#15 私の天敵
クロード様は、私が望まないなら家族を結婚式に呼ばなくても構わないと言ってくれている。私が家族に対してわだかまりを抱えていることをわかっているクロード様が、その上で、私と家族の関係を教えて欲しいと言った。私のことはなんでも知りたいから、抱えているわだかまりも知りたいのだと。
正直、家族の話はしたくない。話せば当時を思い出し、心がすり減ってしてしまうから。それに。私が、家族に対して抱いている感情を知ったら、クロード様にどう思われるか不安なの。
「私、家族のことになると感情的になってしまって、嫌な言葉をたくさん言ってしまうから、クロード様には聞かせたくないんです。きっと、愛想が尽きちゃいますよ…。」
「俺がリーシャを嫌いになるはずないだろ??リーシャは、嘘をついて騙していた俺のことを受け入れてくれたんだからな。俺だって、どんなリーシャも受け入れるよ。」
そんなクロード様の言葉に絆されて、私は、自分の家族のことを話しはじめた。
我がファーマー子爵家は、万年赤字なの。だから売れるものはどんどん売って、財源を確保していたそうよ。ドレスに宝石、絵画や彫刻、陶磁器、最後にはタウンハウスまで売って、残ったのは広大な領地。荒野が広がり、その向こうには人の手が加えられないほど深い森があるだけのね。作物は育ちにくいし、森を開拓する資金もない。私が生まれ育ったのは、こんな、なにもない領地だった。
うちがこんなにも貧乏なのは、自己犠牲心の塊のような両親のせいよ。困っている人を放って置けなくて、私財を投げ売ってまで人助けをしてきたの。中には、そんな両親を騙す人もいたらしいけど、二人は騙されても笑っているような人なの。私が物心ついたときには、兄も姉二人も、すでに両親の影響を受けていた。うちだって余裕がないというのに、自分たちの食べる物を領民へ与え、困っている領民へ手を差し伸べ、領民のために尽力する。そんな博愛に満ちた、フィランソロピー活動を大切にしている人たちだったわ。
そして私が4歳のとき、弟が生まれた。母は弟にかかりきりになり、兄と姉たちは父と一緒に不毛な土地を耕していたため、放って置かれた私は空腹から、食べ物を求め森へ行くようになった。森には山菜や木の実、きのこ、果実など、食べられる物がたくさんあったわ。森の中には毒を持った植物も自生しているけど、不思議なことに私は自然と毒があるものを見抜けたの。どの草にどんな効果があるのかもね。
そうやって森で見つけた食材や薬草を持って帰ると、家族からほめられたわ。
でもある日。森でうさぎを見つけ、当たるとは思わなかったけど石を投げてみたの。そしたらたまたま命中し、私は、仕留めたうさぎを家へ持って帰った。すると、うさぎを見た家族は、『かわいそう…。』と口々に言ったわ。『うさぎも一生懸命生きているのだから。』って。
この出来事が、私がはねっ返り娘になった原因のひとつよ。
「それ以降、"その魚も、野菜も、果実だって生きてるんじゃないの!?"って、ふてくされながら食事をしていた時期がしばらくありました。」
「それはおもしろくないよな。せっかく仕留めたのに。」
『…子どもが適当に投げた石で、うさぎを仕留められるか??』
「私は、家族にどう思われようが気にしないと割り切って、狩りを続けました。どうやら私、狩りの才能があったみたいなんです。狩った獲物を領民へわけると、家族はなにも言わなくなりましたし。自分たちではなく、領民のための狩りならいいなんて、さすが慈善と博愛に満ちた人たちだなと思いました。それで、"私ってこの人たちと本当に血が繋がってるのかな?"と疑問を持つようになったんです。」
「リーシャだって、優しい心を持ってるだろう?あんな嘘をついて騙した俺と母を許してくれたじゃないか。」
「私、優しくなんてありませんよ…。」
私を優しいと思ってくれているクロード様に幻滅される覚悟で、私は家族へ抱いている感情を吐き出した。
