18.いつも心にハイビスカス
翌朝、窓の外には夏らしく雲一つない青空が広がっていた。
「アン、あいつが欲しがりそうなものって何だ?」
「あいつとは?」
「しょうこだよ。」
「あのお嬢様のお考えは私には分かりかねますね。」
そんなこといいながら、アンの口元は少し緩んでいる。珍しくしょうこのことは気に入ったようだ。
「甘いものはお好きなようですよ。」
「ほんと女ってスイーツ好きだよなぁ」
「殿下、先ほどから目に余る言動をされていますね?」
迂闊な一言でアンに小言をくらっていると、しょうこが着替えて出てきた。
「おはよー」
今朝のしょうこの服装は、レース襟がついたアッシュグレイのワンピースだ。
黙っていればどこぞのお嬢様に見えなくもない。足元の白いモコモコを見なければ。
今日はアンに勝ったらしい。
「あの足にひっついている白いものはなんだ、生き物か?」
「ファッションだそうですよ。」
「ルーズソックスだっつーの。シブヤじゃみんな履いてっかんね」
どんな狩猟民族だ。
立ち上がってしょうこのイスを引くと、変な目で見られる。
「なにしてんの?」
「座れよ」
「腰掛けた瞬間、イス引くやつじゃん」
「は?マナーだわ」
結局しょうこは自分で椅子に座り、アンが朝食を用意している間、例の長方形の鏡を開いて自分の顔を映している。
「んー、なんか物足りないんだよねー」
「なにがだよ」
「この国の服ってコンサバってか、ムジルシってか、超シンプルじゃね?」
「そうか?」
「あっ、アレつけ忘れてた!」
しょうこが紺色のカバンの中から取り出したのは、手のひらほどのショッキングピンクの大きな花だ。
驚く俺を横目に、少女は器用に耳の横に花をつける。
「かわいーっしょ?」
花を頭につけて、ピースサインをするしょうこ。
「……お前さ、余計アホに見えるぞ?」
「シブヤじゃみんなつけてっかんね?」
「一体どんな集落だよ、シブヤ……」
「その花飾り、丘に咲いているハナビスに似ていますね」
アンのいう通り、たしかに目の前の花はハナビスによく似ている。
「え、見に行きたーい!」
「そんなんでいいのか?」
今日は演劇のチケットを用意していたのに、また予定が台無しだ。ただ昨日とちがい、予定がたたないことに少しワクワクしている自分がいる。
しょうこは朝食にはほとんど手を付けず、柔らかい革の靴を履いて街に出た。
紺色のカバンを背負い、でかい花を頭につけ、ふくらはぎをもこもこに覆った少女の異様ないでたちは、街の人々の注目を集めるのに十分で、皆通りすがりにギョッと二度見していく。
「なんだあれは。横にいるのは第二王子か?」
「なんでも昨日は口説こうとして水かけられたとか。」
「海でパンツ一丁になって、恋文を刺繍してたって聞いたけど。」
「王城へ連れて帰るために自ら馬車になったらしいぞ。初恋のハードル高いな~。」
1日もたたないのに、噂に尾ひれがつきまくってる。もうやだ、この国。
少し早足で丘に向かうと、遠目にも元気に群生している花が見える。ゆるやかな坂を登ると、赤、青、黄色の極彩色の花々が見渡す限り咲き誇っていた。
「わ!!ハイビスカスじゃん!めっちゃビビット!」
「まぁな。海風に負けないこの国の花は、色鮮やかで強く、美しいと言われてる。」
「超カワイイー。ブルーハワイのハイビスカスとか、初めて見た。」
心の底から魅入っている少女のせいで、見慣れた野花もなんだか本当に価値があるように感じるから不思議だ。
「この落ちてる花、持って帰ったら怒られるかな?」
「そんなのただのゴミだぞ」
鼻で笑うが、しょうこは拾い集めるつもりなのか、紺色のカバンから折りたたまれた袋を取り出す。
ツルツルした素材の袋には、髪飾りと同じ花のシルエットがついている。
なんだ?ハイビスカスとかいう花には、こいつの集落ではなにか宗教的な意味合いでもあるのか?
