#2 私の務め
媚薬を飲むと全身がほてり出し、少しの刺激にさえ体が敏感に反応してしまう。瘴気に侵された状態でも、媚薬の効果はクロード様も同じだった。
彼の顔から首筋、胸元へと指を這わせていくと、苦悶の表情を浮かべているの。でもその表情は、先程までの瘴気による苦痛とは異なり、快楽に溺れまいと懸命にたえているせい…。
「…力を抜いてください。今は、紳士であろうとせずともいいのです。全部、媚薬のせいにすればよろしいのですから。」
私は自分の務めを果たすため、彼に跨った。
けれど…。媚薬の効き目がまだ全身に行き渡ってないみたいで、クロード様の子どもを授かりたいのに、まだ痛みの方が勝ってしまう。ひと思いに貫いてしまおうと意気込んでは、途中で怖気づいて、腰を上げたり下げたりを何度も繰り返していたの。そしてふと、心配そうにこちらを見上げているクロード様と目が合った。
(こんなお顔をさせているのは、私が痛みに顔を歪めているせいだわ…。)
自身のお体の方が何倍もつらい状態であっても、妻である私の心配をするクロード様の気遣いが嬉しくて、覆いかぶさり、ぎゅっと体を密着させた。
「私の覚悟が足りなくて、申し訳ございません。もう少しだけ、お待ちください。媚薬が効いてくれば、痛みも感じなくなるはずなので…。」
決めたはずの覚悟が全然決まっていない現状に、情けなくてうつむいていると、言葉を発せないクロード様が目でなにかを訴えてきた。聖水をもっと欲しがっていたことを思い出し、口移しで飲ませたところ、私の口内から聖水がなくなってからも、クロード様は舌を動かし絡めるように私の舌を舐めまわした。
それから私たちは、夜が明けるまで、唇と体を重ね続けた。
私はすがるように彼の名前を何度も呼び、媚薬による快楽に溺れながら、うわ言を繰り返した。
『どうか、クロード様のお子を授かりますように。』
『子どもが産まれたら、クロード様にも抱いてもらいたい…。』
『お願い、死なないで…。』
私のうわ言を聞く度にクロード様が拘束具を壊す勢いで暴れるため、彼の手首には痣ができてしまった。なにがしたくて拘束具を外したがっているのかわかってあげられず、せめてもと思い、手首の痣に唇を寄せた。
「どうしたいのかわかってあげられなくて、ごめんなさい。私に記憶があれば、言葉がなくても目線や表情からクロード様の気持ちをわかってあげられたのに…。」
クロード様がなにかを訴えるように、口をパクパクさせたり、顔を横に振ったりしている。その理由も意味もわからなくて、私はまた謝罪の言葉を口にした…。
「ごめんなさい…。ごめんなさい…。」
私が謝ると、つらそうに顔を歪めているため、クロード様のお顔を両手で包み、瞳をのぞき込んでみたの。でもやっぱり、今の私では目と目で通じ合うことができなくて、夫婦なのに気持ちを汲んであげられないのよ。さらに顔を近づけると、クロード様がグッと頭を浮かせ、私の唇を奪った。唇を重ねていると、クロード様が落ち着いているように思えたわ。
(え…??キスがしたかったのかしら?)
本当のところはわからないけれど、クロード様が唇を離したがらないことから、今は、これが正解だと思うことにしよう…。
そして、力尽き意識をなくした私は、クロード様に寄り添いながら眠りに就いた。
「アリーシャ様。大丈夫ですか!?」
天蓋の向こうからエイダンが私の名前を呼んでいる。まったく聞き慣れない名前をね…。自分の名前だというのに、まるで、仮初めの名前のような感覚なのよ。
「エイダン…??」
「よかった…。何度お声をかけても、返事がなかったので心配しました。瘴気に当てられてしまったのではないかと…。」
安堵するエイダンの声を聞いて、一気に眠気が飛んだ。
「大丈夫。瘴気の影響は受けていません。聖水が効いたみたいです。ただ…。体の方は、ダルくて重いのだけれど。」
昨晩も、目を覚ましたとき、まる一日寝ていたせいで体が凝り固まっていたため、メイドたちにほぐしてもらったのに、また動かせなくなってしまったわ。
(…それだけ眠っていたということ??)
