3話 本当の過去と霧島息吹君との出会い
頭の中に流れ込んできた光に、一瞬何が起こったのか分からず、そして自然に目を瞑っていた私。ハッ!! として目を開けると、いつもと違う光景が広がっていた。
まるで薄く煙がかかったように、視界全体がぼんやりと霞んでいて。音も、少し遠くに聞こえるというか、くぐもっているというか。
そんな空間の中、私は中庭の花の前じゃなくて、マイクロバスの先頭で、座席の方を見ながら立っていたんだ。
そのマイクロバスは、私が研究所へ来る時に乗ってきたマイクロバスだった。そして中間あたりの座席には山田さんと川島さんが、少し後ろの座席に、宮本さんと私の班の人たち数人が座っていて。その後ろに私自身が、来た時と全く同じ席に座っていたよ。
そうして始まる山田さんの怖い話。
「……これは、過去の光景?」
この時私は、誰かに何か説明されたわけじゃなかったけれど。今見ているものが、過去の光景だって、なぜかすぐに分かったんだ。
私はみんなの様子を見ようと、マイクロバスの中をゆっくりと進む。そうそう、山田さんはずっと怖い話をしていたなとか、道が悪くてお尻が痛かったよなぁとか、そんなことを思いながら。
ただ、そうして歩いていても、過去の光景を見ているせいか、誰も。そう過去の私自身でさえ、今の私の存在に気づく人はいなくて。何もないまま、私はそのまま過去の自分の元へ。そして様子を見てみると、過去の私はお守りを握っているところだった。
……この時は、研究所であんなにも大変なことが起こるなんて、思ってもいなかったな。少し不安そうに見えるけれど、これからのことを楽しみにしているようにも見える過去の私を見て、私は少し寂しい気持ちになってしまう。
と、その時だった。お守りを握っていた私が、不意に私の方を見てきてね。目が合った気がしてドキッとしたよ。見えてるの? って。
でも次の瞬間、周りの光景が、まるでテレビの早送りのように進んだかと思うと、今度はマイクロバスじゃなくて、会議室の中に立っていたんだ。
そう、研究所に着いて、所長の放送と課長の説明を聞いた、あの会議室。そして会議室の中の私が、神谷さんに挨拶されているところだった。
研究所へ来た日の光景が、何も変わることなく進む中、私はマイクロバスの時と同じように、みんなの様子を見て回る。
ただ、会議室の中の私に近づいた時だった。また、さっきと同じことが起きたんだ。会議室の私が、私のことを見てきたかと思うと、また周りが早送りのように進んで。今度は会議室から出て、玄関先で課長の説明を聞く場面まで進んで。
これも、私がきた時と同じ。そう思って、またみんなの様子を見ようとする私。でも……。ここに来て、え? と思うことが起きたんだ。
玄関先での説明は、大浴場の後に行われたんだけど。課長の説明が終わると、私の記憶とは違うことが起きたの。
“それでは案内と説明は以上だ。それと、本来なら、この後解散予定だったが、ちょうど所長の研究が終わったようなので、これから門の前で、皆で集合写真を撮る。他の、すでにここで働いている研究員も一緒にとるから、とりあえず4列か5列に並んでくれ”
そう課長が言うと、その課長の言葉に従い、門の方へ移動する過去の私たち。
それを見て驚いたよ。だってあの時は、宿泊棟で説明と案内が終わったでしょう。それで課長に頭痛の話をしたんだから。それなのに……。おかしいと思いながら、私も過去の私たちについて移動する。
と、数分後、本当に所長が現れて、他の研究員たちも現れたんだ。そしてその中には、神谷のおばちゃんの時にいた、あの研究員たちの姿もあって。それを見て、さらに混乱しそうになったよ。だけどみんなが並んだ姿を見た途端……。
パンッ!! と、私の頭の中で何かが弾けた感じがして、そうして思い出したんだ。
「ああ、そうか……。そういうことか。これが本当にあったことで、私が体験したことが偽物だったのか」
私はこの光景を知っていた。ううん、知っていたというか、こちらが本当の私が体験したことだったんだ。今、私が見ているのは、私の本当の過去。
“よし、並んだな、そのまま動くなよ。撮るぞ!”
