20.月明かりのダンスフロア
いよいよ祭りが始まった。
昨日の大雨が嘘のような快晴で、王都の中心にある祠の塔の周りは、いっそう賑やかだ。
精霊の祠には、異世界人に敬意を払い、王位継承権の最も高い王族が付き添うのが決まりになっている。つまり、しょうこは兄と祠へ入ることになる。
俺は第二王子として待機するのが役目だ。
「危なくなったら、すぐ戻って来いよ。」
「大丈夫だって、アンさんもいるんだし。」
「お嬢さん、第一王子の俺もいるでしょ。」
「そうだ、いつでも兄を盾にしろよ?こいつの代わりならいるからな!」
「弟の本音が暴走してる」
心配しているのに、しょうこは若干うっとおしそうだ。
「昨日寝ずに考えたんだが、この糸を腰に巻いていけ!」
「なに、この百メートルくらいありそうな糸……?」
「街中の糸を買い占めて繋ぎ合わせた。命綱がわりだ。なにかあったらすぐ糸を引いて知らせろよ。」
「インディージョーンズかよ!」
「弟から狂気を感じるな」
しょうこが嫌がるので、仕方なく兄の腰に巻き付ける。
「ミカ、これしていかなきゃだめ?俺トイレにも行けないよ?」
「やっぱり俺もついてく!」
「ダメだ、お前はここで待ってろ。ほら糸、巻くから。」
兄に一蹴され、ふてくされた俺に、しょうこはヒラヒラと手を振り塔へ入っていった。
やきもきしつつ塔の前で糸を手に待つこと数時間、昼過ぎにしょうこは出てきた。
「大丈夫か?!」
しょうこの顔色が良くない気がする。
「全然よゆー。だいじょーぶい」
しょうこはピースサインをして、ちらりと兄を見る。兄は小さく頷くと、大声で宣言した。
「精霊と再び結界は結ばれた!成功だ!」
拍手と歓喜に包まれる広場の中心で、しょうこだけは醒めた顔をしていた。
*
その夜、祝賀会と称して舞踏会が行われることになった。
これを機に、兄は花染糸を大々的に売り込むつもりらしい。
「しょうこは疲れているようです、休ませるべきでは?」
「舞踏会への出席は、彼女も了承済みだ。お前がエスコートしろ。」
どこまでも打算的な兄が嫌になる。
しぶしぶ、タキシードにそでを通し、部屋までしょうこを迎えに行く。
「準備はできたか?」
「うん、まぁ」
出てきた少女をみて―――言葉を失う。
薄く化粧をほどこされたしょうこが、淡い桃色のドレスを着て立っていた。
ドレスの裾には、繊細な花の刺繍がちりばめられている。
華奢な手足に、艶やかな髪を結いあげほっそりとしたうなじを見せる高潔な少女はまるで、花園から迷い込んだ妖精のようだった。
「ミカちゃん?」
「……そんな恰好もできるんだな。」
「王子と約束しちゃったからな~。これアンさんが花染糸で刺繍してくれたドレスなんだよ!」
ドレスのスカートをもってくるりと回る。
「見事な刺繍だな。さすがアン」
「殿下?」
アンの眼が、そうじゃないだろと圧をかけてくる。
着飾った女性を褒めるのはマナーだが、なぜかしょうこの前だと出てこない
「やっぱり似合わない?」
可愛い。すごい可愛い。
「あまりに文明的な服装で驚いただけだ。」
ヘタレな俺に、アンの重いため息が聞こえる。
「そういやお前、踊れるのか?」
「ジンギスカンとパラパラならいける」
「ダンス名からして不安しかないんだけど俺」
軽口をたたきながら、しょうこと会場へ足を踏み入れた瞬間、一斉に視線が集まる。
しょうこの少し怯んだ様子に、腕に添えられた手に、自分の手を重ねる。
「一緒にいこう」
隣の少女は、まっすぐ前を見据えた。
美しい刺繍のドレスをまとい、凛とした異世界の少女の佇まいに皆、息をのんだのがわかる。
すぐに高位貴族に囲まれ、口々に話しかけられた。
