ごめんなさい。追い詰めるような言い方をしてしまって…。」
「でも。私は、聞いてておもしろかったわよ?」
私がそう言うと、3人ともあきれたように苦笑いを浮かべていた。
「そうね。アリーシャは、修羅場が好きだったわよね。司祭様に叱られているときほど、口がよく回っていたもの。」
「確かに、国王陛下を相手にしても、物怖じしないで自分の意見を言っていたわね。」
「もう、エリー様まで。そうだ。エリー様に、二人を紹介しますね。同じ教会で暮らしていた、お姉ちゃんみたいなクロエと、実の姉より姉だと思っているサリエルですわ。」
「ちょっと!!お姉ちゃんじゃないでしょ!?アリーシャの方が年上なのだから!」
相変わらず、いい反応をしてくれるクロエを無視して、二人にエリー様を紹介する。
「二人とも、こちらは、トンプソン伯爵家のエロイーズ様よ。」
「トンプソン伯爵家には、アリーシャの薬の件で大変お世話になりました。おかげさまで、お店で起きていた問題は無事に解決できました。ありがとうございます。ポーター子爵様も、お礼を伝えたいとおっしゃっておりました。」
「あら、いいのよ。私も、アリーの役に立ちたかったのだから。ああいった輩はこの先も後を絶たないと思うから、これからも力になるわよ。」
「エリー様、ありがとうございます。頼りにしてます。」
私とクロエが、エリー様へ感謝を伝えていると、サリエルが私の地雷を踏んだ。
「今も、アリーシャの聖人アレルギーが治らないのなら、ご家族とも疎遠のままなのね?この会場にもいらっしゃらないわよね?」
家族の話題を振られると条件反射で、私の眉間にはシワが刻まれたみたい。慌てた様子でクロード様が飛んで来て、私をなだめている。
(クロード様、もしかして…。一部始終、見ていたの?)
「この際だから言わせてもらうわ。アリーシャは聖人のような人たちは信用できないと言うけど、だったら裏の顔を持つ弟は、実家で唯一の理解者なのではないの?」
「おい、クロエ。リーシャの機嫌を損ねないでくれ。今日の主役の花嫁なんだからな。」
「ですが、伯爵様。アリーシャの、弟に対する感情は同族嫌悪なんです。聖人一家の中で、弟はアリーシャを模倣した。その結果、アリーシャより処世術が長けたのでしょう。彼女は、それが気に食わないだけなんですよ。」
「やめてよ!あのクソみたいな弟の話なんて聞きたくない!!」
「あははっ!!口の悪い花嫁だな。」
私の口の悪さに、レイモンド様が大笑いしている。
「私には血の繋がりのある家族はいないから、アリーシャの葛藤はわからないけれど。孤児院のみんなは協力し合って暮らしていたわ。血の繋がりがなくてもね。」
「血の繋がりがあるからといって、分かり合えるわけではないのよ。うちの家族はね、領民へ分け与えるのではなく、うちの分まであげちゃうの。まわりの人のことはよく見てるのに、自分の子どもがひもじい思いをしているのは目に入らないのよ。」
「そんな聖人一家の中で、よく我慢して暮らしていたな。夫人は我慢とは無縁だと思ってたよ。陛下にも食ってかかってたしな。」
「レイモンドまで家族の話を引っ張るなよ!!」
「うふふ。クロード様聞きました??私、『夫人』ですって。」
夫人と呼ばれ、クロード様と結婚した実感が湧いてきて、口元がニヤけてしまうわ。
「あぁ!?だからアリーは、私と仲良くしてくれるのね。」
「エロイーズ。それって、自分の中には悪意があるって暗に認めてるのか?」
ご自分の中には悪があることを示唆したエリー様は、レイモンド様から指摘され、不敵な笑みを浮かべている。
「アリーシャは、人の心に悪意や欲があると安心するのよね?だから、ご両親や司祭様がお金で自分を売ったと思い込みたいのよ。あなた、思い込みが得意だもの。」
「クロエ!?また私が思い込みが激しいって話!?」
「きっと司祭様は、サリエルとアリーシャが教会の外で暮らしたがっていたことをご存知だったのね。サリエルは孤児院のことを心配していたし、夢は家族を持つことだったわよね。アリーシャの夢は自分の作った薬で人々を救うこと…、じゃなくて、ぼったくること。」
「わざわざ言い直さなくてもいいじゃない?それとも、わざと??私、対価は求めるけど、ぼったくりはしないわよ!?」
クロエは私の言葉を無視して、話を続けた。
「司祭様は、適任だと思って二人を選んだのね。サリエルは家族への憧れが強くて、特に赤ちゃんには弱かったもの。アリーシャは子爵様と縁を結び、薬の販売に繋げるためだったのよ。それで、アリーシャが逃げたから私に声をかけたんだわ。アリーシャの尻拭いといえば、私だからね!?」
話をまとめたクロエへ向かって、『いつも迷惑かけてごめんね。お姉ちゃん。』と言ったら、いつものように叱られたわ。




