22.昔からある場所
別視点です。
夕暮れに染まる庭園をぬけ、高台の東屋に着く。
25年前、月明かりの下で踊った思い出の場所だ。
「綺麗な夜景!」
昔は見られなかった夜景が城下に広がっているのが見える。今は空蛍で白いもやがかかったようだが、この美しい光景はあれからこの国が花染糸で経済的に盛り返した証でもある。
「あそこが広場ですよ。明日の祭りもどうにかなりそうで助かりました。」
「部外者が余計な口出しをしてしまって。」
「いえいえ、おかげで宝探しも子どもたちの良い思い出になりました。」
「この国は、花の国ですしね。」
静かに微笑む姿に、彼女が過ごしてきた月日を感じる。
「やっぱり、トラウマにならないよう配慮していただいたんですね。」
「……香りと記憶は密接なつながりがありますから。」
魔鳥の暴走が生んだ惨状は、大人にとってもショックな光景で。特に子どもたちにとってはトラウマになっていた可能性もある。憂鬱な復旧作業を遊びに変えたのは、花の香りで思い出すのは少しでも楽しいものであってほしいという彼女の優しさだろう。
「そういえば、宝探しのイヤリング。結局見つけた子にあげてたでしょう。よかったんですか?」
「あー、あれは年季物で。デザインも私には似合わなくなっていたからちょうどよかったんです。」
逆に喜んでもらえてよかった、とすました顔は昔のままで少し笑ってしまう。
ものに執着しない癖は相変わらずだ。
「じゃあ新しいイヤリングは、俺にプレゼントさせてください。」
「え?いいですよ、そんな。」
「一緒に選びに行きますか?」
「いやいやいや!」
「そしたら待っててください。プロミスリングと交換ですよ?」
おかしいでしょと手を振っているが、笑顔で押し切る。
「この世界の男性って、皆こんな感じですか?こう、女性に親切というか、甘いというか。」
「しょうこさんの世界の女性は、皆しょうこさんのように優しい方ですか?」
「ウップス……アホな質問でした。」
「俺はあまり女性に優しくないほうですけど。しょうこさんには、そう思ってもらえるなら嬉しい。」
素直に気持ちをのせて見つめると、しょうこは少女のように頬を染める。
男のあしらい方ひとつ知らないままの彼女に、安心する気持ちと心配する気持ちがまじりあい、思わず空をあおぐ。
25年。それだけ経てば、街も人も、変わる。
歳を重ねた彼女に会うのは、少し怖い気持ちがあった。
もうあのときの少女はいないのではないかと。自分が失望することを恐れていた。
それでももし会えたなら、あわよくば、そんなこともあったねと笑いとばしてくれたら、小さなとげのように刺さったままの気持ちにも整理がつくんじゃないかと。
だからこんな形で再会することは思ってもみなかった。いや、全く考えていなかったといえば嘘になる。
彼女のまた戻ってくるという言葉を信じて、期待して、諦めきれずにいたのだから。
またいつ現れるかわからない少女のために屋敷を構え、部屋を整える俺はさぞかし滑稽だったろう。
二十五年ぶりに異世界から召喚するという話を耳にして、流れた年月にようやく気付き、もう街ですれ違っても分からないかもしれないな、そんなことを思い始めたときだった。
しょうこが温室に現れた。
一目みた瞬間、すぐにしょうこだと分かった。
女子高生を背に庇いなぜか酒瓶を構える姿には、たしかに昔の面影があって。俺の杞憂は一蹴された。
『なんとかなりますよ』
見た目からは想像できない強さを内に秘めた瞳に、また救われて、心をかき乱される。
「本当に、しょうこさんに会えてよかった。」
「そんな~、そこまで仕事を褒められたの初めてですよ。でへへ」
思わずこぼしたつぶやきを拾った彼女は、見当違いに頭をかく。
「調香師のお仕事は長いんですか?」
