#17 逃げた償い
瘴気の調査を陛下へ報告するため王宮へ向かったクロード様とザイフォン様と分かれ、私はエイダンとともに伯爵邸へと帰って来た。
陛下への報告には、私も一緒に行こうと思っていたのだけれど、クロード様から、大丈夫だからエイダンと先に戻っていてくれと言われたのよね。疲れていると思って気遣ってくれたのかしら?
伯爵邸へ戻った私は、出迎えてくれたデイジーから、留守中にクロエが訪ねて来たことを聞いた。私がしばらく帰らないと聞いたクロエは、手紙を預け、思い詰めた様子で帰っていったらしいの。クロエの手紙を読んだ私は、すぐにポーター子爵邸へ向かったわ。
あの夜、司祭様から向かうよう言われた子爵邸へ━━。
子爵邸の門番へクロエに会いに来たと告げ、その場で待っていると、屋敷の中からクロエが飛び出して来た。
「アリーシャ!!来てくれたのね。ありがとう!」
「ありがとうって…。もとは、私がここへ来るはずだったんじゃない…。ごめんね、クロエ。来るのが遅くなって。」
「…謝罪はいいから。早速で悪いけど、手を貸してくれる?」
「もちろん。そのために来たんだから。」
「手紙にも書いたけど…。私の力は、もう効かないの…。」
数ヶ月ぶりに会ったクロエは、やつれてしまっていた。毎日、治癒の力を使っていたせいだろう。
「クロエは、秘めた力を使ったの?」
聖女の秘めた力を使っても治せないほど重病なのか、それともあの力には頼らなかったのか。もしくは、発動しなかった?あの力は、互いに想い合っていなければ力を発揮しないから。
「秘めた力??なにその力?」
クロエの返事に、私は面食らっていた。
「クロエは、司祭様から、ここへ来るよう言われた際に、その力のことを聞かされてないの??」
「その力は、治癒能力が高い者にしか使えないのでしょう?だから司祭様は、私には使えないと思って言わなかったのよ。」
「使えないことはないわよ。…ちょっと、耳を貸してくれる?」
私は小声で、秘めた力について説明したわ。大きな声じゃ、言えないからね。
「本当に司祭様がその話を??」
クロエは、怪訝そうな顔で私を見た。神様の教えに従順な司祭様が、人道に反する力を使うようおっしゃったことが信じられないようだった。
「本当よ!その力を使ったら、救えるだろうって私におっしゃったもの!」
「どうせ、話を最後まで聞かなかったんじゃないの??それ絶対、得意の思い込みよ!?」
「『得意の思い込み』ってなによ!?」
クロエはあきれたような表情で、ノックしたドアを開けた。そして視線をベッドへ向け、状況確認をするよう促した。
そこには、ベッドに横になる夫人の手を、心配そうに握り締めるポーター子爵様の姿があった。
(子爵様もずいぶんやつれているわね。夫人の容態が悪いから…。…夫人の??)
