25.初恋は特級呪物
初恋を?
「あの性悪ギツネ、いま初恋をわたしに捧げるって言った?」
「言ってない。そんなこと全然言ってないよ」
「やだ、あの毛玉もう酔っ払ってんのかな」
「まだ僕と目が合ってないのに?フフフ、恥ずかしがり屋さんだな。」
王子とふたり肩をすくめていると、白い獣はイライラと日本酒に身をこすりつける。
「人の心はダメだ。魔素が同調して扱いづらいったら」
「対価交換の品と魔素調整は、なにか関係してるのか?」
ミカさんが問い詰めると、獣はツンとこちらをにらむ。
「まだ魔女がたくさんいたときは、儂の好物を欠かさず祠に供えたもんさ。敬う念はそのまま儂の力になるからな、その礼に魔素の調整をしてやってたんだ。持ちつ持たれつってやつさ。だが魔女が減り、儂の力だけでは魔素をコントロールできなくなった。」
「それで?」
「困った人間たちにどうしたらいいと尋ねられたから、祠へ供物を寄越せと言ったのさ。そしたらお前ら馬鹿だから若い女を寄越しやがった。そんなもの腹の足しにもなりゃしないだろ?だから、そいつの念がこもったものをもらったのさ。たしか恋人の形見とか言ってたかな。」
胸糞わるい話に、顔をしかめる。
「それから祠に大事なものを供える風習ができたのか。」
「貯めこんだ金銀やら代々つたわる花嫁衣裳やら、儂にはつまらないものばかりだが、念がこもったものはそれなりに媒体になるからな。」
「それって、別に異世界の人でなくてもよかったってこと?」
「もちろんだ、儂には関係ない。毎回供物を捧げるたびに人間が泣き叫ぶもんだから、見かねた魔女が異世界との扉をつくったんだ。この世界と縁の薄い人間は大したものは持ってないからな。」
「そのために異世界人を呼び出して、もてなすフリをして欲しいものを与えていたのか。奪われるというのに。」
ミカさんが舌打ちする。そんな理由があったとは。
我々の冷ややかな視線をものともせず、獣はうっとりと日本酒に鼻づらをこすりつけている。
「この酒は久しぶりに良いものだ。今度からこういうのにしろ。」
「えぇ、なにか気が紛れるものをもってきましょう」
王子の言葉に、獣はにんまりと笑った。
「フン、結界は張らないでおく。いつでも持ってこい。」
「これで取引成立ですね」
「ほら、さっさとこいつを引き取って出て行ってくれ!」
次の瞬間、獣の頭上に淡い桜色の光球が現れた。それを長い尻尾ではじくと、光は真っすぐに私の身体へ吸い込まれていく。
「うえぇ?!」
(なにこの香り……潮、花、お菓子、雨…スノードロップ…?!)