目の前で写真が撮られる。それは、私が立ち入り禁止の部屋で見つけた、あの写真そのままだった。そうして写真が撮られた瞬間に始まる早送り。
そのまま少しずつ、場面が進んでいく。私の始めの頃の研究生活に、宮本さんや山田さんや神谷さんたちとの関係。その度に、私の頭の中でパンッ!! と何かが弾けると、その時のことをしっかりと思い出していく。
過去の私は、不思議なことや違和感に悩まされることなく、毎日ドタバタしていたけれど、本当に充実した日々を過ごしていたっけ。
それに過去の所長も、なかなか私たちの前には姿を現さず、ノイズだらけの放送をしていた所長と違い、ほとんどの時間を、たくさんの研究員たちと過ごしていて。そういえば本当の所長はこうだったなと、思い出す。
そうして場面は進み、次に止まったのは、私が研究所で働き始めて、1ヶ月くらい経った頃だった。
これから始める研究の資料を手に、所長室の前に立っていた過去の私。ドアを叩き声をかけると、すぐに返事が返ってきて、私は所長室に入る。
そして話はスムーズに進み、ほとんど時間をかけることなく話を終えると、過去の私は、すぐに仕事に戻ろうとしたんだ。
でもここで過去の所長が、過去の私を止めてきた。
“すまない。他に君に頼みたいことがあるのだが”
“頼みですか”
“ああ。最初に話したと思うが、ここに私の息子がいることは知っているね”
“はい、お話は”
“実は君に、息子の話し相手になってもらいたいんだ”
その過去の所長の言葉を聞いた瞬間、また早送りが起こって場面が切り替わる。気づけば私はある部屋の中にいて、目の前には過去の私と、ある人物が立っていた。
“初めまして!! 霧島息吹です!!”
“初めまして。高橋瞳です! 息吹君、これからよろしくね!”
“うん!!”
頭の中で、何かがパンッ!! と弾け、そうして思い出した。
ここは1階の立ち入り禁止の部屋。でも本当は、ある男の子のために用意された病室で。私はその男の子の話し相手、遊び相手に選ばれたんだった。
その男の子とは……。
あの男の子の幽霊、名前は霧島息吹君。小学2年生。彼は所長の息子で、ある難病を患っており、所長は息吹君の病気を治すために、ここで薬の研究をしていたの。
だけど、なんで難病の息吹君が病院にいないで、研究所にいたのか。それは、息吹君の症状が重く、なるべく早く研究を進める必要があったから。
この時の息吹君の治療は、必ずしも病院でなければできないものではなく。それなら息吹君をそばに置いて、研究を進めた方がいいと、所長は判断したみたい。
それですぐに、息吹君を研究所に連れてきて、目黒先生に治療を任せながら。その一方で所長は、息吹君の血液や細胞を使って研究を進めたんだ。
でも、そうなると。ただでさえ息吹君は入院していたから、外の友達と遊べず、数少ない入院している子たちと遊んでいたのに。この研究所では、完全に遊べる友達がいなくなってしまって……。
そこで所長は、この研究所で1番若かった私に、息吹君の相手をしてほしいと頼んできたの。
そして話を聞いた私は、もちろんすぐにそれを了承して。それから研究以外の時間は、息吹君と過ごすようになったんだ。それで小学生の男の子と、大人の私だったけど、本当の友達になって……。
「なんで私は今まで、このことを忘れていたんだろう。大切な友達のことを。ううん、男の子のことだけじゃない。他のことだって。でも……なんだろう。まだまだ、忘れていることがたくさんある。何を忘れているの?」
今まで経験したことは、偽物の経験だったけれど、でも確かに私が体験したことでもあって。だけど、今見ているものこそが本当の真実。まだ、大切なことを思い出していない。そう、とても大切なことを……。
“お姉ちゃん、僕、これが好きなんだよ!”
“そうなんだ。私はね、これが好きなの”
“えー、こっちの方がかっこいいのに”
“でも、こっちは可愛いでしょう?”
私の前で、楽しそうに話をしている過去の私たち。と、ここでまた、場面が変わり始めたんだ。