「そうですね、卒業してからずっと香り一筋です。」
「なにかきっかけが?」
「女子高生のころ香水が流行ったんですけど、どれもピンとこなくて。香りを探しているうちに足を踏み入れてました。」
奥が深くて、まだまだ一人前にはなれないですと笑う。
「そういえば、そちらの世界でタイムマシーンは完成しましたか?」
「21世紀になりましたけど、時間旅行はまだですね。」
「しょうこさんは過去と未来、どちらに行きたいですか?」
「うーん、過去かなぁ。新人のときにお世話になった女性の先輩がいて。当時は今の私くらいの歳だったのかなぁ。仕事に対する姿勢とか、基礎を徹底的に叩きこんでくれたんですよね。穏やかな人で、今よりずっと男社会で私がトラブル起こすたびに庇ってくれて。初めて憧れた年上の女性だったんです。」
目を細めて語る様子に、少女にもあのあと居場所ができたのだと安心する。
「いざ自分がその立場になると、全然先輩みたいにはなれなくて。時々、無性にアドバイスほしくなるんですよね。先輩に会いたいなぁ。」
オレンジの空にうっすらと出現した、柔らかく白銀にまたたく星を遠く見つめる。
「あの、俺でよかったら吐き出してください。」
「いやほんとくだらないことばっかなんで。」
「俺じゃ役に立たないかもしれませんが……。」
今度こそ彼女に頼られたいと力を込めると、困った顔で話し始める。
「ついに私も新人の指導係になったんですけど。」
「ええ。」
「その子が私のことお局様って呼ぶんですよね。なにかの役職だと思ってるみたいで。」
「……。」
「裏で言われてるのを聞いたのか。本人悪口のつもりはなくてリスペクトはあるんですけど多分。」
「……すいません、力不足で。」
「まぁ私の指導力不足なんですけどね。」
しょうこはフッとため息をつく。
「ミカさんは未来に行きたいですか?それとも過去?」
「そうだな……やっぱり今がいいですね。」
時計の針は戻せないけれど、大人になった彼女が隣にいるから。
「それはとても良いことですね。」
お互い笑顔で頷きあっていると、すっかり日も暮れてきた。
薄紫色になった街の各所で、緑色のライトが灯りはじめる。
「あぁ、準備ができたようですね。そろそろ時間ですよ。」
「準備?」
「今から、あなたがこの街にかけた魔法が始まりますよ。」
王城の鐘が鳴り、それを合図に街中に設置されたスノードロップのお香に火がはいっていく。
香りが広がっていくと同時に、地上で行き場を失った空蛍が空に戻っていく。
白いホワホワの空蛍がゆっくりと地上を離れ空へ帰っていく様子は、空から降ってきた雪を逆再生でみているかのようだ。
「空蛍が戻っていく……!」
まるで時間が巻き戻っていくかのような幻想的な光景を、無言で眺める。
スノードロップの透明感ある甘くて切ない香りが、ほのかに漂う。
「あれ、おかしいな。最近涙もろくて。」
しょうこの瞳がきらめく。
街を見守る横顔は、疲れ気味でメイクも落ちかけだが、とても優しい。
「……綺麗ですね。」
「えぇ、ずっと昔に隠していた宝物を見つけた気分。」
そっとハンカチを差し出し、再びベンチに並んで座る。
今はまだ、この距離。
(大人になってからの方が臆病だ)
手を伸ばせば届く距離にいる、待ち続けた彼女の横顔をそっと伺う。
25年前、祠でなにがあったのか。今度は必ず、突き止めてみせる。
「ミカさん、実はもう一つ、できればのお願いがあるんですけど。」
潤んだ瞳でお願いをされる。
これは以前よりも、少しは信頼されるようになったと思っていいのか。
「なんでも言ってください!」
無力さを痛感したあの日から、俺は努力をした。
彼女の居場所になれるように。欲しいものすべてに手が伸ばせるように。
俺はもう、二度と彼女の手を離さない。




