19.マシンではなくマシーン
花で染めた糸を持ち帰ると、王城は大騒ぎになった。
「あの丈夫なだけの安い糸が、これほど美しく発色するのか。滑らかな光沢はまるで絹じゃないか。」
「染料で染めた糸は高価ですし、濡れると色落ちしてしまうので庶民の間では避けられてきましたが、この糸は色持ちもよさそうです。」
「いいな。花なんてこの国じゃタダ同然だ。国の特産にもなる。」
兄もこの糸に明るい未来を見たようで、ご機嫌で「花染糸」と名付け、国を挙げて量産するよう命じた。城下町で暮らす人々の反応をみるに、花染糸はこの国を、いや世界をすぐに鮮やかに染め上げるだろう。
*
「雨か……」
今朝は祭りの前日というのに、予報外れの大粒の雨が窓を叩きつけていた。
王城では皆あわただしく走り回っている。
(今日はのんびりするか)
昨日は糸の解析を命じられたせいで、ほとんど寝ていない。
美術館でゆっくりするのもいいな。しょうこはどんな顔をするんだろうか。
また剣呑なまなざしで一瞥するのか、思いもよらないことに興味を持つのか。
(おもしれー女だよな)
アンに聞かれたら怒られそうなことを考えながら、自然と笑みが浮かぶ。足取りも軽くしょうこのところへ向かう途中、うっかり兄に遭遇してしまう。
「おはようございます、兄上。」
「昨日はご苦労。花染糸はいいな、国を変えるきっかけになるかもしれん。」
トラブルメーカーの兄が色っぽく笑うが、何を考えているのか、見当もつかないし、考えたくもない。
「糸の解析はどうなってる?」
「花に含まれる魔素が色素と一緒に染着したのかと。まだ仮説ですが、ハナビスは人体とは異なる法則で魔素を吸収して育っているようです。」
「まさか花も魔素を取り込んでいたとはな。考えてみれば当たり前か。」
「草木染めとかいう手法で糸に抽出されなければ、気付かなかったでしょうね。糸に含まれる魔素は微量なので人体に影響はないかと。」
「そうか。魔法使い職が廃れ魔術が途絶えた今、魔素に関わる情報は貴重だ。調べつくせよ。」
「はい。」
そのまま頭を下げて黙っていると、兄は目の前にきてニヤニヤと笑う。
「で。昭子とはどうだ?青春デートは、楽しかったか?」
もう報告が上がっているのか。寝不足のせいで余計にイラっとする。
「ただの接待ですよ。」
「あんま深入りすんなよ。祭りが終わったらあの子は帰るんだから。」
「……わかってます。」
「なにも欲しがらないなら、何かお前から贈り物をしてやれ。」
兄はそれだけ言うと、急ぎ足で議事堂へ向かっていった。
偶然を装って釘を刺しに来たらしい。こういうところが嫌なんだ。
明日には祭りが始まり、精霊と魔素の調整が終われば、彼女は元の世界へ戻る。
そんなのわかっていることだ。
そうしたら俺も前の生活に戻るだけ。
あの黒い瞳のない灰色の日常に、俺は耐えられるんだろうか。
*
「ごめ~ん、寝坊しちゃった」
「おまっ!服着ろよ!」
今朝のしょうこは、ヒラヒラの布を肩ひもで結んだだけの服装だ。
「なんだその原始人のような恰好は!!」
「キャミソールのこと?アンさんが作ってくれたんだよ~」
「せめてボレロは羽織ってください」
「え~」
しょうこは口を尖らすが、アンが無理やり羽織らせる。
よく見ると身体を覆う布は3段のフリルになっており、一応デザインらしきものはされているらしい。
異世界のファッションは相変わらず理解できない。
「朝食はどうする?」
「んー、コーヒーだけでいいや」
「せめて紅茶になさいませ」
「あ、いい香り~」
アンが紅茶にミルクを入れクッキーを添えて出すが、今朝も小鳥くらいしか食べない。
「今日は雨かぁ、ルーズソックス乾くかな~」
「王城には洗濯物を乾燥させる魔道具がありますから大丈夫ですよ」
「魔道具?」
「お前の世界にはないのか。魔道具のコレクションでも見に行くか?」
「みたいみたい!LDとかDVDプレーヤーとかあるかな」
しょうこを連れて、王城の奥にある魔道具庫の鍵を開けると、少し湿っぽい空気が漂う。
広い部屋には、夜空に文字を映し出す投影機や移動用の緑色の土管、中には銀色の無数の穴が開いた物体なんて、使い道のわからないものまで並んでいる。
魔素が少なくなってきたせいで、ほとんどはもう動かなくなってきているのだが。
「どれも大きいね」
「回路が複雑だからな」
「この大きな鏡も、魔法の道具なの?」
世界で一番美しいのはだぁれ~、としょうこは鏡をのぞき込んでいる。
いつも鏡を見ていたのはそういうことだったのか?