「エイダン。今は、何時なのかしら?」
どれ程の時間寝ていたのか気になって、エイダンに尋ねた。窓がないこの地下室では、日の高さを確認することができないから。
「昼が過ぎたところです。」
この地下室へ来たのが深夜の2時頃だったから、半日近くここで過ごしていたのね。
「アリーシャ様。申し訳ありませんが、身支度をご自分でお願いします。瘴気が漂うこの場所へメイドを連れてくることができないので。」
エイダンに言われ、私は自分で身支度を整えた。隣でぐっすり眠っているクロード様を起こさないように、気を配りながら。
天蓋を開けてエイダンに声をかけると、ぐっすり眠っているクロード様の様子にエイダンが驚いた表情を見せた。
「瘴気による痣が減っている…。あれ程瘴気に侵されていたというのに。」
「お義母様の用意してくださった聖水がよく効いたのでしょうね。きっと、効能の高い聖水だったのよ。」
「ではそれを、奥様へ報告しに行きましょうか。聖水が効いたとお聞きになれば、聖水を用意した奥様もお喜びになるでしょうから。」
エイダンは足取りがおぼつかない私を見かねて、横抱きにして運んでくれた。地下室を出て、階段を上り終えた先には、お義母様が待っていた。クロード様の容態が心配で、気が気じゃなかったのだろう。お世継ぎのことも。
「アリーシャ!?瘴気に当てられたの??すぐに、侍医に診てもらいましょう。」
エイダンに抱えられている私を見て、お義母様が取り乱してしまった。
「お義母様、体はなんともありませんから。これは、足がおぼつかなかったためエイダンに運んでもらっただけです!」
お義母様は、私が心配かけまいとやせ我慢しているのではないかと深読みし、私の話を信用してないようだった。そして。入浴と食事をすませた私が気絶するように深い眠りに就いたため、お義母様の心配症に拍車がかかってしまった。
しばらくして、目を覚ました私は食事をとると、クロード様のもとへ行き、彼の子を身ごもるという自分の務めに励んだ。
地下室でクロード様に寄り添って眠り、部屋へ戻ってからも眠っている私は、一日の大半を睡眠に費やすようになっていた。起きてるときにしていることは、クロード様と肌を重ねているか、食事や入浴くらいで、それ以外の時間はずっと寝ているの。
自分では無理をしているつもりはなかったのよ?だけど、毎日瘴気に触れ、知らず知らずのうちに心身ともに負荷がかかっていたみたい。
そんな日々が、5日続いたわ。
寝てばかりいる私は、使用人たちと関わる時間はあまりなかったけど、お義母様から、私が記憶をなくしたと周知された使用人たちは気遣ってくれていた。記憶のない私へ、自分たちの名前を教えてくれたり、記憶を無理に思い出すことがないよう以前の話を控えてくれたり。特に気を遣ってくれていると感じるのは、クロード様の話題を出さないことだった。私の不安をあおらないよう、慮ってくれているのね。
5日過ぎても、私の記憶は戻る気配はなかった。屋敷の中にこもりきりの私に、お義母様は気分転換に買い物へ行くことを勧めてくれた。クロード様のことを思えば外出なんてしてる場合じゃないのだけれど、せっかくのご厚意なので、メイドのデイジーとともに外出することにしたの。
それに、私には他に目的もあったから。
記憶をなくしたあの夜、教会の前で馬車と接触したのなら、その場所へ行けばなにかを思い出すかもしれないもの。お義母様は、無理に思い出す必要はないと言ってくださるけれど、私は思い出したいの…。お義母様も使用人たちも、伯爵家の侍医も、屋敷の人たちはみんな、私を気遣いよくしてくれている。そんな人たちのことを忘れたままにしておけないじゃない。もちろん、クロード様のことも思い出したい。
教会へ行くことは、心配症なお義母様には内緒にしなければならないわ。だってお義母様ったら、外出を勧めておきながら馬車に乗るのは許可できないなんて言い出したのよ?事故を思い出してしまうかもしれないって言って。密かにデイジーから、教会までの距離を聞いたのだけれど、ここから歩いていける距離ではなかった…。
(どうにかして、お義母様から馬車での移動を許可してもらわなきゃ…。)
私の外出は、お義母様へ馬車に乗っても平気だという証明をするところからはじまったの。馬車で敷地内を試し乗りをしてみて、問題ないと判断され、やっと外出できたわ。
まずは中心街へとやって来た。
真っ先に教会へ行きたかったのだけれど、もしかしたらデイジーは、『記憶が戻りそうなことはしないように』と心配症なお義母様から念を押されているかもしれない。そうなると…。教会へ行きたいなんて言ったら、却下されるどころか、最悪の場合、強制的に帰宅させられかねないわ。だから教会へ行きたいと提案するのは、ある程度お店を見てまわってからにすることにしたの。
使用人たちへはお菓子を買い、クロード様とお義母様へは花束を贈ろうと、花屋へ入った。色とりどりの花の中から、頭を悩ませながらお二人に似合う花を選んだわ。
店内を見ながら、花束ができるのを待っていたら━━。
「アリーシャ!?」
突然、後ろから名前を呼ばれたの。振り返ると、私とそう年の変わらない女の人が立っていたわ。
「あなた、こんなところでなにしてるのよ!?どうせ逃げるなら、もっと遠くへ逃げないと。教会の関係者に見つかってしまうわよ?」
(逃げる??教会の関係者??)
彼女は、私のことを知っているようだけれど、私は彼女の名前を思い出せないし、彼女の話の意味もわからなくて、黙り込んでいた。
「そうだわ。ほら、あそこにいるご夫婦が、ポーター子爵夫妻よ。本当ならあなたが、治療するはずだったのでしょう?」
(…私が、治療する??)