走馬灯のように次々と、脳を揺さぶるような香りに襲われる。
めまいがし、思わずその場にしゃがみ込む。
「しょうこ!!」
遠くでミカさんの声がする。
(あぁ、そうだ、私この国に来たことある。)
夏休み、突然連れてこられたこの国で、一人の少年と出会った。
綺麗な顔をした、同級生よりも大人びた雰囲気の少年。
家にもどこにも居場所がなくて、ひねくれるには分別がつきすぎて。似た者同士の私たちは、すぐに遊び仲間になった。
ルーズソックスを見たときの、驚いた顔。
立ち食いに四苦八苦して、優等生の仮面がはがれた笑顔。
急にパン屋で水をかけられ、慌てた心配そうな顔。
刺繍をほめたときの、照れくさそうな顔。
イヤホンを分け合ってまどろんだ、子どもっぽい顔。
そして最後の夜の、優しくて真剣な眼差し。
震えを隠して、つないだ手のぬくもりを。
どうして忘れていたんだろう。
生まれて初めて、恋に落ちたことを。
からかうように笑い、世界でただひとり私のことを庇ってくれた
誰よりも好きだった人のことを。
「大丈夫か?!」
とっさに背中を支えてくれたミカさんが、別れ際の焦った少年の顔に重なる。
「ミカ…ちゃん?」
「うん」
大人になった少年は、少し拗ねたように頷いた。
じわじわと、心が温かいもので満たされていく。
「前回の対価交換は、しょうこの記憶だったんだな。クソ兄貴。」
悔しそうな言葉に、当時の記憶がよみがえってくる。
◇◇◇
「チッ、国宝級の財宝なのに見向きもしなかったな。」
ミカちゃんが毛嫌いしている第一王子が、行儀悪く地面を蹴り上げる。
「やっぱり命の次に大事にしているものじゃないとダメなのか。」
「いいよ、私があげる。そのために呼んだんでしょ?」
「いやお前を呼んだのはそれだけじゃないんだけどな。」
「お兄さんには大事なものがたくさんあるんでしょ?」
「ったく物分かりがよいのも考えものだな。正直、国の未来のためには今どれが欠けても困る。……いや、こんなのただの言い訳だ。」
「私の初恋なんて、どうせ異世界に帰ったら会えなくなるんだし、持ってても仕方ないよ。」
「本当にいいのか?」
心配そうな顔は少しミカちゃんに似ているなと思いながら、第一王子の言葉にうなずく。
「そのかわり、また必ず私を呼んでよ。」
「25年後にか?」
「そう。」
「恋したことすら忘れてしまうのに?」
「うーん。記憶がなくても、私またミカちゃんのこと好きになると思う?」
「どうだろうね。まぁ、お互いいい年の大人になってるだろうな。」
「私ね、おばさんになっても、またミカちゃんと恋に落ちる気がするんだ。だからいいよ。初恋はあげる。その代わり2度目はないからね。」
「もうそのころにはミカも誰かと結婚してるかもしれないぞ。」
「いいよ、そのときはそのときで。大人になったミカちゃん見られたらそれで。」
「……わかった、感謝する。次の召喚は、必ず昭子を呼ぶから待ってろ。」
◇◇◇
第一王子とそんな言葉を交わしたことを思い出す。
25年後の8月にまた私を召喚するよう約束して、私の大事なもの……初恋を、記憶ごと渡したんだ。
「ミカちゃんは、いつから私のこと気付いてたの?」
「俺は一目見た瞬間しょうこだって、わかったよ」
からかうような瞳で微笑まれ、思わず頬が赤くなる。
「あ、思い出したんだ~!」
「長い冬にようやく春がきましたね」
「アッハッハッハ、よかったよかった」
「ちょっと待って!!!!なにその反応!なんでみんな知ってるの!?!???」
何やらほっこりしている周囲の反応に、一気に青ざめる。
「いやー、もう隠すの大変でしたよ」
「壮大なコントやってんのかと思いました」
「ねぇねぇ、別れ際に刺繍したハンカチ渡したんだよね!エモ!」
「待って、待って、吐きそう」
なんだっけ?そういやなんか刺繍した気するな?
あれ?
なにやってんの自分??
離れても私のこと覚えていてマクロスみたいな???
ヤバい重いよ、重すぎるよ初恋!!!キェエエエエ!!