「まぁ、素敵なドレス!これが花染糸?」
「異世界の技術と聞いたけれど、本当に美しいこと。」
「異世界ではほかにどのような技術が?」
俺の姿を見つけた同世代の少女たちも寄ってくる。
「ミハイル様、私も花染糸の刺繍ドレスが欲しいわ~!」
「えぇ、きっとマルタ嬢にふさわしい可憐なドレスになるでしょうね。」
「ピンク以外もあるのかしら?」
「えぇ、リイン嬢の瞳のような美しいブルーもありますよ。」
いつもの調子で微笑めば、少女たちは頬を染め、黄色い歓声があがる。
「へー。さすがチャラ男」
横でしょうこが白い目で見てくる。
「なんだよ」
「べつにぃ?」
なぜか不機嫌そうだ。首をかしげていると、公爵夫人から話しかけられる。
「素晴らしいドレスね。この刺繍はあなたがされたの?」
「いえ、私は刺繍ができないので、アンさんが刺してくださいました。」
「あら、お母さまはなにをされているのかしら、娘にはちゃんと教えないと。」
少女の笑顔が凍り付いた。
「私が、教わらなかったのです。」
しょうこの絞り出した声に気づかず、周囲は談笑を続けている。
「失礼。」
俺は思わずしょうこの手を握り、扉へ向かっていた。
「皆様お許しを、わが弟は姫君を独占したいようだ!」
兄のからかうような声に笑い声が起きる。退室の許可を得たと判断し、彼女と会場をあとにする。
「……いいの?」
「顔出したんだからもういいだろ。」
「花染糸盛り上げるって約束したのに、結局なにもできなかったな。」
「いや、充分インパクトはあっただろ。」
これで兄が描いた、異世界の神秘的な少女によってもたらされた美しい花染糸というシナリオは完成だ。しょうこを利用して腹が立つが、もっと腹が立つのは何もできない俺自身だ。
「外の空気でも吸いに行くか?」
庭園に誘うと、うつむいていた少女は、こくりと頷いた。
星空には満月が白く輝いており、散策は花の香りと月明かりで十分だ。
「月が2つある……」
驚くしょうこに、彼女が本当に異世界の人間だと感じる。
「そうだ、いいもの見せてやるよ。秘密だぞ」
薔薇のアーチを抜けて、王城の裏にひっそりと佇む温室の扉を開くと、はちみつのように甘く、すこしほろ苦い濃密な香りに包まれる。
「ここは……?」
「王家が管理している、スノードロップの温室だ」
栽培が難しく、何度も絶滅の危機に瀕してきたこの花は限られた人間が管理しており、本来であれば王族以外が入室するにはいくつもの許可が必要だ。
「花に水やるか?」
「やりたい!みてみて、虹ができた!」
「お前、花に水もやったことねぇの?」
楽しそうにシャワーをまいていた少女が、俺の迂闊な一言で、かたまる。
「あー、そうだね。今まで落ち着いて花育てるとか、あんまりそういうのなかったかも。」
しょうこは気まずげに肩をすくめる。
「うち母親がいなくて。父親が再婚してから親戚のとこ行ったり来たりしてて、家なき子なんだよね。」
妙に察しがよく、欲がないのはそのせいなのか。
今までの、年に合わない態度が腑に落ちる。
「俺は王城が家だからな。家なんてないようなもんだ。」
常に監視の目がつきまとう、息苦しい空間。
父にとって自分は息子ではなく配下であり、兄のスペアだ。
子どもの頃はよく、この温室でコッソリ泣いたな。
「早く大人になりたいね。そしたら……」
「おい、誰かいるのか?!」
突然、衛兵の声がして慌ててしょうこの手を引き、全力で逃げる。
庭園を駆け回り、東屋に倒れこむと息をつくのも忘れ、笑いあう。
「めっちゃ焦った!」
「ミカちゃん王子なんだから、逃げなくてもいいんじゃないの?」
「いや、2人でいるところを見たら絶対からかわれる。」