「クロード様や、イヴォンヌ様のように、自身の欲に忠実な人のことは理解できるんです。だけどうちの家族みたいに、見返りを求めない、自己犠牲を厭わない、施しの対価は感謝の言葉や相手の笑顔が見られればいいなんて言う人たちは…、なんかこう、怖いんです。」
「ああ。これからは、リーシャの頑張りに見合った対価を求めていいんだ。だから、リーシャが作る薬はちゃんと利益が出るようにしような。母も、意気込んでるからさ。」
「はい。楽しみです。薬を売るのは、私の夢だったから。家にいたときは家族が、無償で配ってしまって、教会にいるときは利益は得られなかったので。」
「リーシャの薬はよく効くから、絶対売れるよ。販売の方も母さんに任せておけば、なにも心配することはない。いや。売れ過ぎて、薬を作るのが追いつくか心配だな。」
「ふふっ。本当に、そんなに売れたらいいのですけどね。ずっと、薬を売って生計を立てられたらなって思っていたから、クロード様とイヴォンヌ様には感謝してるんですよ。」
クロード様は、包み込むように私を抱き締めた。嘘をつかれ騙された相手に感謝をし、血の繋がりのある聖者のような家族のことは怖いと言う私に歪さを感じたのだろう。
「分かり合える家族は、ひとりもいなかったのか?」
「そうですね…。みんな、私とは対極の存在で、他者のために尽くす素晴らしい心の持ち主でしたから。ただ、弟は例外で…。人の目があるところと、私と二人でいるときとでは態度が違ったんですよ!!」
突然、私の声に怒気がこもったため、クロード様は驚いた様子で私の顔をのぞき込んだ。
「…聖力の矢が当たったと言っていた、例の弟のことか??」
「そうですよ!危ないからついて来たらダメだと何度も言ったのに、あの日もこっそり狩りに行く私のあとを追って来たんです。」
『何度言っても言うことを聞かない弟…、か。』
「はじめは石、その次は弓を使って狩りをしてたんですけど、矢を用意するのも難しくなって。あるとき、矢はないのに目の前に獲物が現れて、弓と矢が欲しいって神様に祈ったら、聖力で弓と矢を出せるようになったんですよ。」
『神様に祈ったから…、か?』
「それであの日も、聖力の弓を使って狩りをしていたんです。そしたら、放った矢と獲物の間にあのバカが入ってきて、見事に命中しちゃったんですよ!」
「それは、さすがに驚いたよな??」
「えぇ。さすがの私も驚きましたわ。だけど、矢が当たったのに、ケガするどころか逆に傷が治ったんです。ホント、心配して損しました。」
弟の顔には、数日前転んだ際にできた傷があったの。矢が当たったら、それが治っていたの。
「その数日後、教会から迎えが来ました。弟の傷を治したことがきっかけとなり、私は教会へ引き取られたのです。」
「そのとき、リーシャはどんな思いだったんだ?」
「私は先に馬車に乗せられ、神官は両親に話があると言って家の中へ入っていきました。でも私、馬車を降りて、窓から家の中を覗いたんです。娘が連れて行かれることになって、両親がどんな顔をするのか気になったから…。」
ここから先の話をどう話そうか迷って、言い淀んでしまう。両親へ抱いた本当の感情を打ち明けるか、はぐらかそうか…。
「リーシャ??中を覗いて、何を見たんだ?」
「家族はテーブルに山になった金貨を見て、口元を緩めていました…。」
「そうか…。それは、両親に売られたと思うよな。」
クロード様は、私を抱き締め、頭をポンポンと叩いて慰めてくれた。両親に売られて、私が傷ついたと思ったのだろう。
「ショックだったよな…。」
そう問われ、私は首を横に振った。クロード様はハッとして、私の両肩を掴むと質問を変えた。
「安心したのか??価値観の合わない家族と離れられることに。」
戸惑った表情で見つめているクロード様は、私の言葉を待った。
「確かに安心しました。金貨を見て口元を緩めた両親を見て、"あぁ、この人たちも普通の人だったんだ。"って。いつも、聖者のように振る舞っている両親にも金欲はあったんです。」