「子爵様。こちらがお話していた、効能の高い薬を作る、私の友人のアリーシャです。それで申し訳ございませんが、治療に専念するため席を外していただけますか?」
子爵様が部屋を出たのを確認すると、クロエが詰め寄って来た。
「ねぇ、アリーシャ。例の力の使い方、教えてくれる??その力を発動できたら、奇跡を起こせるのでしょう?」
「…む、難しいわね。お互いの想いが通じ合ってないと、奇跡を起こせないから…。」
「じゃあ聞くけど。奥様になにをしたら、私の純潔を捧げたことになるの!?」
(まずいわ…。クロエが怒ってる。)
「怒らないで、お姉ちゃん。」
「あなたの方が年上でしょう!?って、今こんなやり取りしてる場合じゃないのよ!」
これは恒例のやり取りなのだけれど、今が深刻な状況だから、いつも以上に怒ってるわね。もう少し、肩の力を抜いたらいいのに。
「本当のこと言いなさいよ!!司祭様の話をちゃんと聞かなかったんでしょう!?まずいと思ってるから、別のことで怒らせて、ごまかそうとしてるのよね?昔からそうだたったもの。」
「確かに…。司祭様の話を最後まで聞いてなかったわ。だから今の今まで、秘めた力を使って救う相手は、ポーター子爵様だと思っていたの…。」
「あなたの思い込みや決めつけは、一生直らないのでしょうね。」
返す言葉もないわ…。まさか、治療する相手が子爵様ではなく、夫人の方だったなんて。
「もう、反省はあとにして、とにかく奥様を診てちょうだい。」
(…あとで反省させられるのね。)
気持ちを切り替えて、夫人の症状を確認しはじめた。
だけど━━。
「ねぇ、クロエ。お医者様には診てもらったのよね?診断はなんだったの??」
「…わからないって。」
「わからないって…。あぁ、でも。だから、子爵様は司祭様にすがったのね。お医者様が匙を投げたから。」
「それも、あなたの思い違いよ。子爵様は、奥様の回復を願って、祈りを捧げるために教会へ行ったけれど、司祭様へ助けを求めてはいないの。」
「でも司祭様は、私に、緩和して差し上げるよう言ったのよ!?完治させる必要はないから、ポーター子爵様のもとを訪ねるようにって。それで、治療が終わったら、もう教会には戻らなくていいと言われたのよ。純潔をなくした聖女は教会にいられないものね!?」
クロエは、険しい顔で天を仰いだ。
「司祭様のお話も、あとにしましょう。」
司祭様の言動は腑に落ちないけど、クロエの言う通り、今優先すべきは夫人の体のことよね。
「お医者様と同じで、私にも夫人の病の原因はわからないわ…。こんなにも衰弱しているのに、体に異常は見られないもの…。」
「アリーシャでも、わからないのね…。数ヶ月前に、あなたと花屋で会ったときはね、治癒の力を使えば外出できるくらい回復できていたの。だけど、だんだん持続効果が短くなっていって、今では付きっきりの状態なのよ…。」
クロエは常に治癒魔法をかけているから、こんなにやつれてしまったのね。私は、クロエへ回復魔法をかけた。このままじゃ、クロエまで倒れてしまうから。
「アリーシャ、ありがとう…。」
「ううん。これは、私が背負うはずだった業だもの。私に、逃げた償いをさせて。」
(神様。どうか私に、償う機会をください。)
神様へ祈りを捧げた私は、アプローチを変えてみることにした。夫人の体に異常がないのなら、原因は別にある気がしたから。そこで、探知魔法を発動させた。そしたら、ベッドの下に嫌な気配を感じたの。
「クロエ!!あなたごと、夫人に結界を張って!」
突然、私が顔色を変えて大声を出したから、クロエも緊迫した様子で結界を張った。二人が結界の中にいることを確認し、私も自分に結界を張り、ベッドの下へ潜り込んだ。
(なんなの?このおぞましい気配…。)
指先に魔力を集め、光を灯し、ベッドの下を照らしてみると━━。
ベッドの下には、呪文のような文字が書かれた紙がびっしりと貼られていた。その紙の他には、赤黒いインクで描かれた魔法陣のような模様と髪の毛、それから、首に紐を巻かれた人形が置かれていた。その人形が置かれていたは、横になっている夫人のちょうど真下に当たる。直接触らないよう手に魔力を纏わせ、それらをすべて回収し、ベッドの下から抜け出した。
「ねぇ…、アリーシャ。なんなの、それ…?結界の中にいるのに、それを見てると息苦しいわ。」
「これがなにかは、わからない。でも、このまま放置していたらよくないってことはわかるわ。」
ベッドの下からかき集めたそれらを結界に閉じ込め、聖力の炎で燃やした。黒いモヤとなって霧散したそれらを見て、魔獣が消滅した様子と重なったの。完全に消え去ったのを確認すると、大変なことに気がついて、クロエに助けを求めた。
「どうしよう…。証拠、燃やしちゃった…。」
(あれをベッドの下へ置いた人物を特定するための大事な証拠を燃やしてしまった!?)
