17.はだしでかけてこ
結局、そのまま城下の騒がしい大通りをあてもなくぶらつく。
こんなに歩かせて!と怒ることもなく、しょうこは市場や街の様子を楽しそうに眺めながら、舗装されていない石畳の道を歩く。
「しょうこが住んでいるところは、どんなところなんだ?」
「コンクリートばっかで、こんなカラフルじゃないよ。」
「カラフル?」
そう言われて、街のあちらこちらを色とりどりの花々が彩っていることに気づく。
軒先の花に水をやりながら笑いあう人々の姿は、ここでは珍しくもなんともない。
あくびが出そうな牧歌的な光景に内心ため息をついていると、突然、頭上から水が降ってきた。
「うわっ!!!」
しょうこの腕を慌てて引っ張り、何事かと見上げると、2階の窓からバケツを持ったパン屋のおかみが顔をだす。
「あらっ、坊ちゃん!ごめんよ!誰もいないかと思って」
「しょうこは大丈夫か?!」
「私はかかってないけど、ミカちゃんびしょぬれだね。」
「アッハッハッハ、水も滴るいい男だ!この日差しなら、海でひと泳ぎしてるうちに乾くだろ!」
「海があるの!?」
一部始終をみていた近所のばあさんが豪快に笑い、しょうこがソワソワと反応する。
「なんだい、あんたこの国の子じゃないのか。この先はすぐ海だよ。」
「行きたーい!」
「うんうん、夏は渚でランデブーと決まってるもんだ」
パン屋のおかみからお詫びにと押し付けられたパンとレモネードの入った紙袋を抱え、緑に囲まれた石畳の坂を下っていくと急に視界が開ける。眼下には、まっすぐな海岸線が広がっていた。
いつも賑やかな浜辺は、祭りの前とあって人もまばらだ。
「やばーい、夏だ、海だ!」
しょうこが急に叫び、坂を駆け下りていく。なんだなんだ。
「ねぇ!まじ青いんだけど!これもう月9じゃん、超ヤバい」
「まさか海は初めてか?」
「うん!」
しょうこは靴を脱ぎ捨て、濡れるのも構わず海へ入り、波が素足をさらう感覚を楽しんでいる。
普段は防具でまもられているであろう、スカートからのぞく白いふくらはぎがまぶしくて、目をそらす。
「夏の思い出できたー!ミカちゃん、ありがと!」
「大げさだな。」
「一緒に海入ろうよ!」
こんなことでお礼を言われるのがなぜかとても悔しい。
首を振り砂浜に腰を下ろすと、濡れて肌に張り付いたシャツを、真夏の日差しがジリジリと焼く。
「あれ、ミカちゃん焼かないの?日サロ派なの?」
「……」
「どうでもいいけどその高そうなシャツ、汚して怒られない?」
胸元のチキンソースのシミに、アンの能面のような顔が思い浮かぶ。
「くそっ!」
シャツを脱ぎ、海水でじゃぶじゃぶ洗い、浜辺に干す。
結果、海辺にタンクトップ1枚で体育座りをする情けない男の出来上がりである。
社交界では貴公子と呼ばている俺が。
ダサすぎるだろ。俺は一体、なにをやってるんだ。
フフン、フンフン、フフフーン♪
しょうこは波打ち際で、鼻歌まじりに波と追いかけっこしている。
ひとしきり海を楽しんだ彼女は、砂浜に戻ってくると隣で足をのばした。
「よっ、ビーチボーイ。なんか疲れてる?」
「おかげでな」
「バブリシャスいる?」
「いらねー」
「あっそ」
風船ガムを膨らませながら、紺色のカバンから取り出したのは、先ほど購入した刺繍セットだ。
「やってみよっと」
しょうこは時間をかけて針に糸を通すと、おまけにつけてもらった無地のハンカチに針を突き刺しはじめた。
「どっせぇいっ!」
「おい!!お前、ほんとに刺繍出来ないのかよ!謙遜かと思ったわ!」
「いつもデコってるからノリでいけるっしょ!」
そのまま少女は集中して、針をダイナミックに動かしている。
なにか話しかけるべきだろうかと考えるが、隣に少女がいる沈黙が妙に心地よく、穏やかな波音を聞いてぼんやりと過ごす。
「あーっ、ダメだ。できないっ!」
しばらくして少女が悲鳴をあげた。
手元をみると、刺繍というより糸が絡まり合っている。
「なんだよ、それ?」
ハンカチのすみに、いびつな形で固まったものを指さすと、少女は黙ってそっぽを向く。
「デコれると思ったのに。」
「しょーがねーな。貸せよ」
新しく糸を通し、反対側に花を一輪刺す。
しょうこはレモネード片手に手元をのぞき込み、感心している。
「ミカちゃん、意外に器用だね」
「うるせーな!」
「ほめたのにぃ」
「アンに仕込まれただけだ」
「あの人何者なの?」
「俺の乳母なんだけど、年齢不詳で、護衛や家庭教師までやってる」
「必殺仕事人みたいな空気あるよね」
他愛ない話をしていると、あっというまに陽が暮れていく。
糸の始末をして、ハンカチを紺色のカバンに放り込む。
「よし、じゃ帰るか」
しょうこの靴を持ち、シャツで腰にしばる。
「えっ、なんで?」
「それじゃ靴履けないだろ。」
しょうこの小指やかかとが、靴擦れで赤くなってる。海水に浸かって悪化したんだろう、見るからに痛そうだ。恥ずかしそうに指を丸めてしゃがみこんだ少女に、背中を向ける。
「気付かなくて悪かったな。ほら、乗れよ」
「まさか、おんぶ?!」
「横抱きがいいのか?」
「お姫様抱っこはハズいって!」
「でもその足じゃ歩けないだろ」
「~~~!ルーズソックス履いてればこんなことなかったのにぃ。」
夕陽が少女の頬をオレンジ色に照らし出す。
ふと海へ目を向けると、空は淡く光り、海は柔らかくきらめいている。
見慣れた光景を、なぜか今日初めて美しいと思った。
*
ブツブツと赤い顔で文句を言う少女を背負い、街の人々に生暖かい目でみられながら王城へたどり着いた。兄の執務室へ報告に行くと、にやけ顔で迎えられる。
「異世界の少女とは、うまくやってるようだな。」
まったく耳が早い。
「そういえば、彼女が欲しいものは買えたのか?」
「糸を買いました。」
「糸!?お前さ、モテすぎて年頃の女子が欲しいものもわからんの?」
「仕方ないでしょう、宝石も服も興味を示さないんですよ。」
兄に白い目で見られ、むっとする。
「なんとかして彼女が気に入るものを探せ、宝物庫や魔道具部屋も見せていい。」
「どうしてそこまで?」
「祭りが始まるまでに、必ず見つけろよ」
質問には答えず兄はそれだけ言うと、忙しそうに机に目を戻し手を振った。なんなんだよ。




