#14 魔物の生息地
瘴気に汚染された範囲を特定するために派遣された調査隊の一員として、隊列の真ん中に配置された私は、クロード様とエイダン、ザイフォン様とともに森の中を歩いている。
「エイダン卿も国家機密なんて聞かされ、この調査隊に強制的に派遣されたのでしょう?こちらの聖女様のお守りを…、お守りするために。」
「えぇ、まぁ…。」
「ザイフォン様!エイダンに親近感を持たないでください。それから私は、元聖女ですからね。」
「この調査隊には聖女として、参加するようにと陛下から命を受けましたよね??それにそのような衣装を着て、『聖女ではない』という方が無理がありますよ。」
(あ…。)
私は、自分の着ている衣装を確認し、苦笑いを浮かべたわ。そう。私は聖女の衣装を着て、聖女として参加するようにと王命を受けたのだった。調査隊員には、瘴気の探知能力が優れた聖女だと説明されている。闇雲に森を歩かずにすむよう、協力を要請したのだと。
陛下がおっしゃるには、"元"聖女より、現役の聖女に調査隊の同行を求めたと説明した方がまわりからの勘ぐりも少なく、納得を得やすいそうなの。それに実際、瘴気の探知は得意だから嘘ではないしね。
「当の聖女様が、陛下の設定を忘れているようでは先が思いやられますよ。アダルベルド卿も、この方は聖女様ですからね??名前を呼んだりしないでくださいよ。」
「善処するつもりでいるが、状況次第でとっさに呼んでしまいそうだ…。」
「だから僕、アダルベルド卿は参加しない方がいいのではと再三言いましたよね?卿の所属する第1騎士団は今回の調査から外されているのですから。それを、婚約者様が心配だからと無理を言って護衛になったのですよ?まじめに聖女様の護衛にあたってくださいね。」
「同行するに決まってるじゃないか。こんな魔物が生息するところへ、リーシャを送り出せるわけないだろ!?」
「『聖女様』ですよ!もう、言ったそばから。」
クロード様が所属する第1騎士団は、前回この森で大打撃を負ったため、今回の調査には別の騎士団が同行している。だけどクロード様は、私が心配だからと言って、聖女の護衛として調査隊へ加わることを陛下へ願い出たの。
それと、エイダンがここにいる理由はね…。あの謁見のあと、陛下は、国家機密を知った者たちをイヴォンヌ様とエリー様から聞き出し、その者たちはなにかしらの処罰を与えられたの。だから聖女の秘めた力について知っているエイダンも、聖女の護衛として強制参加させられているのよ。シド卿も、シュレースヴィヒ公爵家の騎士としてこの森のどこかにいるはず。
「それにしても。ザイフォン様が打ち解けてくださるようになって嬉しいですわ。はじめの頃は、無視ばかりされて、全然お話してくれませんでしたからね。」
「言わずに溜め込んでいたらストレスでハゲそうだからですよ!!」
「あら、まだ30前なのに?今度、髪の生える薬を作ってみますわね。」
「遠慮しておきます…。効き目はあっても、値段が高そうなので。」
「またまたぁ?宮廷魔導師様は稼ぎがよろしいのでしょう??」
「…聖女様は、本当に聖女だったんですか?」
ザイフォン様のおかしな質問に、魔物の生息地にいるというのに声を出して笑ってしまったわ。
「ほら、俺の聖女様。しっかりウィンプルを被って。この目を惹くピンクブロンドを誰にも見られないようにな。」
私の髪が見えないよう、クロード様がウィンプルを被り直してくれた。その様子を、エイダンもザイフォン様もあきれたような顔で見ている。
「姿を見られても大丈夫なように、聖女様には認識阻害をかけてると説明しましたよね?エイダン卿も、なんとか言ってくださいよ。僕は、すでに疲れました…。なんなんですか。『俺の聖女様』って…。」
「当主様…。屋敷の外でも、こうなんですね。」
二人に冷めた目で見られようが、クロード様はまったく気にしてないわ。
緊張感のないまま森を進んでいくと、ゾワッとした感覚に足を止めた。探知を発動すると、瘴気を見つけたため、上空へ黄色の魔力を放ち、先行する隊へ瘴気が近いことを知らせる。瘴気に沿って進みながら、調査隊員が、前回からどれくらい瘴気の侵食が進んでいるかを調査していく。
そして数時間後。前方に、黒色の魔力が打ち上げられた。
黒は、敵と遭遇したことを知らせる色。
今回の目的は討伐ではなく、瘴気の範囲の特定。そのため、魔物に遭遇した際は後退すると決められていた。だけど、先行している隊から後退してきたのは非戦闘員である調査員だけ。なにがあったのか聞くと、1体の魔獣が出現し、騎士たちは迎撃しているらしいの。騎士たちが後退せず迎撃すると決めたのは、相手が1体のみだからという理由と、その魔獣が数ヶ月前に第1騎士団を襲った魔獣だったから。彼らは仲間の弔い合戦に打って出たの。作戦を無視した彼らは、罰せられるだろう。
(だけどその気持ちは、よくわかるわ!)
