#13 瘴気の調査
謁見を終え、王宮をあとにした私たちは、アダルベルド伯爵邸へ集まって、ひと息ついていた。
(みんな、半日でとてもやつれてしまったわね。)
「数年分、一気に年を取った気分だわ。」
イヴォンヌ様はそうおっしゃって、扇子で顔を隠していた。
そして。陛下を前にしても物怖じしない私の態度には、みんなハラハラしていたみたい。イヴォンヌ様なんて、大げさに驚いてみせたのよ?
「もしかしたら我が家では、とんでもなくすごい娘をお嫁にもらおうとしているのかしら??」
でも、もっと驚いていたのはエリー様だったわ。
「アリー。あなた、すごいわね。陛下を前にしても堂々と発言して、しかも渡り合うなんて。私は、陛下の正論に対して、意見を述べることができなかったわ…。」
私たちが退室したあと、イヴォンヌ様とエリー様は陛下から叱責を受けていた━━。
『此度の聖女への仕打ち、どう捉えておる?そなたたちは同性であろう?良心は痛まぬのか?』
国王陛下から問われた、イヴォンヌ様とエリー様は、クロード様とレイモンド様の命を救うために非情な手段を取ったことに後悔はない、彼女たちには生涯をかけて償い続ける所存だと答えた。
『ではこの先、そなたたちのような考えの者が後を絶たなくなった場合、もちろん責任を取ってくれるな?だが、聖女らの尊厳をどう守ってやるというのだ?聖女の力を利用したそなたたちには、その力を利用するなと止める資格などないであろう?』
イヴォンヌ様とエリー様は返す言葉が見つからなかったそうよ。聖女の秘めた力にすがった自分たちには、他の人を止める権利はないと痛いほどわかっているから。
『大事な者の死を目前にし、奇跡にすがりたくなるのはわかる。だがな、前例を作ってはならぬのだ。必ずや、あとに続く者が出てきてしまうからな。中には、そなたたちとは違い、聖女へ対価を払うことなく、力を搾取する者もいるだろう。そうなれば、聖女はその身を守るため、隠れて生きるしかあるまい。故に、その力は使ってはならぬのだ。死を目前にしたのが、たとえ余であってもな。』
どんなお咎めを受けようと、己の信念を貫く覚悟を持って謁見に臨んだお二人は、聖女の秘めた力を秘匿し続けてきた陛下の強い意志を知って圧倒された。エリー様に至っては泣き崩れたそうよ。
そして。イヴォンヌ様とエリー様は、陛下から慈善事業と奉仕活動を言い渡された。寄付や寄贈など、お金を出すだけでなく、自らも体を動かし奉仕するようにと。レイモンド様の母親である公爵夫人にも、同じ処分が言い渡されていた。陛下はご自分の妹であっても、例外をお認めにならなかったの。
クロード様とレイモンド様は、陞爵と叙爵を辞退した。それでも、勲章を授与されて喜んでいたわ。『勲章は、騎士にとって名誉だから。』と言って。
みんなは、国王陛下の寛大な処置に感謝していたけど、私は、『陛下ってケチだわ。』って思ったわ。聖水をお渡ししたら、『ご苦労であった。』ってお言葉しかいただけなかったんだもの!?献上されるのが当たり前だと思っているのよ。
でもね…。材料はお城のものを使ったから、『報酬はないのですか??』と言いかけた言葉はグッと飲み込んだわ。
私は顔を合わせることのなかった公爵夫人と、兄である陛下の仲についてレイモンド様へ尋ねた。
「公爵夫人も、今回の処罰を寛大だとお思いなのでしょうか?血の繋がりのある妹へも罰を与えるなんて、陛下は身内にも厳しいのですね。」
「あぁ…。まぁ、血の繋がりはあるけど、陛下とうちの母は異母兄妹だからな…。母上が正妃の子で、陛下は第二王妃の子なんだ。」