ガンガンと壁に頭を打ち付けていると、アンさんが背中をさすってくれる。
「アンさんは……まったくお変わりないですね。もしかして2代目の方ですか?」
「いえ、初代ですね。」
「もしかして不老不死の類だったりします?」
「国家機密です。」
美しく微笑まれ、大変失礼いたしましたぁ!!と頭を下げる。
和気あいあいと盛り上がる輪から外れ、ひとり悶えていると、一升瓶を舐めていた小さい獣がニヤニヤし始めたのに気づく。
嫌な予感がする。
「やっぱり迷惑料もらっとくか、お前のも寄越せ!」
性悪ギツネがひなちゃんに向かって、白い光線を放つ。
「危ない!」
前に出て庇ったミカさんの胸に、光線が直撃する。
「ミカさんっ!!」
ひなちゃんが悲鳴を上げるが、胸に刺さったはずの光線はなぜかブーメランのように跳ね返り、キツネに直撃する。
「ぐぇぇえ~~~~~」
もだえる獣をアンさんが秒速で拘束したのを横目で確認し、ミカさんに駆け寄る。
「大丈夫ですか?!なにか大事なもの盗られてませんか?」
「せっかくしょーこさんと両想いになれたのに!」
「叔父上、まさか記憶が……?!」
心配するヒナちゃんたちに囲まれたミカさんが、薄っすら目を開ける。
「……これのおかげで無事だったみたいだ」
そう微笑んで、シャツの胸ポケットから取り出したのは
「まさかのMD!!!!」
「エムディー?なにそれ、手鏡?」
どうやらMDの中の円盤が反射し、光線を跳ね返したようだ。
そんなアホな展開あるんか。
「へー、昔の人ってこのプラスチック板に音楽を録音してたんだって!」
「そちらの世界のオーパーツみたいなもんですか」
「なになに、オリジナルのプレイリスト手動で録音して、好きな人に渡す文化だって~!」
「ミカさん、それはもしかして……」
「前にしょうこが置いていったやつ。また助けられたな。」
苦笑いするミカさんに、ひとつのイヤホンで肩を寄せ合った日のことを思い出す。
「ヒィイイイイイイ!!!今すぐ処分!!!!!早くそれをこちらへ!!!!」
「反応が特級呪物」
今となっては黒歴史の象徴である。やめてやめて、完全にキャパ超えた。
「穴があったら入りたい!!もう帰るーーーーー!!!」
そう、叫んだ瞬間 ―――――― 突然、光に包まれた。
驚いてこちらへ手を伸ばすひなちゃんを、ミカさんが止める。
ひなちゃんは必死になにかを言いながら、携帯の画面をこちらに向けて見せているが読み取れない。
すぐに光は強くなり、目の前が白くなっていく。
「っ!!!」
次に目を開くと、ヒナちゃんたちの姿はなく、見覚えのある校門の前に立っていた。
(ここって、私が通ってた高校だよね……)
私が学生だった頃は部活中の生徒でにぎわっていた夏休みの校庭は、今や灼熱と化し人っ子ひとり見当たらない。
ジリジリと肌にささる強い日差しとサウナのような暑さが、間違いなくここが慣れ親しんだ日本だと教えてくれる。
そうか、25年前の召喚のときは高校へ戻るよう住所を登録してたんだ。
どうやらまだその設定は有効だったようだ。
ヒナちゃんを置いてきてしまったが、きっとミカさんがいるから帰りは大丈夫だろう。
むしろ自分がどうやって家まで帰ろうかと、ポケットを探ると財布と鍵が見つかる。
(アンさんのお仕事だな、さすが…)
炎天下で熱中症になる前に、駅の方へ向かって歩き出す。
あつい。
あついあつい。
あっつーーーーー。
あいたい。
汗が目に入り、頬を流れ落ちていく。
帰ってきたんだ。
帰ってきちゃったんだ。
こんなにあっけなく会えなくなるなんて。
記憶を取り戻した今、胸にぽっかり空いた喪失感の正体を自覚してしまう。
(うそ。もしかして、これって失恋?)
ずいぶん遅れてやってきた失恋に、ひとり自嘲する。
そういえば昔、世界中の香りを収集する私に、知り合いのカメラマンがなにか探している香りでもあるのかと聞いたことがある。そのときは分からなかったけれど。
もしかすると身体に残っていた香りを手掛かりに、無くした初恋の欠片をずっと探していたのかもしれない。この世界には存在しない誰かの姿を、追い続けて。
(とりあえず会社いくか……)
理不尽に輝く太陽をにらみつけ、袖口で汗をぬぐう。
この「初恋」の香りを再現しなければ。もう二度と忘れないように。