「今は調子がよくて外出ができているけど、私の弱い力じゃ完治には至らないの…。あなた程の力があれば、完治できたのでしょうけど…。」
彼女の視線の先には、仲睦まじい中年のご夫婦の姿があった。
「でもね。お二人とも、こんな私にお礼の言葉を言ってくださるの。死が二人を分かつときが来たと覚悟していたけど、私のおかげで、二人で過ごす時間が生まれたからって。治癒できてないのによ…?」
彼女の力で、死の訪れを先延ばししたということ?
「司祭様が、はじめに子爵家へ向かわせようとしていたのがアリーシャだったことを、お二人は知らないからね。真相を知ったら、どう思われるかしら…。だって、高い献金の対価が、私の弱々しい治癒力だなんて割に合わないじゃない…。だから私、良くしてもらう度に罪悪感に押しつぶされそうなのよ。」
彼女の話しぶりから、あのご夫婦が高い献金を払って、彼女の持つ治癒力で病気かケガかを治そうとしたのは想像できた。でもそれが、本来は私の役目だったと聞いても、信じられなかった。
「あなたなら、完治させられたでしょう??」
その問いに、逆に問い返したかった。
『私に治癒の力があるの?』
聞きたいけれど、彼女の話を信じ切れない私は閉口を続けた。
すると。彼女は目を見開き、観察するようにじーっと私を見てきた。
「あなた、逃げた先でも結局、治癒の力を使っているのね。」
「…どうして、わかるの?」
私は、そこではじめて口を開いた。私が治癒の力を使っていると断定する根拠を知りたいから。
「だって、あなた…。瘴気を纏ってるわよ。その浄化は強制的なものではなく、あなたの意思によるものなのよね?」
彼女に問われても、答えることができない。だって私は、その答えを持ち合わせていないもの。私には、クロード様を治療した覚えも、浄化した覚えもないのだから。
「あら??あの馬車の家紋って、アダルベルド家のものよね?…そういえば、今回の魔物討伐では魔獣と遭遇し、騎士たちに甚大な被害がでたのよね。なら、アリーシャの治療相手は伯爵様?お名前は確か…、クロード様だったかしら??」
「…えぇ、伯爵様のお名前はクロード様よ。」
私のことを知っている彼女は、クロード様のことも知っていた。だけど、私たちが夫婦であることは知らないようだった…。
(彼女は、私のことをよく知っているようなのに、私の旦那様がクロード様だということは知らないの…?)
それが意味することはなんなのか考えていたら、記憶をこじ開けようとしたせいで頭痛に見舞われた。
「アリーシャ!?大丈夫?顔がまっ青よ。」
得体の知れない不安に襲われ、頭も心もぐちゃぐちゃだった。
(怖い…。)
なにに怯えているのかも、この不安の正体がなんなのかもわからず、ただただ恐怖に支配されていく。
「あぁっ!ごめんね、アリーシャ。私、戻らないと。」
彼女は、慌てた様子でご夫婦のもとへ駆け寄っていった。あちらも体調が悪化したようだった。
体調を崩した相手を安心させようと笑顔で寄り添ったり、急変したことで相手に心配かけないよう笑顔をつくったり、そんな仲睦まじいご夫婦を見ていて、私とクロード様が重なった。
自分たちに残された時間がわずかであることを受け入れたつもりでも、本心では、その日が来ることを拒んでいる。
「アリーシャ様。お待たせしました。」
花束を抱えて微笑むデイジーを見て、私は思わず抱きついた。知らない記憶を聞いて、不安に押しつぶされそうだった…。
私の頭痛がひどいため、買い物を中止し、急遽、伯爵邸へ戻ることにした。帰りの馬車の中では、私の体調をデイジーが気遣ってくれていた。そんな彼女の心配を軽くしようと、明るく振る舞った。
「最近寝てばかりいたから、体力がなくなってしまったのね。」
「ご無理が祟ったのではないでしょうか。アリーシャ様のお務めは、心身ともにご負担が大きいですから…。」
「デイジーは、私のお務めを知っているの?」
私が尋ねると、デイジーは困ったように手で口を押さえている。
「じゃあ、質問を変えるわね。屋敷の者たちはクロード様の状態を聞かされているのかしら?」
「ただ、"大ケガを負った"とだけ。奥様が、いくら箝口令を敷いても、人の口に戸は立てられないからとおっしゃって、詳細は聞かされていません…。」
お義母様は、お義父様が亡くなったときの二の舞を踏まないよう注意を払っているんだわ。以前、足元を見られた経験から、弱っていることを悟られないように。だから使用人たちは、クロード様の本当の状態を知らないのね。命が脅かされている、危険な状態だということを。
「あの、私…。アリーシャ様のお務めは、とてもご立派だと思います。伯爵様を看病なさるだけでもすごいのに、大ケガを負った伯爵様からはご協力を得られない状況で、お世継ぎを授かろうとするなんて。」
顔を真っ赤にしたデイジーを見ていたら、心が少し軽くなったわ。言いにくそうにしていたのは、恥ずかしかったからみたいね。
「ええ、そうね。お世継ぎを授かるのは立派なお務めよね。」
使用人たちは、お義母様から、最悪の事態を想定してクロード様の血筋を残す必要があり、その役目を私に託したのだと説明されたそうよ。
そう。クロード様の子どもを授かること。それが、私の務めなのよ。