軽い気持ちで尋ねたのに、思いがけず重い答えが返ってきたわ。貴族であれば周知の事実らしいけれど、知らなかったのは、私が教会育ちだからではなく、政治に興味がなかったからよ。だから陛下には3人、先王様には9人のお妃様がいることもレイモンド様に聞いて、今知ったわ。
「では、レイモンド様にはご親戚が大勢いらっしゃるのですね。」
「あはは。確かに大勢いるには、いるよ。母親が違うおじとおばは、いがみ合って互いに蹴落とそうとするし、その子ども同士も仲は良くないけどな。」
「あら。うちなんて、血の繋がりがあっても仲良くないですわ。4つ離れた弟とは特に!」
「家族の話題を出されたときのアリー嬢、陛下を見る目が血走ってたけど、家族を盾にされたからなのか?それとも、ただ家族の話に触れられたくなかったのか?」
「おいっ!レイモンド!!リーシャを愛称で呼ぶな!」
私の話を遮ったクロード様に、イヴォンヌ様はあきれていた。
「クロード、大人気ないわね。あなた、レイモンド卿より年が上なのだから。」
レイモンド様は私たちの中では一番年が下で、クロード様とエリー様とは3つ、私とは1つ違いなの。
「母上。これは、年は関係ないだろう?人の婚約者を愛称で呼ぶのは非常識じゃないか!?」
「いや、そのうちクロードだって呼び方がうつるって。アリー嬢の、『エリー』呼びが。」
「俺が、トンプソン伯爵令嬢を愛称で呼ぶことはないと思うがな。呼ぶとしても、エロイーズ嬢だな。」
「俺はエロイーズが他の男から、『エリー』って呼ばれるより、『エロイーズ』って呼ばれる方が不快だな。」
「はぁ!?なんでだよ??」
呼び方について言い合う二人を見ている、イヴォンヌ様とエリー様の目が、"くだらない"と言っている。
クロード様が、私の言葉を遮ったのは、家族の話をしたくない私に気を遣ってくれたのかしら?それとも本当に、愛称で呼ばれるのが許せなかっただけ??
「レイモンド様、先程のお話ですが。あのとき私が見ていたのは、陛下ではなく魔導師様ですわ。あの方は、私たちの言葉に嘘がないか術を発動させていたのです。だから、私の言葉に嘘はないと目で訴えていました。」
「でもあの魔導師、終始動きがなかったよな??ということは、アリー嬢の発言は全部本当の話だったのか!?子作りの話も??」
「ええ、本当ですよ。ねぇ、イヴォンヌ様?」
イヴォンヌ様は、扇子で顔を隠して頷いた。それを見た、レイモンド様とエリー様は驚愕していたわ。
「聖女の力をはぐらかせるための言い訳だと思ってたよ。じつは俺、アリー嬢が、聖女の秘めた力の発動条件は子作りだなんて答えるから、陛下の怒りを買うんじゃないかとヒヤヒヤしながら陛下の顔色をうかがってたんだ。」
「私は、陛下に対してひとつも嘘は言ってませんからね。」
私は胸を張って答えたわ。
「ああ!だから陛下は、やたらとキョロキョロしていたのか。嘘みたいな話が嘘じゃないから!?でもだからこそ、俺たちが助かったのは聖水の力によるものだと思わせることができたんだな。」
「確かに…。子作りで命が救われたというより、聖水の力で救われたという方が納得できるな。それにしても。リーシャもレイモンドも、あの状況でよく陛下を観察する余裕があったな。俺は、顔を上げるのがやっとだったよ。」
(でもクロード様の視線は、ほぼ私の方を向いてましたけどね。)
「私も、余裕なんてなかったわ。だから、レイの態度にはハラハラさせられたわよ。陛下はあなたの伯父ではあるけれど、仲がいいとは言えないもの…。」
レイモンド様のお母様が陛下の妹とはいえ、母親が違うと聞いて、レイモンド様のあの馴れ馴れしい態度に違和感を覚えた。それで、思い返してみてわかったの。謁見の際、レイモンド様が飄々としていたのは、陛下を前にして萎縮していたエリー様のためだって。あれは、エリー様の緊張をほぐすための虚勢だったのかしら?