「しかし…。聖者のようだというご両親が、娘が連れて行かれるのを笑って見送れるとは思えないんだが…。」
「きっと、金貨の山を前に、領民の暮らしをよくしてあげられると口元を緩めたものの、すぐに我に返って、娘が連れて行かれる現状を嘆いたでしょうね。私は馬車に戻ってから、目と耳を塞いでいたので見送りの様子はわかりませんけど。たとえ泣いている姿を目にしても、私はなにも感じなかったと思います。」
「リーシャは、ご両親を憎んでいるのか?」
その問いに、私は首を横に振った。
「憎んでいるわけではありません。ただ…。わかり合えないだけ。一緒にいるとストレスが溜まって、精神がすり減っていくのです。領民にとっては、いい領主なのはわかってるんですけど…。」
「ああ、領民にとってはそうだな。じゃあ、リーシャにとってはどうなんだ??」
クロード様は、もっと私の本音を聞きたがっている。家族とは分かり合えないと拒絶している以上のことを。まっすぐ見つめてくるヘーゼルブラウンの瞳が、"受け止めるから、全部吐き出してしまえ。"と言ってるみたいで、私は溜めに溜めた家族へのわだかまりを吐き出した。
『領地をより良くしたい。』が口癖で、でも理想論ばっかりで、具体的な解決策を講じないから領地の経営も赤字のまま。
だいたい、土壌改良もせずに、闇雲に荒野を耕したって作物が育つわけないじゃない!!神様に、『作物が育ちますように。』って祈ってるだけで豊穣になるんなら、誰でも農家になれるわよ!そんな両親を見て育ったから、兄も姉も、神様がなんとかしてくださるとか、信じる者は救われるとか、人は皆善良だとか脳内がお花畑になっちゃったのよ!
だけどこうなったのは、両親だけが悪いわけではないわ。うちの一族には、まともに領地経営できる人がいなかったの。だから何代も前の代から、私財を投げ売るという金策頼りだったのよ。そして両親の代で、とうとう売る私財がなくなった。それでも志が高いのは、うちの家系の強みなのだろう。ある意味、才能なのではと思ったこともあるわ。だけど…。やっぱり、理想ばかり高くて、力が伴ってない両親を見ていると苛立ちを覚えるの。そして、いつからだっただろう。きれいごとばっかりの家族の言葉に虫唾が走るようになったのは…。
「だから。私にとっての両親は、口先だけの理想主義者です…。」
「同調しなくともいいんだよ、リーシャ。ご両親は、誰とでも分かり合えると信じているんだろうけど、世の中には分かり合えない人も存在するんだ。だって、世界は広いんだからな。国が変われば、信じる神も異なるだろ??」
「言われてみれば、私の神様と、家族の神様は違う気がします。」
「それでもリーシャは、自分の信じる神や、価値観を家族へ押しつけたり、家族の信じる神や価値観を口に出して否定しなかったんだろう?家族を傷つけたいわけではないんだよな??だから、黙って教会行きを受け入れたんだな。いつか我慢の限界がきたとき、家族を傷つける言葉を言いたくないから。」
クロード様の言葉を聞いていたら、涙が勝手に流れていた。家族への情なんて、もう残ってないと思っていたのに…。
「私の思想とは相容れないけれど、うちの家族の理想を否定するつもりはありません。だって…。うちの領民は、貧しくてもみんな幸せそうだったから…。だから、あの領地はあのままでいいのだと思う…。」
「ああ、それがファーマー子爵領なんだろう。だからリーシャはこれからはもう、実家のことは気にせず、うちで薬を作って、売って、他にもやりたいこと、これまで我慢してきたことをやればいいんだ。リーシャはもう自由なんだから。」
「自由…。じゃあ、帰ったら発毛剤を作りたいです!!」
私がそう言ったら、テントの向こうから笑い声が聞こえてきた。テントから顔を出してみると、笑っているエイダンの背中をザイフォン様が杖でグリグリ押していた。