私たちは見つめ合ったまま、言葉が出てこなかった…。静寂に包まれた部屋に、廊下から悲鳴が聞こえてきた。悲鳴と言うよりも、断末魔の叫びと呼んだ方がしっくりくる。その叫び声のする方へ行ってみると、使用人たちが集まっていた。叫び声の主を見てしまった使用人たちもまた、叫び声や悲鳴を上げている。その声に、なにがあったのかと現場をのぞき込んだ者たちが次々と取り乱していき、子爵邸は混乱に陥っていた。隣の者にしがみつき震えている者、腰を抜かし床に尻もちをついている者、ただただ悲鳴を上げ続けている者たちをかき分け、発生源のもとへたどり着くと、そこには意外な人がいたの。
「リーシャ!?」
「クロード様??なぜ、こちらに?」
なぜか子爵邸に、クロード様がいたのよ。それも、悲鳴の主のところにね。
「家に帰ったら、リーシャが血相を変えてポーター子爵邸へ向かったって聞いたから、心配で迎えに来たんだ。子爵殿から、リーシャは夫人の様子を見ているから、お茶を飲んで待つよう言われてな。待たせてもらっていたところに悲鳴が聞こえてきて、見に来たら、こちらの使用人が苦しんでいたんだ。」
「この者は、妻の侍女です…。見ていた者の話では、突然苦しみだしたようなのですが。なぜ、このようなことに…。」
「子爵様。事情を説明しますので、とりあえず人払いをお願いします。」
状況を見たクロエは点と点が繋がったようで、まずは、子爵様へ頼んで使用人たちを持ち場へ戻らせた。そして、事切れた侍女を運び出し、夫人の部屋で起きたことを説明した。
「アリーシャが、ベッドの下から見つけた呪いのような道具を聖力の炎で燃した直後、この侍女が苦しみはじめたのです。」
「…それは、つまりどういうことなのだ??」
「呪い返しかと…。」
クロエは同意を求めるように、私を見た。
「クロエの言う通り、あれらは呪いの道具だったのでしょう。私が燃したことで、呪いの対象である夫人から術者へ呪いが返ったのだと思います。すみません、子爵様。その証拠は、すべて燃やしてしまいました。禍々しくて、とてもおぞましい気配を漂わせていたので。」
「ではエリーゼを弱らせていたのは、病ではなく、呪いだったということか…。そして、その呪いをかけたのが、この者だと…。」
「子爵様。この侍女が、奥様を呪う動機に心当たりはありますか?」
「…いいや。エリーゼとも親しくしていたし、体調を崩してからも気遣ってくれていた。私のことも、エリーゼはきっとよくなると励ましてくれていたんだ…。」
「では、動機はこれから調べるとして、今は奥様のそばについてあげてください。私は、友人を見送って来ますので。」
クロエは、私が馬車へ乗り込むまで、何度も感謝の言葉を口にしてきたわ。これは償いだから、お礼はいらないって言ってるのに。
「感謝の言葉と見せかけて、リーシャの罪悪感を煽るのが目的だったりしてな。」
私たちのやり取りに、見かねたクロード様が冗談を言ったら、いつものクロエ節が戻ってきた。
「よかったわね、アリーシャ。気難しくて、はねっ返りで、薄情で、でも情に厚いあなたを理解してくれる人に出逢うことができて。」
「薄情で、情に厚いってどっちよ!?」
「だから、気難しいって言ってるのよ。善人過ぎる人は胡散臭いって言うし、悪人には天罰が下れって言うじゃない?世の中の人みんなを、あなたの理想とする善と悪の比率に合わせられるわけないんだからね。アダルベルド伯爵様、アリーシャの扱いは難しいと思いますけど、どうぞよろしくお願いします。」
クロード様へ、頭を下げるクロエに向かって、いつものように呼びかける。
「お姉ちゃん!!」
「誰が、お姉ちゃんよ!?」
こうしてこの日は、クロエとわかれた。
それから数日後。クロエがアダルベルド伯爵邸を訪ねて来たわ。夫人の事件と、司祭様についての話をするためにね。大量のお礼の品を持って…。
