第3話
フェニックスパークへ着くと、入場ゲートには仕事帰りの人たちが列を作っていた。
チケットを見せて球場へ入ると、スタンドへ向かう前に千尋が立ち止まる。
「まずご飯買いましょう。」
「席じゃないんですか?」
「腹が減っては戦はできぬ、です。」
「なるほど。」
売店を見渡しながら千尋が尋ねる。
「何か苦手なものあります?」
「特にはないです。」
「じゃあ唐揚げは外せません。」
「そんなにですか?」
「球場に来たら食べたくなるんです。」
千尋はビールと唐揚げを注文する。
「広野さんは?」
「じゃあ僕も唐揚げにしてみます。」
「飲み物は?」
「ウーロン茶で。」
「お酒は?」
「今日は車じゃないですけど、あまり強くないので。」
「なるほど。」
それぞれ両手に飲み物と食事を持ち、席へ向かう。
通路を抜けた瞬間、グラウンドが目の前に広がった。
「うわ……。」
思わず皓太郎が立ち止まる。内野席の前方。
バッターボックスもベンチもよく見える。
「近いですね。佐々木さん、本当にすごい席を持ってるんですね。」
「いい席でしょう?絶対に空席作りたくなかったんですよね。」
千尋が嬉しそうに笑う。
「やっぱり内野席は近いですね。」
「いつもは外野なんですか?」
「はい。応援したいので。」
「間に合いました。」
千尋がビールを掲げた。
「乾杯しましょう。」
「野球観戦に乾杯、ですか?」
「はい。広野さんの初観戦に。」
球団ロゴ入りのカップが軽く触れ合う。
その瞬間、
「プレイボール!」
先発投手山下がおおきく振りかぶる。
待ちに待ったビールを一口。
「はぁ……」
幸せそうなため息が漏れる。
「おいしいですか?」
「仕事終わりの球場ビールは世界一です。」
皓太郎はお茶を一口飲んだ。
同じ飲み物ではないのに、なぜかこちらまでおいしく感じる気がした。
「唐揚げもどうですか?」
「いただきます。」
一つ取り、口へ運ぶ。
「熱っ……」
思わず笑い合う。
「球場飯って、なんでこんなにおいしいんでしょうね。」
「雰囲気ですか?」
「それもあります。」
千尋はグラウンドへ目を向けた。
「でも、この景色を見ながら食べるからだと思います。」
皓太郎も同じ方向を見る。
鮮やかな緑の天然芝。
丁寧に整備された内野。
照明に照らされるスタンド。
近くで見るとわかる野球選手のガタイの良さ。
トランペットが鳴り響いて応援歌を歌うファン。
皓太郎はグラウンドを見つめたまま、小さく息をついた。
野球はまだ何も分からない。
ルールも知らない。
応援歌も分からない。
野球はまだ分からない。
でも小山さんがこんなにも野球を好きになる理由は、少しだけ分かった気がした。




