白狼の子供とお孫ちゃんズ 3
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馬車が川べりに停車すると、イアナはアリーチャとルクレツィオ、カーラが乗っている馬車に移動した。
すると、アリーチャがすごく困った顔をしている。カーラが馬車の窓にべったりと張り付いて、大きな茶色い瞳でじーっと山のあたりを見つめて動かないらしい。
「カーラ、どうしたの?」
「ん」
イアナが話しかけても生返事だ。
イアナはカーラからルクレツィオに視線を向けた。
「ルッツィ、カーラはどうしたの?」
「あのお山に行きたいんだって」
「あら、まあ」
そう言えば、カーラが「何かいる」と言ったから、魔獣がいるのかもしれないという話になったのだ。カーラはその「何か」を気にしている?
「アリーチャ、わかります?」
「いいえお義母様、まったく。ただ……、この子が怖がるわけでもなく気にしているということは、危険なものではないのかもしれませんね」
「そうね。でも、危険がないのはいいことだわ」
愛するフェルナンドと義理の息子のエラルドたちに危険がないに越したことはない。だけど、気になるには気になる。危険がないのならば、カーラは何に反応したのだろう。
アリーチャと顔を見合わせて首を傾げていたら、カーラがばっと振り返った。
「ママ! お外行く‼」
「まあ、ダメよカーラ。馬車の中にいなさいってパパが言っていたでしょう?」
「いく‼」
いやいやとカーラが激しく頭を振る。
これはいよいよ何かありそうだ。
「カーラ、お外に何かあるのね?」
「んっ! 行くっ!」
「馬車の外に出るだけ?」
「んっ!」
「……アリーチャ、外にいる騎士に相談してみましょうか?」
「でも、お義母様……」
「カーラは以前、コンドルの魔獣の気配を感じ取ったことがあるので、もしかしたら何かがこちらに向かってきているのかもしれません。もちろん、すぐに馬車に入れるように馬車の外に出るだけですけど、異変があればすぐに旦那様たちに知らせなければ」
異変が起きた時に使う発煙筒のようなものは馬車に積んである。もしも何かこちらに向かってきているのならばすぐに知らせなければ、護衛として残っている騎士たちの手に余るかもしれない。
「そうですわね」
「アリーチャはルッツィと馬車にいてください。カーラはわたしが抱き上げて連れて行きます。いつでも抱えて馬車に戻れるように」
それに――、カーラが怯えていないことから、向かってきているものは危ないものではないのかもしれない。けれどもすごく気にしているので、きっと特別な何かなのだ。そんな気がする。
イアナは馬車の扉を小さく開けて外にいる騎士に許可を取った後で、カーラを抱き上げて馬車を降りた。
カーラはイアナの肩をぎゅっと握って、じっと川の対岸を見つめる。
「ばぁば、あっち!」
「カーラ、さすがにあっちには行けないわ」
「じゃあ、降りる!」
「でも……」
「降りる!」
「ばぁばの手を離さないって約束できる?」
「ん!」
地面におりたいというので、イアナはカーラを地面に下ろすとその左手を掴む。
カーラがきゅっとイアナの右手を握り、自分の右手を前方に向かって広げた。
騎士たちが不思議そうな顔でそんなカーラを見つめている。
すると――
「おいで!」
カーラが高い声で呼んだ瞬間、川を隔てた対岸から何かがすごい勢いで転がるように走って来た。
水しぶきが上がり、こちらに何かが向かって来る。
騎士たちが剣の柄に手を伸ばすと、カーラが「こーげきしないで‼」と叫んだ。
その声に一瞬だけ騎士の反応が鈍り、その隙に「何か」がカーラに向かって――
「カーラ!」
イアナがとっさにカーラの前に回り込むと、イアナの腹に何かが勢いよくぶつかって来る。
ふわっとした感触とわずかな衝撃。
思わず尻餅をついたイアナの腹の上に、真っ白なふわふわの何かがいた。
「……犬?」
「わんわんっ」
カーラが嬉しそうにイアナの腹の上の犬に抱き着く。
大きさは豆柴くらいだろうか? だが、ふわふわの毛から現れた顔を見るに、どうやら子犬のようにも見える。
真っ白な毛に、半分たれた耳。目は金色だ。ハッハッと息を吐きながらカーラを見つめるその顔は無邪気そのもので、害があるようには見えないが……と思っていたら、ごくりと周囲の騎士たちがつばを飲み込んだ音が聞こえて来た。
