7話 大好きなお兄ちゃんとの再会
「良かったぁ、お兄ちゃんも出られたみたい。……うーん、僕、お兄ちゃんがくるまでに、ちゃんとお話しできたかな? でも、ぐるぐる回っての話はぁ」
息吹君が、眉を寄せ首を傾げて、うーんと考え込む。その表情に、思わず笑ってしまいそうになる。ただ、今は息吹君の言うお兄ちゃんのことだと、私は軽く頭を振り、周りを確認してみた。
だけど、そこには誰もいなくて、私たちの体が倒れているだけ。でも次の瞬間、場面が早送りされ、私と息吹君の周りの景色は元通りに戻り。あいかわらず私たちを、淡い光が包んでいて、その周りでは暗闇が広がり、風が吹き荒れていたよ。
ただ、それ以外に見えるものはなく。お兄ちゃんと言われている人も、どこにも見当たらなかった。
「息吹君、お兄ちゃんも出られたみたいって言ったけど、そのお兄ちゃんはどこにいるの?」
「すぐそこにいるよ! 今出てくるところ。あのね、僕、大好きなお姉ちゃんを、悪いパパから守りたかったの。それでお兄ちゃんもお姉ちゃんを守りたくて。でも、今まではあんまり動けなかったんだ」
息吹君が私の手をぎゅっと握ってくる。
「でも、お姉ちゃんが本当のお姉ちゃんを思い出してくれて、お姉ちゃんの力が強くなったから、僕の方がお兄ちゃんよりも先に、いろんなことができるようになったの。お姉ちゃんに会えるようになったし、お話できるようになったでしょう。それから、お姉ちゃんと一緒にいられるようになって、もっと守れるようにもなった!」
キラキラした目で、私を見てくる息吹君。でも話している途中で、私の後ろの方をチラチラとみ始めてね。
「でも今は、もっとお姉ちゃんがいろんなことを知ってくれて、もっともっとお姉ちゃんの力が強くなったから、お兄ちゃんも出てこられるようになったんだよ。お姉ちゃんが気がついてくれなかったら、僕もお姉ちゃんもお兄ちゃんも、みんな消えちゃってたかも」
と、次の瞬間だった。フッと、誰かが私の後ろに立った気がしたんだ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんに会えて良かったね。お姉ちゃんも、お兄ちゃんのこといつも考えてたから、会えて嬉しいよね」
そう言って、さらに私の横に首を伸ばし、私の後ろを見る息吹君。息吹君は、今まで以上ににっこりと笑っていたよ。
それに釣られるようにして、私もそっと後ろを振り返る。そしてそれを見た瞬間……。
心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けたんだ。いや、もう死んでいるんだから、心臓は動いていないんだけど。でも、それくらい衝撃的な人物が、そこに立っていたの。
「……お、兄ちゃん?」
私の後ろには……。まさかの、私の大好きなお兄ちゃんが、亡くなる前じゃなく、まだ元気が良かった頃のままの姿で立っていたんだ。
「瞳、久しぶりだな」
「…‥お兄ちゃん!!」
お兄ちゃんの声に弾かれるように、私はお兄ちゃんのもとへ駆け寄り、そのままお兄ちゃんに抱きついた。
「お兄ちゃん!!」
「ぐえっ!?」
「あっ、ごめんなさい。強かった?」
勢いよく抱きつきすぎたらしい。お兄ちゃんが変な声を出した。
「いや、はは……、お前はあいかわらずだな。この力の加減ができないくらいに抱きつくところ、ぜんぜん治ってないじゃないか。はぁ、まぁ、いいや。って、お前な、俺が偽物の兄貴だとは思わないのか? 今までいろいろあっただろう」
確かにお兄ちゃんを見た瞬間、それを思わなかったわけじゃない。もしかしたら、今私の目の前にいるお兄ちゃんも、偽物なんじゃないかって。お兄ちゃんの言う通り、今までにいろいろなことがあったから。
でも、でもね。なんだろう、このお兄ちゃんは絶対に偽物なんかじゃないって、これといった理由はないんだけど、確信があるんだ。それに……。
「お兄ちゃんが現れた瞬間、お守りが光ったし。それに、今私たちを包んで、周りの暗闇から守ってくれている、息吹君が出してくれた光が強くなったから。それでお兄ちゃんも守ってるし。もし偽物なら、この光の中にはいられないでしょう? 息吹君が追い払ってくれるし。ね、息吹君」