「やー、ショッパーあってよかった。ミカちゃんは青色集めてよ」
ショーコはそういうと、せっせとピンクの花を拾いはじめたので、俺も仕方なく押し付けられた袋に目が覚めるようなブルーのハナビスを入れていく。
「この国ってお花であふれてるよね。どこに行ってもいい匂いがする。」
「まぁ、そこらへんに咲いてるな」
留学から帰ってきた兄が、花の国として花を観光の目玉にしたいと言ったとき、国中が笑ったのを思い出す。そのくらい、この国では花なんてありふれたものなのだ。
「いい国じゃん?」
「花なんていくらあっても仕方ないさ。娯楽施設ひとつない、つまらない国だよ。」
よその国では魔素に頼らない再開発が進んでいるというのに、この国は古いものを意味もなく大事にして取り残されていく。人も景色も、何も変わらない、つまらない。
「それより、お前なんか欲しいものないのかよ?ダイヤでもドレスでも、なんでもいいぞ。」
花でふくらんだ袋をななめにかけて満足気な少女は、ふるふると首を振る。
また手ぶらで帰ったら兄にバカにされると思い、仕方なく、街のお菓子屋に寄って人気のケーキやフルーツタルトを買い込む。
「パーティーでもやんの?」
「全部お前のだよ。このままだと俺が馬鹿にされる。」
「えー、ウケるー。」
何がおかしいのか、手をたたいている。
おかしいのは何も欲しがらないお前だからな!!
ケーキ両手に王城へ戻ろうとすると、騒がしい子どもの声がした。
「あっちは?」
「孤児院だ」
しょうこは声のするほうへフラフラと歩いていく。
一本路地に入った先の孤児院では、ちょうど子どもたちが洗濯をしていた。裏庭には大鍋とたらいが並び、高い物干し台にはシーツが風にたなびいている。
「今日はピーカンで洗濯日和だもんね~」
「美しい青空を見て洗濯したくなるなんて全く庶民の発想だな」
「そのうち反乱起こされっぞ?つーか、私もやりたいんだけど」
「なにを?」
「アレ」
制止する間もなく、しょうこが門のベルを鳴らす。
昨年まで王城で侍女長を務めていた院長が、少し驚きながら出迎えてくれた。
「ミハイル王子、本日はどうされました?」
「突然伺ってすみません。こちらのお客様が洗濯に興味があるようで……」
「洗濯?あら、あら。」
事情通の院長は俺が連れているのが異世界の人間だと察したらしく、何も聞かず裏庭に通し、道具を貸してくれた。子どもたちも興味津々で寄ってくる。
「ねー、お姉ちゃんの足になんかモコモコついてるよ?」
「ルーズソックス!やっぱ150cmあるとボリュームちがうよね。」
「髪のお花かわいいねー」
「イケてるっしょ?つけてあげよっか?」
「お姉ちゃんのお洋服いいなぁ。わたし、いつも同じ服ばっかりでいやなの」
「まじ?制服最強じゃん」
しょうこは意外に面倒みよく、子どもの相手をしている。
「お湯が沸いたぞ。何を洗うつもりだ?」
「さんきゅ!」
しょうこはハナビスの入った袋を肩からおろし、鍋の上でさかさまにぶちまけた。
「おいおい、なにするんだよ!」
沸騰した湯に、目に痛いピンクの花が大量に浮かぶ。
「お前なぁ、この世界の花は煮てもくえねーよ!」
「食わねーし!」
思わずつっこむと、しょうこに睨まれる。
しょうこはそのまま大鍋をかき回しはじめ、嬉しそうに鍋の中身をのぞき込むと、昨日買った砂色の糸をカバンから出した。
刺繍の続きでもするのかとみていると、糸まで鍋に躊躇なくつっこんだ。
「しょうこーーーー!だめだ。残念だがそれは麺じゃない。食べられないんだ。」
「食わねーっつの。」
「お前、朝食べなかったからお腹すいたんだろ?」
「もともと朝ごはん食べないし。」
「この世にはもっと美味しいものがあってな。ほら、ケーキだぞ。甘いぞ。」
「だから食わねーっつの!」
ふくれっつらで、再び鍋をかきまぜはじめる。まるで昔みた絵本の魔女のようだ。
子どもたちも煮込まれている花と糸をみて、何とも言えない顔をしている。
「ミハイルさま、あのお姉ちゃんなにしてるの?」
「あれはだな……ハイビスカスとやらを崇める儀式だ多分。」
あきれて子どもたちと遠巻きにしていると、突然しょうこの叫び声が裏庭に響いた。
「チョベリグゥゥゥゥーーッ!!!!」
謎の祝詞とともに、腕を高く上げ、鍋から糸を引き上げる。
糸は、見たこともない、明るい鮮やかなピンクに染まっていた。
「かわいー!!」
「イケてるっしょ!?」
子どもたちが歓声をあげ、しょうこは驚いているオレをみて、得意げに笑う。
「これは……?糸に花の色素が移ったのか?」
「草木染めってやつ。前に家庭科でやったんだけど」
「こんなに綺麗に染まるのか」
「お姉ちゃん、この糸きれいな色だね!かわいー!」
しょうこが美しく染まった糸を天日にかざすと、糸がうっすら輝きはじめた。
「おい、これまさか…魔素を帯びてるのか?そんなバカな!」
王族は代々特殊な眼を持っており、魔素が輝いて見える。
魔道具が稼働するときに光って見えるくらいで、役に立たないものだと思っていたが。
糸がきらめいて見えるなんて初めてだ。どういうことだ?
