#12 切り札
『私、聖女ではありません。』
私の発言には、陛下だけでなく、クロード様たちも表情を曇らせている。レイモンド様だけは、終始、楽しそうに見えるわね。レイモンド様にとって国王陛下は伯父にあたるから、緊張なんてしないのでしょうね。
「誠に聖女ではないのだな?よもや、余を欺こうなどと思うておるのではあるまいな?」
「欺くだなんて、とんでもございません。私は教会を出た身なのです。司祭様と仲違いし、教会を去った私をイヴォンヌ様が伯爵家へ招き入れてくださいました。」
陛下から視線を送られたイヴォンヌ様は、頭を下げ、私の話を肯定した。
「実家へ帰ろうとは思わなかったのか?領地にいる家族とも、長いこと会ってないのであろう?」
(家のことまでお調べになったのね…。)
これは、脅しね。私が嘘をつけば、家族に迷惑がかかると暗におっしゃっているんだわ。だけど、陛下。私に家族の話題を振るなんて、それは悪手ですわよ。
「帰ろうだなんて、一瞬たりとも思いませんでしたわ。頼まれたって帰るつもりはありませんし。家だとも、家族だとも思っていませんからね。」
私は、魔導師の方をじっと見て、早口で話した。
(家族の話なんてしたくないのよ!!)
陛下は、私が嘘をついていないと魔導師からの合図と、私のなげやりな物言いから、家族は弱みにならないと察したようだった。
(いけない、いけない。平常心。)
私は深呼吸をして、心を落ち着かせ、話を戻した。
「伯爵邸へ招かれると、イヴォンヌ様から、アダルベルド伯爵家の血筋を繋がなければならないと説明を受けました。そしてイヴォンヌ様は、クロード様のお子を身ごもって欲しいと、私へ一縷の望みを託されたのです。」
「だからその行為こそが、聖女の秘めた力を発動させ、アダルベルド卿の命を救ったのであろう?」
私は、人差し指を頬に当てると首を傾げた。
「では私は、無意識のうちにその力を発動させていたのでしょうか??そのときの私は、陛下のおっしゃる、『聖女の秘めた力』という能力があるなんて知りませんでしたから。」
陛下はまた、私が嘘をついていないか、魔導師へ視線を送っている。
(これも本当。だって私、記憶をなくしていたからね。)
「陛下。"聖女の秘めた力"とは、その知識がなくとも発動させることが可能なのですか?」
「…いや、余もわからぬ。そもそも、そのような力が実在するとも思うておらんかったからな。」
聖女の秘めた力を信じてなかったという、陛下の発言に違和感を覚え、思わず魔導師の方を見てしまったわ。
(陛下、嘘ついてますよね!?)
でも、魔導師は反応してくれなかったわ。
「陛下がその秘めた力について、どのようなお考えをお持ちなのかお教えいただいてもよろしいでしょうか?」
「"聖女の尊厳を脅かす力"だな。考えてもみよ、世に、そのような力があると広まればどうなるかを。」
「聖女の奪い合いになるでしょうね。」
「そうだ。そして、聖女の意思など関係なく力の発動を強要され、聖女の尊厳は踏みにじられるであろうな。」
陛下のご意見がまともだったため、それが意外過ぎて、魔導師へ目で訴えかけた。
(これ、陛下の本音じゃないですよね!?)
やっぱり、魔導師は反応してくれなかったわ。
でもね。王室が、聖女の秘めた力を秘匿していた理由が、聖女の尊厳を守るためだなんて、私には信じられないわ。そんなまともな理由なわけないもの。王室が、聖女の秘めた力を秘匿していたのは、この力を独占するために決まっているんだから!
「いらぬ争いを生むこの力は、これからも秘めたままの方がよろしいですわね。」
「そなたも、そう思うか?」
「すみません、陛下。やはり私の治療法は、参考になりませんでしたよね??なぜなら。私はただ、クロード様のお子を授かろうとしていただけですから。宮廷医の方々が同じ方法で治療するのは、難しそうですもの。」
私は、聖女の秘めた力なんて使っていないことを強調した。私とクロード様が結婚することも、婚約指輪やウエディングドレスを制作中なことも、ご存知であろう陛下なら、おわかりいただけるだろう。結婚を約束している私とクロード様は、死を目前にし、ただただ子どもを望んでいただけであったと。たとえ、イヴォンヌ様に思惑があったとしてもね。
「そなたはあくまでも、ただアダルベルド卿との子を望んだだけだと申すのだな。では、前伯爵夫へ問う。子を授かるよういったそなたには、別の思惑はなかったのか?」
狙い通り、陛下に、"私は、尊厳を踏みにじられていない。"という真意が伝わったみたい。私とクロード様の行為には、後ろめたいことはないと証明できた。だけど、イヴォンヌ様の選んだ手段を擁護するつもりはない。今回、私とクロード様が互いに惹かれ合ったのは、結果論に過ぎないから。
それでもイヴォンヌ様に後悔はないと、私は知っている。
イヴォンヌ様は、アダルベルド伯爵家の血筋を残して欲しいと私を丸め込み、聖女の秘めた力でクロード様の命が助かることに賭けたのだと、陛下へ正直に話していた。
そして。陛下は次に、レイモンド様へ治療法を尋ねた。
「それで、レイモンドはどのようにして回復したのだ?」
「あ、俺が回復した方法は、子作りではないです。クククッ。」
『ちょっと、レイ!?』
ご自分で答えておきながら、こらえ切れず吹き出したレイモンド様を、エリー様が肘でツンツン突いている。
「いや。エロイーズこそ、よく笑わずにいられるな??陛下は、治療法をお尋ねになられたのに、その答えが、『子作り』って!?」
『レイっ!!』
(まぁ。なんて緊張感がないのかしら?)