数日後。教会で育てた薬草を使った聖水を届けるために王宮へ行ったの。そしたら、また報酬がもらえず、献上させられそうなったのよ!?今回は、材料も、製作に必要な道具も全部私のものを使って作ったから、なんとしてもタダ働きを阻止したい私は、せめて材料費だけでも回収したいと思い、請求させてもらったわ。
私は、勲章をいただいて喜んでいるクロード様やレイモンド様とは違うの。だって勲章や労いの言葉をいただいたって、お腹は満たされないのよ!?そんな捉え方をしてしまうのは、貧乏な子爵家で育ったせいなの。
それから、1ヶ月後。私の作った聖水の効果について報告があるからと、登城を命じられた。
クロード様が殿を務めた、あの討伐での被害を詳しく調査するために現場へ派遣された調査隊が、聖水の効果を検証したそうよ。
報告の場には陛下の侍従の方と魔導師様がいて、陛下のお姿はなかった。お忙しいのだろうとは思ったけれど、何気なく『陛下はいらっしゃらいのですか?』と尋ねたところ、侍従の方の眉がわずかに動いたの。魔導師様の方は目が泳いでいたわ。
「陛下は、私の相手をするのが面倒なのでしょうか??」
『リーシャ!?』
クロード様が小声で私の名を呼ぶ様子が、陛下へ謁見した際、レイモンド様の名を呼んでいたエリー様の姿と重なったわ。
「司祭様に、よく言われてたんですよね。私と話すのは疲れるって。陛下へ聖水の材料費を請求したときのお顔が、そう話すときの司祭様の表情と同じだったので、もしかして陛下もそうなのかと思ったのです。」
「それは、司祭様の話を最後まで聞かずにリーシャが何度も暴走したからだろ??陛下はご多忙なお方だから、今日はお顔を出す時間がないのですよね?」
なんだかクロード様、侍従の方に『陛下は忙しい』と言わせようとしてるみたいだわ。侍従の方は、目を細めて笑みを浮かべるだけで、否定も肯定もしなかった。
「では早速、こちらの映像を見てください。口で説明するより、聖水の効果がわかりやすいですから。」
魔導師様は早口で話すと、調査隊に同行し、撮影した映像を魔道具で映し出した。
「魔導師様は、私と話すの面倒だと思ってますよね??今日は、早口ですし、目も合わせようとしませんもの。」
「リーシャ、なぜわざわざ絡むんだ…?」
「だって魔導師様、思ってることが顔に出ちゃってるんですもの。今もまだ、私のこと本当に聖女なのかって疑ってますよね?でも私、前にも聖女じゃないって言いましたよね?」
魔導師様ってばわかりやすく、また目が泳いでいるわ。
「魔導師様。私、人の考えてることがわかるのです。」
魔導師様は、私と目を合わせようとしてくれない。これが嘘か本当か、当ててほしかったのに。魔導師様の術の精度を確かめるために。
「リーシャに人の考えがわかる力があるなら、司祭様の困り事はだいぶ減っていたはずだよな??」
「もう!!いいから、二人とも黙って聖水の威力を見てくださいよ!」
(聖水の、威力??)