「お姉ちゃん、この青い葉っぱでも染められる?」
「ターコイズじゃん。流行色っしょ!」
しょうこを見ると、再び鍋を煮込み始めている。
額に浮いた汗をぬぐうこともせず、真剣に鍋をかきまわす横顔から、なぜか目が離せない。
気が付けば物干しには、ピンク、青、黄色と色鮮やかに染まった糸が虹のようにかかり、それを見た近所の人たちで人だかりができていた。
「花で染めると、安物の糸がこんなに素敵になるなんてねぇ」
「なにを刺繍しようかしら。新しい図案を考えなくっちゃね」
「あたしも刺繍やってみたーい!これでお洋服かわいくするの!」
「実は私も飽きちゃっててねぇ。もっと可愛くならないかと思ってたのよ。」
子どもたちだけでなく院長や近所のおばさんまで、庶民がよく着ている生成りの生地にカラフルな糸を組み合わせ、あーだこーだとはしゃいでいる。
なんだ、みんなもつまらないって、そう思ってたのか。
花で染められた美しい糸を中心に、人々が笑顔になっていく。
廃れかけていた刺繍という伝統が、しなやかに進化していく。
そんなこの国が生まれ変わる未来予想図が、ここにはあった。
それはまるで厚い雲に覆われた空に、突然、一筋差し込んだ希望の光で。
院長たちに作り方を教えているしょうこの背中を呆然と見つめていると、視線を感じたのかくるりと振り返った。
「ミカちゃん、デコの可能性は無限大だよ。」
「えっ?」
「つまんなければ、自分でデコればいいじゃん?」
そういって屈託なく微笑む彼女に、頭を殴られたような衝撃を受ける。
伝統をつまらないと見下し嫌いながら、それにとらわれていた自分がどうしようもなく恥ずかしくなる。
しょうこといると、自分の情けなさを痛感してばかりだ。
「お前、この糸の価値をわかってるのか?」
「ポップでラブリーでハッピーなピース?」
「これだけで一大産業になるぞ」
「ま、デコは文化だよね~」
しょうこは、しれっと答える。こいつ分かってたな。
「どうして糸を染める前に、俺に相談しなかった。」
「いや、うまくいくか分かんなかったし。」
「王城でもできただろ。なんで孤児院を選んだ?」
「こういうのって、みんなで楽しまないと意味なくない?」
この美しい糸を王城で披露すれば、利益を見込んだ高位貴族たちが独占したであろうことは容易に想像がつく。城下の孤児院から糸の製法を広めれば、この国じゃすぐに街中に広がる。
しょうこの狙い通り、誰も独占することもできなくなったわけだ。
王家の人間としては残念に思うべきなのかもしれないが、皆の嬉しそうな様子を見ていれば、それが正しかったことだと分かる。
「どこでこんなこと学んだ?」
「えっ、日曜の世界名作劇場……?赤毛のアンもあしながおじさんも孤児院スタートだし。」
異世界の劇場では、そんな視座の高い教育を行っているのか。
何も考えてなさそうで、意外と周りを見ている少女に、信頼されなかったことが余計に悔しい。
「国中のいろんな花で、綺麗な糸たくさんつくれたらいいよねー!」
「この花で染める糸の製法、国で広めていいんだな?」
「もちろん!ついでに頭にハイビスカスつけるのも流行んないかな?」
「いやそれはどうだろう……」
何の執着もなく、功績を手放す少女に、何とも言えない気持ちになる。
「お前の世界の人間ってのは、みんなお前みたいなのか?」
「この世界の人間は、みんなミカちゃんみたいなの?」
からかいの目で見られる。くそ。思わず馬鹿みたいな質問をしちまった。
「……王城に戻るぞ。上に報告する。」
「いいけどさ」
「なんだ?」
「みんなでケーキ、食べてからね!!」
しょうこがケーキとパイをとり出すと、キャーと歓声があがる。
「実はケーキパーティするの夢だったんだよね!」
しょうこは照れた顔で小さくありがと、と一言つぶやき、人の輪に入っていく。
だから、なんでコイツはこんなことで。
「ミカちゃん!チョコといちご、半分こづつにしない?!」
無邪気に笑うしょうこをみて、このイライラするような、モヤモヤするような心のざわつきが、恋だと自覚したのはこの瞬間だった。
ここまでお付き合いくださった歴戦の方々にはご不要かと思いますが、下記蛇足まで。
いつもありがとうございます。
【補足】
ハイビスカス文化:90年代後半に生息した女子高生の一部は、頭にハイビスカスのヘアクリップを付け、ハイビスカスのブランドロゴの入ったビニール袋を持っていました。本当です。




