16.生クリームは胃にもたれる
別視点
彼女と初めて出会ったのは25年前。
お互い大人に片足をつっこんだ時期だった。
俺の国は、魔素を司る祠を守護するためだけに存在している。
魔素が濃かった時代にはその恩恵にあずかり魔道具で隆盛を誇ったそうだが、今や魔素はどんどん薄くなっていく一方で。他国が魔素に見切りをつけ他の動力源を模索する中、この国は魔道具に依存し続け、経済的にも政策的にも取り残されていた。
よく言えば伝統を重んじる、化石のようなこの国は、世界でここだけがぶ厚い灰色の雲で覆われているかのように保守的で退屈だ。
次期国王となる兄は唯一、革新的な考えを持ち周囲と軋轢を生んでばかりで、その火の粉が飛んでこないよう俺は第二王子として目立たないよう過ごしていた。
ただ母に似た容姿は、女性の目を引くには十分で。
背が伸びるにつれ黄色い声で騒がれるごとが増え、そんな周囲の反応を楽しみながら程よく距離をとり、学業でもスポーツでもなんでも手を抜く癖がついていた。今考えると、事なかれ主義を気取る、生意気ですかしたガキだったんだと思う。
「今回の異世界召喚、まだ少女だった。お前と歳が近いそうだ、面倒みてやってくれ。」
兄がめずらしく困った様子で、そんなことを言ってきた。
歳が近いという理由だけで、世話係を押し付けにきたわけじゃないだろう。
「彼女が欲しがるものは全部買い与えろ。いくら使ってもいい、金に糸目をつけるな」
あぁそのパターンか。大方、ワガママな少女でもきたんだろう。
この容姿で懐柔しておけということかと、勝手に解釈していた俺はすぐに出鼻をくじかれた。
「初めまして、第二王子のミハイルです。ようこそトライメライ王国へ!」
いつものように理想の王子様らしく優雅な微笑みを張り付け、あいさつをする。
「あ、チース。」
応接ソファにもたれた少女は鋭い目つきでこちらを一瞥し、すぐに大きな長方形の手鏡に顔を隠した。
なんなんだコイツ。てゆーかなんだそのデカい鏡は。背後でも警戒しているのか?
戦闘民族らしい少女は手鏡を器用に片手で持ち、前髪をいじりつづけている。
俺のために身だしなみを整えている、というわけでもなさそうだ。
「……失礼ですが、なにか問題が?」
「前髪きまんなくて。」
よく見ると、背中までまっすぐ伸びた艶やかな髪の毛は不揃いに段がついている。
「そのざんばらな髪型は……?なにか事故でも?」
「シャギーいれてんの。すきすぎちゃったからある意味事故だね。」
「それは壮絶な……」
少女はため息をつき、鏡を折りたたむと、紺色のカバンに格納した。
カバンの取っ手にじゃらじゃらついている毛玉や猫の人形は、獣を倒した勲章であろうか?
「祭りの時になんかしたらいーんしょ?テキトーに時間潰してるから、気にしなくていーよ」
俺の思惑を見透かすように、少女は歳に似合わない醒めた顔で笑った。
そんな彼女に妙にムカついてしまったのは、自分を見ているようだったからだと今なら思う。
「祭りまでまだ数日あります。せっかくですから我が国をご案内しますよ。」
「べつにいいよ。」
「そうおっしゃらず。あなたの国ほどではないかもしれませんが、良い国ですよ。」
「王子は、この国好きなの?」
懐柔しようとする俺に、少女は平坦な声で問う。
魔道具と長い伝統を守るこの国は私の誇りですと、いつものように言えばいいだけなのに、少女の真っ直ぐな瞳に言葉が詰まる。
俺の拙い反応をみて、見た目より聡い彼女は何かを察したらしい。
「じゃ、暇つぶしに案内してもらおうかな。あたし初めてだからどこでもいーよ!」
そういって勢いよくソファから立ち上がった少女の足元に目が釘付けになる。
「その足は!?」
ひざ下が白いワームのようなモコモコで覆われている。ずいぶんと重そうだ。
そしてスカートがアホみたいに短い。
太ももをノーガードで、ふくらはぎを過剰に守る民族衣装とは……
異世界では俺の想像もつかない戦闘方法があるのか。
「す、すてきな防具ですね」
「ルーズソックスのこと?まぁ女子高生のマストアイテムだよねー」
扉に控えていた乳母のアンに目で合図をして、着替えを頼む。
この服装で街に出たら大騒ぎだ、何とかしてくれ。特に太もも。目のやり場に困る。
「お召替えの用意していただけますか?」
「え、着替えるってこと?いーよ、制服で。」
「そちらのお洋服を汚してはいけませんので。」
アンに奥の部屋へ引きずられるようにして消えた少女は、しばらくして膝丈の白いワンピースに着替えて出てきた。
真っ白なワンピースに黒い髪が映えて、少女の清楚で少し硬質な雰囲気と合っている。
まぁあれだ、可愛かったんだ。
「地味すぎじゃね?」
「この国では普通だと思いますけど」
一言、似合ってる、と言えばいいだけなのに。
いつもならスラスラと出る誉め言葉がこんな時に限って出てこない。
「あのおばさん超強引なんですけど!ルーズなくてマジ足スースーするし!せめてチェーン巻きたい……。」