まず、あの事件について。呪物を浄化したあと、クロエの回復魔法が夫人の体に効くようになり、快方に向かっているそうよ。それから、あの侍女の犯行を裏づける証拠は掴めず、動機は子爵夫人の座を狙っていたのだろうと結論づけられた。どこか釈然としないけれど、仕方ないわね。死人に口なしだもの。それに、夫人が元気になっていくことに舞い上がっている子爵様は、事件を追及するおつもりはないみたい。そんな時間があれば、夫人と過ごしたいとおっしゃって。
そして、次の話は司祭様について。
「私はね、子爵邸まで行ったはいいけど、しばらく立ち尽くしていたのよ。子爵様以外には、教会から来た聖女だと知られてはいけないと司祭様から言われたから。」
「私も同じことを言われたわ。それで、クロエはどうやって子爵様へ取り次いでもらったの?」
「子爵様が帰ってくるのを待ち伏せして、馬車を止めたわ。」
「クロエは、轢かれなかったのか?」
「ちょっと、クロード様!?クロエ、気にしないでいいから、続けて?」
余計なことを口走ったクロード様の口を手で塞ぐ私に、クロエは訝しげな表情をしつつも、話を続けた。
「奥様の治療をしに来たと言ったら、子爵様が驚いているから、それを見て私も驚いたわ。司祭様と子爵様との間で交渉があったのだと思っていたんだもの。」
「子爵様から献金をいただいたから、治療を請け負ったのではないの??」
「子爵様のお話では、司祭様は、祈りを捧げる子爵様の近くにはいたけれど、奥様の病状や治療には一切触れなかったそうよ。」
「じゃあ、子爵様の祈りを聞いて、司祭様が聖女を送るべきだと判断したということ?」
「きっと、神様のお告げがあったのよ。ほら、司祭様もあなたと一緒で神様と対話なさるお方でしょう?神託みたいなものじゃないかしら。」
毎日、神様へ対話を試みる。それが、私と司祭様の共通点なの。
「それでね。子爵様が、司祭様からかけられた言葉というのが、近々、薬売りが子爵様のもとを訪ねるはずだから、その薬が売れると思ったら、卸し先を紹介してやって欲しいという内容だったそうよ。」
(薬の卸し先を紹介って…。)
「司祭様は、リーシャの薬の販路をポーター子爵へ頼んだんだな。」
「そのようです。だから司祭様は、奥様の治療が終わったら教会へ戻らなくていいとおっしゃったのよ。子爵様に恩を売って、薬の販売を軌道に乗せてもらえって、お膳立てしてくれたのね。」
「そうだったの!?司祭様が、そこまで私のことを考えてくれていたなんて…。」
「そこまで考えてあげたのに、本人は逃げ出したのよねぇ。」
「え、やだ…。司祭様が善人過ぎて、腕に発疹が出てきたわ…。」
私の両腕には赤いブツブツが広がっている。
「アリーシャの聖人アレルギーも治らないわね。ここは、感動して泣いてもいいところなのに。」
「聖人アレルギー?それは家族のせいか?いや、やっぱり家族の話はしなくていい!!聖人に対しての拒絶反応がここまでとはな。」
クロード様、慌てて家族の話題を避けたわね。もしかして私、また条件反射で眉間にシワがよっちゃってた??
「でも紆余曲折はあったけど、司祭様の思惑通り、子爵様は、アリーシャの薬の販路拡大に手を貸してくれるそうよ。」
「本当に!?イヴォンヌ様も力になってくれているし、子爵様も手を貸してくださるなら、成功するに決まってるわね。」
「よかったわね、アリーシャ。もうすぐ、夢が叶いそうね。」
「ありがとう、クロエ。」
私たちが盛り上がっていると、クロード様が言いにくそうに重い口を開けた。
「あのな…。陛下からの伝言を伝え忘れていたんだが、例の聖水を作ってもらいたいそうだ。しかも、前回より多めにな…。」
陛下からの依頼と聞いて、クロエが目を見開いて驚いているわ。
「陛下からも依頼されるなんて、アリーシャの商売は安泰そうね。」
「まだ安泰とは言い切れないわよ。聖水を作る前に、まずはいくらで購入してくださるのか確認しないと!」
「…嘘でしょ?まさかあなた、陛下に対してもいつもの調子なの!?」
クロエから視線を送られたクロード様は、微笑みながら頷いている。それを見て、クロエの口は開いたまま塞がらなかった。