「うん!」
「確かに。光が強くなったのは、俺の力と息吹君の力が合わさって、強くなったからだ。ちゃんと見てたんだな、うんうん、その辺は成長したか? 前は、周りのことをちゃんと見ないで、突っ走ってたからな」
「ちょっと、私はもう大人なんだから」
「お前はいつまで経っても、俺の妹に変わりはないよ」
「何でよ」
「……」
「……」
話が途切れ、お互いに見つめ合う。
「……瞳、本当に久しぶりだな」
「お兄ちゃんも」
「お兄ちゃん、出てこられて良かったね。ねぇねぇ、僕、ちゃんとお姉ちゃんにお話しできたかな?」
私とお兄ちゃんの間に息吹君が入ってくる。
「ああ、ちゃんと話せていたぞ。あんなにたくさん、よく話せたな。偉いぞ」
「えへへ、そうかなぁ」
息吹君がニヤニヤしながら、体をクネクネさせる。その姿に、私もお兄ちゃんも思わず笑ってしまう。
と、その時、私たちを包んでいる光の向こうで、木が倒れる音がして、私は現実に戻ったんだ。
そうだった。突然のまさかのお兄ちゃんの登場と、可愛い息吹君の様子に、今の状況を忘れてたよ。こんなほんわかと話をしている場合じゃなかった。
「お兄ちゃん、今のこの状況は一体どういうことなの? それにお兄ちゃんのことを息吹君は知っているみたいだけど、お兄ちゃんは前に息吹君と会ったことがあるの?」
「よし、それじゃあ、瞳が今の自分がどんな存在かは、息吹君が思い出させてくれたからな。俺は、瞳が記憶を思い出す前、何が起きていたのかと、俺と息吹君が何をしていたのか話そう。そしてそれが終わったら、これからの話しだ。だけど……。その前に、もう少し静かにしててもらおうか」
お兄ちゃんが指をパチンと鳴らすと、私たちを包んできた光がもう少し広がり、そのおかげで周りの音が小さくなって、よりしっかりと話ができるようになったよ。
「まったく、いくら怒って暴れたところで、もう、今までみたいにこっちに手を出せないっていうのに、息吹のお父さんは元気だな」
「パパは、みんながしょぼんとしてるといつも元気。それから仕事してる時も。でも僕、元気なパパ嫌い。ママも飛ばしちゃったし、お姉ちゃんを連れて行こうとしたし」
「そうだな、俺もそれは許せないよ」
「お兄ちゃん、何のことか良くわからないけど、息吹君の前であんまりお父さんのことを悪く言うのは……」
「大丈夫、この子はしっかり状況を分かっている。それに、悪いパパをやっつけるって言ってきたのも、この子だったからな」
「…‥そうなの? その、悪いパパって?」
「まず、俺は死んでから、ずっとお前や父さんや母さんの側にいたんだ。自分が死んでどうしたら良いか分からなくてさ」
お兄ちゃんの話によると、お兄ちゃんは亡くなってすぐ、霊になったのは良いけれど、どう動いたら良いのか分からずに、私たち家族の側をフラフラしていたらしい。
ただ、霊はその辺にたくさんいるみたいで、お兄ちゃんがフラフラしていても、他の霊は気にしていなかったって。
家族や大事な人の側にいる霊もいるし、好き勝手にフラフラしている霊もいるって感じ。まぁ、この研究所にいる人たちもみんな霊だしね。
それで、そんなふうにフラフラしていたある日、お兄ちゃんは、あるお爺さんの霊と出会ったんだ。
そのお爺さんは、もう長い間幽霊をやっていて、今はお孫さんを守るために、いつもお孫さんに寄り添っているらしく。フラフラしているお兄ちゃんを見て、
“はぁ、お主、それじゃあ、大切な人を守れんぞ。守護霊として長く生きているわしが、新米幽霊のお前さんに詳しく、霊としての生き方を教えてやろう。いや、死んどるのに生きているはおかしいかの? ここは、死んでから長いわしに、か。ワハハハハハッ!”
と、声をかけてくれたんだって。
「まさか幽霊の世界が、こんな軽い感じだとは思わなかったよ。しかもその時の状況がさ……」
そこでどうやって、話を聞いたかと思えば。お孫さんがピクニックしている隣で、他の霊を呼んでお供物を持ち寄り、宴会をしながら話してくれたらしい。これから私がお兄ちゃんから聞く、大切な話をね。
……宴会しながら? まぁ、良いけど。何だろう、幽霊ってみんな、こんなに明るい人たちばかりなのか? いや、所長みたいな人もいるしな?