陛下は、ご自分の妹である公爵夫人が聖女の秘めた力の情報をエリー様へ漏らし、その情報を得たエリー様が神殿から聖女を連れ出し、レイモンド様の治療を頼んだことまで全部ご存知のはずなのに、また回りくどいやり取りをするおつもりなのね。せっかちな私は、話の主導権を握ろうと、口を挟ませてもらったわ。
「同じ行為であっても、子作りではなかったから、レイモンド様は治らなかったのでしょうか??だって、治療をはじめたのはレイモンド様の方が早かったようですが、治癒したのはクロード様の方が早かったのですから。」
「陛下、お聞きになりましたか?聖女の秘めた力の発動条件は、『子作り』だそうですよ!」
「そんな訳あるか!!レイモンドよ、ふざけるのも大概にしろ!」
レイモンド様は叱られても、まだヘラヘラしている。怒られるときは、笑ってやり過ごすタイプなのね。私と同じ匂いがするわ。
「ですが、陛下。クロード様とレイモンド様の大きな違いは、やはり子作りなのです。確かに、聖女の治癒や浄化の力の強さには個人差がありますが…。」
「個人差はあるであろうな。つまり、そなたの聖女の力は強いということか。」
「私の力が強いとすれば、毎日神様へ祈りを捧げ、語りかけているからかもしれません。日頃の行いに、神様がお力を貸してくれたのでしょうね。」
子作りの次は、神様への祈りと聞いて、陛下はあからさまに信じてなさそうだわ。
「陛下、私の話を信じていませんね??べつに、構いませんけど。ですが…。今日のお祈りの際、陛下に神様のお話を信じてもらえなかったこと、神様へ報告させてもらいますからね!!」
「あ~あ、陛下。信じない者は、救ってもらえませんよ?」
「あっ!他にも違いがありましたわ。お互いの心が通い合っているかどうかです。」
「確かに。俺と聖女様の心は、通い合ってなかったですね。俺には、エロイーズがいるから。もしかしたら、聖女の力は相手の想いを原動力にするのかもしれません。国王というお立場にある陛下は、想いが力に変わるなんて不確かなことを安易に信じられないと思いますが。」
神様へのお祈りも、相手への想いも、聖女の秘めた力の発動条件であるという確かな証拠にはならないだろう。祈りや想いは、目に見えないものだから。
「聖女の秘めた力を発動するには、見返りが必要だということか…。」
「一途に互いを想い合う力が原動力ならば、王族の方々には発動しないかもしれませんね。王族はお世継ぎを授かるため、お妃様を何人もお迎えしなければなりませんもの。」
(ふふ。王族には発動しないって、言ってやったわ!!陛下にお妃様が何人いるかは知らないのだけれど。)
自分たちが独占しようと企んでいた聖女の力が、使えないと聞いて、陛下は今どんな気分かしら?
「ですが、力の発動に見返りが必要だなんて、聖女の矜持に反しますわ。そもそも聖女に、秘めた力など本当にあるのでしょうか?」
(私の目標は、秘めた力などありはしないと納得してもらうことなのよ。)
「実際、レイモンド様を浄化したのは5人の神官ですし。」
「神官5人で治るのであれば、今までも、瘴気に侵された者たちを救えたのではないか!?」
(陛下、いい質問!!)
