21.なんてったってベテラン
主人公視点に戻ります
王城は、明日の祭りの準備で忙しそうだ。
制服姿の人たちが慌ただしく往来する階段を降り、アンさんと向かった先は地下の作業スペースだった。
日の射さない部屋は上下に光源が確保され、十分に明るい。作業用の長机にはガラスの試験官やビーカーが真っ白なふきんの上に整然と並び、その横には大量のかごが積まれている。
「ありがとうございます!」
「それでは、またお呼びください。」
アンさんの手伝いを断り、一人になった部屋で息をつく。
いつもよりたくさん人と接して、少し気疲れをしていたようだ。
ほら、もう人生独りのほうが長いから。一人の時間も大切だよね。
少し伸びをして、気合いを入れなおす。
白いエプロンをつけ、腕まくりをしてかごを開くと、黄金色の香りが広がる。
かごに詰まっているのは、広場で集めた黄色い花だ。
張りのある、しっとりとした質感の花びらを手に取り、鼻を近づけて香りを確認する。
グレープフルーツのような爽やかで、フレッシュな芳香が夏の疲れた身体に効く。
「いい香り!これならいけるかな。」
そう、今から精油、エッセンシャルオイルの抽出をしようとしているのだ。
普段は調香師として香料の調合をしているが、花びらの状態から精油を抽出する作業は久しぶりだ。
なんだか楽しい気分で機材のセッティングをして火をつけると、水がポコポコと踊りはじめ湯気が立ち昇る。もやのような湯気は花びらが入ったザルへと上昇し、花びらを柔らかく包みこむ。
(あれ、今なんか光った?)
花びらがきらめいたような気がしたが、まぁ疲れ目のせいだろう。
白く蒸されている花びらは、ふわふわと気持ちよさそうだ。
花びらを包み込んだ蒸気は、花の香り成分と一緒に冷却菅の方へ流れていく。
「よーし、よしよし。出てきた~!」
出口となる二層式タンクの中には分離した精油がキラキラと浮かんでいる。
花の香りを凝縮した力強い香りに、自然と口角が上がる。
「もう少し冷却温度、さげてみようかな。」
加熱しすぎると香りが飛んでしまうので、温度と時間管理が重要だ。
細かく設定を変えながら一人で色々試していると、あっというまに時間が過ぎていく。
やっぱり誰かに手伝ってもらえばよかったか。でも祭りの前で忙しいそうだったしな。
そんなことを考えていると、後ろからコトンという物音がした。
振り返ると、扉の隙間から、小さなまんまるの瞳と目が合う。
7歳くらいの男の子が驚いたようすで立ちすくんでいた。
「どうしたの、迷子かな?」
「お前っ!さては異世界の魔女だな!?」
そこは聖女じゃないんかーい。
「私は異世界からきたけど、普通の一般人だよ。」
「なんだ、ただのババアかよ」
おいこら、カエルに変えるぞ小僧。
「ここは危ないから、どっか行ってなさい!」
あからさまにガッカリした少年に、しっしと手を振るが、するりと中に入ってきてしまう。
「みんなと遊んでおいで!一緒に戻る?」
「いい。どうせ俺、ゲーム機使えないし。それよりここでなにしてるんだ?」
「花びらから香り成分を抽出してるの」
「香り?」
「そう、花が枯れてしまっても、ずっと香りが楽しめるのよ。」
「ハハハハハ!!」
それを聞いた少年は、口を開けて笑う。
「そんなことしなくても本物の花を飾ればいいだろ?花ならいくらでもある!」
「あー、それもそうか。」
たしかにこれだけ街中が中が花であふれていたら、この国にはアロマ文化はないのかもしれない。
香りは香りのよさがあるんだけどな。
「ほら、嗅いでみなよ」
「なんだこれ!?輝いてる……?月のしずくみたいだ!」
少年に抽出したエッセンシャルオイルを差し出すと、目が釘付けになっている。
子どもらしい表現がかわいらしくて、つい笑ってしまう。