と、まぁ、状況はあれだったけれど、お爺さんの話は、本当に大切な話だったらしいよ。
そのお爺さんの話によると、人は死んでから、大切な家族や、大切な人たちを守るために、守護霊になる幽霊が多いんだって。でも中には、良くテレビやネットなんかで言われている、地縛霊になったり悪霊になったりする人たちもいて。
そういう霊はやっぱり、周りに悪影響を与えるみたい。それは生きている人たち、亡くなっている人たち関係なくで。だからなるべく、そういう霊がいる場所には近づかないように、みんなで情報交換をしていると。
ただ、情報交換をしていても、運悪く悪霊に出会ってしまう場合も。その時の対処法は、何もせずにその場からとりあえず逃げる。
悪霊は他の霊と比べて、霊的な力が強い者が多く。しかも、さらに自分の力を強くしようと、他の幽霊を取り込もうとするらしいの。
もちろん全員が全員、悪霊に目をつけられるわけじゃないよ。でも、何で目を付けられるか分からないからね。
それでもし、目をつけられて取り込まれてしまったら? そのまま消滅してしまうか。あるいは、消滅しなくても、その悪霊から簡単には抜け出すことができず。
その悪霊が大切な人を襲っていても、守ることができないまま、悪霊の中からそれを見ていることしかできなくなってしまうんだ。
他にも、取り込まれなくても、悪霊の影響を受けて、自分が悪霊になってしまうこともあるらしくて。そのせいで自分自身が、大切な人を傷つけてしまう場合もあるんだ。
だから、悪霊に出会ってしまった時は、なるべく早く逃げた方がいいの。だけど……。
“ただのう、大切な人と一緒にすぐ逃げられればいいが、そう簡単にはいかんからの。なにしろ生きている者の多くは悪霊が見えんし、こちらの声もなかなか届かない。だから、もし目をつけられてしまえば、その時は大切な人のために、逃げずに戦わなければならん”
お爺さんは、悪霊に2回会ったことがあって。しかもその悪霊に、お孫さんが目を付けられてしまってね。その時は全力でお孫さんを守って、それでお爺さんは消えそうになったとか……。
“いいかの。もしも君が守りたい相手が、本当に守りたい相手なら、必ず側にいて守ってあげなさい。わしはこの子が本当に大切でね。この子には幸せに暮らしてほしいんじゃよ。だからこの子の幸せのためになら、わしは消えても悔いはない”
そう話したお爺さんの目には、一切の迷いがなかったって。
“じゃが、すぐに消えるようなことにはなるなよ。その後、また守らないといけない時があるかもしれんからの。なに、取り込まれなければ、こうしてわしみたいに、元気な霊に戻ることはできるから大丈夫じゃ”
と、そんな話を、お兄ちゃんが聞いている時だった。私はその時、お兄ちゃんたちの近くで、友達と過ごしていたらしいんだけど。
「俺がお前にやったお守りを、お前が友達に見せたんだよ。で、そのお守りを見たら、落ち着きがなくて、ドジで危なっかしいお前は、やっぱり俺が守ってやらないとと思ってさ。そうしたら、俺の気持ちに気づいたお爺さんが」
“どうやらお前さんは、決めたらしいの。じゃが、そうだのう。守るには力が必要じゃて……。よし! これからわしが訓練してやろう。お前さんには、それだけの才能があるからの”
「って言って、悪霊からお前を守るための、訓練してくれることになったんだ」
「訓練?」
「ああ。思わずその時は、はい? って言っちゃったよ。急に訓練の話になったからさ」
私もその場面を見ていたら、は? ってなっていたかも。だって幽霊で訓練って……。
「で、それからは毎日訓練の日々だったよ」
どういうことかと思ったら、霊の中には時々、特別な力を持っている霊がいるらしくて。
それが生前の善行によるものなのか、もともとそういう力を持っていた人が霊となって、その力をそのまま使えるのか、それは分からないんだけど。
何にしても、周囲をすべて包み込み、浄化して清めてしまうような、みんなを救ってしまうような、そんな強い力を持つ霊がいるらしくて。
悪霊は、そういう人たちを嫌うらしいんだ。自分が浄化され、成仏させられる可能性があるからね。
それでお兄ちゃんは、お爺さん曰く、そういう力を持っている霊らしく。しかもお爺さんも、そういう霊だったようで。
だからお兄ちゃんに、地縛霊や悪霊の見分け方や、悪霊の力を抑えたり、攻撃を跳ね返したりする訓練をしてくれたんだって。
うん、本当に訓練だったよ。
そうして数ヶ月後、無事にお爺さんによる訓練は終了。それからお兄ちゃんは、時々お爺さんに会いながら、私をずっと見守ってくれていたんだ。
「いやぁ、あの訓練は2度と受けたくないな。俺と同じ時期に、お爺さんの知り合いのお婆さんに、やっぱり訓練してもらってたやつがいたんだけど。あまりの訓練のきつさに、途中で逃亡してさ。連れ戻されて訓練が2倍になって、それで成仏しそうになってたっけ……」
お兄ちゃんが遠い目をしながらそう言う。どれだけ凄い訓練だったのか。
「でも、まぁ、逃げずに訓練を終えられて良かったよ。そのおかげで、今回の出来事を、最低限ではあったけど、止めることができたからな。……嫌な感じはしていたんだ。お前たちは所長の本当の姿を知らずにいたけど、俺は奴の本性を知っていたから」
「所長が息吹君や私たちのことを、どう思っていて、どう扱っていたかってことね」
「ああ。そしてその嫌な予感が、現実になってしまった。……あれが起こってしまったんだ」