「街は安全ですから、武装は不要ですよ」
「チョベリバ!」
眉をしかめ、なにやら呪詛を吐いている彼女をなだめ、街へ降りる。
「なにか見たいものは、ありますか?」
「んー、べつに」
兄の言葉を思い出し、王城に近い高級店が集まる区画にいくことにする。
アクセサリーやドレスでも見せていれば、時間がつぶれるだろ。女はこういうの好きだよな。
「お好きなものがあればどれでもどうぞ」
少女は案の定、ショーケース越しに美しいドレスをみて、目を輝かせている。
「それにしますか?」
「ううん!」
少女は首を振る。遠慮している風でもなく、ただ見て充分といった様子なので無理に勧めることはしないが妙な違和感がある。この前、隣国の王女を案内したときは、あれもこれもと買いものに付き合わされて大変だったのに肩透かしだ。
そんな風に高級ブティックを冷かしていると通りが途切れ、少女はカジュアルな雰囲気の商店が並ぶ区画に進んでいく。
「戻りましょうか」
「ちょっと待って」
少女は小物店で立ち止まった。店先に出ていた刺繍がついたハンカチを手に取る。
「これ、めっちゃいい感じー」
白いハンカチに砂色の糸で刺されたのは、地味で古くさい花の紋様だ。
マジかよ。そんなん時代遅れもいいとこだろ。
店番の老女がニコニコと中から出てきた。
「色は地味だけど模様がイケてるよ。原宿っぽい!」
「ありがとう、お嬢さん。それは私が刺したものよ。収益は孤児院に行くの。」
「えっ、自分で針で?やばくない?」
「この国には何世代も伝わる刺繍技術があるのよ。幼いころから覚えるの。今の若い子は全然やらないから、私の代でおしまいかもねぇ。」
老女は残念そうだが、仕方ないだろう。
そんな老人だけが好む化石のような文化は、すたれるのが自然の摂理だ。
「王子、このハンカチ買ってもいい?あと糸も。あとでお金返すから。」
「それはいいですけど、あなたも刺繍されるんですか?」
「ううん。でもやってみたくなった。」
ケースに並べられた糸は灰や茶のくすんだ色合いで、どれも同じように見えるが、少女は真剣な顔で選んでいる。
ドレスより糸に興味を持つなんて、変な女だ。
気付くと夏の太陽は全力で地面を照り付け始め、時刻は昼を少し過ぎたあたりになっていた。
「次はどうされますか?お食事でもいかがですか?」
「やった!あっちのほう、ずっと気になってたんだよねー!」
そういうと少女は人込みの中をすいすいと通り抜け、賑やかな下町のほうへ降りていく。
予約していたレストランはそっちじゃないと叫びたいのをぐっとこらえ、慌ててついていく。
「はー!ここか、めっちゃいい匂い!お昼ここにしよー」
少女が立ち止まったのは、チキンの屋台の前だった。
たしかに目の前で網焼きにされているチキンのスパイシーな香りは食欲をそそるが、油じみたベンチは昼時で埋まっており、座る場所さえない。
店の親父は俺が第二王子だと気づいたのか、にやにやと見てくるが無視する。
「チキンが召し上がりたいなら、ちゃんとした店がありますから。」
「あー、王子は立ち食いとか苦手な感じ?」
「お嬢ちゃん、殿下はナイフとフォークないと食べらんないんだろ。ほら王宮育ちだから。」
「えっマジ?温室育ち?リアル冬彦やばくね?」
「おやじ、チキン2つ!!」
小馬鹿にされたのが悔しくて、勢いでチキンを頼む。
その白いワンピースが汚れても知らないからな!と、少し意地悪な気持ちで少女にチキンを渡す。
ぱりぱりの皮が肉汁で膨らんでいるところに一気にかぶりつく。
「んー!めっちゃおいしー!!」
「うわっ、うまっ!」
同時にかぶりつき、つい声が漏れると、隣で少女が笑い声をあげる。
初めてみる自然な笑顔に、思わず目を奪われる。
「アゴにたれてるよ。王子チャラいわりに、へたくそだな!」
少女が笑いながら、先ほど買ったハンカチを差し出してくれる。なんだよクソ。
「王子じゃなくて、ミカって呼べよ。この国に王子は2人いるんだから。」
「それもそうか。ミカちゃんね!」
「ちゃんはつけるな!」
どうして家族しか呼ばない愛称を教えてしまったのか、わからない。
ただこの少女に、他の女のようにミハイル様と呼ばれたくなかった。
ワイシャツにソースを垂れながす俺に対し、少女は上手にかぶりつきながら食べている。
「なんでお前はそんな食うの上手なんだよ。あれか?やっぱり倒した獣は焼いて食べるんですか?」
「は?パプワ君じゃねぇわ。クレープ屋のバイトなめんな?生クリームバナナチョコ全部のせ食べるのめっちゃ難しいから。あとお前じゃなくて、昭子ね。」
「しょおこ?」
「しょうこ!まぁいいや、名前気に入ってないしなんでも。」
絶対、こいつのことは名前で呼んでやろうと心に決める。
「しょうこ、次いくぞ!」
「どぉふぉに?」
名残惜しそうに肉の骨をかじる少女の間抜け面を見下ろし、何も考えていないことに気づいた。