「ちょうどよかった。このザルに花びら入れていってくれる?」
「はっ?俺が?」
「いいものあげるから!」
「ちぇっ。まぁ魔道具がないなら、だいじょうぶか……」
少年は口をとがらせたが、しぶしぶ手伝ってくれる。
そのおかげで抽出作業は順調に進んでいく。
「フンフン……まだちょっと青っぽいな~」
「おばさん、まだやるのかよ。鼻の穴、開ききってるぞ。」
「あっ、これだ!このバランスだ!」
「それキラキラしすぎて目が痛い」
イスに立って作業していた少年は、もううんざりと飛び降りた。
お礼に、精油をブルーの小瓶に詰めて渡す。
「ありがとう、助かったわ。これ疲れた時に嗅ぐとリフレッシュできるよ。」
「こんな危険物いらねぇよ!それより、なんか異世界のものがいい!」
「えっ」
しまった、なにかあったかな。
慌ててポケットを探ると、先ほど車内でつくったプロミスリングが指の先にあたる。
途中でやめたので短いが、子どもの腕にはちょうど良いだろう。
「こ、これは異世界の超汎用クラフト技術でつくられた腕輪だよ!!」
「糸くずにしか見えないけど。」
疑いのまなざしを隠さない正直な少年の手首に、プロミスリングを巻き付ける。
「お守りみたいなもんよ。つけてると、いいことあるから!」
「なんだよそれ、逆にこえーよ!!」
「まぁまぁ」
「……えっ?」
無理矢理結ぶと、少年は急に黙り込む。
あ、やっぱダメだった?
「ごめんごめんて」
「まさか」
目を見開き、直立に固まってしまった少年に焦っていると、扉が開いた。
「しょうこさん、こちらでしたか。」
「あ、ミカさん!」
穏やかに微笑む色男をみて、安堵する。
「なんだ、ラルフも一緒だったのか」
「これ!みて、この腕輪!」
ラルフと呼ばれた少年は涙目でミカさんに駆け寄り、しがみつく。
少年が突き出したリングのついた手首を、ミカさんはしげしげと眺める。
「プロミスリングがどうかしたか?」
「これつけてると、ピリピリしないんだ!」
「……ほんとだ、魔素抵抗が軽減されてる。」
「俺、みんなと遊べる?ゲームできる!?」
「あぁ、多分な。」
「やっぱりコイツ魔女だったんだ!!!」
少年は試してくる!と叫び、そのまま廊下をバタバタと騒がしく走っていった。
「すみません、失礼なことを。」
「げ、元気でいいですよね……」
「あの子は先祖返りで体内の魔素濃度が高いんです。そのせいで魔道具と摩擦を起こしやすくて。」
静電気体質みたいなもんか?
「あのプロミスリングは魔素のめぐりを良くする効果があるようです。花染糸の組み合わせなのか……研究の余地がありそうです。」
「あのままつけていても大丈夫でしょうか?」
「ええ。きっと魔道具も使えるようになるんじゃないかな。しょうこさん、よかったら俺にもつくってもらえますか?」
ミカさんにはにかみながら、お願いされる。
「もちろんですよ。実は……私もミカさんと同じこと考えてて。」
「えっ!?」
なにかを期待したような顔を浮かべるミカさん。わかるわかる、私も最近つらいから。
「めぐりがよくなって、肩こり楽になるといいですよね!」
「そんな磁気ネックレス効果は期待してないんですけど。」
ミカさんは肩を落とすと、長机の上に目を止める。
「それよりこんな地下で何をしてたんですか……それは?」
精油の瓶をみて、顔が引きつる。
「花びらから精油を抽出していました。私の世界ではこうして香りを楽しむ文化があるんです」
どうぞと渡すと、ミカさんは絶句している。
「この輝きは……まさか、こんな純度の高い魔素が抽出できるなんて……!」
「魔素?広場の落ちてた花びらを蒸留しただけですよ。」
「蒸留…花染糸といい、もしかして水との相性なのか?」