「それは遠距離通信のための魔道具だ。お互いの姿が映る。」
「えっ、声だけでよくない?その機能いらなくない?」
「お前の世界には通信道具はないのか?」
「あるよ。ほらこれ、ピッチ」
片手におさまるくらいの銀色の道具を取り出す。
相変わらずチャームがたくさんついている。
「こんなに小さくて、使えるのか?」
「昔の携帯電話は弁当箱みたいな大きさだったけど、いまは省エネなんだよー。」
「省エネ?」
「そうそう、エネルギーは効率的に使って大切にってね」
「エネルギー効率?」
魔素の消費効率を改善すれば、少ない魔素でも魔道具が使えるようになる…?
そんなこと考えたこともなかった。
もし魔素効率のよい魔道回路が設計ができたら?
魔道具と共存できる未来が生まれるんじゃないか。
(でもそんな回路、どうやって……。)
考え込んでいる俺の横を、しょうこはBダッシュ―と言いながら土管に駆け上がり跳ねている。
ここは由緒ある魔道具部屋で、ジャングルジムじゃないんだぞ。
どうやら異世界人は緑色の土管を見るとジャンプしたくなる衝動を抑えきれないらしい。
ふと、しょうこの長い髪に刺さっているハイビスカスが目に付く。
魔素を吸収して育った花の吸収構造を分析できれば、回路のヒントになるかもしれない……。
大発見の手がかりを得て興奮する俺の気も知らず、跳ねまわって息を切らしたしょうこが戻ってきた。
「だめだ、土管はいれないわ~」
「どこに行くつもりだよ……」
「そういや私をここに連れてきたのも、魔道具?」
「え、ああ。これだ。」
俺の腰まである聖杯には、澄んだ水が張られている。
「杯に四半世紀かけて水が満たされると、異世界人が召喚されるんだ」
「前回は誰が来たの?」
「中年の親父だったらしいぞ。その前は少年。特にルールはないみたいだな。」
「もしかしたら1週間くらいは、いなくなっても誰も困らないし、心配されない人が条件かも」
「え?」
思わず聞き返すが、しょうこは平然としている。
「この魔道具を使ったら、ミカちゃんも日本に来られる?」
「いや、これが動くのは25年に一度だ。召喚するときと、帰還するときだけ。」
「そっかぁ。」
少し残念そうに見えたのは、俺の願望か。
「そうだ、聖杯に帰る場所と呪文を設定しておこう。そうすればどこにいても呪文さえ唱えれば、元の世界へ戻れる。」
「そんなこと言っていいの?精霊とタイマン張らないといけないんでしょ?祭りが始まる前に帰っちゃうかもよ~」
「いいよ、どうせこの世界の魔素はいずれなくなる。お前のほうが大事だ。」
思わず漏らした本音に、ショーコの顔がみるみる赤くなる。
「明日祠の中で危ないことがあればすぐ叫べよ。」
「あっ、そう」
真っ赤な顔をしてぶっきらぼうに答えるしょーこが可愛くて、思わず笑うとにらまれる。
「ねぇ、プリクラとかないの?」
「なんだそれは」
しょうこは空飛ぶ絨毯に座りこみ、例の紺色のカバンから、厚みのある手帳を取り出した。
手帳を開くと、小さな写真がたくさんスクラップされていた。
写真の中のしょうこは、同じような民族衣装を着て髪にハナビスをつけた少女たちと並び、手を一直線に正面へ伸ばしている。
「この威嚇のポーズは?」
「手が長く見えて、顔が小さく見えるっしょ。」
「なんか引きずり込まれそうで怖い……」
「ミカちゃんとも、記念にプリ撮りたかったな」
小さくため息をつくので、昨日から考えていたことを口に出す。
「このまま、ここにいれば?」
「帰るよ、ここも私の居場所じゃない」
静かに笑う少女に、どこか突き放されたような気持ちになる。なんだよ。
「お前の世界には、異世界へつながる魔道具はないのか?」
「あったらいいんだけどね、今のところたぶんないわ。」
「ないのか。」
「タイムマシーンは出来るかもね。もうすぐ21世紀だし。」
「ふぅん。そうだ、お菓子いるか?アンに持たされてたんだ。」
「なにこれ」
「レモンクリームが入っている。陛下も兄も好きなんだ。」
「へ~。王様のおやつかぁ」
「お前が朝食たべないからアンが心配してるんだぞ」
「マジかー」
外の雨音を聴きながら、ふかふかの絨毯の上でだべるのが心地よい。
昨夜ほとんど寝ていないせいでついウトウトしてしまい、ハッと目を開けると、しょうこは横で耳にひもをつけていた。
「悪い。なんだそれ?」
「ウォークマン」
よく見ると、手のひらサイズの四角い機械から、ひもが伸びている。
しょうこはひもの片方をこちらへ差し出し、俺の耳にさしこんだ。
自然と顔が近づき、ドキドキしていると音楽が流れ始める。
「眠たくなる歌だな」
「いいでしょ?このMD、お気に入りばっかだから」
しょうこも横で目を閉じ、俺にそのまま寝てていいと言外に伝える。
あくびまじりの子守歌に2人で耳をすませば、それだけで満たされて。
雨が優しいカーテンのように包みこみ、祭りの前日は、静かに過ぎていった。
ピッチ=PHSの略語。1990年代後半に流行