映し出されたのは、調査隊が、瘴気が溜まって水溜まりのようになっているところへ聖水をかけているところだった。聖水がかけられた場所は瞬く間に浄化されていった。次の映像は、騎士が聖水を瓶ごと魔物へ投げつけている場面で、見事に命中すると聖水を浴びた魔物は…、溶けた??わ。
「うわっ…。聖水を浴びて、消滅した??リーシャの聖水は、魔物を倒せるのか…。」
「ふふ。溶けましたわね。」
魔物が溶けたと笑う私に、魔導師様が顔を引きつらせている。
「魔導師様。今、私のこと怖いと思ってます??」
魔導師様は、こちらを向いてもくれなくなった。私を無視することにしたみたい。代わりに、侍従の方が話しかけてきた。
「アリーシャ様へ、陛下から伝言を預かっております。『特級の聖水を量産して欲しい。』とのことです。もちろん、材料費や道具代はこちらで用意させていただきますし、依頼料もお支払いするそうですよ。」
「では、契約書を作っていただけますか?」
「すでにご用意してございます。」
私が提案すると、待っていたかのようにスッと契約書がテーブルへ置かれた。
「それとですね…。王宮で育てている薬草を、アリーシャ様に育ててもらいたいのです。」
クロード様は一瞬、怪訝そうな顔をした。私に薬草を育てるよう頼むということは、聖水の効果に違いがみられたのだろう。城の薬草より、私が育てた薬草の方が効果が高かったようね。
「それから…。」
侍従の方がさらに頼みごとをしようとしたため、クロード様が"まだあるのか??"と不満そうな顔をしている。
「数ヶ月後に、瘴気に侵されている範囲を特定するための遠征があるのですが。陛下は、アリーシャ様にも同行願いたいとおっしゃっているのです。」
「そんな危険な場所へ行かせるわけないじゃないですか!?リーシャは、騎士でも、神官でもないのですよ?…お聞きしますが。それは、王命でしょうか?」
私を危険な目に遭わせたくないと、クロード様は断ろうとしてくれたけれど…。これが王命なら断ることはできない。
「申し訳ないが、私は、陛下のお言葉を伝えているに過ぎません。陛下は、アリーシャ様のお力は聖水を作るだけにとどまらないとお考えのようです。まずは、どのようなお力をお持ちなのか、そちらにいるザイフォンに見せていただいてもよろしいですか?」
魔導師様は、ザイフォン様というのね。でも…。
「ザイフォン様は、お嫌そうなのですが??」
「陛下は、これ以上、秘匿事項を知る人物を増やさないために、元聖女様と直接やり取りするのはあの謁見の場にいた者たちだけに限定すると言い出したんだ。僕は、好きで国家機密を聞いたんじゃないのに…。」
「ザイフォン、そのような言い方はやめなさい。あの謁見の場に居合わせたのが、我々の運の尽きなのです。」
運の尽きってどういう意味かしら??首を傾げる私の横では、クロード様がなにやら画策している。
『リーシャには、遠征に同行できる程の力がないと証明できれば…。』
「でも、力を隠しても意味はないのでは?ザイフォン様の術で嘘がバレてしまいますから。」
「ザイフォン殿…。陛下へは、リーシャには遠征に同行できる程の力はないと報告してもらえないだろうか?」
「できるなら、僕だってそう報告したいですよ。もし、元聖女様が遠征へ同行することになれば、強制的に僕も同行しなければなりませんから。」
「『できるなら』ということは、できないのか…。」
「僕は、陛下に嘘をつけない契約を交わしているんです。それも、魔法契約で!」
「それは、嘘の報告なんてできないな…。」
私たちはまず、宮廷医が薬草を育てている温室へ向かった。
薬草の種を撒き、水をあげると、手を組んで、『どうか、神様。すくすくと育つよう、お力をお貸しください。』と祈りを捧げた。
「なにをするにも、お祈りは大事ですからね。」
振り返ると、侍従のスチュアート様はなにも言わず、目を細めて笑みを浮かべるだけだった。ザイフォン様は、考えていることが顔に出てるわ。
「ザイフォン様。"胡散臭い"って顔に書いてありますよ!?本当に、お祈りは大事なんです!!」
手で顔を隠すザイフォン様を見て、スチュアート様の目はさらに細くなったわ。
そのあとは魔導師の鍛錬場に行って、ザイフォン様から出される課題をこなした。遠征に同行する力があるか確認するため、魔物に遭遇したと仮定して出される課題を私がクリアする度に、クロード様とザイフォン様はため息をつき、最後には天を仰いでいたわ。
こうして私は、数ヶ月後に予定されている、瘴気の範囲を調査するための遠征に同行することになった。