数ヶ月前に第1騎士団を襲った魔獣。そいつは、クロード様が瘴気に侵されることになった元凶だもの!
「エイダン。私たちも参戦しましょう。クロード様の敵を討つわよ!」
「もちろんです。当主様の敵を討つ機会が巡ってくるなんて、なんたる僥倖。」
「いや、俺は死んでないから。」
「あぁ…。エイダン卿も、そっち側の人間だったのか…。」
私たちは後退する調査隊からしれっと離れ、騎士たちが魔獣と戦っている場所へ向かった。魔獣は瘴気の塊だから、移動されても簡単に居場所を特定できたわ。
戦闘場所へたどり着いた私たちは、戦況を見守りながら魔獣を倒す作戦を立てていた。魔獣は聞いていた通り1体のみで、まわりには魔物も見当たらない。だからこそ騎士たちは好機と捉え、迎撃することにしたのだろう。実際、騎士たちは魔獣を追い込んでいる。
だけど…。違和感を覚えた私は、探知の範囲を広げた。すると━━。
「深追いはダメ!!これは罠ですっ!」
「リーシャ!!危険だから、前に出るな!」
「もう!クロード様!!今は、聖女です!」
「先程までは気にしてなかったのに、急に聖女になりきるのか?」
「ちょっとお二人とも、そんなこと言ってる場合じゃないですよね!?罠ってことは、これ、誘い込まれてるってことですか!?」
「そうです。ザイフォン様、非常事態の信号弾を!」
ザイフォン様に赤色の魔力を打ち上げてもらい、私たちは騎士へ向かって、罠だと叫んだ。でも私たちの声は、攻撃音にかき消されてしまい、騎士たちには届かなかった。
この魔獣は追い込まれているふりをして、騎士たちを瘴気の中へ誘い込もうとしているの。この瘴気の向こうには、たくさんの濃い瘴気の塊がある。それらはきっと魔物で、騎士たちを待ち構えているんだわ。
声は届かない、走って追いかけても追いつく前に瘴気の中へ入ってしまう。間に合わないと悟った私は、両手に魔力を集めると、聖力で弓と矢を作り、まっすぐ魔獣を見据えた。そしてグッと弓を引き、魔獣めがけて矢を放った。
(あ〜。やっぱり、久しぶりだから腕は落ちてるわよね…。)
私の放った矢は魔獣の耳をかすっただけだった。それでも、突然放たれた金色の矢に騎士たちの動きが止まったから、ムダではなかったわ。攻撃が止んだ隙をみて、クロード様とエイダンが、これは罠だと騎士たちへ伝え、退却がはじまった。
そのとき━━。魔獣が苦しみはじめ、矢がかすった耳のあたりからは瘴気があふれ出していた。
「聖女様。さっきの矢は、聖力ですよね?ではあれは、浄化ですか??」
「ザイフォン様、ごめんなさい。私にもわからないのです。あの矢を魔獣に放ったのは、これがはじめてなので。」
「嘘ですよね??あんなに手慣れていたのに?…つかぬことをお聞きしますが。魔獣でないなら、何に対してあの矢を放っていたのでしょうか?」
ザイフォン様の質問に答える前に、魔獣が咆哮を上げた。それが合図となり、瘴気の中から次から次へと魔物が出てきた。結局退却は間に合わず、戦闘がはじまったわ。
(あの魔獣、やってくれたわね。ただでさえ、クロード様の敵という時点で怒りを覚えていたのに。)
この乱闘を招いた魔獣へ目を向けると、体から瘴気が蒸発しているみたいに消えていっていて、元の形をとどめていなかった。ザイフォン様が言っていた通り、私の矢には浄化の効果があるようだった。そこで私は、もう一度聖力で弓と矢を作ると、手当り次第に矢を放ったの。
「リーシャ!?そんな闇雲に矢を射ったら騎士たちへも当たってしまうぞ!?」
(クロード様は、私を聖女と呼ぶ気はないみたいね。)
「人に当たっても大丈夫です!弟で実証済みですから!!」
「聖女様??魔獣や魔物ではなく、弟に矢を放ってたってことですか!?」
「ちょっと、ザイフォン様!?私は弟を狙ったわけじゃありませんからね!あのバカが射線に飛び込んできたんです!!確かに、射ってやろうと思ったことは一度や二度じゃないですけど。」
「家族の話はしなくていいです。聖女様、謁見のときも家族の話になったら殺気立ってましたからね!!ほら今も、矢から殺気を感じますよ!」
「お話中失礼します。聖女様、この剣に聖力を纏わせることは可能でしょうか??」
エイダンは、自身の剣に聖力を纏わせて欲しいと頼んできたわ。その、聖力を纏わせた剣で消えかけている魔獣を斬りつけると、魔獣の体から一気に瘴気が霧散した。魔獣が消滅すると、魔物たちの動きが鈍くなった。
「聖女様!!僕の杖にも聖力を纏わせてもらえますか。」
杖に聖力を込めると、ザイフォン様は大雨を降らせた。聖力の雨を浴びた魔物は、魔獣と同じように霧散し、浄化されたわ。一方、金色の雨を浴びた騎士たちは、魔物とは対照的に回復魔法をかけられたみたいに元気になったのよ。
そして、この雨の力はこれだけにとどまらなかった。なんと、この聖力の雨が降った場所の瘴気が消滅したのよ!