「まさか、白狼の子供……?」
「白狼?」
狼ということだろうか。それならば子犬のような外見をしているのも頷ける、と思っていると、騎士の一人がすっと進み出た。
「奥様、白狼をご存じないのですか?」
「ええ、はじめて聞いたわ。狼の一種かしら?」
「平たく言えばそうですが、白狼はステファーニ公爵領……いえ、ヴァリーニ国北部の守り神なのです。その昔、このあたりの地域に暮らしていた民族が崇めていたそうで、その名残が残っているのです。ただ……個体数が激減して、ここ数十年ほど、その存在は確認されておりません」
「その白狼の子供だっていうの?」
「可能性は高いかと。ただ、見るにまだ子供のようです。白狼は子供が成獣になるまで母親と父親のどちらかが必ず張り付いて守ります。それなのに単独行動を取っているということは、親兄弟に何かがあったのかもしれません。もしくはこの子がはぐれたか。……もしそうなら、子供を取られたと思って、白狼の親が襲い掛かってくる危険も」
「そ、それは大変だわ! すぐに発煙筒を! 旦那様たちにお知らせして!」
わたしと騎士たちが慌てている間も、カーラは白狼の子供を撫でまわしていた。白狼の方もまんざらではなさそうで、きゅんきゅんと喉を鳴らしている。
狼とはいえ子供だからだろうか、害はまったくなさそうだが、このままではいけない。
「カーラ、お犬さんはお山に返してあげましょう」
「やっ!」
カーラが小さな腕でイアナの腹の上の白狼の子供をぎゅっと抱きしめた。
「カーラ……」
「あーっ、カーラだけずるいっ」
イアナがどうやってカーラから白狼の子供を取り上げようかと考えていると、馬車からルクレツィオの声がする。窓から様子を見ていたらしい。弾むような足取りで馬車を降りて来た。頭の痛そうな顔をしたアリーチャも一緒だ。
ルクレツィオがカーラの隣に駆け寄り、カーラと一緒になって白狼の子供を撫でまわす。
「お義母様、この子犬はいったい何ですか?」
「白狼の子供らしいわ」
「白狼⁉」
「ええ。どうやらカーラは、この子の気配を感じ取っていたみたい。それから……あまりこうは考えたくないんだけど、カーラが気配を感じ取ってからここまで、少し移動したじゃない? なのにあの対岸にこの子がいたってことは、まさか……」
「この子犬……いえ、白狼の子供の方が、カーラを追ってきていたということですか?」
「と、考えられなくもない気がして。旦那様とエラルドが戻って来てから聞いてみるけど、もしそうなら、山に返してもついてくるかしら?」
「それはとっても困りますわね……」
子供を探して親がやってきたら大変である。
このあたりの守り神と言われ、そして個体数が激減している白狼を傷つけるわけにもいかないが、あちらが子供を取り返そうと攻撃して来たら応戦しなければならなくなる。フェルナンドは領主として非常に困るだろう。
「カーラ、ビアンコにしようよ」
「びあんこ?」
「うん。だって白いから」
大人たちが真剣に頭を悩ませている横で、子供は無邪気だ。恐ろしいことにもう名前を付けてしまった。
(ああ、名前まで付けたら余計に離れがたくなるのに……)
どうしよう。白狼の子供――ビアンコを二人から引きはがしたら、お孫ちゃんズは泣くだろうか。もちろん、親狼が襲ってくる危険がある以上、孫の側に白狼の子供は置いておけない。泣こうが喚こうが奪い取らなければならないのだが、今から心が痛い。
くぅーんくぅーんと鳴くビアンコも、すっかりお孫ちゃんズに懐いてしまった様子だ。
(馬車から出すんじゃなかったわ。いえ、出さなくても一緒かしら? ビアンコがカーラを追いかけてきていたのなら、最悪、先王陛下の離宮までついてきた可能性があるものね)
むしろ、そんなことにならなかっただけましなのだろうか。アルフィオ先王を危険に晒したとなれば大問題になってしまう。
(ああ、旦那様、早く戻って来てください!)
この問題はイアナの手に余る。
イアナは祈るような気持ちで、前方の山を見つめた。
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