「おい、エイダン?まさか、俺たちの話を聞いていたのか??」
「じつは奥様から、お二人が一線を越えないようにと、見張りを仰せつかっているのです。もしものときは阻止しなければと、耳をすましていたところ、ザイフォン様も加わりまして。ですが。まさか、やりたいことが発毛剤作りとは…。」
エイダンが再び笑い出すと、ザイフォン様もまた杖でグリグリ押しはじめた。
「エイダン卿は、発毛剤で笑ってるのではなく、ハゲた僕を想像して笑ってるんですよ!!」
そう言われたら、想像してしまったの。薄毛になったザイフォン様の頭を…。それで、私もクロード様も笑ってしまったわ。
「まったく…。込み入った話だと思って防音壁を張ったというのに。結局は、家族想いだということですよね。では、聖力の矢を射ってやりたいと言っていた弟のことも、愛情の裏返しってやつですね??」
ザイフォン様が、うちの弟の話をするから、条件反射で眉間にシワがよってしまった。
「あの、クソみたいなガキに対して愛情はありません。人前では天使のように振る舞い、私の前では堕天使になる、二面性を持ってるんです!それを見抜けない家族は、やっぱり脳内がお花畑なんですよ!!」
「聖女様の口から、クソみたいなって…。やっぱり、聖女様に家族の話題は禁句だったようだ…。そういえば、陛下が家族の話題を口にしたときもすごい形相だったなぁ。」
「どうしてくれるんだ、ザイフォン殿。まとまりそうだった話が、無に帰してしまったじゃないか…。」
「家族問題は、僕のせいではありませんよね!?」
母は、乳離れした弟の面倒を私に押しつけた。…いいえ。きっと、押しつけたとはこれっぽっちも思ってないのよね。下の子の面倒を見るのは当たり前って考えだもの。でも私のときは、放って置かれたのよ?兄と姉たちは畑作業を手伝っていたからね。だから私も、小憎たらしい弟の相手をするより、畑作業を手伝うことを選んだの。でもたまに、隙をついて森へ出かけると、あの子はいつも、いつの間にかついて来てるのよ。それで、畑作業の手伝いをしているときとは別の顔を見せるの!?家族や領民の前では、ファーマー家特有の聖者のような振る舞いなのに、私の前ではわがまま放題だったわ。
だから弟は、私にとって天敵なのよ!
「博愛主義者である家族の中で、私は異端なのだと思っていました。だけど弟は、どこで教わったのか幼い頃には処世術を身に着けていて、私より異端な存在なのです。人を欺くのですからね!!」
ファーマー家の血筋で、人を欺く者なんていないのよ。
『どこで教わったのかって…。』
3人の声が同じトーンで重なったため、不思議に思って3人の様子を見てみたら、どういうわけか全員、私から目をそらしたわ。
「さぁ、皆様。そろそろ休むとしましょう。魔物との戦いで疲れているでしょうから。」
「エイダン卿の言う通り、休んだ方がよさそうですね。明日も調査は続きますからね。」
エイダンの提案にザイフォン様が同意する様子を見ていて、ふと思ったの。
「二人はこの調査隊で知り合ったとは思えないくらい、息が合ってるわよね。やっぱり、同じ年だからかしら??そういえば、うちの兄とも同じなのよね。」
「聖女様!同じ年というだけで、嫌悪感をあらわにするのは理不尽ですよ!?」
「そうですよ。我々は、生まれる年を選べないのですから。当主様、アリーシャ様には心を落ち着かせる時間が必要なようですので、失礼しましょう。」
「それがいいですね。では、失礼します。」
そう言ったかと思ったら、ザイフォン様はあっという間にいなくなり、エイダンはクロード様を引っ張って自分たちのテントへ戻っていった。
(あの同い年の二人、やっぱり息ぴったりだわ。)
同じ年だからといって、うちの兄とも仲良くなれるかはわらないけれど…。
(あ!いけない、いけない。)
私は、無意識に寄っていた眉間のシワを伸ばした。
フィランソロピー
人類愛や博愛を基盤とした社会貢献活動。