「い、いやぁ…。さすが、期待の魔導師様。やっぱり、ザイフォン殿の力はすごいなぁ…?瘴気を消滅させてしまうなんて。」
「アダルベルド卿??いったい、なにを??」
クロード様が突然、大声でザイフォン様の力を褒めだしたの。それも、棒読みで…。
「エイダン、見てみて。クロード様って、演技がポンコツだと思わない??嘘をつけない方なのよね。」
「当主様は、この大規模な浄化をザイフォン様がしたことにして、押しつける気ですね。」
「確かに、瘴気を消滅させたなんて知られたら、余計な問題に巻き込まれそうね。ザイフォン様には悪いけれど、私たちもクロード様を援護しましょう!!」
私たちは、ザイフォン様を褒め称えたわ。これでもかってくらいにね。こうして、瘴気を消滅させたのはザイフォン様だって噂があっという間に広まっていったわ。まぁ、陛下には、ザイフォン様から真相が伝えられてしまうけど。でも嘘はついてない。あの雨を降らせたのは、ザイフォン様だもの。私は、聖力をお貸ししただけ。
その夜。野営地では、因縁のある魔獣の討伐と、瘴気に侵されていた大地の浄化に、人々が歓喜に湧いていた。
私とエイダンも力を合わせてクロード様の敵を討てた喜びから、手を高く上げてタッチをしたわ。その様子を、クロード様はおもしろくなさそうな顔をして見ている。そんなクロード様より不服そうな顔をしているのが、ザイフォン様だった。本当は自分の力ではないのに、『瘴気を消滅させた英雄』と、まわりからもてはやされたから。
「あ"ぁ…。ただでさえ陛下に目を掛けられてるなんて噂のせいで、やっかみを受けているのに…。英雄なんて呼ばれたら、どうなることか。それとこれから絶対、瘴気を消滅させて欲しいという依頼が殺到するのだろうな。僕の力じゃないのに!みなさん、責任とってくださいよ!?」
「リーシャ、疲れただろ??さぁさぁ、もう休もうな。」
「出た!!アダルベルド卿の茶番!」
ザイフォン様のお言葉に、私とエイダンは笑っちゃったわ。
「僕の力を褒めてるときなんて、疑問形になってましたよ!?しかも、結局最後まで、聖女様設定を無視してますよね…。陛下へ報告する際、一緒に来てもらいますからね!?」
ザイフォン様の話を、クロード様は聞こえないふりをしていたわ。
それから。クロード様から話があると言われ、私たちは、私のテントで向かい合っていた。話というのは、小言と、説教と、お叱りだったの…。
「俺と因縁のある魔獣を倒したいと思ってくれた、その気持ちは嬉しいよ。だけどな、リーシャは攻撃しなくていいんだ。あの魔獣、消えかけながらリーシャにヘイトを向けてたからな?自分を浄化したのが誰か理解してたんだろう。」
「私も、遭遇したのが他の魔獣だったら、あんなマネはしませんでしたよ。でもクロード様の命を危険に晒した元凶だって聞いたら、体が動いていたのです。」
「まぁ、俺も止められなかったからな。リーシャひとりなら何とか止められたかもしれないけど、まさかエイダンまで、ああなるとは…。本当に想定外だったよ。しかも討伐後、ふたりしてハイタッチしてるし!!」
そう言いながらクロード様は、タッチした方の手をさすさすと触っていた。タッチしたくらいで嫉妬しちゃうクロード様が、なんだかかわいく見えるわ。
「それからな。魔獣や瘴気を浄化する、リーシャの力はすごいと思うよ。すごいからこそ、もっと人目につかないように気をつけてくれよ。みんなが、特級聖水を作ったのは誰だって躍起になって探してるところに、あんな聖力使ったらバレるじゃないか!?」
「これからは気をつけます…。今回は、クロード様の機転のおかげで、ザイフォン様へ面倒事を押しつけることができましたわ。ありがとうございます。」
「あぁ、うまくいってよかったよ。あとは、調査報告を聞いた陛下が何を言い出すかだな。」
「聖水やポーションを買い取ってくださるというお話なら、喜んで協力しますけど。あっ。あとは、ザイフォン様へ発毛剤を作って差し上げないと。」
笑っているクロード様を見て、まじめなお話はもうおしまいかと気を緩めた。だけど、大事なお話はまだ終わってなかったの。いえ。むしろ、クロード様の表情は先程より真剣に見える。
「話したくないなら、話さなくたっていいんだ。だけど、よかったら聞かせてくれないか?リーシャと、家族の関係を。」
クロード様が聞きたいのは、私と家族の関係だった。