期待通りの陛下からの質問に、ニヤけてしまう口元を手で隠す。
「じつは…。クロード様とレイモンド様の治療には、共通点があったのです。」
「だったら、はじめからそれを申せばよいではないか…。」
陛下ってば、ご自分は回りくどいやり方をなさるのに、やられるのはお嫌なようね。
「それは、私が作った聖水です。」
司祭様は、私の作った聖水の効果が高過ぎるから隠すようにとおっしゃっていたけれど、私はこの件を収めるための切り札にすると決めたの。
「そなたの聖水は、他の聖水とどう違うと言うのだ?」
「クロード様とレイモンド様が使っていた聖水は、上級と呼ばれるものでしたが、私の作った聖水はそれよりも高い効果が得られます。言うなれば、特級ですね。お二人とも、私の作った聖水を摂取しているのです。」
「なるほど…。その理由ならば、まわりを納得させられるな。そなたの聖水を飲んだからこそ、神官でも浄化できたのだと。神への祈りや、愛し合う想いで命が救われたなどと説明するよりも、よほど信憑性が高い。」
そう。重篤だったお二人の浄化に成功したと聞いて、喜ぶ人ばかりではないの。これまで瘴気に侵され救われなかった人たちの身内や仲間、恋人や友人の中には複雑な思いを抱く者もいるだろう。
『あのときは、なぜ救ってくれなかったのだ?』
陛下には、救えなかった命に向き合う責任と、瘴気に侵されたクロード様とレイモンド様がどのようにして助かったのかを知り、これからに活かす義務があるの。
「しかし。話を聞いただけで、そなたの聖水の効果を信じることはできぬな。というわけで、そなた、その特級聖水とやらを作ってみせよ。」
「かしこまりました。」
私とクロード様、それから一度退室するよう言われたレイモンド様は、部屋を出た。その場に、イヴォンヌ様とエリー様を残して…。
私は、うまく話をまとめられたと思ったけれど、陛下はそんなに甘いお方ではなかった。
「陛下はそれ程厳しい罰は与えないはずだから、そんなに心配しなくとも大丈夫だ。」
『大丈夫』と言うレイモンド様からは、先程までの余裕が見られない。今は、エリー様と離されてしまい、隣で守ることができないから。
「そうだな。うちの母も、トンプソン伯爵令嬢も、何かしらの罰はあるだろうと覚悟はしていたのだから。」
「ああ、エロイーズも覚悟していたよ。だけど、本当はなぁ…。俺たちを助けるために犯した罪のせいで罰を受けさせるなんてさ、いたたまれないんだよ…。」
「おまえは、自分の心配もしろよ。一度退室しろということは、話の続きがあるってことだろ?今日のおまえの態度、ひどかったからな。」
レイモンド様は苦笑いしていたけれど、ご自分がお叱りを受ける分には平気なように見える。レイモンド様は、今、エリー様が陛下からどんな話をされているのかが気になって仕方がないみたい。
私を心配したクロード様が、一緒に行くと言うので、私たちは魔導師様に案内され、調合室へと向かった。
「あぁっー!!これ、私がずっと探し求めていた薬草!こっちは、司祭様に何度頼んでも買ってもらえなかった素材!?」
教会にあるものより何倍も大きい調合棚に並んでいる薬草や素材に、私は大興奮していた。だってこの中には、お金があっても買えない、市場には出回らない稀少価値の高いものもたくさんあるんだもの。
「こんな高級な材料で作った聖水って、値段をつけるならいくらが妥当なのかしら?」
「…城1個どころじゃないだろうな。」
「材料費は陛下持ちだけど、作るのは私。これ、制作料ってもらえます??」
聖水を作るところを魔道具に記録している魔導師様に尋ねてみると、困った様子で陛下へ聞いて欲しいと言われたわ。
「えぇ!?もしかして、私が嫌いなタダ働き??」
「すまないな、リーシャ。聖水代は俺が払うよ。俺を助けたことを証明するために、手間をかけさせてるのだからな。ただ…。城1個分はムリだから、まけてくれると助かるんだが…。」
「あははっ。クロード様ったら、おもしろい。値切るだなんて。でもクロード様に支払ってもらっても、伯爵家内でお金が巡るだけなので意味がないですわ。伯爵家の外から得てこそ、儲けが出るのです。」
私とクロード様の会話を聞いて、魔導師様は呆気にとられている。
「魔導師様のその目、私が本当に聖女なのかと疑ってますね?でも私、言いましたよね。もう聖女ではないと。教会を出たので、これからは思う存分、お金を儲けるんです。」
ここでの会話も、どうせ陛下へ報告されるのだろう。私が聖女らしくないということもね。どうせなら、私とクロード様の仲は本物だと報告して欲しいわね。陛下は、私とクロード様の仲を疑っているようだったから。
「なぁ、リーシャ?俺、思ったんだけど。城の高級な材料で作った聖水より、リーシャが教会で育てていた薬草を使った聖水の方が効果が強いんじゃないかって。」
この会話もばっちり陛下へ報告され、私は後日、教会で育てた薬草を使った聖水も作ることになるのよ。