ミカさんは蒸留装置の前でブツブツ考え込んでいたが、真剣な表情で顔を上げる。
「この世界では魔素が薄くなってきているという話は覚えていますか?」
なんだっけな。
ミカさんの様子から察するになんか大事そうだけど、昨日の晩御飯も思い出せないので勘弁していただきたい。こんなときは黙って神妙な顔をしておくのが大人の社交術である。
「魔女がいた時代の魔道具はほぼ使えなくなり、今使える魔道具は、新たに開発された魔素効率の良いものだけです。花染糸がきっかけで魔素を効率的に取り込む仕組みが開発できたんです。」
「ほー。」
「花染糸にも魔素が微量に付着していましたが、まさか魔素だけをこんな抽出方法で取り出せるなんて!」
「ふーむ。」
「この一滴で、今は動かなくなった伝説の大型魔道具も動かせるかもしれません。そうなれば失われた技術がよみがえります!いやそれどころか、魔素がストックできれば未来への最高のプレゼントになります!」
「あらまぁ。」
力説していたミカさんは、机によりかかり、ため息をつく。
「また大変なものを。この価値がわかってますか?」
「完璧で最強の究極なフレーバー?」
「その通り。これが広まればこの世界は一変しますよ。」
だめだ、ウケなかった。どこまでもミカさんは真剣だ。
「しょうこさんはどうされたいですか?」
「この抽出方法は昔からあるもので、材料も機材もすべてこの国のものですし、ミカさんの判断で自由に平和的に使っていただければ。」
会って間もないミカさんに、任せておけば大丈夫だと安心感がハンパないのはどうしてか。
「……あなたに、どうやって報いたらいいんでしょうね?」
なぜか悔しそうな顔で腕を組むミカさんの顔が、頭に引っかかる。
こんなやりとり、前にもどこかでしたような‥‥っと、今はそれどころじゃない。
「花びらが乾かないうちに抽出したほうがいいので、急いで残りも作業しちゃいますね!」
「まだ結構量あるみたいですが。」
「あとは繰り返しですから。」
ミカさんが少し心配そうな顔をする。
(あぁ、無理するな、なんて言わないで。)
この歳になると、自分の無理きく範囲も分かってる。
多少きつくても表に出さない我慢の仕方も知ってる。
香りの嗅ぎ分け方も、作り方も、そうやってぜんぶ身体に染み込ませてきた。これが私の仕事のやり方なんだ。
背を向けて作業に戻ろうとする私を、ミカさんの声が引き止める。
「お茶のお誘いに来たんですけど」
断ろうとするが、その前に柔らかく微笑まれる。
「少しだけ休んで、続きをお願いしてもいいですか?よかったら俺も一緒に」
振り向くと、ミカさんの穏やかな眼差しに気づく。その瞳に私への絶対的な信頼を感じ、手を止める。
(これ、きくなー)
心配の言葉も届かないくらい自分の仕事に固執する私を、信頼して尊重してくれる人。
「扱いがうまいですね。」
「そうですか?」
「実はもうクタクタで。お手伝いをお願いできますか?」
「ええ、信頼できる部下を呼びます。」
やけに嬉しそうなミカさんが通信機でなにやら連絡すると、すぐに紺色の制服をきた人たちがやってきた。
「王城に忍ばせている俺の優秀な部下です。」
「物騒だな?」
皆のみ込みが早く、すぐに機材をセットアップして作業を始めていく。
「これなら今日中に終わりそうですね。」
「皆さん手際がよくて、助かります。」
自分ひとりで頑張ろうとしていたのが馬鹿らしく思える。
大きなあくびをかみ殺すと、隣のミカさんがくすりと笑う。
「少し外に出ませんか?」
誘われるまま庭園に出ると、ちょうど夕陽が沈むところだった。
夕焼け空を眺めながら、二人で並んでゆっくり歩く。
どうしてだろう、気がつくと、一人でいたときよりも肩の力は抜けていた。