「そんな大げさな。」
「あそこに王家以外の人間が入れるのは、王族が婚約を申し込むときだけだ。ただの客は入れない。」
繋いだ手の反対側に持っていたスノードロップを、そっとしょうこの髪にさす。
しょうこはやっと理解したらしく、目を丸くし、頬を赤く染めた。
その様子がいとおしくて、思わず頬にキスをする。
「っ!」
「踊ろう」
耳まで真っ赤になった少女をそのまま抱きしめると、恐る恐る抱きしめ返してくれる。
遠くに聞こえる王城の音楽に合わせて、ゆっくりとステップを踏む。
今の自分では彼女の居場所になれないことは、痛いほどわかってる。
この気持ちを伝える資格なんてないことも。
ありがとうも、好きだよも、何も言えない自分が情けなくて
でも腕の中にあるあたたかさでこの上なく満たされて。
目をつぶり、スノードロップの甘く切ない香りに酔う。
「なぁ。朝ごはんは、ちゃんと食べろよ」
「うん」
「靴下はちゃんと洗って乾かせよ」
「余計なお世話」
おかんかよ、としょうこは腕の中で小さく笑う。
「何年かけても、おまえのことを探しに行くから。」
「私もまた絶対、戻ってくる!そしたら、また……」
その夜、音楽が消えるまで、俺たちは肩を寄せて息をひそめた。
同じ世界の片隅で、同じ香りに包まれて、温度を分け合った。
涙が出そうに幸せな。それが、少女と過ごした最後の夜だった。
暗闇に浮かぶ2つの月が、残酷なほど美しかった。
*
翌朝の帰還の儀で、陛下から労いの言葉をかけられているしょうこは、眠そうな顔で聞き流している。
いつも通りの様子だが、目が合わないことに少し不安になる。
帰還の時が迫るが、しょうこは大勢の貴族に囲まれて、こちらを見ようともしない。
しょうこが呪文を唱えると、いよいよ聖杯が光り始める。ダメだ、まだ行かないでくれ。
「ちょ、まてよ!」
聖杯が発動する寸前で、スノードロップの花束を突き出す。
異世界に帰るしょうこに何もできない、精一杯の俺の気持ちだ。
しょうこは驚いた顔で、首を傾げた。
「ありがとう。なんていう花?」
その瞳には、なんの熱もなく。
しょうこが光とともに消えた後、ほのかに漂うスノードロップの残り香だけが、たしかに少女がそこにいたと教えてくれた。
*
(どうしたんだよ!)
まるで記憶を失ったかのような態度に混乱し、アンを問いただす。
「しょうこになにがあった!?」
「今朝早く、殿下ともう一度祠へ入られました。」
「結界は成功したはずじゃないのか?なにか問題でもあったのか?!」
「お嬢様は約束だからとおっしゃっていましたが。」
兄となにか取引でもしたのか。
結局、俺は蚊帳の外か。クソ!
信頼されなかったことに目の前が暗く染まる。
「こちらはお嬢様から祠へ入る前に、殿下に渡してほしいと言付かりました。」
差し出されたハンカチには、青い糸が絡まっている。
「蜘蛛の巣か……?」
「スノードロップの刺繍だそうですよ」
ハンカチを広げてみると、カシャンと床になにかが落ちた音がする。
音楽プレーヤーのカセットだ。
「殿下、それは?」
「異世界の蓄音機だ、この軽くて薄いプレートに、音楽が入ってる」
「まぁ」
カセットを拾い上げ、ハンカチに包みなおす。
表についている不細工なスノードロップの糸をそっと撫でる。
「これ、返さないとな。」
俺は必ず魔道具を進化させる。それで、アイツに会いに行く。何年かかっても。
*
その誓いが叶ったのは、ずっと後。吟遊詩人が異世界の少女と第二王子の悲恋を歌い、長い長い花染糸でスノードロップの刺繍をするのが恋人たちの流行となり、やがて祭りの慣習として定着したころだった。




